「《道具上位鑑定》!」
ルプーはとりあえずあいさつ代わりに声をかけてきた商会長という男の身体検査を行っておく。身にまとっている物はマジックアイテムではなく装備としての価値は低い。だが仕立て自体は良く色や艶、デザインなどを見ると一目で高級品であることが分かる。
「商業組合の方っすか?ここの場所代はちゃんと払っているっすよ?」
ルプーとしては場所代を払ってないのではないかと疑われたと思っていた。どこぞの商会の代表が話しかけて来る理由としてはそのくらいしか考えられないだろう。
(それとも客が多いから嫌がらせに来たとかでしょうか……?まぁどうとでもなりますが……)
しかしルプーの扱っているのは見た目はたいしたことのない品物であり冒険者くらいしか目にすることのないものだ。食料に衣料品、貴金属に生活必需品など他にもいくらでも商品はあり、ほかの店と需要がそれほどかぶっているわけでもない。
ルプーのその疑わしい目を受けてロフーレと名乗った男性は答える。
「そうですね……単刀直入に言います。我々の商会に入りませんか?」
「はい?」
「見たところどこの商会にも入っておられないご様子。ずっとここで売り子をされていることから冒険者と言うわけでもないのでしょう?もし我々の商会に入っていただければ様々な特典をお受けになることができますよ?」
「私が入って組合側には何かメリットがあるっすか?」
きょとんと首を傾げながら下から見つめて来る美女はそれだけで絵になる。思わず顔を赤らめるが頭を振ってロフーレは気を取り直す。
商人は口が命だが目の前の可愛らしいメイドは見た目も売り物になる。ここで失敗するわけにはいかないとロフーレは気合を入れる。
「もちろんありますとも。多少の会費は払っていただきますが商会に入っていれば各町での支払いに商会の為替を使っての取引も可能になりますし、組合員同士のコネもありますから商品の材料なども他よりも安く手に入ります。ルプーさんはいい商品を扱っておいでだ。加入してもらえば組合員同士の繋がりを使うことによって、より大規模な取引が可能になります。それに店舗や倉庫の貸し出しも行っておりますので……」
「倉庫っすか!?」
ルプーは倉庫と言う言葉に反応する。ロフーレとしてはまさかそこに反応するとはと思わなかった。しかし、倉庫はルプーとして絶対に確保しておきたい現地拠点の一つ。その用途は計り知れない。
「え、ええ……この町にも大きな倉庫をいくつも所有しておりますよ。よろしければお貸ししますが……」
「加入するっす!!はい、シェイクハンド!」
がしっとロフーレの手を取ると両手で握手してくる。うら若き乙女の柔らかい手の感触がロフーレの脳を溶かすがそこは商売人、その素振りも見せずに微笑み返す。
「では、ルプーさん。私についてきていただけますか?」
まだ店じまいするには早い時間ではあったが、ルプーとしてはこれ以上に優先するものは他にない。テキパキと店じまいにすることにしたルプーはロフーレのあとをついていくのだった。
♦
ロフーレの後をルプーが頭の後ろに両手を組みながらテクテクとついてくる。
誘ったロフーレが思うのもなんだが声を掛けられてすぐ付いてくるとは警戒心がなさすぎるのはないかと思ってしまう。よほどロフーレが信頼を勝ち得たのかそれとも世間知らずなだけか。おそらくは後者だろう。守ってやらねば……。そんな思いがロフーレの胸によぎる。
やがて大きな酒場のような建物に到着するとその扉をくぐる。
「「「ひゃっはああああああああああああああ!ロフーレ商会へようこそー!!!」」」
「ちっくしょおおおおおおおおおおお!」
中に入ると一斉に上がる歓喜の声。そしてそれとは対照的に酒場の一部からはこの世の終わりのような顔をした男たちが地面を見つめていた。
「ルプーさん歓迎しますよ!俺は皮製品扱ってます!」
「貴金属のことなら私に任せてね!どんな材料でもそろえて見せるわ!」
