骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第44話 「始原魔王」

 

 元ワールドエネミーの広範囲特殊攻撃。

 カンストガチタンクのHPを五割以上削る神聖属性付きの物理ダメージに加え、状態異常をランダムで追加する悪質なモノだ。状態異常は完全耐性すら突破する強力なもので、世界の名を冠する護りでしか防げない。

 ヴィクティムの自死トラップで動けない勇者軍はひとたまりもないだろう。光の地獄が顕現した後には、“真なる竜王”くらいしかその命を保てまい。世界級(ワールド)アイテムを所持している勇者にしても、最初の物理ダメージで粉々だ。

 勇者軍は、天使の一撃で壊滅しようとしていた。

 

「させない!」

 

 上空から岩島が落ちてきた、小柄な天使に向かって。

 轟音と共に地面へ突き刺さる巨大な島は、勇者軍を護る岩の盾となり眩い光の嵐を受け止める。

 

「無理、岩なんかどれだけ集めても防げない」

 

 突っ込んできた岩の小島をひらりと躱し、ルベドは全てを吹き飛ばす。ただの岩石など威力軽減の一助にもなりはしない。

 神器級(ゴッズ)で身を固めたガチタンクを抉り取る威力なのだ。

 常識など通用しない。

 

「くっ、仕方ないね。これは使いたくなかったのだけど……。始原の魔法(ワイルド・マジック)――〈世界断絶障壁〉!」

 

 砕かれた岩島の中から巨大な青い蛇を連想させる細長いドラゴンが現れ、六つある大きな翼を広げる。と同時に、ルベドの前には全貌を把握できないほどの広大な空気の層が現れた。

 やや霞がかったその層は非常に薄く、向かい側に居る青いドラゴンの表情まで見える。だけどルベドには理解できていた。ただの薄い壁ではない。こちら側とあちら側の空間自体がズレたのだと。

 それを証明するかのように、ルベドが放った光の嵐は全て受け止められ、特殊効果すら弾かれた。

 硬いとか無効化とかそんな次元ではない。干渉自体が不可能なのだ。

 

「信じられない。どうなっている?」

「――ふむ、確かに元ワールドエネミーの特殊攻撃を完全に防ぐとは、恐るべき魔法だな」

「なっ!? 大魔王! どこから?!」

 

 鎧となる岩島を失った青いドラゴン――“聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)”の唸り声に合わせて、勇者軍から悲鳴にも似たざわめきが起こる。

 それもそうだろう。

 ドラゴンブレスと“滅魂”で薙ぎ払ったはずの無人の野に、無傷の魔王軍が姿を現したのだ。

 転移とか透明化していたとかそんなものではない。まるで別次元の世界から、ひょっこり抜け出てきたかのようである。

 

「先の黒い光線も常識外れだな。“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の世界に取り込まず、様子見させようとした死の騎士(デスナイト)部隊が掠っただけで消滅だ。何かしらの切り札で先制してくるとは思っていたが、これほどとはな」

 

「恐るべき切り札です。世界(ワールド)の加護がなければ話にもなりませんわ。モモンガ様、ここは妹に先陣を――」

「そうはいかないよ!」

 

 ルベドに突撃させて邪魔な“真なる竜王”をできるだけ減らしたい、というアルベドの思考を切り裂くかのように、青い蛇のような細長いドラゴンが突っ込んでくる。

 

「ツアー! 後は任せたぁ!!」尋常ではない速度でルベドに近付いた青い竜は、小柄な天使を巻き込んで白い繭のような球状の結界を展開すると、そのまま上空へと跳ね飛んだ。“始原の魔法”の一つ、〈竜の巣〉である。

 ルベドを戦場から引き離すつもりなのだろう。この場に残られると厄介過ぎて手に負えない、と判断されたわけだ。

 “真なる竜王”が自ら引き剥がすために動いたのは、英断だったと思える。

 

「ほう、あのルベドを閉じ込めるとは面白い魔法だな。まぁ、すぐに出てくるとは思うが……」

「それはどうかな? 君たちの強力な切り札はもう無い。覚悟するといい、大魔王!」

 

