オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
一言でいえば「影の薄いしずかちゃん」という私の感想
「い、いやッ! 離して!!」
「おぉっと、すまねぇなあ~お嬢ちゃん」
「大丈夫だって、嬢ちゃんにはあんま傷付けるなって言われてっから」
男の一人の手が少女の体に触れる。手首を拘束されただけだが、狭い路地は完全に男たちに囲まれ抜け出すことなどできそうもなかった。
昼下がりの王都、今日は外から来る偉い人物の車列のために大通りが通行禁止になっており、少し面倒だったがわき道にそれた。そしてそれが不味かった。変な男達に声をかけられ、追いかけられ、ついには今こうして路地裏に追い詰められている。刃物や武器は持っていなかったが、年端もいかない少女の身では感じる恐怖に大差などない。
「わ、わたしには? それって……」
「なんかもうすぐ嬢ちゃんの男が助けに来るんだったか、なぁ?」
「あぁ、金を持ってきた奴の指示通りならばの話だがな」
少女――ネメルの疑問に手首を掴んでいた酒臭い男がアッサリ答え、他の男達もニヤニヤ笑いながら頷いていた。その答えに、日頃から
一応はネメルも貴族と言われる身分だ、でもその地位は下位の中でも末端。中位や上位の貴族から見れば、平民と大差ない物としか見られない。むしろ半端な貴族である分目を付けられやすいのかもしれないと、子供ながら魔法学院で過ごすうちに感じ始めていた。
(ジエット……お嬢様……)
いつも庇ってくれる少年と姉のように優しかった女性の顔が思い浮かぶが、頭を横に振り甘えてしまいそうになる考えを消す。逃げる途中で擦りむいた頬の傷と涙を袖で拭い、男達を精一杯睨みつけた。
きっと男達はネメルを人質にして、ジエットに何かするのだろう。良い事ではないのは間違いない。
(なんとかして逃げ出さないと……でもどうやって……)
危険な物は持っていないようだったけれど、狭い路地を五人の男達が前後に挟んでいる。抜け出すなら人数の少ない方向だが、全員が見上げるような大柄で腰が引けてしまう。
それに先ほどから抜け出そうと手を振り回しているが、倍近く大きい男の手に完全に掴まれていた。ネメルが息を切らせるまで暴れても、男は余裕の表情で周りの男達と今夜の金の使い道を話し合っている。
(うぅ……もう手が痛い……怖いよ。誰か……助けてジエット)
魔法も生活魔法くらいしかろくに使えない、逃げ出せるような力も方法も思いつかない。結局自分はまたジエットが来てくれるまで何もできないのかと、悲しい気持ちになってきてしまう。
その時――
「少女一人を囲んで、何をしているのですか?」
男達の笑い声に包まれていた人通りのない路地裏に、ネメルとは違う少女の声が舞い降りた。
最初は幻だと思った。突然建物の影からヒョッコリと、顔とその下の豊かな膨らみを覗かせた白い少女。その場にいる全員が目を向ける中、散歩をするようなのんびりした足取りで歩み出てきた。
一言で言えば純白の少女。
白い花と羽で飾られた帽子、そこから豊かに流れる銀髪。白のドレスは銀の刺繍が太陽の光を反射し、キラキラと輝いている。他にもドレスの裾から覗くハイヒールや数々の装飾品で彩られており、どこの大貴族の令嬢かそれ以上の存在を思わせた。
――そしてその顔には同じく白い仮面。
その目の部分から、異様に紅い瞳がこの場にいる全員を射抜いていた。
(……ッ!)
