[3-16] ファイナル電流猪鹿猿
魔族は農業を嫌うと言われる。
獣同然の魔物は当然として、知能があり社会を築く魔族であっても、畑を耕して日々の糧を得ることは少ない。貯蓄という概念はあっても、地道にコツコツ成果を積み重ねて糧を得るということは面倒くさがる。例外は一部の虫人くらいだ。
何故、魔族がこのような性質を持つに至ったかは定かでない。一説には、人族の糧を奪わなければ生きてゆかれぬようにして戦いへ誘導するため、敢えて邪神がこのような性質を付与したのだともされる。
だが大所帯の魔王軍を維持しようと思ったら、狩りと収奪で済ませるわけにもいかない。
特に、人族が大陸から駆逐され魔族によって席巻されていけば、奪おうにも奪う相手が居ないのだから自前でどうにかするしかなくなる。
そこで当時魔王軍の参謀だったエヴェリスは、アンデッドを用いた大規模農業のシステムを構築した。
頭の悪いゾンビやスケルトンを大量に運用してどうにか食料生産を行うシステムを作るというのは並大抵の苦労ではなかったが、半自動で昼夜を問わず動き続ける食料生産ラインは、魔王軍の快進撃に大きく貢献した。
今、ルネは同じ事をしようとしていた。
アンデッドが使える、というのは人族にはない邪神陣営の強みであり、また今後大きな勢力を築く上で農業は避けて通れないと考えたからだ。
アンデッドの寄る辺となり、地脈から魔力を汲み上げてエネルギーを供給する柱状の機関『トランジポール』。
天気や作業状況を見て条件分岐で指示を出すだけの低級ゴーレム。
そして数体のアンデッド。
それらを配置し、ひとまず試験的に農業をさせていた。ちゃんと機能するようなら労働力の調達と環境整備を進め、徐々に大規模化していく予定だった。
だが、その実験は開始から半日と経たずにメチャメチャになっていた。
「これは……」
そこは、ク・ルカル山脈北側の密林の、比較的浅い場所だった。
森を切り拓き、耕そうとしていたはずの場所。
作り始められたばかりの畑が、火薬の爆破実験にでも使われたかのようにボコボコになっていた。
アンデッドを動かすための『トランジポール』も破壊され、あばら骨のような構造物と配線の残骸を晒している。
「撤収したのはちょうど日が沈む頃です。
それから一時間もしないうちに、このように」
報告するミアランゼも戸惑った様子だ。
ルネは荒らされた畑を見て回る。いや、もはや畑とは言えない局地的で小規模な荒れ地だ。何か、奇妙な気配が立ち上っているようにも思えた。
作物も無いのだから当たり前だが、畑泥棒の仕業という雰囲気ではない。
ではマジックアイテムの部品でも狙ったのかと思いきや、『トランジポール』は破壊されているだけで残骸はそのまま放置されている。
「犯人が逃げるところとか、誰か見てないの?」
「それらしい報告はございませんでした。もし見知らぬ者が侵入していたとしたら、魔物たちが騒いでいたでしょうし」
「そうよねえ……」
魔物だらけの密林に侵入し、誰にも気付かれずに開墾中の畑を破壊して気付かれずに去る。
目的も手段も不明であり、動機も推測しがたい。その全てを持ち合わせて居るのは、さて何者か。
ひょう、と夜風を切り裂く音がしてルネが見上げると、月明かりを浴びて紫髪をなびかせ、魔女らしく箒に乗って飛んでくるエヴェリスの姿があった。
「姫様、遅参失礼」
箒から飛び降りたエヴェリスはいつもの露出が多い格好ではなく、全身をすっぽり覆うコートを着ていた。
「エヴェリス……もしかしてその下……」
「いやー、あはははは。
一大事っぽいからとにかく手近な所にあった服だけ着てすっ飛んできた次第よ」
春先に似つかわしい格好と言えば似つかわしい格好だった。
ルネとミアランゼはこちらへ様子を見に来る前に、エヴェリスの工房に書き置きを残しておいた。内容は端的だったが、エヴェリスはそこからただ事ならざる異状を察した様子だ。
