ルパン三世 ナザリック狂想曲 作:マモー
西暦2129年・東京・アーコロジー『サイド3』外周都市『32バンチ』
環境汚染が進み荒廃した22世紀。
人類は環境を完全に管理したアーコロジーとその外周都市に別れ生活していた。
その外周都市のビルの一室から物語は始まる。
薄暗く、合成食料や何かのパーツが散乱する部屋。
その部屋に一人の男が入ってきた。
アゴヒゲを生やしダークスーツとソフト帽の男はガスマスクを外すと不満を口にする。
「全く、外を出歩くのにマスクがいるたぁ。とんだ未来もあったもんだぜ」
その言葉を聞き、壁にもたれた時代錯誤の侍が声を上げた。
「左様。拙者も今だ悪い夢ではないかと思うぞ」
今度はそれを聞いた赤のジャケットの男がパソコンの画面を眺めながら答える。
「残~念だっけどもがな? 正真正銘、ここが俺達のいた世界の未来らしいわ。これ見そしょーゆ?」
「何々? 2020年9月20日の無差別テロを受け国立研究所は現時点での治療が難しいと判断した患者千人を新開発の冷凍蘇生装置の被検体に使用した。以下は患者の一覧である。お、おい! これは!?」
その名簿に書かれた名前に見覚えのある物を見つける、その名前とは。
「どーやら俺達はモルモットにされたみてぇだぜ?」
『石川五エ門』
『次元大介』
『峰不二子』
『ルパン三世』
ルパン三世 ナザリック狂騒曲
画面から離れたスーツの俺、次元大介がソファーへとドカリと座る。
「確かその日はいつも通り銭形のとっつぁんに追っかけられてたと思ったが、名簿にねぇって事は死んじまったか?」
「とぉころがどっこい。さぁっすがはとっつぁんだぜ、昔の警察のデータベースを漁ってみたらよ? とっつぁんは奇跡的に軽傷だったんだっけどもがな? どぉやら自分から冷凍装置に入っちまったらしいわ」
「と言うことは銭形もこの時代に来ておるのか」
「まーそうなるわな。だーがよ? とっつぁんの居ねぇ世界で暴れたってワサビのねぇ寿司、気の抜けたコーラ、面白みがねぇってもんだぜ」
「けっ! 暴れようったってどうするつもりだルパン? ここには昔のアジトも情報網もないんだぞ? 目覚めてからのこの半年だって、なんとか昔のお宝を回収していくらか金を手に入れたからだ。いっその事ぜーんぶ綺麗さっぱり金に変えときゃもう少しマシな生活が出来たかもな?」
「そう言うない次元、そう気軽に売っちまえる軽ーいお宝なんてそうそう持っちゃいねぇのよ。せぇーっかくのルパンコレクションだしな。それよりコイツを見てみな?」
ルパンが指し示した画面にはとある男のプロフィールが映し出されていた。
「帆場暎一(ほば えいいち)? 東京都出身、年齢不明、経歴不明、病歴および身体的特徴不明? 何だこりゃあ?」
「どうやら奴さん、自分のデータ全部を消しちまったらしい。分かってることは冷凍装置の基本プログラムを組み上げ、計画の中心に居た若き天才ってぇだけだ。それと、コレ」
ルパンが取り出したのは古びた手帳だった。
「日記、か」
「大当り、流石は五エ門ちゃん冴えてるぜぇ」
「その日記がどうしたってんだ?」
「この日記には『計画の全てをあるものに隠した』とある」
「あるもの?」
いぶかしむ次元の声にルパンはどこからともなく奇妙なヘルメットを取り出した。
「そこで必要なのがコイツ、電脳世界ダイブセットてわけだ」
「電脳世界だぁ?」
「さぁーっすがは未来の世界だぜ。インターネットって奴が進歩してよ、今じゃ意識ごとネットの海へダイブできるってぇわけよ」
「じゃあその計画って奴は広大なネットの海に眠ってるってのか!? おいルパン、今度ばかりは流石に無理だぜ。なんせインターネットって奴は無茶苦茶に広いんだからな」
「まぁ、待てって。探す場所はもうわかってんのよ? ジャーン! 新時代のDMMO-RPG『ユグドラシル』ー!」