 勢いよく啖呵を切ってみても、ツアーの心情は暗い。

 魔王軍の大半を消滅させ得る――と期待していた先制攻撃は、訳の分からない方法でかわされてしまった。あれほどの軍勢を一体どうやって避難させたのか? 考えても答えは出ない。

 それより今は勝利へ向かって踏み出すべきだろう。

 魔王軍が無傷だと言っても、それは勇者軍も同じことだ。勝負はまだ始まったばかり。悲観することなど何もない。

 

「はは、元気だなツアー。では、こちらも遅れてきた我らが切り札を紹介するとしよう。出てこいガルガンチュア!」

「なっ?!」

 

 巨大な闇の扉が開いたかと思えば、中から岩の塊が飛び出てきた。いや、岩というよりは何かの鉱石なのだろう。見たこともない未知の鉱物で造り出された、全長三十メートルにもなる動像(ゴーレム)だ。

 

「こっちへ来るぞ! よけろぉぉ!!」

「速い! 何だアレは?!」

「受け止めてくれよう! 巨人族の王が逃げるなどありえん!!」

「たかがゴーレム! 打ち砕いてくれるわ! 〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 

 逃げる者、立ち向かう者、自慢の剣や弓、魔法で応戦する者。

 ガルガンチュアはそれら一切を無視し、踏みつぶし、跳ね飛ばし、無人の野を駆けるかのごとく通り過ぎると、最後尾にいたドス黒い山――“朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)”へ体当たりを敢行した。

 

「ぬごおおぉおお!!」

 

 グシャグショと肉袋の潰れる不快な音に加え、地面を抉る轟音が響く。

 

「こ、この巨体を押しやるだとっ!?」

「キュアイーリム! そいつを任せても大丈夫かい?!」

「ふざけるなよツアー! ゴーレムごときに後れを取るものかっ!」

 

「おお、ガルガンチュアを受け止めるか。ならば“おかわり”といこう」潰れた死体の山に混乱する勇者軍を一瞥し、モモンガはパチリと骨指を鳴らしては、巨大な闇の扉から新たな化け物を呼び寄せる。

「仔山羊たちよ! 勇者軍を取り囲め!!」

「「「メエエエエエエエエェェェェエエエ!!!」」」

 

 幾本ものドス黒い触手に、樹齢何千年の大樹より太い五本の脚。闇より出でし巨体の異形は、大地を震動させつつ勇者軍の周囲へ身を置く。

 その数は五体。

 “真なる竜王”ですら排除困難であろうレベル90越えの――可愛らしい仔山羊たちである。

 

「くはは、すまないなツアー。その者らは遅れて到着したんだ。どうか許してほしい」

 

「ふざけたことを!」

 

 ブレスを吐き出さんばかりに吠えるツアーの脳裏には、厳しくなっていく戦況への不安が満ち溢れていた。

 恐るべき天使に、巨大なゴーレム。それに触手の化け物たち。いずれも頭になかった敵戦力だ。これほどの誤算が序盤に判明してしまうと、勇者軍の士気にも関わる。

 つい先ほど、ゴーレムの突進で幾人かの英雄や王が潰されたばかりなのだ。これ以上、先手を取られるわけにはいかない。

 

「全員突撃! 魔王軍へ突っ込めえ!!」ツアーが選んだのは小細工なしの総力戦だ。寄せ集めの勇者軍には、初めから複雑な連携など無理なのである。最初の目くらましブレスと“滅魂”の合わせ技程度が限界であろうし、それが不発に終わった今、出来ることは突撃ぐらいだ。

「魔王は私が仕留める! それまでは皆、なんとか耐えてくれ!」

 

「おお、ツアーが相手をしてくれるのか? それは嬉しいぞ」前回の一騎打ちが消化不良であったため、モモンガとしては大歓迎だ。一度敗北した勇者が成長して再度魔王へ立ち向かうなんて、王道中の王道であり精神の鎮静化が起こるほどに喜ばしい展開である。