ネメルも、そしておそらくネメルを囲んでいた男達も息を呑んでいた。この場にいる誰もが予想だにしない乱入者に――
「な、なんだ……あんた…」
そのような口調で話しかけていい身分じゃない。男の口から思わず漏れ出た疑問の声に、ネメルは心の中で叫んでいた。見たこともないような服飾その価値などわかるはずもないが、家の財産をすべてひっくり返しても到底手の届かないようなものであることは、子供のネメルにもわかった。
どこかの大貴族か王族を思わせる気品、はたまたそれらと同等以上の地位を持つ令嬢に間違いない。顔を仮面で隠している理由はわからないが、そんな事関係ないほどの遥か上位の存在が歩み寄ってくる光景に、ネメル自身は固まってしまった。
そして周りの小汚い恰好をした男達もすぐに理解し、逃げ出すなりすると思ったのだが――
「……ぐへへ、ガキにしちゃ良いもん持ってんじゃねぇか。嬢ちゃん」
男の一人の信じられない言葉。この場にいた男たちの中で一番大柄の男が、フラフラと仮面の少女に歩み寄っていく。少女の背丈はネメルと大差ない、立ち止まると仮面越しに近づく男を壁のように見上げていた。
(え? ご、護衛は!? いないの?)
そんな危険な状況になり、てっきりどこからか護衛の人が飛び出してくると思っていた。だが乱入者は未だに少女一人。「お、おいッ止めとけ!」静止の声を上げる男もいたが、大柄の男は少女の前で止まるとネメルとは比べ物にならないくらい豊かな胸に手を伸ばした。それを見て少女への助けが来ない事を理解すると、咄嗟に叫んでしまっていた「逃げてッ!」と――
「……汚い手でこの体に触るな」
ネメルの声をかき消すような静かな声が周囲に響く。感情を一切感じさせない、淡々とした声。
その瞬間男が少女の胸に向けて伸ばしていた腕は、肘からその先が消え血が静かに噴き出していた。
「へぁ? ……あ、あぁああああ! て、手がッあああああ」
「やっぱり普通の男はこういう反応か」
自らの無くなった手を呆けた表情で眺め、遅れて絶叫を上げる男。仮面の裏で少女はその様を冷たく、静かに見上げていた。
「す、スペルキャスター……」
ネメルは一瞬呼吸を忘れ、別の男が震える声で呟いた言葉を聞いた。そして周囲の男達がその光景と言葉に怯え、一歩後退していく。赤く染まった腕を抱え、泣きながらうずくまった男から離れ少女はさらに歩を進める。
少女の歩みに合わせるように男達がさらに下がっていく。一方ネメルは微動だにできなかった、仮面を付けた少女が男達には目もくれず真っ直ぐネメルへ歩み寄ってきたためだ。正直に言ってしまえば少し怖かった。けれど仮面ごしにネメルを見つめる少女の洗練された足取り、窮屈そうに遅れて揺れる胸、サラサラ揺れる銀髪、それら全ての美しさに魅入ってしまっていた。
「大丈夫?」
「へあッ!? え? あ……」
いつのまにか目前で止まっていた白い仮面。それが少女である事に気づくのが遅れてしまう。
「ふむ……怪我をしているの?」
「え? あッ……えっと」
左の頬が冷たいものに覆われる。見れば白い手袋に覆われた少女の手が、頬から垂れていた赤い血を拭う様に触れていた。そしてじんわりと白い布地がネメル自身の血で赤く染まっていく。そんな光景をボーっとした意識で見ていた。
「美味しそう……いやいや、
目の前の仮面が左右に触れると同時に、ヒリヒリした頬の痛みが消えていく。聞いたことが無い魔法名を唱えるのが聞こえたので、その効果なのだろうとはなんとなく理解できた。
「あ、あの、その……」
お礼を言わなければならない。
混乱した頭でもその事は理解できたのだが、高貴な身分の人相手にはどう言えばいいのか? 姿勢は頭を下げるだけでいいのか、跪けばいいのか。なにより言葉は使いはどのようにすればいいのか、子供の身である程度は仕方ないとはいえ自分の経験と勉強不足を自覚し、どうすればいいのかますます混乱してしまう。
「――ネメルッ! …………え?」
