……それは語られなかった、ネイア・バラハの聖地巡礼初日。カルネ村宴会場での一幕。
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「ネイアさん、シズさん。ドワーフの皆さんが何だか呼んでいますよ?」
「…………む。あそこはお酒臭い。」
「まぁドワーフですからね。シズ先輩、一緒に行きませんか?」
「…………後輩の頼みなら仕方がない。」
ネイアの手に引かれるよう、シズも一緒に水のようにカパカパと酒を飲み干す
(うわ、凄い食べ物とお酒の量。ドワーフっていう種族だからかな?)
「おおシズさまに目付きの悪い娘っ子!この村はどうじゃ?」
「はい!色々な意味で驚かされてばかりです!最早1つの国家なのではないかと思う程!」
「…………ルプーに聞いていた以上。驚き。」
「ガハハハ!そうじゃろ、そうじゃろ!飯は旨い、酒も旨い、仕事は多いが、どれもやりがいが有る!最高の国じゃ!魔導王陛下のお導きじゃな!」
「流石はアインズ様の国だと、わたしも驚いてばかりです!皆様はどのような経緯からこの村へ!?」
ネイアには今一見分けの付かない別のドワーフが、小さな身体に合わない馬鹿でかい酒容器一杯の酒を一気に呑み、アインズ様……魔導王陛下を心から讃える。
他のドワーフ達も一斉に同意する。そんな光景に、ネイアは心が熱くなると同時に、頑固者で知られるドワーフをここまで心惹き付けたアインズ様の偉業を聞きたくなった。
それはネイアの知らない神話の言行録、以前のネイアであれば到底信じようのない奇跡に違いない。
「まず儂らは……とある技術の職人じゃった。嫁さんや子どもを除くここにいるほとんどがそうじゃ。」
一瞬周りを見渡し言葉を選んだことから、とある技術とは【ルーン文字】の事を言っているのだろう。カルネ村でも機密の研究とされているらしい。……ネイアは思わずルーン文字の刻まれた匕首の入った鞄、土産として渡された代物に手をやる。
「まぁ長くなる、2人とも座ってくれ!そして酒じゃ!!辛気くさい話には酒が無いとな!」
「あ、すみません。お酒が呑めないので……。」
「…………わたしもいい。」
「なんと!? 人生の8割を損しておるぞ娘っこ!? ……まぁよい。じゃあ辛気くさい話の前に……。」
ドワーフ達は〝魔導王陛下に乾杯!〟と言って、一斉に酒杯を飲み干した。
「さて、【あの技術】はドワーフの国では既に、付加魔法の武器に淘汰された古い技術。儂らは日の目の当たらん冷や飯喰らいの
「時代遅れと侮蔑され、挙げ句は枯れた技術にこだわる愚か者の烙印じゃ!あの技術はドワーフの秘宝じゃ!!それも理解出来ん摂政会の馬鹿どもめ!」
「だが魔導王陛下がそんな儂らを救ってくれた!それも摂政会に働きかけ、魔導国へ招聘するにあたり、見たこともない大歓迎、豪華な宴まで開いてくれた!ドワーフの王国を奪還するほどの力を持つ陛下じゃ、力でねじ伏せることだって容易だったであろうに、儂らを重宝してくれたのじゃ。あの時の感動といったら……。」
「ドワーフの国を……奪還!?」
膨大な力を持ちながら、正しい道を歩まれる彼の偉大なアインズ様の御心に触れられ、恍惚と尊敬から酔ってもいないのに全身を赤くする。だが、それ以上にネイアは聞き逃せない単語を聞き、思わず聞き返す。
「そうじゃ、儂らドワーフの王国は200年もの間、竜王とクアゴア族によって簒奪され、残った都市で細々と肩身狭く暮らしておった。」
「アインズ様はドワーフの皆様の手を取られ、簒奪された王国において竜王とクアゴア族と戦われたと!!」
ネイアは思わず手に汗握る!アインズ様に敗北など有り得ない、どのような偉大さをお聞きできるか。その姿は英雄譚を聞く子ども、若しくは崇拝する神の神話を説かされる使徒であった。
「そう熱くなっても結果は多く語れんよ、ドラゴンの背中に乗って帰ってきた。次の日じゃったかな?」
「はえ!?」
「言った通りじゃ、あっと言う間に200年の膠着を解決した。今はクアゴアもドラゴンも、魔導国で働いておる。」
ネイアは思わず、隣でジュースを飲んでいるシズを見た。あの絶望の化身とも言えるヤルダバオトからさえメイド悪魔という配下を奪い去ったのだ、それに比べれば、ドラゴンやクアゴア族なる亜人を配下とするなど朝飯前なのだろう。開いた口が塞がらない……とはこのことだ。……突然、背中にドンと衝撃が走った。
「みんな!ゴウン様のお話~!?わたしも混ぜてーー!」
「ああ、ネム!お客さんに体当たりして……。その、すみません。」
そこには村の観光に同行してくれたエンリ将軍の夫と妹……ンフィーレアとネム・エモットがいた。
「いえ、大丈夫です。ああ、魔導王陛下の新たな偉大さが聞けて、わたしは幸せです。」
「…………うん、アインズ様は偉大な御方。皆それをよくわかっている。」
ネイアは恍惚の表情を浮かべ、ギュっと胸に手を当てる。