「アルベド、残りの“真なる竜王”は“世界級アイテム”持ちの守護者で対応してくれ。他の者では“始原の魔法”で塵になるだけだ。頼んだぞ」

 

「お任せください、モモンガ様。“真なる竜王”共々、勇者軍を蹴散らして御覧にいれましょう」

 

 主従の繋がりなどとっくに切れているはずなのに、アルベドの行動は以前のままだ。モモンガへの忠誠心は限界を突破しており、愛の領域まで踏み込んでいる。でもまぁ、当人は最初から妻のつもりなので、変わっていなくて当然なのだろう。

 

「聴こえているわね、オーレオール。貴女には後方からの指揮支援をお願いするわ。戦場全域を把握し、こちらが優位の組み合わせとなるよう各(しもべ)たちへ指示を――ああ、そういえばもう(しもべ)ではなかったわね。ふふ、モモンガ様に忠誠を誓う仲間たちをうまく誘導してちょうだい」

 

『畏まりました、アルベド様。わたくしの力で皆様を勝利へと導きます』

 

 連携がバラバラで戦闘に参加していないナイトリッチもいる勇者軍に比べ、魔王軍は比較的纏まっている。同じギルドの仲間であるという繋がりが切れているので、以前ほどの一体感はないかもしれないが、それでも魔王様への忠誠心で集った化け物集団は脅威であろう。それに全体を指揮官系能力で覆ったのは、レベル100の指揮特化型であるオーレオールだ。

 常に複数の回線で指示を出せ、特殊技術(スキル)で仲間の能力上昇も可能。場合によっては広範囲系バフで一時的に戦力を底上げし、さらには相手の属性を見切って耐性防御を上げるよう指示も出せる。

 己の周囲には、姉であるプレイアデスが防御陣を形成しており、竜王程度なら迎撃出来よう。

 しかし、この戦況の要は“真なる竜王”たちだ。

 ツアーたち六竜を倒せれば魔王軍の勝ちは揺るぐまい。だが“始原の魔法”を前に魔王と守護者が敗北を喫すれば、オーレオールの指揮など意味を成さない。どうやっても挽回は不可能だ。

 それに魔王様が倒れるのであれば、それは全ての終わりを意味している。つまり魔王軍の敗北だ。無論、そんな結末は絶対に来ないだろうが。

 

「アルベド様とシャルティア様は“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”へ。アウラ様とマーレ様は“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”を。コキュートス様とセバス様は“千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)”に向かってください! パンドラ様とデミウルゴス様は後方にて世界級アイテムの発動に注意しつつ、邪魔な竜王の迎撃をお願いします!」

 

『わかったわ』『了解でありんす!』『おっけー』『は、はい』『承知シタ』『任せてください』『全てはモモンガ様のためにっ!』『ふふ、オーレオールの指示を受けるなんて新鮮だねぇ』

 

 オーレオールの言葉に従い、元守護者たちは軽い足取りで標的へと向かう。口調にも悲壮感などは皆無であり、相手が“真なる竜王”であっても余裕であるかのよう――と言いたいところだが、その瞳は一点を凝視していた。

 視線の先にあるのは、大魔王様と勇者ツアーである。

 戦場の中央で対峙する両者は、この戦闘の、この世界の、あらゆる存在の命運を握って最後の戦いを始めようとしていた。ツアーが勝てばこの世の存続が、魔王が勝てばこの世の破滅が約束されている。

 まさに運命の決戦。

 注目してしまうのも仕方がない。

 

「さぁ、はじめようか、大魔王」

 

「そうだな、勇者よ」

 

 白金の鱗を煌めかせる巨大なドラゴンと、神が着込むような豪華なローブを纏う骸骨。

 傍から見れば、小さな骸骨に勝ち目などないだろう。

 ドラゴンの鋭き爪と牙、そして振りぬかれる尻尾の一撃により、バラバラに砕かれる未来しか見えないはずだ。

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)はこれまでの想いを反芻する。

 準備不足で手も足も出なかった一戦目の敗北。

 それから仲間集めに奔走した日々。

『世界のために』なんて考えている者など一人も居ない勇者軍だが、魔王軍とぶつけることができれば目的の大半は達成されたも同然だ。存分に殺し合って、世界を汚そうとする存在を削り取ってほしい。

