「ルプーさんは本当に商売が上手ですねぇ。何でお客さまが欲しがりそうなものを仕入れて置けるんですか?」
「いやぁ、ぼちぼちっすよ」
話しかけてきたのは同じくロフーレ商会に加入している隣の店の女性店員だ。扱っているのは食料品が中心でルプーの店とは被っていない。いや、あえて被らないようにしている。
彼女の言うようにルプーの店ではお客様が欲しいものが手に入ると評判となっている。これは倉庫を手に入れたのが大きかった。
『お客さまが欲しがるもの』を置いているのではない。『何でも』置いているのだ。倉庫のおかげで空いたアイテムボックスのスペースを有効活用し、ありとあらゆるアイテムを保管しているため、商品の種類が豊富でこの店だけで何でもそろうくらいだ。
さらにアイテムボックスに入れているアイテムは劣化しないと言うのが利益に拍車をかける。
つまり使用期限切れによる廃棄を考えず、ありとあやゆる商品を扱えるのだ。その気にあれば喫茶店で出来立てのコーヒーをアイテムボックスに入れて置き、1か月後に提供することさえ可能である。
加えてこの商店に置いている商品はすべて平均以上の品質を保っている。パンドラズ・アクターとしての鑑定眼により質の悪いものはすべて廃除した結果、高品質のものが安定的に手に入ると評判を呼びリピーターが絶えない。
しかし、中には見た目だけで中身を伴わない装飾品としての高級武具なども置いていた。貴族などによる需要があるからであるが、そんなものは本当のレアアイテムではなく物の価値知らない愚か者としか思えない。
だが商会長のロフーレ曰く、「本当にいいものを見る目のない客には高く吹っ掛けて勉強させてやるのも優しさである」と言うことでルプーとしても納得していた。
(さすが商会長閣下は違いますね……)
ルプーとてマジックアイテムを愛する者。その価値が分からない愚か者には高い見た目だけのものを買わせることに躊躇いはない。
そのため、銀ピカのミスリル製の鎧を着ていた金持ちと思われる少年を見つけたので呼び止めて高級品を買わせようとしてみたが断られ、安いルプー製の装備を買われるということもあった。
それでも小物から高級品まで多種多様な商品を扱った結果、ルプー魔道具店はいつでもどんなものでも手に入り、しかも質がいいと有名になっていた。お隣さんにはぼちぼちなどと言ったがその利益は莫大である。
ただ、目的としては様々なコネクションを作成しモモンガの情報を得ることなので、上は貴族から下は平民まで様々な人間が来てもらえる今の状況は望ましいものではあった。
そしてその日、噴水広場で売り子をしていたルプーは、そこを通りかった一人の女に目が奪われていた。その身に着けている装備もそうだが、その放つ雰囲気に何故か親近感を覚える。
かつて創造主であったモモンガが放っていた雰囲気に近いかもしれない。さらにその腰に下げたら禍々しい剣。確かめずにはいられない。
「両手の指すべてにアーマーリング……あのセンスは……ちょっと店番頼むっす!!」
「ええっ!?ルプーさん!?」
同じくロフーレ商会に所属するお隣さんに声をかけてカウンターを飛び越えていく。
(……というか一人じゃやっぱ無理がありますねぇ……店員が欲しいところです)
店員に店を任せ、支店などを増やせばさらに出来ることは格段に増え、得られる情報も多くなるだろう。しかし、今は目の前の獲物を吟味することが先決である。
「ちょーっと待つっすよ!そこのあなた!《道具上位鑑定》!」
あいさつ代わりに相手の所持品をチェックする。指のアーマーリングは何の効果もなくおしゃれで付けているようだ。次々と鑑定し、そしてその腰の剣を鑑定したその時。
「ふふふふっ……ついに現れたっすね!魔剣キリネイラムの所有者!!」
ビシっと指をさしてくる軍帽メイド服の赤毛の美女。それを見てラキュースは思う。来たるべき時がついに来たのだと。胸の奥から湧きあげて来るものある。
(あの態度……そしてあの軍帽……ついに……ついにこのときが……)