荒らされた畑を見回して、エヴェリスは現場検証する警察官のようにかがみ込んで地を撫でる。
「聖気……じゃないけど、妙な気配があるね」
「あ、気のせいじゃなかったのね。なんかこう、燃えないゴミが燻ってるみたいな変なニオイがするような、微妙に身体が痺れてるような……」
「聖気を使わない、対邪気術式ってとこかな。
浄化の力ってやつぅー。あー、やだやだ」
うんざりした様子でエヴェリスは首を振る。
聖気による中和とは違う。
これは邪気が力を発揮できないよう、場に秩序を規定する何かだ。
清めの炎によってアンデッドを滅する≪
「それ割と一大事じゃないの。え、でも聖気みたいに気持ち悪い感じはしないけど……」
「まーね、言ってみればこれはアンデッドにとって無臭の毒よ。
慣れれば感じられるようになると思うから、この際覚えちゃえばいいんじゃない?」
エヴェリスの物言いは緊張感がないようにも聞こえるが、彼女は真剣だった。
アンデッドへの対抗手段を備えた攻撃。
となればルネに、あるいはルネが率いるシエル=テイラ亡国に、明白な害意を持っての行動であったと考えるのが自然だ。
『誰が何故』というのは依然として不明だが、看過しがたい事態である事だけは確かだった。
「……ミアランゼ、こういうのは
今回、緊急事態だったのは結果論だけれど、何か変なことがある度にちゃんと報告していれば緊急事態になっても早期に把握できるわ。そのためなら、空振りになる報告がいくつあったとしても無駄じゃないはずよ」
「はっ……申し訳ありません」
「次から気をつけてくれれば良いわ」
耳を伏せて萎れるミアランゼに、ルネはちょっとフォローを入れた。
彼女はこの事態をすぐに報告せず、自分が城まで来るついでに口頭で報告した。結果としてミアランゼが事態に気付いてからルネがそれを知るまでに2,30分ほどのタイムラグが生まれたわけだが、それを責めるのはちょっとばかり酷かも知れない。
これが明白な敵襲だったりしたら、彼女は即座に急を報せただろう。だが、それ未満の情報を機動的に共有することがどれほどの利益になるか、ミアランゼは実感として理解していないのだ。
IT技術にまみれた地球で生きた前世の記憶を持つルネと、この
この世界には通信の魔法があるとは言え、SNSどころか電話や電報と比べても不便で不完全なものだ。人々にとって情報とはゆっくり伝わるものであり、世界はその速度に合わせて動いている。情報共有の高速化は、大国の国家機関でさえしばしば不十分だ。
むしろルネやエヴェリスが急進的すぎるとも言えた。
「
「でも連絡はなるべく
急に戦闘になったりした時、ミアランゼが消耗してたら厳しいんじゃ……」
「そん時はポーションで回復するって手もあるよ。
なるべく安全にって考えるなら頂けないやり方だけど、まあ、この場に限って言うなら、ちゃんと地脈を整えて通信設備を作るまでの辛抱だし……
っと、話が逸れた」
手が止まっていたエヴェリスは試験管らしきものを取り出して、抉られた土を掬い取って詰める。
次いで、『トランジポール』を目にも留まらぬ早業でバラしながら部品を並べ始めた。
持ち帰って調べるつもりらしい。
「しかし何者がこのようなことを……」
明白な敵意を持った攻撃であったらしいと知り、憤懣やるかたない様子のミアランゼ。ミアランゼはルネに対して無限の尊崇を抱いており、そのルネが率いる勢力・シエル=テイラ亡国への攻撃は何よりも許しがたいものであるらしい。
煙のように消えた犯人を捜す手段があるのなら、すぐにでも引き裂きに行きそうな勢いだった。
何にせよ、正体不明の攻撃者を探し出さなければならない。
「……エヴェリス。監視カメラって分かるかしら」
「分かるともさ。いっちょ釣りでもしてみる?」
かがみ込んで作業をするエヴェリスが、コートの裾から瑞々しいヒップを晒しながら言った。
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