荒い息で少年は呼吸を繰り返す。
周囲の草木が揺れるたびにびくりと身を震わせ、少年は小動物のような動作で周囲を見回す。
辺りは森であり、ただでさえ鬱蒼と茂るその場は夕暮れという事もあり地上に光は殆ど届かず、辺りは闇に包まれていた。
追手の足音は段々と近づいてくる。
少年は途方に暮れ、老木の洞に潜り込み両膝を抱え込みすすり泣く。
「どうしてこんな…」
そんな言葉が彼の口から力なく零れ落ちた。
彼の名前はモモン。
大陸の東に位置するとある国のとある教会に住み込みで務める神官見習いである。
幼少期より足繁く神殿に立ち寄り神に祈りを捧げる信心深い少年であり、いつからか彼は神官を目指し熱心に勉強を始める。
神殿の神官はモモンの信心深さを気に入り、彼に洗礼を受けさせ神官見習いとなる事を許した。
ある日、モモンは修行の一環として神官によって巡礼のキャラバンに参加する事になった。
しかし巡礼の最中に
当然モンスターや盗賊を警戒して戦士や
すばしっこい
しかしそんな神官もやがては魔力も体力も底をつきてしまう。
「モモン君は逃げなさい 貴方はいずれ皆を救う事が出来る ここで死んではいけない」
モモンは治癒魔法の効果増大というタレントの持ち主であり、神官はそんなモモンの将来を見込んで彼を逃がす事を決めたのだった。
そして昼過ぎから逃げ続け、今に至る。
<
魔法も第1位階は<
みんなの犠牲を無駄にはしないと必死に逃げ続けてきたが、最早諦めるしかなかった。
起き上がると周囲を
聖印を手にガタガタと震える少年に、
―――神よ どうか助けてください お願いします
恐怖の余り声に出せないが、心の中で繰り返し続ける。
振り下ろされる短剣。赤熱感を背中に感じ、遅れてやってきた激痛に苦悶の声を漏らした。
再び振り下ろさんと高く掲げられる短剣を前に、彼は力なく呟く。
「助けて」
しかし
直後、真紅が視界を埋め尽くした。
「そこまでだ。」
眼前で炸裂する爆発の如き凄まじい金属音が日没の森に響き渡る。一体何が起こったのか分からないモモンの眼前で、真紅がはためいた。
その時の光景を彼は一生―――否、死しても忘れはしないだろう。
あらゆる不浄を跳ね除け、遍く絶望を切り裂く純白の輝きが月に照らされ、どんな星よりも眩く輝いていた。
兜の奥の眼光は目の前の
その余りの神々しさはどんな言葉よりも雄弁にモモンに語り掛けていた。
―――君はもう大丈夫だ と。
そしてそれは幻想ではなく、爆音と共に短剣もろとも両断された
一切の敗北の余地の無い様はまさしく吟遊詩人が語る英雄の姿そのものだった。
やがて辺りが片付くと、純白の騎士はモモンに治癒魔法をかけた。痛みが消え意識がハッキリと澄み渡ったモモンは騎士に尋ねる。
「何故見も知らない私を…」
騎士はモモンが言い終える前に返答する
―――誰かが困っていたら助けるのは当たり前。
こうして少年は決心した。あらゆる絶望を打ち砕き、弱者を救う正義の味方になると。
英雄になると。
―――これはやがて英雄譚に語られる大英雄になる一人の男の、始まりの物語り。
次回・1章~白銀の英雄~ 投稿日未定