ラキュースは暗黒剣と言われる魔剣キリネイラムの所有者である。暗黒剣と言うだけあって、それを持ってからというもの、ラキュースはその闇のパワーが自身の中から溢れ出すのではないかという心配……もとい期待を持っている。
夜ごと妄想している己の中の闇のラキュースにしてもいつかそうなるだろう、そうなって欲しいなという欲望のたまものだ。そして今、目の前に現れた褐色の肌の美女。
魔剣キリネイラムを見るあの目、あの恰好。待ちに待った
「あなた……なのね?」
ラキュースはすべてを悟ったようにルプーへと不敵に笑いかける。
ルプーは最初何を言っているのだろう……とは思ったが、ラキュースのその指のアーマーリングを見せびらかすように握りしめるそのしぐさを見て悟る。ここは合わせる場面であると。
「ええ……そう……わたしっすよ……」
「ふふふふっ……」
「ふふふふっ……」
二人はお互いに笑いあう。ルプーはその時分かった。この相手は自分に匹敵する深淵を持つものだと。そしてもしかしたら創造主にさえ匹敵する可能性があることを。
それを悟った瞬間、ルプーは腰に片手を当て、もう片手を顔に貼り付け指の間からラキュースを見つめると宣言を下す。
「我が名はルプー!ロフーレ商会の店員にて数多のレアアイテムを求める者!あなたに
ルプーのそのポーズ、その話し方、その話している内容にラキュースの脳が震える。
(何……その名乗り!?そのポーズ!すごい……この何だかわからないけどすごいわ!!こんな公衆の面前で決闘宣言とか!?なにこの燃えるシチュエーション!)
夢に見たようなシチュエーションにラキュースの内心ではそんな感じ叫びだしそうになっているが、そんなことはおくびにも出さずに落ち着いた様子でルプーへと向き直る。
「ついに来たのね……あなたこそ……闇よりの使者!」
ビシッと指をさし返されたルプーは闇よりの使者と聞いて、ナザリック地下大墳墓を思い出す。自分の創造主は非公式魔王とも呼ばれるほどの支配者だ。その支配地はまさに闇の深淵。創造された自分はまさに闇よりの使者だろう。
「ふふふっ……よく分かったすね……さぁ、その闇を纏いし魔剣をかけて決闘っす!」
「ふふふっ……待ちなさい。こんな街中じゃ力が出し切れないでしょう?仲間と郊外で待ち合わせをしてるの。そこでやらない?」
ラキュースは突如発生したこの
(欲しいな……)
期待に胸を膨らませつつ歩いてるうちに集合場所についていた。そこには蒼の薔薇のメンバーが集まっている。
「みんな集まっているわね」
「ラキュース遅かったな……って誰だそりゃ?」
何故か見知らぬ美女を連れてきたリーダーにガガーランが問いかける。
「噴水広場で運命の出会いをしたの!みんなには私たちの決闘を見届けて欲しいわ!」
「なにいってんだおまえ!?」
ラキュースの突然の迷言にガガーランが戸惑っている。
「そうっすよ。決闘で私が勝ったら魔剣をいただくっす」
「なんだそりゃ!?っていうかおまえ誰だよ!?」
「ふふふっ、我が名はルプー!ロフーレ商会の商人っす!」
「ロフーレってあの有名な!?っていうか商人が何でラキュースと決闘すんだよ!?」
「ガガーラン、いいの……いいのよ」
「よくねーよ!?っていうかこっちは魔剣をとられっぱなしかよ!?」
「まったくだ。おい、お前。我々を蒼の薔薇と知って言っているのか?」
ガガーランの影から現れたのはイビルアイだ。苛立ったようにルプーを指さしている。
「知ってるっすよ?アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』っすよね。別に全員いっぺんに相手をしてもいいっすけど?」
「貴様!舐めるのもいい加減にしておけよ!」
怒り出すイビルアイだがルプーは挑発するように笑っている。その自信を見てラキュースはさすが闇の使者だと感心する。
「待ってイビルアイ。連れてきたのは私なのだから私が話をするわ。ルプーさんでしたね。この魔剣が欲しい理由を聞きましょうか」
「そりゃ私の心のにビンビンくるからっすよ!」
「ビンビン!?」
