【アレックス・カー】中国人が日本の「観光公害」の原因、という考えは間違っている 観光公害を引き起こしているのは誰か

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右肩上がりで増加を続ける外国人観光客。特に増加が著しいのが中国人だ。10月1日から始まる中国の大型連休で8億人が海外旅行に出かけ、一番人気の観光地がこの日本だという。そして彼らがまきおこす混雑、マナー違反、景観破壊といった迷惑な状況を指す言葉が「観光公害」だ。

観光公害が拡大を続ける背景として、実は「受け入れる日本側が、真の意味での『開国』に対応できていないことにある」と、東洋文化研究者アレックス・カー氏は警鐘を鳴らす――。

観光公害が拡大している直接の理由

バルセロナをはじめとした世界各国の観光地が悩まされている観光公害ですが、ジャーナリストの清野由美氏との共著である『観光亡国論』(中公新書ラクレ)に詳しく書いたとおり、その要因は多様です。

日本国内でいうと、観光立国戦略のもとで外国人の入国者、とりわけ中国人に対するビザの緩和措置が挙げられますが、世界で共通の要因としては以下のものが考えられます。

・新興国からの観光客の増加

・LCC(Low Cost Carrier =格安航空会社)の台頭で、海外旅行体験のハードルが著しく下がったこと

・SNSなど、言語の壁を超えた情報の無料化が進み、そこに「セルフィー(自撮り)」という新しい自己顕示のトレンドが生まれたこと

新興国の観光客の中で、とりわけ大きな現象は、中国人観光客の爆発的な増加です。
中国国家統計局によると中国人の海外旅行者数は2005年には3000万人でしたが、16年には1億3000万人へと大きく増加。国連世界観光機関の「国際観光支出」によれば、世界での観光消費額も2位のアメリカに2倍の差をつけて、ダントツになっています。

日本政府観光局の「訪問客数の推移」によると、来日する中国人観光客も16年に過去最多の637万人となり、前年比で25%以上も増えたとされています。

銀座でツアーバスの前に並ぶ中国人観光客〔PHOTO〕Getty Images

中国人、特に団体客のマナーの悪さが群を抜いて目立つのは、数が圧倒的に多いので仕方がないのかもしれません。しかし、現在の中国ではパスポートを発給されている人は、まだ人口の数%に過ぎないといわれており、今後、年間1000万人の単位で受給者数が増えていくとされています。

中国人の次には、やはり人口が圧倒的なインド人の観光客も控えています。インバウンド数の伸びとともに「観光公害」は今後も、私たちの想像を超える規模で広がっていくことが予想できます。

「原因は中国人」という決め付けは誤り

ただし、「観光公害の原因は中国人である」などと決めつけることは間違っています。一国が経済成長を果たし、その国民が世界中を闊歩するようになると、世界各地で軋轢を起こすようになることは世の習いだからです。ですので、外国人が日本をダメにしている、という安易な論調に乗ってはいけません。

都内の家電量販店で買い物を済ませた中国人観光客〔PHOTO〕Getty Images

アメリカ人は 1950、60年代に、フランスやイタリアに観光に出かけ、傍若無人に振る舞ったことで、「醜いアメリカ人(アグリー・アメリカン)」として嫌われました。

その後は経済力を付けたドイツ人と日本人が、「アグリー・ジャーマン」「アグリー・ジャパニーズ」と呼ばれました。バブルのころは、日本人観光客もパリの高級ブランド店などで“爆買い”を行って、顰蹙を買いました。

もちろん、受け入れ側のキャパシティをはるかに超えて増大する中国人観光客への対応は必要です。しかし、それは「中国人観光客が悪い」という話では決してありません。観光立国を果たすには、世界の誰をも受け入れた上で、その状況をコントロールする、という構えが重要なのです。

昭和に引きずられたままの観光業

日本の「観光業」には昔から典型的なスタイルがあります。会社の人たちや、町内会のおじちゃんおばちゃんが大勢で大型バスに乗って、大型旅館に泊まってワイワイ遊ぶという、旅行会社が仕切る大量生産、大量消費型のパターンです。
 
21世紀になって、そのパターンはオワコンと化し、昭和モデルの大型旅館の廃業が相次ぎました。しかしまだ宿泊や旅行業界はそのスタイルを引きずっており、今の時代にマッチしたパターンに切り替わっていません。規制やルールの敷き方も、基本的にそのパターンのままです。

