岡本隆史

「やるからには一生懸命、心からの嘘をつきたい」――松たか子、母になって変化した心境

10/9(水) 8:00 配信

俳優としても歌手としても活躍する松たか子。歌舞伎俳優の娘に生まれ、10代の頃から脚光を浴びてきた。順風満帆に見えるキャリアの中で、「俳優とはいてもいなくてもいい存在」とどこか冷めた思いも抱いていたという。芝居と育児に奮闘するいま、心境が少し変わってきている。かつてなぜそう思い、何が変化をもたらしたのか。(取材・文:内田正樹/撮影:岡本隆史/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

『アナ雪』ブームを実感した瞬間

高く明るい女の子の声が部屋の中で響いている。松たか子は2007年に結婚、2015年に娘が誕生した。ちょうど週末に当たった取材の日、松は娘と連れ立って現れた。松はNODA・MAPの最新作公演『Q』:A Night At The Kabukiの稽古期間中だった。「最近、あまり一緒にいられないから寂しがって」と言うと、自分から離れて遊ぶ娘の方を見て笑みを浮かべた。

松の父は歌舞伎俳優の二代目松本白鸚(はくおう)、兄も同じく十代目松本幸四郎である。さらに姉の松本紀保も女優という芸能一家で、母(藤間紀子)だけが裏方として一家を見守ってきた。

「母はとても普通の人。 私の奮闘を見兼ねてか、時々アドバイスをくれます。『お母さんはね、とにかくにこにこ、のんびり、おおらかにしていればいいの。お母さんがキーキーしていると、子どももそれを察しちゃうから』とか。思い返すと、確かに母がキーッとなっている姿って、ほとんど記憶にない。すごく甘かったわけでも、厳しかったわけでもなく、誰に対しても同じ温度で飄々(ひょうひょう)と接していた。私も、母としてそういられたらと思いますけど」

2014年、松はディズニー映画『アナと雪の女王』の日本語吹き替え版でエルサの声と劇中歌「レット・イット・ゴー~ありのままで」の歌唱を務めた。映画も歌も大ヒットを記録したが、いわゆる『アナ雪』ブームを彼女自身が実感したのは、少し間が空いてからだったという。

「知り合いから、自分の子どもが歌っている動画が送られてきたりとか。ある日の明け方は、目が覚めたら、家の外から酔っ払っているらしき男の人が大声で歌う『レット・イット・ゴー~ありのままで』が聞こえてきて。『本当にヒットしているんだなあ』って(笑)。ディズニー作品には演劇やテレビドラマとはまた違った高さのテンションで共感してくれる方々がたくさんいるんだなあと実感しました。キャラクターの気持ちになってくれる人がいると思うと、このために頑張ったんだなあって」

幼い娘は、自分のお母さんがエルサであることを認識しているのだろうか。

「マネージャーが私の留守中に映画を見せていたようで、ある時点から分かったみたいです。ただ、『私が歌う時は、お母さんは歌わないで。私がエルサだから』って(笑)。『お母さん、やって!』とも言わないし、案外さっぱりしていましたね(笑)。自分が親になってからは、より何をやるべきなのか、慎重に考えるようになったかも。とは言え、いちいち決断が重たいわけでもなくて、『やってみたい』という直感を信じています」

“七光り”はもう忘れた

松の正式な舞台デビューは1993年上演の『人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)』だった。ほとんど舞台の経験がなかった16歳の少女が、いきなり歌舞伎座の舞台に立った。しかも、共演の俳優たちは故・十八代目中村勘三郎(当時は五代目中村勘九郎)、二代目澤村藤十郎、五代目坂東玉三郎など、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。

「基礎もなかったのに、とにかく舞台に立ってみたくてしょうがなかった。正直、緊張よりもうれしさでいっぱいでした。稽古の期間も短かったので、自分の中で葛藤する間もないままで舞台に立ち、贅沢な気持ちを味わって、後から徐々に『あれ? もしかして難しい』と気付いて、スーッと怖くなっていきました。毎日やっていると、上手くできないまま、ただ慣れていってしまう。それを勘三郎さんに見抜かれて、『頼むよ』と言われたこともありました。せりふがない時にどう舞台に立っていたらいいのかが分からない。普通に立つことや歩くことがいかに難しいか。舞台の厳しさを現場で知っていきました」

舞台には幼少の頃から父を通して興味を抱いていた。

「幼い頃からお芝居を見て、ロビーをうろちょろしているのが大好きだった私にとって、劇場は夢のような場所でした。例えば女形さんは、普通ならパッパと上がれる階段を、“わざわざ”一段ずつ上って、女の人を表現する。そうした一つひとつの“わざわざ”が面白かった。父は歌舞伎以外にミュージカルの舞台にも立っていました。それもあって、幼い頃から歌舞伎もミュージカルもお芝居のジャンルの一つとして見ることができた。その点は父に感謝しています」

幼い頃、歌舞伎俳優の父や兄の姿を見て、「自分も男に生まれていたら」という思いが頭をよぎったことはなかったのか。それを問うと、彼女は即座に「全くなかった」と答えた。

仕事DeepDive 記事一覧(86)

さらに読み込む

Facebookコメント

表示

※本コメント機能はFacebook Ireland Limited によって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。