ロケ弁とは……。テレビや映画などの制作スタッフ、出演者が現場で食べるお弁当のこと。
そのロケ弁界で大ヒットしているカレーがある。その名も「美智子カレー」だ。
肉、野菜、果物の旨味が凝縮されたドロリとしたカレーに、刻みキャベツ、ハーブをまぶしたポテトサラダ、目玉焼きのトッピングをかけて、一気に頬張ると、口の中で美味しさが爆発する。評判になるのも納得の味だ。
今回はこの美智子カレーを生み出した店主・美智子さんに、店舗型からデリバリーへ転向し、成功を収めた秘訣をうかがった。
美智子カレーの原点はバーのまかない飯だった
──美智子カレーはもともと中野通りにある店舗だったそうですが、カレー屋を始めたキッカケから教えてください。
美智子:今から20年ほど前に中野富士見町でバーを経営していたんです。当時は「モミジデラックス・アルコホリックシャイニーバー」という店名でした。私はDIYが好きで、一度自分でお店を作ってみたかったんですよ。なので内装には、かなりこだわりました。
バーの名前にしてもそうですし、内装も住宅街に似合わないほど凝ったオシャレな作りにしたんです。
そこのまかないで出していたのがカレーです。
──最初はまかない飯だったんですね。
美智子:お店でカレーを作ると匂いがするじゃないですか。その匂いに反応したバーのお客さんが次々と注文するようになりました。
そのうち、あるお客さんに「昼間はお店を使ってないんだから、ランチでカレーを出してみたら?」と言われたんです。私の哲学に「人のいいなりになる」というのがあります。人の意見に流されるのではなく、提案を受け入れるとビジネスチャンスは拡大するんです。その結果、お店を始めて4年ぐらいでバーからカレー屋になりました。
──それにしても突然の転身ですね。
美智子:私は何より面白いことをやり続けたかったんです。だから、カレー屋の名前も「美智子カレー」にしました。
──美智子カレーという名前はどこからとったんですか?
美智子:母親の名前が美智子なんです。母親のカレーレシピを受け継いだことから、この店名にしました。私が美智子を名乗っているのはインパクトがあるからですね。レシピは完全再現と言いたいところですが、かなり改良しています。
──お母さんのカレーも本格派だったんですか?
美智子:ですね。私の世代だとお母さんのカレーは黄色いカレーなんでしょうけど、私はそれを知らなかったんです。なぜなら母親の作るカレーは、ちゃんと豚骨からダシをとる本格カレーでしたからね。それがレシピのベースになっています。
冷凍するとカレーの旨みが増す
──濃厚さが魅力の美智子カレーですが、話せる範囲でレシピを教えてもらえますか。
美智子:肉、野菜、果物などを巨大な圧力鍋で原型がわからなくなるほど煮込んでいます。ベースのスープは豚骨、鶏です。目では確認できないですが、口に含むと肉の味がするほど、肉を多く入れているので、原価は高いです。野菜はじゃがいもや人参など一般的なもので、季節によって変えています。
ほかの店がやっていない方法としては、作ったカレーを一度冷凍させています。科学的な根拠はわからないんですけど、なぜか旨くなるんですよ。
──冷凍でカレーの旨みが増すなんて初めて聞きました!
美智子:美智子カレーは一度食べると癖になるので、驚異のリピート率50%以上を誇っています。美味しいとは「もう一度食べること」だと思っています。騙されたと思って一度食べてもらいたいですね。きっと1週間、1カ月後にはまた食べたくなるはずですよ。
──トッピングも個性的ですよね。
美智子:お客さんを飽きさせないためにはトッピングも重要です。刻んだキャベツ、ポテトサラダ、焼きチーズ、目玉焼き、粗挽きソーセージなどを用意しています。それをお好きなように混ぜて食べてください。
──ちなみにお値段は?
美智子:単品で1,050円、トッピングがついたセットで1,500円です。サイトによって配送料の設定が違うので、多少は値段が上下します。ロケ弁が中心ですが、中野新橋の近くであれば、出前館、Maishoku、Uber Eats、楽天デリバリーでも注文できます。
──流行のUber Eatsにも対応してるんですね。
美智子:Uber Eatsとは相性がいいみたいで、個人からの注文も多く入っています。潜在的にデリバリーで1,500円の本格カレーを食べてみたいと思っていた人がいたんでしょうね。
Uber Eatsで注文してくれた芸能人の方が、予想外なことにSNSに書いてくれたり、ラジオで言ってくれたりして広まった面もあるんです。
──どうしてデリバリー専門に移行したんですか?
美智子:最初、お店を知ってもらうために、手のひらサイズの小さなのぼりを作ったんです。それを配ったり、常連さんに持って帰ってもらっているうちに「美智子カレー」がブランドになって、店舗だけでなく、持ち帰りの注文も入るようになりました。
中野はクリエイターが多い場所なので、アニメ制作会社などの残業メシにしてもらえたこともあって、ロケ弁の注文も増えてきました。
ロケ弁は弁当、カレー、釜飯などのサイクルがあり、その『カレー』の日に美智子カレーがうまくハマったんですね。
──店舗の経営もうまくいってたんですよね?