 さすれば私は、魔王討伐にだけ注力することができよう。

 この日のために用意した“始原の魔法”の秘策を持って。

 

 

 

 

 天高く、雲を突き抜けてさらに高く、生き物が生存不可能になるほど空気の薄い層域において、“竜の巣”は天使の牢獄であり続けていた。

 

「…………」

 

「竜の結界が珍しいのですか? それとも下の様子が気になるとか? ふふふ、残念ですけど貴女には此処に居続けてもらいます。全てが終わるまでね」

 

 巨大な蛇のごとき青い竜は、六枚の翼を大きく広げ、小柄な天使――ルベドを威圧するかのように監禁の意を示す。

 そう、今しばらく閉じ込めておけば、ツアー率いる勇者軍が何とかしてくれるだろう。その決着が確認できるまで、この危険な天使は何処へもやれない。

 もちろん、殺害できれば言うことはないのだが……。

 信じられないことに、十二の翼を備える無表情な天使の強さは規格外だ。まともにやりあえば“真なる竜王”とてバラバラにされよう。

 

「こんな結界で私は止められない。出ていく」

 

「それは構いませんけど、結界を抜ける際はたとえ貴女でも無防備になりますよ。それで受け止められるのですか? “真なる竜王”が命を懸けて放つ“始原の魔法”を」

 

「――なら貴方を殺す」

 

「どうぞどうぞ、天空の覇者に追いつけるのであればいくらでも。ってああ、あの光輝く広範囲攻撃を放つつもりですか? 結界の中なら逃げる場所もないと? いえいえ、貴女の技には『一瞬の溜め』が必要なはずです。であれば答えは簡単。技を放てなくなるほどの強烈な攻撃を先に打ち込めばいい。それだけのことです」

 

 “聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)”は余裕の笑みを持って、小柄な天使を見下ろす。だがその心情は、冷や汗を垂れ流すほど厳しい局面に晒されていた。

 

 なんなんだこの天使は? ツアーの話にはなかったぞ。魔王軍の切り札か? いや、そうだとしても魔王より強そうなんだがっ! 問答無用で結界から出ていこうとしていたらヤバかったわ! 無防備なところへ仕掛けても即死は無理だろ!? 速攻反撃食らって砕け散るってーの! お願いだから鬼ごっこに付き合ってくれ! 速さだけならこっちが上だから逃げ切れる! 地上で魔王が殺されるまで、頼むから付き合ってくれぇ!!

 

「――仕方ない。貴方が疲れ果てるまで追いかけて、殺す」

 

「(よしっ)ははは、それは怖い。真剣に逃げないといけませんね」

 

 かくして竜と天使の鬼ごっこは始まった。

 “竜の巣”と呼ばれる巨大な結界の中、魔王が死ぬまで逃げなければならないというローカルルールの下で。

 

 

 

 

 硬い地面が突然緩み、支えを無くした足がズボッとはまり込む。足下へ視線を向ければ、そこには真っ黒な毒々しい沼が全てを飲み込まんばかりに口を広げていた。

 

「汚物どもがっ! 目障りなその身ごと沈んでしまえ!」

「お断りでありんすよ!」

 

 翼を出して飛び上がり、“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”への突撃を敢行したのはシャルティアだ。真っ白なスポイトランスで竜の鱗を突き破り、尊大な態度の“真なる竜王”に怒声をあげさせる。

 

「お、おのれぇ! 余の身体に傷をつけたなぁ!」

「ははっ、お次はブレスでありんしょう? 怖いでありんすなぁ、――アルベド!」

「分かっているわよ! 早く後ろに来なさい!」

 

 “始原の魔法”による地形変化、猛毒の底無し沼において、アルベドは沈むことなく仁王立ちであった。手にしている“真なる無(ギンヌンガガプ)”の恩恵――世界(ワールド)の加護によって、一切の状態異常が無効化されるためだ。

