ルプーは今日も今日とて王都の噴水広場で売り子をしていた。
商売そのものは順調である。商売人としての知名度は高まってきており、何よりロフーレ商会の影響力が増してきていた。実際、商会長のロフーレの影響力は下手な貴族よりも大きいくらいである。
しかし一方、創造主に関する情報については皆無である。どこか国の上層部や権力者たちにコネでも欲しいところであるが今のところ接触はなかった。
辛抱強く聞き込みなど情報を収集するルプーであったがそこに転機が訪れる。店の前に豪奢な馬車が止まると二人の人物が下りてきたのだ。
一人は髭を綺麗に切り揃え、見事な体格をしている男性。その服装は一目で高級と分かる一級品であり上流階級の人間なのが分かる。
もう一人は顔に多くの傷跡がある戦士のような風貌の男だ。こちらも服装は高級品で身を固めている。前者が王国第一皇子のバルブロであり、後者が王国の六大貴族と言われる大貴族の一人であるボウロロープ侯だ。
「殿下。ここです」
「ここが?こんなところでそんな良い買い物が出来るというのか?」
見かけからして只物ではない二人の男が自分の店を見つめていることに気づきルプーはニコニコと手を振って見せる。
「ふんっ、店員の愛想は良いようだな」
「どうも相当な力を持つ魔道具を扱っているとの噂を聞きました。何でもその魔道具で戦士長の剣を折ったとか……」
たまたま耳にした噂だった。貴族や王族の世界では表面上は上品に取り繕い、直接的な争いは少ないものの裏を返せば情報による権謀術数のるつぼである。
六大貴族のボウロロープ侯爵もそこに蔓延る魑魅魍魎の一人だ。メイドや執事などに自分の関係者を潜り込ませ悪い噂を流させたり、逆に情報を聞き出したりは日常茶飯事だ。
そんな中で面白い噂を聞いたのだ。戦士長が下級騎士に剣を折られたと。武功を誇るボウロロープ侯としては騎士が装備していた武具が気になり、娘婿であるバルブロと直接こうして来たというわけだった。
「いらっしゃいっすー!殿下ってことは王子様っすか?」
「耳ざといな……。ああ、我こそが王国第1皇子のバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフである」
尊大に胸を張って自慢げにしているがルプーにとって態度は問題ではない。待ちに待った情報源だ。ここはうまくやらなければならない。
「王子様は何をご所望っすか!?サービスするっすよ?」
「ふん、言葉遣いは気に入らんがいい心がけだ。ボウロロープ侯、どれがその魔道具なのだ?」
「いえ、私も分かりませんが……この辺りは見た目も良いのではないですか?」
ボウロロープ侯が金持ちのカモ用に置いている見た目のいい装飾品としての武具を手に取る。
実際はもっと良い素材で見た目の良い装備を作ることもできるのだが、それらの素材はパンドラズ・アクターとしての趣味に使われているため、人間に売っている武具については最低限の素材で作ったもののみだ。
しかし、せっかくのコネクション相手にそんなものを掴ませるわけにもいかないだろう。
「それよりもこれ使ってみて欲しいっす。特におすすめのやつっすよ」
ボウロロープ侯は銀で作られた見た目だけ装飾用の武器を手に取っているが、ルプーはバルブロに動物の牙で作られた質素なネックレスを渡す。
「これを私に?貴様馬鹿にしてるのか?無礼な……」
「まぁまぁ、騙されたと思ってつけてみるっすよ」
ルプーがネックレスをパルブロの首にかけようと近づくとその豊満な胸が目の前に揺れながら現れる。ごくりと喉を鳴らしている間に首にネックレスがかけられてしまっていた。
「ごほんっ!ま、まぁいい……。これがなんだと言うの……なんだ?体が軽いぞ?」
ネックレスをつけられた瞬間、パルブロは全身にみなぎる力を感じる。羽でも生えたみたいだと思い思わず地面を蹴ってみた。すると信じられないことに店舗の屋根を飛び越えるほどの跳躍力で飛び上がっていた。
「何!?」
驚いたのもつかの間、飛び上がった勢いそのままで地面に降り立つが体に支障はない。
「王子!大丈夫ですか!?」
「すごい!すごいぞ!なんだこの力は!?」
「どうっすか?どうっすか?気に入ったっすか?」
「確かにすごい……。これほどの力があれば……ボウロロープ侯!」
「はい!店主、この装備は量産は出来るか?」