「ええ、まずその暗黒剣っていうところに来るものがあるっすよね!その深い闇を纏った感じの鞘や鍔!最高っす!心が刺激されるっす!その刀身は何色なんすか!?」
「……分かる!分かるわ!その気持ち!刀身はもちろん闇色よ!」
ルプーの感想にラキュースは両手を重ねてぶんぶん振りながら同意している。ラキュースとてこの魔剣を手にしてからその闇のパワーを表現すべく、技名を考えたり、闇のラキュースという設定を作ったり色々して楽しんでいるのだ。しかし、ガガーランの言うように無償で勝負を受ける言われもない。
深き闇を手に入れるにはそれに相応しい代償を必要とするのだ。
「それで……あなたが負けたら何を差し出すのですか?」
ラキュースは相手が闇の使者なのだから闇のパワーや闇のマジックアイテム等が出て来るのではと期待してしまう。
「ん~そうっすね。私は商人っすからお金……でどうすっか?結構稼いだっすから……」
ルプーはどこからともなく金貨の入った袋をドスンと地面に置く。どこに入っていたのか袋から零れ落ちるのは信じられないほどの量の白金貨だ。
「それともマジックアイテムがいいっすか?」
さらに取り出したマジックアイテムはイビルアイ達の見覚えのあるものだった。そう、宿屋でクライムが持っていたマジックアイテムだ。
「そ、その武具は!?お前か!?お前があのアホみたいな魔化をして才能の無駄使いをしているやつなのか!?」
「なんのことっすか?」
さすが闇の使者、イビルアイをも唸らせる闇のアイテムを持ってるらしいとラキュースは感心する。
「じゃあ、決闘よ……」
「おい、ラキュース!?これから例の組織を襲いにいくんだぞ!?そんなやつ放って逃げればいいだろう!?」
イビルアイはリーダーの正気を疑う。蒼の薔薇はこれから王国の闇に潜む組織『八本指」の麻薬畑を消し去るという重要任務があるのだ。こんなアホなことをしている時間はない。
しかし、それにやれやれと首を振るラキュースとルプー。そのまるで仲良く分かり合った様子にイビルアイはいらっとする。
「ああ、もう分かってないわね。イビルアイは……」
「本当っすね……分かってないっすね」
「あのね、昔から決まっているのよ」
「そうそう、決まってるっす」
ラキュースとルプーはイビルアイの方向を向くと同時に言い切った。
「「魔王からは逃げられない!」」
ふふっと笑いあう二人。
「おい、もう放っておけ。イビルアイ」
「いや、待て、ガガーラン。今の言語を理解できた奴がいたのか!?私にはさっぱり分からんぞ!?っていうかラキュース!たかが道具屋の店員にお前が本気を出したらとんでもないことになるぞ!?」
どうやら本気でやりあうつもりらしいラキュースにイビルアイは混乱している。
「大丈夫よ。闇の使者が弱いはずがないもの。それより一つ私からも条件を出すわ」
「なんっすか?」
「私が勝ったらその被っている帽子も寄こしなさい!」
「おい、ラキュース何を言っている!?」
「どうしたんだラキュース?」
「リーダーが壊れた」
「ポンコツ」
蒼の薔薇の面々がラキュースの正気を疑っている。しかし魂に闇を宿す者はいつの時代も誰にも理解されないものなのだ。
「いいえ、これは運命です!私も一目この方を見たときに分かりました!あなたこそが私の強敵と書いてライバルだと!」
「それは奇遇っすね!私も思ったっすよ!その腰で浮いている剣!指のすべてにはまったアーマーリング!そして魔剣キリネイラム!さあ、その剣を真価を見せてほしいっす!」
ルプーは挑発するように両手をカモンとばかりにヒラヒラさせている。
「え……えっと、あなたは素手で?」
さすがに丸腰の相手を見て心配したのか一瞬正気に戻るラキュース。
「大丈夫っすからお先にどうぞ?そしたらこの帽子も差し上げるっすよ」
「いいんですね?本当にいいんですね?やっちゃいますよ?」
「おい、誰かラキュースを止めろ」
「もう無理……」
イビルアイの心配の声を上げるがティアたちは諦めたようだ。
「覚悟しなさい!神聖なる乙女の力と深淵なる暗黒の力をクロスさせ!この一撃を解き放つ!超技!
