長野剛(ながの・つよし) 朝日新聞記者
1997年入社。対話、リテラシー、サステナビリティに関心。2018年春から、朝日新聞フォーラム面を中心に執筆中。2010年、民間療法「ホメオパシー」を巡る一連の検証報道。2007年、アジアの水産事情を巡る連載「水産乱世」。その他、原子力、災害報道等。
ネット注目の#謎水装置 開発者を直撃
NMRパイプテクターには以前から、学識経験者による批判がありました。
批判者の一人に技術士会支部の小波さんの弟、小波秀雄さんがいます。京都女子大の名誉教授で物理化学が専門の秀雄さんは今春、雑誌「理科の探検」でNMRパイプテクターを解説。「物理的には何の意味もないガラクタ」とまで述べています。
対する会社の言い分は? 9月初旬、日本システム企画に、社長で開発者だという熊野活行さんを訪ねました。
熊野さんによると、NMRパイプテクターは1995年に発売。昨年度の年商は約10億円。売上は「20%ぐらい毎年伸びている」そうです。
仕組みを説明してもらいます。
NMRパイプテクターは、水道管を囲んで取り付けるリング状の装置です。金属ケースの中に、「複数のレアメタルを入れた粘土を1200度で焼結した」という黒体放射焼結体という名前の部品と、磁石を設置しています。
水道管の中の水は、装置の磁石による磁場を通過し、黒体放射焼結体から出た電磁波も照射されるとのこと。すると、水の分子にある原子のうち「水素原子が共鳴するのです」と話しました。
実はここ、小波秀雄さんが「理科の探検」でも突っ込んだ部分のひとつ。この黒体放射焼結体について「電源もなしに電磁波を発生する素材はない」と述べています。「エネルギーが無から生じることはないという、熱力学第一法則にまったく反している」とし、物理学の基本法則との矛盾を指摘しました。
一方、熊野さんは黒体放射焼結体について、製造時に「1200度で焼結させる際、内部ではエントロピーが上昇する。これがじわじわと低下する時に電磁波を出す」と主張し、電磁波のエネルギーが無から生じるわけではないことを説明。電磁波を出し続ける時間を70年に設計したとし、「一応40年は使える」と語りました。
しかし、放っておいて何十年も電磁波を出し続ける物質なんてあるのでしょうか? そして、乱雑さの指標である「エントロピー」という物理用語の使われ方も「?」です。
後に、小波秀雄さんに熊野さんの説明の妥当性を聞くと、「そんな物質はあり得ません。エントロピーの用語も、エネルギーと混同していそうですね。そもそもエントロピーとは放っておくと増加するもので、下がることはありません」でした。
さて、熊野さんは「水素原子が共鳴」することによって水の中で起こる現象が、水道内の赤さびをより害のない黒さびに変える、と説明します。
しかしそれ、現実に確認した話でしょうか? 聞くと「これが測定できるのであれば一番簡単なんです」と、観測できていないことを認めました。赤さびが黒さびに変わる理屈が「これしか説明できない」からそう判断したと、仕組みが推測であることを認めました。
熊野さんは「少しずつ裏付けできている」「近く、論文で発表できる」とも説明しました。
理論は横に置くとしても、効果の証拠はないのでしょうか?
そこで、地下鉄で「世界で唯一」と広告している論文を調べました。2003年に「第13回 アジア・太平洋防食会議」で審査され、発表されたものだとしています。
普通、学会大会での発表に事前審査はありません。この会議の主催者、腐食防食学会によれば、この会議の発表も「査読(審査)を行っておりません」とのこと。日本システム企画による発表内容紹介の文章は、会議の講演要旨集に掲載されましたが、学術誌に掲載される論文とは「別モノ」と説明しました。
実は同年、腐食防食学会は、NMRパイプテクターを含む「いわゆる水処理装置」について「エンジニアリングの対象となるレベルではない」とする見解をまとめています。事務局はNMRパイプテクターに「積極的な効能はない、というのが共通認識」だと説明しました。
なお熊野さんによれば、「世界で唯一」と広告しているのは、「論文」をみせた英ケンブリッジ大学の先生から、そんな技術は「世界で唯一だ」と言われたためだそうです。この先生の名前を聞きましたが、取材から約1カ月たっても回答頂いていません。
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