しかし、21世紀型産業としての観光業、特にインバウンドを前提にした観光業は、日本にとってまったく新しい領域です。誰も予想してなかったインバウンドラッシュの時代には、規制もマネージメントも、新しいやり方を創造的に考えていかねばなりません。それは観光業の革命につながります。

日本の観光業の典型はオワコン化している

私は2000年代に、京都の旧市街に点在する伝統的な町家を改装して、一棟貸しの宿に転換する事業に取り組みました。従来のホテルや旅館のように、いたれりつくせりのサービスを揃えるのではなく、お客さんに鍵を渡して、「どうぞお好きにお使いください」というスタイルは、このときに生まれたものです。

京都の風情ある町並みは、木造の町家が作っています。しかし、それらは今の時代に住むには古く、不便だということで、空き家化が急速に進んでいました。何とかその流れを食い止めることはできないかと、頭をひねった末に編み出した枠組みが、町家を一棟貸しする「町家ステイ」でした。

〔PHOTO〕iStock

現在はインバウンドブームとともに、古い町家を宿にリノベートする動きが、京都だけではなく、全国に広がっています。しかし私たちが始めた当時、町家を宿泊施設として生かす事業が成功するとは、誰からも思われていませんでした。周囲にいる京都の人たちは、「お客さんはシティホテルを好まはる」「旅館なら、フルサービスでないとあかん」と口を揃え、最後に「そんなん、ここではうまくいかへん」と、否定の言葉を投げてこられました。

ところがフタを開けてみたら、宿は予約でいっぱい。海外からのお客さんが多いだろうと思っていましたが、「一棟貸しのスタイルでは来ないだろう」といわれていた日本国内のお客さんが多かったことは、運営側の私たちにしても予想外のことでした。今振り返ってみると、あれはおそらくオワコン化していた観光業に対して飽きを覚え、新しいスタイルを求めているお客さんが多かったことの表れだったのかもしれません。

世界的に変わりつつある観光産業

かつて携帯電話のドコモはiPhone にずっと抵抗していました。しかし、ソフトバンクが「よし、やろう」ということでiPhone を導入したら、みんながわっと飛びついて、最後にはドコモも切り替えざるを得なくなりました。現在の日本は世界の中でもiPhone のシェアが高い市場になっています。

2000年代のはじめにマーケティングの世界で話題になった言葉が「ティッピング・ポイント」です。これは『ニューヨーカー』誌の記者だったマルコム・グラッドウェルの著書『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』(高橋啓訳、飛鳥新社)のタイトルでもあり、「あるアイデアや流行もしくは社会的行動が、敷居を越えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間」のことを指しています。そこから転じて、現在では「臨界点」「閾値」という意味で、多く使われるようになっています。

いつの時代でも既存のシステムや勢力をぶち壊すような何かがないと、産業は活性化しません。iPhone は、まさしく通信産業にティッピング・ポイントをもたらしました。世界の観光産業も同じく、ティッピング・ポイントを迎えています。中国人観光客だけでも、すでに世界の観光地が大きな影響を受けているところに、今後はインド、中近東、南米、その他各国・各地域からの観光客が加わり、観光は桁違いの産業に拡大していくことでしょう。

本当の意味での「開国」を遂げられるか

しかし、社会、経済、文化それぞれの分野では、その閾値超えに対する準備がまだできていません。問題は日本だけでなく、世界各国に共通するものですが、とりわけ日本において注意すべきは、日本ではインバウンドが爆発的に増えるまで、本当の意味での「開国」を経験していなかったことにあります。

IT革命が本格化した20世紀末から世界の潮流は激変しましたが、日本は金融、通信、法律、行政、教育など、社会のあらゆる面で、システムのアップデートが遅れました。既存の老朽化したシステムにサビが出て、埃がたまり、ガタが目立ち始めたところに、さまざまな国から、さまざまな人たちが、「旅行」「観光」という名目で流入。そのような入国インパクトを急に経験したことで、問題は一気に表面化しました。

自国に対する、外部からの有無をいわせぬ変化としての「開国」は、ほんの4、5年前に始まったばかりです。それが日本にとって、どれだけの衝撃であるかは、想像に難くありません。

それゆえ観光を有益な産業にするためには、十分な覚悟が必要となります。これまでとは違う対応、方策を、クリエイティブに考え、生み出していくことが重要になるのです。