王都リ・エスティーゼ。
王国の首都であり、国王ランポッサ三世の住まう王城のある大都市である。その王城に設けられた訓練場にて二人の戦士が剣を交えていた。
「ストロノーフ様、本当に稽古をつけていただいてよろしかったのですか?」
「ああ、ちょっと怪我を負ってな。そのリハビリにはクライム、お前くらいが丁度いい」
一人は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。短く刈り揃えられた黒髪に黒の瞳をしている。王国の懐刀と呼ばれる周辺国最強の戦士だ。
一方、その剣を必死に受けているのがクライムと呼ばれる少年だ。全身真っ白の鎧に身を包んみ、目は三白眼、金髪を短く切りそろえている。孤児出身であり、王国の第三王女直属の護衛でもある彼はいい意味でも悪い意味でも注目を集めている。
「しかし、そんな怪我を負われている身でもし私に一太刀でも浴びることがあればストロノーフ様のご迷惑になります」
ガゼフも平民の出身でありながら国王直属の戦士団の長という地位についており、封建的な貴族社会である王国では微妙な立場に立たされている。しかし、ガゼフはそんな貴族のしがらみも剣の腕一本で黙らせてきた。
「何、気にすることはない。それにクライムが俺より強くなったなら代わりに王を守ってもらうさ。それともラナー様以外は嫌か?」
「な、なにをおっしゃっているのですか!?」
クライムは顔を赤らめる。ラナーは孤児である自分を救ってくれた恩人であり、そのような感情を持っていい相手ではない。
「ははは、冗談だ。聞き流してくれ。そんなわけでリハビリに付き合ってもらうぞ。クライム」
「分かりました!しかし、ストロノーフ様ほどの方が怪我を負わされたのですか……。相手は余程の手練れだったのですね……」
「いや、あれを手練れと言うのは……まぁ手練れは手練れだったのだが……」
ガゼフは何やら言いにくそうにしている。聞いてはいけない話題だったのかとクライムが後悔しながら剣を交えているとガゼフがポツリポツリと語りだした。
「王国辺境の村々が襲われてるという話は聞いたことがあるか?」
「ええ、焼き討ちにあって酷い様子だと聞きました。村が全滅したところもあるとか……」
「それで討伐を要請されてな。戦士団で辺境のカルネ村の周辺に行ったんだ……。行ったんだが……そこに白ブリーフの集団がいてな……」
「白……ブリーフですか……」
クライムは聞き間違いではないかと耳をを疑う。いや、聞き間違いに違いない。それでなければガゼフの頭のほうを疑わざるをえない。
「強敵だった……白ブリーフたちは天使を召喚する召喚魔法を使ってな……もしやつらが白ブリーフ以外の装備をしていたらどうなっていたことだか……」
聞き間違いではなかったようだ。ガゼフは相手のことが強敵だと言っているが、クライムにとってはガゼルの話していることが強敵ならぬ狂的だ。
「戦士団にも多数の負傷者が出た……。俺も無傷には済まなかった……。それに討伐することもできず逃がしてしまったが何とか白ブリーフ集団を撃退することができ、カルネ村については救うことができた。だが白ブリーフ集団の目的が分からなくてな……ただの変質者なのかそれとも……」
「そ、それは……すごいことです……ね」
とりあえずガゼフの体面を保つためにそう答えておく。夢か何かでも見たのだろう。常識的に考えて辺境に下着姿の男の集団が現れるはずがない。
そんなガゼフの妄想とも現実とも取れない話を聞いている間も二人は剣を交えっぱなしだ。
しかし、クライムは違和感を感じていた。ガゼフの剣にキレがない。剣筋も簡単に予測できてしまっている。いつもであればとうにクライムは手が痺れ、注意力も散漫になり地に伏せてしまっているころだ。
以前の稽古では手加減してもらってなおガゼフの剣筋は早すぎてほどんと対応が出来なかったのだが、よほど先ほどの戦闘での負傷が影響しているのだろうか。
「クライム!上達したな!お前には才能がないかと思っていたがやるじゃないか!」
ガゼフはフェントを混ぜつつ変幻自在に斬撃を放ってくるが、クライムはそれらの斬撃をある時はあっさりと避け、ある時は剣で打ち返す。逆にガゼフの手に痺れが走るくらいだ。
「ぐっ、やるな……ならばこれならどうだ!」
ガゼフは武技までは込めないものの、大上段に構え本気の一撃を放った。それほどまでに今日のクライムはガゼフにとって強敵であったのだ。
さすがにクライムもその攻撃には恐怖を感じる。しかし……。
(今日なら……いける!)
「はああああああ!武技《斬撃》!」
クライムはガゼフの剣を真っ向から受けるべく剣を跳ね上げる。そのまま行けば上段からの剣の重量とガゼフの腕力によりクライムの剣はあっさり折れてしまうだろう。
しかし……その結果は逆だった。
「なに!?」
折れたのはガゼフの剣だ。
クライムの跳ね上げた斬撃がガゼフの剣を叩き折り、その首へと直撃するかと思われた。しかし、さすがそこは歴戦の戦士である。寸前でガゼフは体をひねるとそれをあっさり避けきる。
「はぁ……はぁ……すみません!ストロノーフ様!!大丈夫ですか!?」
「いや……見事だった。怪我を負っているとはいえここまで……」
「何だか今日は体の調子がよかったんですが……そのおかげでしょうか」
「謙遜することはない。お前の努力のたまものだろう……」
ガゼフは素直にクライムを称える。
ガゼフとしてははクライムは才能がないと思っていた。事実これまで剣士としての才能も魔法詠唱者としての才能もなにも見いだされてなかった。だが、それは勘違いだったようだ。人間愛する者のために絶え間ぬ努力を続ければいつかは実ることもあるのだろう。
「いえ……きっとまぐれです。でも、少し自信が付きました。ふぅ……」
クライムは張りつめていた息を吐きだすと首に巻いていたタオルを取りだす。そして汗を拭おうとしたその時、首にかけていただろうネックレスが胸からこぼれでた。
「ん?なんだそれは……」
クライムが首にかけていたもの。それは動物の爪か牙のようなもので出来た質素なネックレスだった。
「あ、これですか?昨日街でしつこい道具屋店員がいまして……無理やり買わされちゃったんですよ……」
「ほぅ……。お前が無駄遣いするとは珍しいな。だが……俺が言うのは何だがお前には似合わないんじゃないか?どんな店で買ったんだ?」
「えーっと……中央の噴水広場にあるルプー魔道具店という店でした」
その店で何があったというのか。答えるクライムは何故か顔を赤らめているのだった。