映画「ゴジラ」のテーマ曲は土俗的な力強いフレーズの繰り返しが印象的で、多くの人の心をつかんだ。
10年前に亡くなった伊福部昭さんが作曲した。1914年に北海道で生まれ、少年時代にアイヌ民族と深く交流した経験がある。
「友だちのおじいさんが犬を悼んで即興歌を歌ったんです。それを聴いた時の感動を呼び起こしたいのでしょうね」
伊福部さんはかつて、こう語った。アイヌ文化は作曲家としての原点だったのだ。
伝統舞踊に触発されて「シンフォニア・タプカーラ」という管弦楽曲を作っている。生命力に満ちたフレーズが繰り返され、ゴジラの音楽に通じるものを感じる。この曲を聴いてアイヌ音楽に関心を持つ人も多いようだ。
アイヌ民族の血を引くミュージシャン、OKI(オキ)さんも注目されている。伝統弦楽器のトンコリを奏でながら新たな作品を創造し、ファンは多い。
<関心の傍ら差別が>
音楽だけではない。日本語との系統関係が不明なアイヌ語の入門書や、歴史に関する一般向けの本の出版が増えている。伝統的な民族の文様を取り入れた衣類なども商品化され、民間からの発信は活発になってきた。
文化への関心は高まっている。だが、少数者として日本の社会の中で暮らすアイヌ民族への理解は深まっているのだろうか。
そんな疑問を抱かせる意識調査が先日、発表された。政府がアイヌの人々に限定して初めて行ったものだ。北海道アイヌ協会が把握する全国20歳以上の千人に尋ね、約70%の回答を得た。
現在、差別や偏見があるかとの問いに対して「ある」と答えた人が7割を超えた。具体的には結婚や交際でアイヌであることを理由に相手の親族から反対されたり、職場で不愉快な思いをさせられたりしている。
これとは別に、国民全体を対象に行った調査では、同様の質問に5割が差別などは「ない」とした。大方の国民とアイヌの人々との意識の差が大きいことが調査で裏付けられた格好だ。
アイヌ民族はもともと北海道や東北地方、千島列島などで暮らしていた。明治時代以降の同化政策はアイヌ語や伝統的な習俗などを制限し、民族としての誇りを奪うことになった。
今どのくらいの人がいるのか、明確な数は把握できない。蔑視されることを恐れ、民族との関わりを明かさない人も多い。
政府は2008年、衆参両院の決議を受け、アイヌの人々を先住民族として初めて認めた。以降、有識者を交えながら、支援策を具体化してきた。
目玉は、北海道白老町に整備する「民族共生の象徴となる空間」だ。アイヌ民族に特化した初の国立博物館などが建設される。20年の東京五輪に合わせてオープンする方針が決まった。
日本の近代化がアイヌの暮らしや伝統文化に大きな打撃を与えたことは疑いようもない。その反省に立って、支援策を充実させるのは当然のことだ。
問題は箱物造りでよしとすることなく、「民族共生」の理念を実現できるかだ。先の世論調査の結果を見る限り、簡単には進みそうもない。差別の背景として、アイヌの人々の多くは歴史に関する理解不足を挙げている。
実際、高校の日本史の教科書を開いても記述は多くない。札幌市のアイヌ文化振興・研究推進機構は毎年、全国の小中学校に副読本を配布しているが、積極的に使われているとは言い難い。
6年前の調査では北海道内の学校での利用が8割強なのに対し、それ以外の地域では6割程度にとどまった。アイヌへの理解を深めるため、教室でどのように使われているかなど、詳しい利用実態までは分からない。
蔑視や差別が今も続いていることを受け、北海道アイヌ協会などの関係者は、学校教育も含めて実効性のある啓発活動を進める必要があると訴える。
<少数者排除の傾向>
日本の社会は少数者を排除する風潮が強まっているように思えてならない。在日コリアンに対するヘイトスピーチ(憎悪表現)、性的少数者や障害者への蔑視、学校や職場でのいじめ…。
当たり前の「違い」を認めたがらず、「同質」を求めることから起きているのではないか。
同じ国に暮らすアイヌ民族の歴史や文化を学ぶことは、そうした問題を深く考えるきっかけになるだろう。差別問題が起きている実態から目を背けることなく、違いを尊重し合える社会にしたい。その窓を開くのは、一人一人の心の向け方に懸かっている。 (3月27日)