「量産っすか?材料があればできるっすけど……」
「では4000人分の装備をお願いしたい。帝国との戦争が控えていてな……秋までには頼みたいのだが……」
「4000っすか……」
ルプーは少し多すぎると考え、迷う。それだけ作っている時間があれば他の情報収集に時間を使ったほうがいいかもしれない。しかし、王国のトップに近い王子とのコネクションも捨てがたい。もし創造主の情報を知っているのであればそちらが最優先だ。
「ボウロロープ侯。なぜ4000なのだ?もっと作ってもらえばいいではないか……」
ルプーのそんな気持ちを知ってか知らずか王子が余計なことを言っている。これ以上増えるなら断るしかないかもしれない。
「殿下。此度の戦争では殿下に我が精鋭4000を預けようと思っております。そして勲一等は殿下が得なければならない。他の者が武勲を得られるチャンスは潰しておくべきです。ですのでそれ以上の武具など必要ありますまい」
「なるほど!さすがボウロロープ侯だ。その慧眼称賛に値する」
「お褒めいただき恐悦至極でございます」
バルブロはボウロロープ侯の親族を妻に迎えており、貴族派閥に属している。さらに王位継承問題もはらんでおり戦争での成果は今後の王位継承順位にも影響しかねない。そのため二人は戦力の増強を求めてルプーの店まで来ていたのだ。
「それでどうだ。店主。出来るか」
「ん~そうっすねー。殿下、一つ条件があるっす」
「条件だと?なんだ?」
「モモンガ様……またはナザリックって知ってるっすか?」
「モモンガ?ナザリック?」
「もしモモンガ様のことを知っていて教えてくれるなら作るってもいいっすよ」
パルブロは考える。
王族に条件を突きつけるなど無礼な女だ。さらにこのメイドは美しく妾にでも貰いたいほどの魅力的な容姿であるがどうも変わり者のようだ。頭の奇妙な帽子がそれを物語っている。
しかし、今は自分が王位を継承するために武勲を上げるために動くことが最優先だ。モモンガなどと言う名は聞いたことがないが嘘も方便。装備を作らせた後で多めに褒美でもやれば納得するだろうとパルブロは結論付ける。
「ああ、モモンガ……な、聞いたことがあるな……」
「ほんとっすか!?」
ガタッと音を立ててルプーがカウンターから乗り出してくる。掴みかからんばかりのその様子に思わずバルブロは一歩身を引く。
「あ、ああ……だが、教えるのは装備をすべて作ってそれが役に立ってからだ。先に条件を付けたのはお前だ。文句はないだろうな」
ルプーは考える。
偉大なる創造主の情報だ。その価値は計り知れない。どんなに金銭を積んでも惜しくはないし、それを得るためにはどんなことでもして見せる。売った武具がどんな使われ方をしようが知ったことではない。そしてその思いを口にする。
「もちろんっすよ。確かにそんな簡単に情報を得ようとは……不敬っすね。でももし役に立ったらおねがいするっすよ!」
ルプーはバルブロの目の前で『不敬』と言った。そしてそれは創造主たるモモンガに対しての言葉であったのだが、パルブロはそれを自分への言葉と勘違いする。
(ほぅ、私に対して不敬な態度を取っていると言う自覚くらいはあるのか……。言葉遣いはともかく私への十分な忠誠はあるようだな。気に入った……)
見た目も良く自分への忠誠があるのならば妾くらいにはしてやってもよいとさえ思ってしまう。
「ふははははっ、任せておけ。では期日までに頼むぞ」
「殿下は交渉がうまいですなぁ。では後で使いのものをこの店に送るので細かい調整はそちらで頼むぞ」
「あ、それは無理っす。私はこの店を任されてるっすけど、そういうことは会長のロフーレ閣下にしてくれないと」
予想外の言葉にボウロロープはズッコケる。ルプーは店を任されているが何でも好きに出来るわけではない。商会の中でのそれぞれの役割を勝手に変えることは他の店の迷惑にもなりかねないのだ。そのための調整は会長が行っている。
「そ、そういうことは最初にだな……」
「まぁ私良いって言ってたと伝えてもらえば断らないと思うっすよ」
「そ、そうか……まぁロフーレ殿なら私も知っている。頼むぞ!」
ボウロロープ侯はそう言うとパルブロととも再び馬車へ乗るとその場を去っていった。
「ついに……ついに見つけたモモンガ様の情報……」
ついに訪れたその機会。ルプーはその期待と喜びに震え続けるのだった。