ナザリック宝物殿。その談話室で、アインズは縦と横の区別が付かないほど分厚い羊皮紙の束を前にしていた。
「……これは?」
「はい、アインズ様!この度わたくしパンドラズ・アクターが監督・脚本・演出・配役・音響、その全てをプロデュースした、首都エ・ランテルを舞台とした演目。その台本に御座います。是非アインズ様にもご協力を頂きたくご用意致しました。
開幕を飾る序曲は、襲い掛かる天使達による
……と!思わせての、最大なる危機、
……からの、ネイア・バラハによる
と、演目は、以上の三幕を予定しておりますが、如何でしょうか?」
「う、うむ。お前に任せるとわたしは言った。ならば最後まで勤めを果たしてみせよ。」
(デミウルゴスの紙一枚の「あとはアインズ様にお任せします」な台本も困るけれど、こんな分厚い台本覚え切れるかよ……。何でこうも皆極端なんだ、ナザリックの人材は!)
「アインズ様、準備に際しまして、このように……」
パンドラズ・アクターがくるりと旋回すると、その姿は白の外套を羽織った人間の姿となる。
「……ローブル聖王国の南貴族の方々にも演出へご協力頂くため、スレイン法国からの使者を偽り接触を持っております。
「ふむ。しかし、いくら何でもいきなり現れた人間を相手は信じるか?」
「ご安心下さいアインズ様。既に1度目の接触は済んでおりますが、反応は上々です。南部派閥の神殿が抱く危機感は相当なものです!わたくしから冒険者モモンの存在が御身を本心では憎んでいるという偽情報、そしてネイア・バラハを魔導国内で暗殺する利点を説き、逃げ道としてスレイン法国への亡命を釣り餌とすれば、必ず食い付くことでしょう。それほどに彼らは追い詰められております!」
「だが、我が国の首都エ・ランテルが襲われるか……。」
「他国の侵略を許したことはデメリットになりますが、此度の演目はそれ以上のメリットがあるかと……。まずは聖王国南部を掌握するに足る大義名分、そしてエ・ランテルを無傷で防衛し、地位を盤石にされたアインズ様で御座います。また蒼の薔薇の
「ええっと……、蒼の薔薇か。………………どのページだ?……待ち合わせ場所で天使とアンデッドに襲わせるとあるが?」
「はい、最初に彼女達へ、天使が敵であるという認識を持って頂くために御座います。草原では天使とアンデッドを襲わせますが、エ・ランテルでは天使だけを襲わせます。これにより、例え敵対勢力でも、アインズ様の庇護下に居れば、アンデッドの脅威は無く、統率をとることが出来ると印象付けることができましょう。」
「……相手が不快に思い、リ・エスティーゼ王国へ踵を返してしまう可能性について意見を述べよ。」
「他の4名は解りませんが、少なくともイビルアイ……仮面の
(それはないな……。あの赤い仮面からは敵意しか感じたことはないぞ?)