「RPGってルパン、そりゃあただのゲームじゃねえか!」
「そうよ?」
「じゃあ何か? その計画ってのはそのゲームの中にあるってのかよ?」
「その通り」
「今回の件、拙者は降りる」
「五エ門と同じだ。バカバカしくてやってられねぇや。だいたいその情報も日記もどこから手に入れたもんなんだ?」
「不ー二子ちゃん」
「カァーッ! またあの女か! 百年以上眠ってても変わらねぇなルパン。あの女が関わってろくな目にあったことはないぜ? じゃあなルパン、達者でな」
「ままま、待ちなさいってば! この慌てん坊! いいか? この帆場ってヤツァな自分自身も装置を使ってこの時代で目を覚ましたんだ。そしてこのゲームの開発チームに潜り込みその中にデータを隠した。それもご丁寧にゲーム内からしかデータにアクセス出来ないようにしてだ」
「じゃあやっぱりそのゲームとやらをしなくちゃいけねえのか? 勘弁してくれ、いい歳こいてゲームなんざ」
「こぉれだから昭和の頭は。それにな? このデータを欲しがってる奴はそれなりに居るんだ。それこそ一億ドルの値が付く程にな」
「い、一億ドルだって!?」
「ああ、しかも帆場ご本人はゲームのリリース前に自殺しちまってこの世に居ねぇと来てる。一億ありゃあタバコや酒、白米だって手に入るんだぜ?」
「タバコ、酒」
「白米」
ルパンの言葉に次元と五エ門は唸る。
自然環境が崩壊したこの時代においてタバコも白米も酒も、すべては超が付くほどの高級品だった。
「そんじゃま、次の獲物は決まりってぇ事で。大泥棒ルパン様の職場復帰と参りましょうか? ぬふふふふふ」
………………。
ところ変わって。
サイド3内部、同警察署。
そこに机に向かって黙々と仕事を片付ける男が居る。
彼の名は『館 文彦(たち ふみひこ)』。同僚からは『たっち』と呼ばれ慕われている警察官だ。本人もその呼び方を気に入っているのか最近ハマっているゲームでもその名を付けて遊んでいる。
館が帰ってからそのゲームで何をして遊ぶか考えていると警察署中に呼び出しの声が響いた。
『館巡査部長、館巡査部長、至急署長室に来るように!』
「おい館、どうした? まさか署長に呼び出されるような事でもやったのか?」
「いやまさか、特に何もしてないさ」
「どうだかなぁ。良くも悪くも真面目なお前の事だ、知らんウチに署長の尻尾を踏んづけててもおかしく無いからなぁ」
館の同僚の言うとおり、現代の重役は大なり小なり後ろ暗い所を含んでいる。
警察署署長たる身分ともなればその役職に就くためにどれほどの賄賂、恫喝、蹴り落としをして来たかは想像に難くない。
現代において館ほど真面目で正義感の強い良いお巡りさんは少ないのである。
「コラァ! 篠原ぁ! 貴様くっちゃべっとらんで仕事を片付けんかぁっ!」
「なにをぅ!? そーゆー太田だってぜぇーんぜん進んどらんじゃないか!」
同僚達の喧騒を他所に、館は仕方なく書類に向かう作業を止めて署長室へと向かった。
署長室の近く迄来た時、その扉の前に誰かが立っているのが見える。
彼はこちらに気がつくと片手を上げて声を掛けてきた。
「やぁ、館。すまんねー、急に呼び出して」
「後藤隊長、貴方も呼ばれたんですか?」
「いや、ほら。俺って君の直属の上司だしさぁ。なーんか厄介ごとみたいなんだわ、コレが」
このオールバックで三百眼、やる気の欠片も無い無表情で水虫の男こそ、館の上司であり所属する隊の隊長である後藤喜一(ごとう きいち)警部補。
彼は相変わらずのやる気の無い声でそう告げた。
「んじゃま、行くとしますか。後藤喜一警部補及び館文彦巡査部長、入室いたします」
「入れ」
室内からの返答を受け、二人は中へと入る。
「「失礼します」」
「うむ」