「商会長最高!!!まさか一発目で成功するなんてさすがです!!」
口々に上がるルプーを歓迎する声と商会長を称える声。ルプーからすると訳が分からない。
「これは何っすか?」
「いえ、ちょっとした賭けをしていましてね。いったいどの組合があなたの心を射止めることができるのかと」
話を聞くと複数の商会がルプーのことを狙っていたとのこと。しかし抜け駆けが出来ないようにロフーレが圧力をかけ、そして賭けをしたらしい。
まず紹介の規模によりルプーへ声をかける順番を決め、そして断られたら次の商会が声をかけるのに妨害も恨み言も一切なし。そいういうルールを決めていたということだった。
「おい!ロフーレの旦那!ずりいぞ!何で一発で成功させてんだよ!」
「そうだそうだ!ルプーさん!うちの商会に来たほうがサービスさせてもらうよ!」
ロフーレを責め立てているのは先ほどの地面を見つめて落ち込んでいた男たちが。別の商会の代表たちなのだろう。悔し涙を浮かべて絶叫している。
それに向けて勝ち誇ったような笑顔を向けてロフーレはルプーへ向き直る。
「さて、では商談に入りましょうか。ルプーさん」
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「ふおおおっ!いいですね、いい感じになってきましたね」
ルプーは口調がパンドラズ・アクターに戻ってしまうくらい興奮していた。
倉庫を借り受けたのだ。そこにはパンドラズ・アクターが鍛冶スキルや合成スキルを活用して作り出した深紅のじゅうたんに黒檀の渋い色合いの収納棚、そしてそれ自体にかなりの価値があるのではないかと思われるほどに見事な装飾を施された赤い宝箱などが置かれている。
「この棚には何を置きましょうねぇ……。ポーションを効果順に……いや、色合い順のほうがいいですかね。ああ、ここにはこの死の宝珠なんて飾っておきましょうか。叡者の額冠はここかな?いえ、こっちのほうが見栄えがいいですね。ああ、良い!すごく良い!」
ルプーは幸せに包まれていた。マジックアイテムに触れ合いその整理をすることに喜びを感じるようにとモモンガに創造されたのだ。幸せでないはずがない。かつての宝物殿ほどではないがまさに自分の城が出来たという感覚だ。
「ほぅ……これは……なんともすごいですね」
そこへ様子を見に来たロフーレが現れる。質素な何の変哲もない倉庫であったはずがたった一日でまるで王宮の一室のような状態になってしまっている。
商人の矜持としてポーカーフェイスを保つが内心は非常に驚いていた。
「これはこれは商会長閣下じゃないっすか!宝物殿(仮)へようこそっす!」
慌てて口調を元に戻し、軍帽に手をかけ、カッと足を揃えて敬礼をするルプー。
「そういえば表に『宝物殿(仮)』と書いてありましたね……なるほど納得です」
倉庫に宝物殿などと名付けるセンスにも脱帽するが、中を見てみればその名の通りここは宝物殿としか呼びようがない。ぱっと見たところ中に収められている商品にはそれほど価値があるようなものは見られない。
おそらくそれはここを宝物殿と呼ばれるほどの品で満たして見せようというルプーの心意気だとロフーレは解釈した。そしてその後押しを少しでもできればと考える。
「ルプーさん。ここで商売するのもよろしいですが、もう少し広い世界で商売をして見ませんか?」
「はい?」
ロフーレはエ・ランテルを中心に活動する商人である。この都市は帝国との戦争のための拠点であり、その際には国中から人、食料、物資と様々なものが集まる。それを一手に引き受ける最大大手の商会がロフーレ商会であり、いずれ王都や帝国、そしてその他の国々においても勢力を伸ばしたいと考えていた。
そして目の前の人物と話をしてその考え方を聞き、そしてその行動力を見た結果うってつけの人物だと考えたのだ。
「実は王都リ・エスティーゼへ店舗を増やす予定があるのですよ」