 加えてアルベドは“真なる無”を形状変化させ、己の姿が隠れるほどの大盾としている。おかげで“真なる竜王”のブレスから、己の背後に隠れたシャルティアまで護ることが可能なのだ。

 

「鬱陶しい汚物どもめぇ! 貴様らの脆弱な攻撃では掠り傷程度が関の山よ! 無駄な抵抗など止めて、さっさと殺されるがいい!」

「たしかにそうねぇ、シャルティアの弱っちい攻撃では無理よねぇ」

「ああぁ!? 護っているだけのアルベドに言われる筋合いなど無いでありんすよ! ていうか『牽制して“始原の魔法”を使わせろ』って言ったのはおんしでありんしょう?!」

「あっ、ちょっと!」

「え?」

 

 勢いで喋ってしまったシャルティアを慌てて諫めるものの、当の吸血鬼はキョトンとしたままだ。自分が何を口にしたか解っていない。

 

「そういうことかっ! 余に力を浪費させて、弱ったところを叩くつもりなのだな?!」巨大な漆黒のドラゴンは、逃げ回る小賢しい弱者の考えを知り、嬉しそうに吠える。

「ふはははは! 愚かな汚物の考えそうなことだ。まともにやり合えば負けると分かっていたからこそ、そのような小細工を弄するのであろう? ああ、なるほど、汚物にふさわしい愚劣さ――」

「〈朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)〉」

「うごおおおぉおお!!」

 

 全てを読み解いたつもりの“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”であったが、突然鼻先にぶち込まれた紅蓮の炎の痛みを前に悲鳴を堪えきれない。咄嗟に鼻を押さえながら敵対者との距離を取り、ブレスを放ってやろうかと睨みつける。

 

「なぁ~にを馬鹿なことを言っているでありんすか? この黒トカゲは」

「そうね、こっちはただ、どんなタイプの“始原の魔法”を使うのか見定めていただけなのに。まぁ、もう充分だけどね。属性は地と負、地面の中へ引きずり込んでの移動阻害や押し潰しなどの効果を与えるタイプ。ふふ、私たちとは最高の相性だわ」

 

「なんだとっ?!」

 

 戯言を――と切り捨てつつも、嫌な予感が頭をよぎる。

 確かに、先ほどから放っている“始原の魔法”は全て不発に終わっていた。飛び回る吸血鬼も漆黒のスーツアーマーを着込む悪魔も地の底へ引きずり込めず、ダメージを負わせた気配すらない。

 いやそんな馬鹿な、と今更ながら戸惑う。

 “真なる竜王”が放つ“始原の魔法”は絶大だ。この世に生きるどんな強者であっても逃れることは不可能と言っていい。それは“ぷれいやー”であっても同様だ。ただ、ぷれいやーが稀に所持する“世界に匹敵するアイテム”がある場合は、“始原”とて無効化されることもあると聞くが……。

 

「まさか?! き、貴様らは従属神であろうがっ! 今まで“ぷれいやー”以外でそのアイテムを持っていた者などっ」

 

「今頃気付くなんて、お粗末な竜王でありんすなぁ」

「私たちのようなNPCと戦った経験があるのだろうけど、それが却って仇となったみたいね。自分が圧倒的上位者だと思い込んでいると、見えるはずのモノも見えなくなるわ」

 

 アルベドはドスンと――大盾に形状変化させていた“真なる無”を正面へ立てると、全ての準備が終わったとばかりに特殊技術(スキル)を発動させる。

 

「シャルティア! 必要なスキルは全て発動させたわ! もういいわよ!」

「待ちくたびれたでいんす! 〈死せる勇者の魂(エインヘリヤル)〉!!」

 

 味方の身体能力を向上させるタンク系スキルをその身に浴び、シェルティアは“常闇の竜王”(ディープダークネス・ドラゴンロード)へ突撃する。

 真横に、真っ白なもう一人のシャルティアを引き連れて。

 


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