「そうそう!ゴウン様すっごいんだよ!お仲間のみなさまと、こーーーんなおおきなお城をつくって、すっごくおいしい料理も作れるの!」
「アインズ様のおうち……?ネムちゃん、いえネム様はアインズ様の城に招かれたことがあるのですか!?」
ンフィーレアは〝あちゃ~〟と困ったように頭を掻く。カルネ村に客人が来ると魔導王陛下直々にカルネ村村長エンリへ歓迎を任された際、2点の注意事項を告げられた。〝ポーションの製作技法の機密〟〝ドワーフ達の機密〟を漏らさないことだ。
ただポーションの存在は話してもいいと言われている。ならば、城に招かれた理由までなら話していいだろう。
「ええ、僕と妻……エンリとネムの3人でゴウン様の城に招かれたのです。僕は薬師をしておりまして、ポーションの作製をしているのですが、その功績を称えられ……」
ネイアの鋭い目がンフィーレアを射貫いた、思わずンフィーレアは怯えてたじろぐ。
「ひょっとして、紫のポーションと、黄色のポーションですか!?」
「あ、はい。ご、ご存じでしたか?」
「もちろんです! ローブル聖王国において、死地の間際に居たわたしをアインズ様は救って下さったのですが、そのとき賜ったポーションが紫色だったのです! 傷はあっと言う間に治り、その後渡された黄色のポーションは疲労困憊だったわたしを救って下さったのです! あなた様がそのポーションを造られたのですね!」
ネイアは思わずンフィーレアの手を取り目を輝かせる。魔導王陛下の王城に招待されるほどだ、それを考えれば目の前の薬師が成した偉業もおのずと導かれる。直後ンフィーの髪で隠れた目にも燦然とした光が宿った。そしてネイアの手を強く握って滔々と話し始める。
「そうなんだよ! ポーションが本来青い事は知っているだろう!? 粗悪品だと澱が沈んで茶色くなることもあるけれど、どんなに高品質なポーションでも本来は真っ青にしかなれないんだ! 詳しいことは話せないけれど、あの紫のポーションは、既存のどの高価なポーションよりも治癒効果が高く、一滴でさえ治癒効果が望めるほど有効濃度が桁違いなんだ。これは画期的なことなんだよ! しかも紫のポーションは、経年劣化する青いポーションよりも格段に劣化が起こりにくくて、半年経っても同じ効果を持っているんだ!
それに黄色のポーションだけれど、あれはゴウン様の持っていた品で、僕も未だ研究中なんだ。あれは完成すれば凄いことになるよ!〝傷を治癒する〟という今までのポーションの固定概念を打ち砕くもので、本来休息することでしか癒せなかった、身体や精神の疲労を癒す品で、滋養強壮と言った……痛い!」
ンフィーレアはネイアに熱弁を奮うが、横にいたエンリ将軍から拳骨を喰らい床で悶え転がっていた。
「んもう、お客様にどんな目をして話してるのよ……。ごめんなさいね、シズ様、ネイア様。うちの夫、薬のことになると頭のネジが外れちゃう事があって。」
「いえ、大変興味深い内容でした!!何よりわたしはンフィーレア様……エンリ村長の旦那様の作製されたポーションに命を助けられた身なのですから!」
ネイアは目を爛々と煌めかせ、ンフィーレアとエンリ村長を交互に見る。
「ンフィー君すごーい!!」
自分の夫が褒められるのはエンリだって勿論嬉しい、ネムも同じ気持ちのようだ。
「いえ、一番凄いのはゴウン様……魔導王陛下ですよ。ンフィーの才能を信じて、色んな研究施設や材料を下さって、そしてこの村を信じて下さったのです。陛下が居なければ、わたしとンフィーが結ばれることもなかったでしょう。」
たおやかな笑みの奥底に見えるのは本心からの尊敬だ。ネイアはこのカルネ村に移住したいという欲求にさえ駆られる。ネイアにはこの村に居る全員が同志のようにさえ思えた。
(って、ダメダメ。わたしにはわたしの……、アインズ様から託された役目があるのだから!)
「お話のお邪魔をしてすみませんね。ほら、ンフィーもネムも行きましょ。」
エンリ村長はグッタリするンフィーレアを引きずりながら、ゴブリン達の輪に交じっていき、労いの言葉を掛けながらお酌をしていた。あちらこちらで談笑と乾杯の音頭が挙がる。音楽隊のゴブリン達も交代で宴会の輪に入っているようだ。人間の村人が焼き上げた家畜の丸焼きを感謝しながら食べるオーガの姿も見える。
「……本当に素敵な村。」
「…………同意する。おもちゃ箱と言っていたルプーにはお仕置きが必要。」
「シズ先輩何か言いました?」
「…………何でもない。凄く良い村。同意する。」
「おーい! シズ様! ネイア様! 今度はこちらで話を聞いて下さいな! エンリ将軍壱の子分ジュゲムが、この村の魅力をとくとお話しいたしますぜ!」
「この村のすっげー話は一杯あるんだ! 俺も朝まで語れるぞ!」
「はい!シズ先輩!行きましょう!」
「…………後輩の願いならばしかたがない。」
シズはむん、と可愛らしく胸を張って立ち上がり、シズとネイアは多種族が笑い合う輪の中へと交じっていった。