その時混乱し、真っ白になった視界に息を切らせた幼馴染の声が響いた。声のしたほうに目を向けると、ネメルが良く知る片目に眼帯をした少年――制服姿のジエットが口を丸くしながらこちらを見ていた。その反応は至極当然のものだろう。路地の隅で血を流し、腕を抑えながら泣きわめく男と怯え切った他の男達。
そして純白の服飾に仮面を付けた少女に、顔を近づけられ頬に触れられた自分の姿――
「あ……ちッ、違うの!?」
何が違うのか咄嗟に出た言葉が自分でも分からないが、サッと頬に添えられていた手から逃げるように少女から距離取ってしまった。同時にそれが助けてくれた相手に対してとんでもなく無礼な事だと気づき、首をゆっくりと少女に向ける。
「ふむ、同じ魔法学院の制服……友達? ひょっとして幼馴染とか?」
「え? ……あ、はい」
先ほどまでネメルの頬に触れていた右手を顎に添え、納得するように仮面を上下に振る姿。
まるで気にしてない様子に安堵の息が漏れる。そしてジエットから視線を外すとそのまま周りを見回しながら「本当にただの偶然か」と、仮面の中で少女が呟いたのが僅かに聞こえた気がした。
それと同時に――周囲からガチガチと音が聞こえ始め、
「ご、ゴウン様ッ! このような場所に、お一人でッ」
一人だけ他の騎士とは明らかに違う煌びやかな鎧を着た騎士が、仮面の少女の前に慌てて跪く。
周囲ではネメル達がいる路地を囲むように「通路を塞げ、誰も通すなッ!」「他の者は上空の警戒にあたれ!!」「ゴウン様を発見しました、本隊へ伝令を!」と、騎士達の張り詰めた声が飛び交っていた。
「もう問題は片付きました。馬車へ戻るとしましょう」
「はッ! こ、この場は私達
「念のため言っておくと、あの二人はたぶん被害者ですよ」
ネメルと傍に立つジエットを指す少女の言葉に「はッ! 事情は伺いますが、丁重に扱うよう部下には厳命致します!」と、鬼気迫るような緊張した声で騎士は答えている。その光景と騎士の口にした『
そしてそれを従える、仮面を付けて正体を隠さねばならない少女――
(どうなってるの……)
最初は男達に覚えていた恐怖心が、次々目の前で起こる事態に今はただ唖然とするだけだった。
「それと、少年」
「え、俺? あッ! いや、失礼しました!」
目の前で跪いていた騎士をそのままに、ゴウン様と呼ばれていた少女がジエットの前まで進み出てくる。そしてガチガチに固まったままのジエットの肩に手を置き、傍に立つネメルを見ながら優し気な声をかけてきた。
「幼馴染ならちゃんと守ってあげなさい」
「……え?」
ネメルも、そしておそらくジエットも何を言われたのか分からなかった。
少女は不可思議な忠告を残したままジエットから離れると、そのまま整列した騎士達が作った道に向かって行く。その堂々とした足取りは支配者然としたもので、少女との棲む世界の違いを感じずにはいられなかった。
「幼馴染キャラならちゃんと守ってやれ」
ようやくラストにちょこっとですが彼を出すことができました。実は彼を主人公にした二次創作も考えていたのですが没ネタとなっています(タイトル未定)せっかくなのであらすじだけでもここに書いておきます。Web版『学院-6』の分岐です。
てれてーてーてれてーてーててー♪(←うつむーくーBGM)
俺は魔法学院生徒、ジエット・テスタニア。
幼馴染で同級生のネメルがいる舞踏会へ侵入して
怪しげなアンデッドの化け物を目撃した。
アンデッドを見るのに夢中になっていた俺は、
背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。
俺はその仲間に眠らされ、目が覚めたら・・・
――体がデス・ナイトになってしまっていた!!
俺がアンデッドだということがバレたら、周りの人間から危害を加えられる。
なぜか頭を抱えたアインズ様から人間として生きることを許された俺は
帝都に戻ったが、騎士に名前を聞かれてとっさに「デス・ナイトです」
と名乗ってしまい、帝都中を恐怖のドン底に叩き落してしまうことになる。
たった一つの真実見抜く見た目はデス・ナイト、頭脳は腐ってるその名は――
……ここまで考えて腐ってるのは私の頭と気づいた思い出。