名古屋の東山線は高畑(たかばた@名古屋市内・中川区)〜藤が丘を走っているのですが、奈良市内にも高畑(たかばたけ)町という觀光エリアがあるそうです。

頭塔(ずとう)は高畑町にある1辺30m、高さ10m、7段の階段ピラミッドで、モダンなデザインの割に、何と奈良時代の建造で、伝承では右大臣・藤原不比等の三男藤原宇合を祖とする藤原式家の藤原広嗣(藤原広嗣の乱@太宰府)のたたりで死んだ僧・玄昉の首塚ということです(http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/03history/01historic_sites/01north_area/zuto/)。

 藤原不比等の次男・藤原房前を祖とする藤原北家は(https://ameblo.jp/gonchunagon/entry-11239438872.html)、

冬嗣が文徳天皇の、その子・良房が清和天皇の、そしてその養子(甥)基経が朱雀天皇と村上天皇の、それぞれの外祖父となり、北家嫡流が三代にわたって外戚の地位を保ち続けたことが、同家の優位を確固たるものにしていたのだそうです。確かに「母系社会」の外戚というのは、今の民法の規定する制度からは、単純には想像しがたい思わぬ災厄を産むこともあるのかな、と思います。「Me Too」運動、「LGBT」ブームなどの社会運動も、私は現在大騒ぎしている人の、その大騒ぎの理由は、8割方、現在のテレビというメディアの存続に関する、その人の家庭にとっては確かに生死に関わる死活問題なのかな、とは思うのですが、私は「それやったら、彼らは、仕事を変えたら良えがな…」と、思うのです。いや、「仕事を変える」というよりかは、外面的には彼らの仕事は変わっていなくても良いんじゃないのだろうか、と思うのです。私の言う「仕事を変える」の意味は、「仕事の中身を変える」の意味で、例えて言うのなら、「ミックス。」「カメラを止めるな!」のような、素晴らしい映像作品を後世に遺すべし、という意味です。「ミックス。」の謎の中国人のチョイ役(?)の蒼井優さんは、確かに言われてみればあれは「蒼井優だったんや…」とは思ったのですが、そのチョイ役ぶりは逆説的に、映画上映後のシアター内では、「あれ、蒼井優やったんじゃない?」と、主役のガッキーの可愛さをも、食ってしまったような衝撃を観客に残していました。
 私は「テレビ局が閉局するのは、確かにそのテレビ局の社員や関連会社の社員にとっての大事」であることは間違いないのですが、でもだからといって彼らが虚無的になって「大災害やウォーエコノミーの到来を待ち望むような」軽はずみな発言を行ってはならない、と切に思います。「悲報」は私の耳には「悲願」としてしか聞こえないのです(「こういう記事たちが「アエモン」と呼ばれる記事たちでした」)。

 堺市の大野寺にも土塔(どとう)という1辺53.1m、高さ9メートルの、階段ピラミッドがあるそうです(https://zbnr-hp.com/doto-osaka-sakai/)。


 これは奈良県・宇陀市の大野寺の弥勒磨崖仏です(http://www.isinohotoke.net/yamato/ounodera.htm)。

 

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