美智子:はい。ただ、2年前に物件の更新時期があり、デリバリーの調子が良かったので、思い切って閉店しました。中野通りにあった店舗は、「美智子カレー」ブランドの広告的な役割を十分に果たしたと思ったんです。
──店舗があるときから、ブランド戦略に重点を置いていたんですね。
美智子:ほかにはない試みとして、お店でコスプレイヤーのイベントを開いたり、レイブやクラブイベントにも出店したりしていました。
その甲斐あって、イベント会場などでも、思いのほか美智子カレーを知っている人が多くて驚きましたね。テレビや雑誌の取材も年に3、4本は入っていましたし、やはりお店を経営していくには知ってもらうことが一番大切です。
心の開き具合はお客さんのドアの開き具合
──知名度があったからこそ思い切ってデリバリー専門に方向転換できた面もあるんですね。
美智子:たしかに一から始めるより知名度はあったんですけど、1,500円のカレーを1時間かけて運んでいてもそんなに儲かるものではないんです。バイクのメンテナンス代や人件費もかかりますしね。
そこで考えたのがロケ弁でした。ロケ弁の業界だったら、1回で5万円、ドリンク込みで10万円という売上が可能になります。
20人前、30人前になると、食べ終わったゴミも大量になります。私は、それを持ち帰るために、お客さんが食べ終わるまで待っていることもあります。それもサービスの一貫ですね。
さらに配達の前に、冷めないように保温用プレートを電子レンジで7分加熱して、お届けします。
──お客さんへの配慮が行き届いてますね。
美智子:相手の気持ちを考えるのが商売の基本です。
ほかのデリバリー業者ではしないであろう技もあります。それは「お客さんの顔を見ない」こと。チェーンのピザ屋さんでは、笑顔が必須じゃないですか。それじゃダメなんです。お客さんは部屋を見られることを嫌がります。だから、私はマスク姿でお客さんとは目を合わさない。この方がリピート率が上がります。
心の開き具合はお客さんのドアの開き具合です。
──デリバリー時に配慮はしているんでしょうが、美智子さんのキャラは目立ちますよね。
美智子:お客さんの前では地味でマジメに徹しています。その一方で、「美智子カレー」なんて太平洋に浮かぶ空き缶ひとつのようなものですから、「目立ってなんぼ」の精神はあります。なので配達用のバイクには美智子カレーの派手なのぼりを立てて、Taitter、Facebook、インスタ、YouTubeなどのSNS活動にも力を入れています。
──これからの目標を聞かせてください。
美智子:最終的には「美智子カレーをブランド化」することです。カレーを広めたいわけではないんです。私が着ている美智子カレーTシャツは、何人かのアイドルさんが広めてくれたおかげで、アイドル現場で支持されているんですけど、それが売れてくれるのでもいい。私がやっているYouTubeチャンネル「美智子カレー」で収益が上がってもいいんです。
あと、もう一度店舗も持ちたいです。やはり面白い人に会えるのはお店ですからね。そのお店をYouTubeのスタジオとしても使って、女の子とキャッキャ言いながら美智子カレーの話を配信したいですし……。
それは冗談にしても、名前が売れるとカレーも売れるので、インターネットはフル活用して、これからも積極的に広報活動を続けていきたいです。
ただでさえ成功することが難しい飲食業。1年で3割が潰れ、10年続く割合は1割程度と言われている。その中でデリバリーに転身し、成功した「美智子カレー」の戦略は、味だけではなく、徹底した広告とSNSの活用、画一的なチェーン店のサービスと差別化することであった。個人の飲食店が生き残っていくには、味はもちろんだが、それ以上に気遣いが必要なのだ。
ぜひ美智子カレーを注文してほしい。運良く店主が届けてくれたなら、きっと目を合わせないサービスをしてくれるはずだ。
撮影:西邑泰和
お店情報
美智子カレー
電話:03-5328-7855(一般とFAX)050-3749-9836(ロケ弁専用電話番号)
営業時間:予約優先昼頃~23:00デリバリー営業のみ。 Uber Eatsは24時まで。出前館・楽天デリバリー・Maishokuなど各サイトに準じます。ロケ弁は各種撮影スタジオ、テレビ局、ラジオ局など食数によって、ご希望の場所まで配達します。直接お電話ください。
定休日:不定期
書いた人:松本祐貴
1977年、大阪府生まれ。フリー編集者&ライター。雑誌記者、出版社勤務を経て、雑誌、ムックなどに寄稿する。テーマは旅、サブカル、趣味系が多い。著書『泥酔夫婦世界一周』(オークラ出版)。
- 公式サイト:「~世界一周~ 旅の柄」