塩原温泉の名物グルメ“スープ入り焼きそば”。元祖店「釜彦」で開発秘話やこだわりについて話を伺いました。(とちぎの時間充実マガジン「月刊twin」)
Yahoo!ライフマガジン編集部
焼きそば×ラーメン! 個性がぶつかり合う型破りなメニューを考案
名湯と紅葉の名所として知られている栃木県北部の塩原温泉で発祥したご当地メニュー「スープ入り焼きそば」。
インパクトの強いこの名称を、一度は聞いたことがあるという人も多いのでは? その名の通り、焼きそばにラーメンスープを合わせるというもの。焼きそば×ラーメンの型破りな組み合わせが話題となり、テレビなどでも取り上げられるように。そのメニューを考案したのが、塩原温泉で古くから食堂を営んでいる「釜彦」なのです!
ある問題をきっかけに、塩原温泉の名物グルメとして定着
「釜彦」は戦前からこの地に店を構え、長きにわたり地元民のお腹を満たしてきました。当時はかつ丼、野菜炒め、カレーなど一般的なメニューを提供していたそう。しかしなぜこのような穏やかな街の食堂で、異色ともいえるスープ入り焼きそばが突如現れたのでしょう? その謎を解明するため、二代目・礒光宏さんに話を伺いました。
- 店主 礒さん
- 店主 礒さん
- 「昭和30年の頃、出前の際に『焼きそばだけでは物足りないから、ラーメンのスープも付けて欲しい』という要望があったんです。けれど昔は、出前箱といえば岡持ち。今のようにラップや丼ぶり用のふたもなかったので、配達中にスープがこぼれて焼きそばの上にかかってしまっていたんですよ。そこで先代である父が、最初からスープの中に入れてみようと思いつき、このメニューが生まれたんです」
一瞬、耳を疑いましたが……嘘のような本当の話なのだそう。「名物グルメをつくりたい」「目を引く商品で人を呼びたい」などという営利的な思惑は一切なく、お客様にベストな状態で届けるために考案されたメニューだったのです。ある意味、ホスピタリティの極み……! 容器ではなく、料理自体を変えてしまう規格外の発想にも驚きです。
- 礒さん
- 礒さん
- 「県外から来ていた卸業者の方が気に入ってくださって、いろいろな場所で宣伝してくれたんですよ。そのおかげで県内、全国と、どんどんお客様が来るようになりました。店で提供し始めてから、かれこれ65年ぐらいになりますね」
街の食堂から一転し、“スープ入り焼きそばの店”として周知されるようになった釜彦。板前の修業を終えた礒さんが先代から後を継いで二代目店主となり、長い年月を経て塩原温泉の名物グルメとして定着していきました。
完成までに2~3年を費やしたこだわりの味
いよいよ厨房に入り、調理がスタート! スタッフ各々の持ち場があり、同時進行で調理が進んでいきます。麺をゆでている間に中華鍋で具材の鶏肉とキャベツを炒め、麺がゆで上がったら素早く投入。そのまま一気に強火で炒め、ソースで味付けをします。
- 礒さん
- 礒さん
- 「普通のラーメンと焼きそばを一緒にしただけでは、美味しくないですからね(笑)。父も双方の味がぶつからないようにするため試行錯誤し、創業からこだわっていたラーメンスープに合うようにと、焼きそばの麺とソースを何度も変えて改良を重ねました。現在の味が完成するまでに2~3年かかったそうです」
8時間かけて仕込む醤油ベースのラーメンスープ
そのままでも美味しいであろう焼きそばに、何の躊躇もなくスープが注がれていく……。背徳感さえ覚えるような不可思議な光景ですが、先代から受け継いだ秘伝のラーメンスープも鶏や豚、野菜から丁寧に出汁を取っているそう。麺はスープ入り焼きそば専用に作られた細ちぢれ麺を使用し、味の決め手であるソースは2種をブレンド。
- 礒さん
- 礒さん
- 「父から『スープはしっかり作れ』とよく言われていました。今もその教えを守り、毎日8時間かけて仕込んでいます」
その味やいかに!? 緊張感が高まる実食タイム
話を伺い、調理工程も拝見し、味は確かなはず! と思いながらも固定観念が邪魔をして頭が追い付いてきません。未だかつて味わったことのない組み合わせに「本当に美味しいのだろうか?」という拭いきれない疑問と不安を抱えながら、恐る恐るスープをひと口……。……あれ? 濃い味を想像していたけれど、あっさりしてる! しつこさもなく、細麺なのでスルスルと食べられます。良い意味で裏切られました……!
- 礒さん
- 礒さん
- 「女性のリピーターも多いんですよ! むしろ食欲がないから食べに来た、なんていう常連さんもいるんです」
最初にスープの風味、後からスパイシーなソースの味と香りが追いかけてきます。不思議な美味しさで、気がつけばやみつきに! 個性が強いもの同士が上手くまとまり、新ジャンルを確立しています。まさにここでしか味わえない正真正銘のご当地グルメ。クセになる味わいに一度食べてハマる人も多く、70人待ちの行列ができることもあるそう。
- 礒さん
- 礒さん
- 「ライスにも合うんです。麺を食べ終えてからスープの中に入れる人もいますよ。皆さん、いろいろな食べ方をされているようで面白いですね」
祖父が生み出した伝統の味を残したい
現在は、礒さんの甥である遠藤和久さんが三代目店主としてその味を守っています。「小さい頃から祖父が作るスープ入り焼きそばが大好きでした! 僕にとってソウルフードなんです」と遠藤さん。大好きな味を残したいという純粋な思い。各地に存在するご当地グルメにも、もしかしたらそんな願いが込められているのかもしれません。受け継ぐ人がいるからこそ、名物と呼ばれる料理が地域に根差しているのだと改めて実感。
- 礒さん
- 礒さん
- 「スープ入り焼きそばを目当てに来てくださる方が多いですが、塩原温泉郷の自然も必見ですよ。特に新緑、紅葉シーズンは、普段から見慣れている私たちでも息を吞むほどの絶景なんです」
塩原で生まれ育った遠藤さんも「このメニューをきっかけに、塩原温泉という観光スポットに興味を持ってくださる方が増えたらいいなと思います。地元の魅力を、もっと多くの人に知ってもらいたいですね」と続けます。元祖の名に恥じない、味への確固たるこだわり。さらには店の歴史を重んじる心と郷土愛も、若き世代へとしっかり受け継がれていました。
取材メモ/県民でありながら、初めて味わったスープ入り焼きそば。一見ジャンクフードのようですが、スープは時間をかけて仕込むなど、その並々ならぬこだわりに驚きました。既成概念を超えた斬新な組み合わせを、実際に食べてみてほしい! 塩原温泉の名湯と豊かな自然もセットに、ぜひ出かけてみてくださいね。
取材・文・撮影=金谷有美子