ラキュースがそう叫んだ瞬間、その星が煌めくような刀身が膨れ上がり無属性の爆発エネルギーがルプーへと向かう。ちなみに特に詠唱も技名も腕をクロスするポーズも必要ないのですべてラキュースが考えたセリフである。
「素晴らしいっす!素晴らしい詠唱っす!」
ラキュースのその卓越したセンスをルプーは絶賛しつつ避けようともしない。イビルアイたちは道具屋が粉みじんになってしまうと覚悟する。しかし……。
衝撃波はルプーの体に当たることなく、あさっての方向へと飛んでいく。道具屋が片手でそのエネルギーを弾き飛ばしてしまったのだ。
「なっ!?」
「嘘だろ!?なんだよいまの!?」
イビルアイとガガーランが驚きの声を上げる。しかし、ラキュースはライバルならばその程度はやるだろうと思っていた。
そしてルプーも今の技名、そして詠唱を聞いて確信した。この人物はモモンガに気に入られる可能性が十分あると。人間なのが残念だが、それでもここで武器を奪ってしまうのは惜しいと。その武器よりもこの人間のほうがレアだと判断したのだ。
そしてルプーは方針を変える。
「なかなかやるわね!」
「さて、次は私の番っすよ!ちょっと借りるっす!」
言うが早いか魔剣キリネイラムはルプーの手に握られている。
「いつのまに!?」
「さあいくっすよ!我が邪眼に眠りし暗黒の力よ……」
「邪眼!?」
邪眼と言うその設定を聞いたラキュースの胸がトゥクンと跳ねる。自分の闇の人格と同じくらい
「さぁ!今こそ封じられしその邪悪なる力を解き放て……はあああ!絶技!
「絶技!?それに私の技名!!!!!」
自分の考えた技名をパクられさらにかっこいい名前(ラキュース視点)にされた悔しさにラキュースは叫ぶ。だが、ルプーが放った衝撃波はラキュースに当たることなく夜空へと放たれ消えていった。
「うぷぷっー、私のほうが上っすねー!」
「待ちなさい!私はまだ本気を出していないわ!」
「ほぅー?じゃあやってみるっすよ」
ルプーは魔剣キリネイラムをラキュースへと投げ渡す。
「見てなさい!いくわよ!さぁ……我が肉体の中の闇の人格よ……今こそ目覚めよ!」
「お、おい!まさか闇のラキュースを出しちまうのか!やめろ!」
ガガーランが心配したように叫ぶ。夜ごと闇のラキュースがどうとか、己の中の呪われた力がどうとか、人格を奪っているやるとかいう妄言が現実になったかと思ったのだ。
「ふふふっ……我を解き放て……己の中の暗黒竜の力を……力が欲しいのならくれてやろう……はぁぁぁ!超絶奥義!
ラキュースの放った技が空へと消えていく。ちなみに最初に放った技と威力に違いはない。しかし、その場の
次々に現れる闇の人格に封じられた力、はたまた聖なる力やら、竜の血脈やらも飛び出し長々とした技名の応酬がいつまでも続く。そしてそのたびに深淵が深まっていくのだった……。
♦
「ふぁあ……いつまでやるんだよおまえら……」
時はすでに夜明け前である。律儀に一部始終を見ていたガガーランはあくびをかみ殺す。ティアとティナはすでにお互いの背をベッド代わりに熟睡中だ。イビルアイは呆れて帰ってしまった。
「はぁ……はぁ……そうね……」
「そうっすね。終わりにするっすか……」
ルプーは最後にキリネイラムをラキュースに渡すと手を差し出す。そして二人は固く握手を交すのだった。
「あなたの闇の力は本物っす。その剣は預けておくっすよ。もし死ぬことがあったらくださいっす」
「死なないわよ!こほんっ……まぁいいわ。私もあなたに出会えてよかった……。いつかまた闇の力について語り合いましょう」
ガガーランには理解不能な世界だが二人の間では何か分かり合えることがあったらしい。
「私も楽しかったすよ。貴方のこと気に入っちゃったっす。その剣はあなたが死ぬときまで預けておきます。あなたが闇の深淵に到達するのはその時なのですから……」
そう、闇の深淵たるナザリックには死して異形と化すしか迎え入れるすべはないのだ。そしてラキュースならば創造主もさぞや気に入ることだろう。
「それは……どういう意味なの!?ルプー!?」
「ふっ……それでは。また会いましょう」
ルプーは帽子を被りなおし、真面目な口調でそう言うと去って行った。残されたのはラキュースとガガーランだ。双子は寝ている。
名残惜しそうにルプーを見送ったラキュースは興奮したようにガガーランへと振り返った。
「どういう意味なの!?」
「知らねーよ!!!!!!!!!!!!!」
ガガーランの叫びとともに朝日が昇り、長く長く続いた闇が晴れるのだった。