「ふむ、大体解った。デミウルゴスやアルベドの反応は?」
「最初は〝偉大なるアインズ様の国を人間如きに襲わせるなど!〟と反対の立場でしたが、メリットを説き、以前アインズ様がお考えになられた〝避難訓練〟を例に出し、なんとか納得していただけました。」
(ヤベ、こいつ意外と口が上手い。デミウルゴスとアルベドを丸め込むなんて俺でも一苦労なのに!それにしても、俺の黒歴史に、アルベドとデミウルゴスはどんな反応を見せて会話してたんだ?気になる……いや、半分知りたくないけれど。)
「そうか、あの2人も同意しているならば問題無いだろう。勿論留意しているとは思うが、一時的にでもナザリックの秘宝を敵に渡すのだ。情報や技術が他国へ漏れることが無いように。」
「
「
(全く召喚魔法を秘めた魔水晶まで大量に生産するなんて、大盤振る舞いしすぎな気もするけれど……。とはいえ、全部任せると言ったのは俺だし、パンドラに費用対効果を求めた俺が馬鹿だったか。アルベドやデミウルゴスにも話しが通っているなら、今更〝やっぱり無し〟なんてちゃぶ台返し言えないよなぁ。3人を説得出来る理由なんてとても浮かばない……。)
「相手が
「畏まりました、我が創造主にして至高の主、アインズ様。」
「大体の流れは把握した。だが、どのような事柄にも不慮の事態とはある。臨機応変な対応を期待して居るぞ。」
「勿論です!そのご期待に沿える様、このパンドラズ・アクター、一層の努力をさせていただきます!!」
(まったく、俺が讃えられて拍手で大団円なんて、そもそもの着地点がおかしいんだよ。)
……アインズはパンドラの作製した台本をぱらぱらと捲りながらそんな思考に耽っていた。
●
「これが第七位階魔法
「はい、そしてこの先こそ我々スレイン法国が針の糸を通すように何度も試行錯誤を重ね、犠牲を払い。やっと得た〝魔導国首都エ・ランテル〟への密入国窓口です。廃屋の二階部に繋がっており、地下室には第六位階魔法の認識阻害を掛けております。」
「しかし、こんなにも大量の召喚魔法を宿した封印の魔水晶といい……、我々に求めるものは本当にネイア・バラハの暗殺だけでよろしいのですか?」
「勘違いされては困ります。〝魔導国内におけるネイア・バラハの抹殺〟です。その難度を考えれば、これくらいの支援は当然です。彼女の活動は人類の存在を脅かす、そして彼女の存在は余りにも大きくなりすぎました。これは人間という種族の矜持を懸けた戦いです。」
「おお!あなたこそ、正に人類の希望です!」
「いえいえ、それはこちらの台詞……。さて、長話していては
襤褸を纏った6人の神官と従者が門を潜ったのを確認し、スレイン法国の使者――役のパンドラズ・アクターも後に続く。
「……では門を閉じます。任務が終わり次第、若しくは不慮の事態によって出国をする場合、この
「何から何まで……感謝を申し上げます。」
「そしてこれを……。こちらは切り札としてお使い下さい。例え魔導王であろうと容易に討伐は出来ないでしょう。」
「なんと……これほど膨大な【聖】の力など、感じたことが御座いません。これは!?」
「上位三大天使……
「210!?確か、彼の悪魔メイドが150前後とされておりますが、それよりも上であると。」
「とはいえ、法国でも稀少な品。本当に命が危なくなった際の時間稼ぎなどにお使い下さい。……出来れば返していただけるのが望ましいです。」
「畏まりました。人類の脅威、この我々が討たせて頂きます。」
「はい、……とても楽しみにしております。」
●
「よくお越し下さいました、モモン様、ナーベ様、そして……横にいらっしゃるのは、噂に名高いリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇の皆様でしょうか?初めまして、わたくしバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスです。皆様のお噂はかねがね。」
「ジルクニフ様、バハルス帝国におけるネイア・バラハ様、シズ・デルタ様の護衛を果たして頂き、感謝申し上げます。ここから先は、わたくし共と蒼の薔薇の皆様で、護衛を引き受けさせて頂きます。」
「これがドラゴン……初めて見た……。あ!蒼の薔薇の皆様!お久しぶりです!」
「よぅ!見ない内に随分偉くなったみてぇじゃねぇか!目付きが……あ、目付きは変わらねぇな。顔付きが段違いだ!」
「今さらっとヒドイこと言いませんでした!?」
「はいはい、仕事中。ということで、わたし達もモモン様、ナーベ様と一緒にあなたを護衛するわ。よろしくね。」
「……皆様かなり装備を固められているようですが、道中に敵が?」
「ほう、随分と見る目を養ったな。……モモン様。」
「ええ、隠していても仕方がないでしょう。……本日になり、我々は道中、天使とアンデッドの軍勢に襲われました。バハルス帝国で何かあってはと危惧しておりましたが、何も無かったようで何よりです。」
「ほう……。」
「ジルクニフ陛下、何か?」
「いや、済まない。つまらない考え事だ。話すほどのことでもない。」
「ジルクニフ様は聡明であられる、是非我々にもそのお考えを共有していただければ。勿論口外は致しません。この剣に懸けましょう。」
「わたしの考察など、魔導王陛下の足下にも及ばないよ。……聞いても不愉快に思うだろうそれでも?