署長室に入るとそこには眼鏡をかけた神経質そうな男が座っていた。
彼は福島隆浩(ふくしま たかひろ)警視。
警視庁及び各アーコロジーの慢性的警察官不足によって特例的に警視でありながらサイド3署の署長に収まっている男である。
「君たちを呼んだのはコレの事だ」
福島はそう言って一つの書類を差し出す。
それを受け取った後藤は書類を流し読みして首を傾げた。
「広域Aランク犯罪者記号P26号、通称ルパン三世に関する捜査協力依頼? なんですこれ? しかも今時紙の書類とはねぇ」
「問題はそれなんだ。書類の制作年月日を見てみたまえ」
「えーっと、西暦2020年11月5日になってますが?」
「せ、西暦2020年って百年以上前じゃないですか!」
「依頼書には『期限を定めず、本書類を提示された警察機構は速やかに協力するべし』とある。それも当時の内閣総理大臣、国務大臣、都公安委員会委員長、警視総監、各都道府県警察本部長。極め付けは国際組織たるICPO事務総長を含める全て直筆のサイン入りでだ」
「インターポールまで」
「しかし、なぜこんな古い書類が今頃になって?」
福島は絞り出すように声を発する。
「提示されたんだ。正式にこの権限を持つ者から協力を依頼された」
「権限を持つ者って、その人もう爺さんでしょう?」
後藤がそう言って頭をかいた時、入り口の扉が開かれ一人の男が部屋へと入って来た。
ドラム式のテープとフロッピーディスクを満載したカートをガラガラと押して入ってくるベージュのトレンチコートとソフト帽のその男は入って来るなり後藤と館を一瞥し非難の声をあげる。
「年寄り扱いはやめて欲しいもんですな。署長、こちらが私の助手ですかな?」
「はぁ……。後藤くん、館くん、紹介しよう。こちらがルパン三世専任捜査官の……」
「警視庁刑事部捜査二課、現在ICPO総務局国際協力部第一課に出向しております。ルパン三世専任捜査官の銭形であります。階級は警部、以後よろしく」
「「は、はぁ」」
「ワシはルパン逮捕に関しては世界中どの国でも捜査権を認められておるのです。その書類しかり、例え時代を越えようとこの世界にルパンある限りワシはヤツを逮捕せねばならんのです! その為にはこの過去から持って来たルパンに関する資料。データテープ全16巻、追加の資料ディスク1348枚がきっと役に立つはず。まぁ、ルパンはワシでなければ逮捕できませんがな。なんせ奴は……」
「銭形くん!!」
「は、はぇ?」
「ごほんっ! まず、そのデータを見る為の機材は博物館にでも行かないと手に入らないし、彼らへの説明もまだすんでおらん!」
「こ、これは失礼しました」
「とにかく! 後藤くん、君の隊から銭形警部の補佐として館巡査部長を任命する」
「これは困りましたなぁ。ウチの数少ない比較的まとまな人材を取られては。それにうちは警備部特殊車両二課なんですがね?」
「現代の警察機構において他所に割ける人材は無い。唯一白羽の矢がたったのがまともじゃ無い君の隊だっただけだ。あと君が比較しているのはあくまで君の隊内での話だろう」
言外に自分がまともではないと言われ館は若干面白くないが、上司二人の話し合いは決着が付いたようだ。
「本日一二〇〇時をもって警視庁警備部特車二課第二小隊内にルパン三世捜査隊を編成する、また同時刻から第二小隊に銭形警部を編入、館巡査部長は警部の元に付き共にルパン逮捕の任務に当たれ」
「特車二課第二小隊隊長後藤警部補、任務拝命しました」
「お、同じく館巡査部長、任務を拝命いたしました!」
「館くん、ルパン逮捕のためよろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします、警部」
こうして未来の日本警察もルパン逮捕に動き出すのであった。