英雄モモンの数奇な人生(仮)   作:Dr.Eddy

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序章~英雄の始まり~

荒い息で少年は呼吸を繰り返す。

周囲の草木が揺れるたびにびくりと身を震わせ、少年は小動物のような動作で周囲を見回す。

辺りは森であり、ただでさえ鬱蒼と茂るその場は夕暮れという事もあり地上に光は殆ど届かず、辺りは闇に包まれていた。

追手の足音は段々と近づいてくる。

少年は途方に暮れ、老木の洞に潜り込み両膝を抱え込みすすり泣く。

「どうしてこんな…」

そんな言葉が彼の口から力なく零れ落ちた。

 

彼の名前はモモン。

大陸の東に位置するとある国のとある教会に住み込みで務める神官見習いである。

幼少期より足繁く神殿に立ち寄り神に祈りを捧げる信心深い少年であり、いつからか彼は神官を目指し熱心に勉強を始める。

神殿の神官はモモンの信心深さを気に入り、彼に洗礼を受けさせ神官見習いとなる事を許した。

 

ある日、モモンは修行の一環として神官によって巡礼のキャラバンに参加する事になった。

しかし巡礼の最中に小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の集団にキャラバンが襲撃されてしまったのだ。

当然モンスターや盗賊を警戒して戦士や野伏(レンジャー)が哨戒や護衛にあたっていたのだが、襲撃の想像以上の規模に倒れ、キャラバンは四散することとなった。

すばしっこい小鬼(ゴブリン)が執拗に追いかけて来たが一緒に逃げていた神官が第2位階の信仰系魔法まで扱い、多少なりとも近接戦も行えるクレリックだったからこそ少しばかりは生き延びる事ができた。

しかしそんな神官もやがては魔力も体力も底をつきてしまう。

「モモン君は逃げなさい 貴方はいずれ皆を救う事が出来る ここで死んではいけない」

モモンは治癒魔法の効果増大というタレントの持ち主であり、神官はそんなモモンの将来を見込んで彼を逃がす事を決めたのだった。

鎚矛(メイス)を手に追手の小鬼(ゴブリン)に立ち向かう神官を尻目に、森を駆け抜けるモモン。

野伏(レンジャー)でもない彼が追手と距離を離す事ができたのは、神官が時間を稼いでくれたのと最期に魔力を振り絞り掛けてくれた<早足(クイック・マーチ)>の効果のお陰だった。

 

そして昼過ぎから逃げ続け、今に至る。

人食い大鬼(オーガ)の重鈍な足音と、木々を薙ぎ倒す音が近づいてくる。

<早足(クイック・マーチ)>の効果は既に切れ、体力も尽きている。

魔法も第1位階は<軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>しか使えず、第0位階では役に立たない。

小鬼(ゴブリン)の素早い足音が近づいてくる。

みんなの犠牲を無駄にはしないと必死に逃げ続けてきたが、最早諦めるしかなかった。

 

人食い大鬼(オーガ)が振るう棍棒の一撃によって轟音と共に隠れていた老木がへし折られ、衝撃で洞から投げ出されるモモン。

起き上がると周囲を小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)によって完全に囲まれていた。

聖印を手にガタガタと震える少年に、小鬼(ゴブリン)達は歪んだ笑みのような表情を浮かべながら既に血塗れた短剣を携えてゆっくりと距離を詰める。

―――神よ どうか助けてください お願いします

恐怖の余り声に出せないが、心の中で繰り返し続ける。

振り下ろされる短剣。赤熱感を背中に感じ、遅れてやってきた激痛に苦悶の声を漏らした。

小鬼(ゴブリン)達の笑い声が激痛に混乱する頭に響く。疲労と激痛によって限界を迎えていたモモンは地面に倒れ込む。

再び振り下ろさんと高く掲げられる短剣を前に、彼は力なく呟く。

「助けて」

しかし小鬼(ゴブリン)達が聞き届けるはずも無く、無情に短剣が振り下ろされる。

直後、真紅が視界を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

         「そこまでだ。」

 

 

 

 

眼前で炸裂する爆発の如き凄まじい金属音が日没の森に響き渡る。一体何が起こったのか分からないモモンの眼前で、真紅がはためいた。

その時の光景を彼は一生―――否、死しても忘れはしないだろう。

あらゆる不浄を跳ね除け、遍く絶望を切り裂く純白の輝きが月に照らされ、どんな星よりも眩く輝いていた。

兜の奥の眼光は目の前の小鬼(ゴブリン)達を鋭く射抜き、あちらはピクリとも動かなかった。

その余りの神々しさはどんな言葉よりも雄弁にモモンに語り掛けていた。

―――君はもう大丈夫だ と。

そしてそれは幻想ではなく、爆音と共に短剣もろとも両断された小鬼(ゴブリン)を皮切りに次々に切り裂いていく。たとえ人食い大鬼(オーガ)が棍棒を振り回そうと、鎧袖一触に両断する。

一切の敗北の余地の無い様はまさしく吟遊詩人が語る英雄の姿そのものだった。

 

やがて辺りが片付くと、純白の騎士はモモンに治癒魔法をかけた。痛みが消え意識がハッキリと澄み渡ったモモンは騎士に尋ねる。

「何故見も知らない私を…」

騎士はモモンが言い終える前に返答する

 

―――誰かが困っていたら助けるのは当たり前。

 

 

 

 

 

こうして少年は決心した。あらゆる絶望を打ち砕き、弱者を救う正義の味方になると。

 

 

 

英雄になると。

 

 

 

 

 

―――これはやがて英雄譚に語られる大英雄になる一人の男の、始まりの物語り。




次回・1章~白銀の英雄~ 投稿日未定

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