「……ネイア様。」
「わたしも是非お聞きしたいです!」
「そうか……。ただ、そうだね。この先の旅は確かに危険かもしれないと思ったまでだ。」
「その理由は?」
「バラハ殿、君は自分が命を狙われる立場にあることを自覚しているかい?」
「あ、はい。やはり神殿勢力や南貴族の派閥などは、わたしの力不足で、愚かにもアインズ様を敵視しております。」
「しかしローブル聖王国で君を暗殺することは出来ない。何故ならば、君は殉職者として祀られ、活動はより激化するだろう。そうなれば最悪は内戦だ。そして全てが灰燼となり、何処かの属国となるだろう。ではどこがよいか?……魔導国内で殺されることが望ましい、殺した相手がアンデッドならば文句はない。
そうすることで神殿も南貴族の派閥も、カスポンド聖王陛下を地位から引きずり下ろす大義名分を得る事が出来る。バハルス帝国で暗殺の動きさえなかったのは、わたしという緩衝材があったためだろう。つまりは、魔導王陛下直轄のエ・ランテルで行動を起こされる可能性が非常に高い。……そんな考えをしていたのだよ。」
「では……わたしがエ・ランテルに行くことで、魔導王陛下にご迷惑が……」
「…………気にすることはない。ネイアは無事に生きて帰す。」
「シズ様の言う通りです。しかし、命を奪われることを不安に思うのでしたら、魔導王陛下へ具申し、帰国の手配をさせますが。」
ネイアは思わずシズを見る。その無表情には……深い寂しさの感情が宿っていた。
「…………ネイアは護る。アインズ様の国はとても安全。是非来るべき。」
「……!ジルクニフ陛下!わたくしに弓と矢を貸して下さい!わたしは弱さは悪であると知った身です。ただ護られるだけの立場には、もう二度と甘んじません!」
「ああ、構わないが……。そこの者!宮廷で一番良い弓と矢を持ってこい!」
「なるほど、確かに以前の小娘とは別人の様だ。」
「ではパン-モモンさん、蒼の薔薇のみなさん、客人の方とシズ――様。準備が整いましたらフロスト・ドラゴンへ騎乗してください。客人の方は、念のため
「うわぁ……。アインズ様とご一緒に戦わせて頂いたとき以来です!シズ先輩は?」
「…………わたしはいらない。落ちないだろうし、ドラゴンの高度なら落ちても問題無い。」
「流石は噂に名高いメイド悪魔ね。」
「待たせて済まない、帝国でも指折りの弓と矢をお持ちした。魔導王陛下の品と比べれば大分劣るだろうが、鋼の盾程度ならば3枚ほど貫通させられる。」
「ええ、サイズも合いますし、良い弓です。ありがとうございます。」
「それでは出発致しましょう。フロスト・ドラゴン、エ・ランテルへ向かってくれ。」
●
……パンドラズ・アクターは、漆黒の仮面の内側で今にも漏れ出そうな鼻歌を我慢していた。役者は揃った、舞台も整えた。あとは台本通りに演じるだけ……演じて貰うよう誘導するだけ。〝戦闘は始まる前に終わっている〟というのは、至高の創造主たる主、アインズ・ウール・ゴウンの金言であるが、演目も始まる前に全てが終わってなければならないのだ。
「なんだ!?天使と……アンデッドの軍勢!?」
「アンデッドは魔導国内に置いて、全て魔導王陛下の配下となります!!攻撃してくることはありません!我々の敵は天使です!!」
「ティア・ティナ!これは召喚された代物だ!召喚主がいる、その捜索に当たってくれ!……ラキュース、それでいいな!?」
「ええ、戦いはわたし達に任せて!」
そうして歓声と同時に幕は上がった。
色々書いていたら一万文字越えてしまい、諸々削ったらほぼ会話劇になりました。逆に読みにくかったらすみません。