「今日も順調でしたね!」
ニニャが嬉しそうにはしゃいでいる。
あれからナーベは漆黒の剣とともに様々な場所に赴きその場の危険な魔物たちを駆逐してきた。そのうち街道に魔物が出てこなくなってしまったので、ナーベのコネから薬師のンフィーリアも同行し薬草の採取も兼ねて時には危険な森の中にまで入り込みさらに上位の魔物も獲物にしている。
今日もそんな探索からエ・ランテルまで戻り、冒険者組合へと報告に向かっているところだった。
「いやぁ、まさか
「ルクルット、それに気づかないとかレンジャーとしてどうなんですか?」
「いいじゃねえか、何とかなったんだから」
「ナーベさんがいなかったら危なかったですけどね」
「いえ、みなさんのチームワークのたまものですよ」
ナーベとしても冒険者としての知名度を上げるにはこの気のいいチームの中にいるのは調子がいい。チーム名が気に入っているというのもある。
しかし、そんな漆黒の剣との冒険だがナーベには一つの問題が出てきていた。
(アイテムボックスがいっぱいになってきましたね……)
狩る魔物すべてをアイテムボックスに突っ込んできた結果、容量が限界に近づいてきていた。しかし創造主の持つ「いらないものでもとりあえず持っておく症候群」を同様に引き継いでいるナーベとしてはそれを捨てるなどとんでもない。
(収容しているものが劣化しないのはアイテムボックスのいいところですが倉庫が欲しいところですね……それにアイテム整理もしたい……加工するのもいいですが……)
至高の41人の中には生産職に特化したメンバーもいる。商業スキルを所持する
(いったんパーティから抜けますか……)
「あの……」
ナーベが分かれを切り出そうとしたとき、後ろから無遠慮な声がかけられた。
「よぉ、おまえら最近景気良さそうじゃねえか」
そこにいたのは立派で体躯を持ち力強さを感じさせる男、ミスリル級冒険者チーム『グラルグラ』のイグヴァルジだった。その後ろには苦そうな顔をしたそのメンバーがそろっている。
漆黒の剣にくらべて明らかに質のいい装備に身を固めており、その態度も自信にあふれている。銀級冒険者の漆黒の剣にとっては雲の上の存在である。
「イグヴァルジさんですか……」
冒険者として格上のミスリル級冒険者の登場にリーダーのペテルが代表して話すことにする。
「何が御用でしょうか」
「何か御用ですか!?あぁ!?俺らの獲物奪っておいて何言ってんだコラ!」
ドスを効かせて詰め寄ってきてペテルの胸をつくイグヴァルジ。
「獲物?」
「悪霊犬だよ!悪霊犬!ありゃ俺らがギルドで依頼を受けた討伐対象たっだんだ。それを横から奪うとか何考えてんだ?」
イグヴァルジ曰く、漆黒の剣が討伐した悪霊犬にはミスリル級以上への依頼として依頼書が出されており、それを漆黒の剣が討伐してしまったたため彼らは無駄足を踏まされたということだった。
「こんな横紙やぶりしやがってどう責任取るつもりんだ?あぁん?」
「それは申し訳ありませんでした。悪霊犬の報酬は受け取りませんので……」
「そんなこと言ってんじゃねえよ。おまえら銀級が最近調子に乗ってんじゃねえかって話なんだよ!っていうかおまらのパーティバランス悪くねえか?お前らだけでそもそも悪霊犬なんて倒せるレベルだったか?誰かさんにおんぶに抱っこかよ?あ?」
「それは……」
まくし立てるイグヴァルジの剣幕にペテルは目を逸らす。それはチームのリーダーとしても思っていたことだ。自分たちの実力以上の獲物をナーベに頼って倒している自覚はある。本来ナーベの実力としてはもっと上級のパーティに入っていて然るべきものなのだ。
イグヴァルジのその言葉を聞いてナーベは考える。
(これはちょうどいいかもしれませんね……。アイテム整理のために一度離れたかったことですし……)
「だからよ……その女は……」
「どうもすべて私のせいのようですね」
ナーベはイグヴァルジを見つめる。軍帽の下からのぞくその端正な顔立ちと眼差しに突然射貫かれ、イグヴァルジはたじろいだ。
「森の中まで探索に行こうと言ったのは私です。それにそのミスリル級への依頼も把握しておりました。ですが気づかないふりして狩ってしまえば報酬がもらえるだろうと思ったのも事実です」
「そんな!ナーベさんだけの責任じゃありませんよ!」
ナーベとしては別に庇ってほしいとは思ってもいないのだが、ニニャが庇ってくれる。本当にいいメンバーだ。
「ありがとうございます。ですがやはり私の責任でしょう。ですので、私がチームを抜けることで責任を取らせていただきましょう。今後皆さま方にはご迷惑はお掛けしないと誓います」
そう言って丁寧に謝罪をするナーベの潔さはまるで清廉潔白な聖女のようだ。その容姿に負けないその心の清らかさ、それに心を打たれ誰も一言も発せない。
「それでは失礼いたします」
そう言って顔を上げたナーベの目に涙が溜まっていることを一同は気づく。頑張って見せないようにしているが内心はとても悔しく傷ついているだろうとその場の者はだれもが思う。
……が、数々の外装を使うパンドラズ・アクターにとってこの程度の御涙頂戴の演技などはお手の物だ。これでこれ以上漆黒の剣が責められることはないだろうし、ナーベへの印象も悪くないだろう。
「ちょっまっ……」
さすがに罪悪感に耐えられなくなりイグヴァルジが声をかけようとするもナーベはそのまま彼らから走り去っていくのだった。
♦
漆黒の剣はその後ナーベを探したがいくら探しても見つけられなかった。
その後数日がたち諦めようとしたそのとき、エ・ランテルの中央広場でクラルグラのイグヴァルジとばったりと出会う。
「探したぜ……あのさ……この間は悪かったよ。言い過ぎた……」
ボリボリと頭を掻きながら罰が悪そうに眼を逸らし、謝罪するイグヴァルジ。
「そういうことはナーベさんに言ってください。もうこの町からいなくなってしまったかもしれませんけど……」
「父親を捜すために冒険者になったと言っていたのに不憫なのである……」
「そ、そうか……本当に悪いことしちまったな……いや、俺も冒険者組合からちょっとルール破りを注意してほしいって言われた程度だったんだけどよ……。あんな綺麗な子と一緒に楽しそうにしてるお前らに嫉妬しちまって……本当に悪かったよ」
上級冒険者が下級冒険者へと頭を下げる。その真摯な態度は根っからの悪人ではないだろうことがうかがえる。
「でも本当にどこにいっていまったんでしょうね……彼女は……。もう街を出て行ってしまったのでしょうか」
ペテルはあたりを見渡す。
今日は街の中央広場でバザーを開催しているようだ。
仕入れてきた商品を並べる商人や不要になったマジックアイテムを並べている冒険者など様々な人間がシート上に店を出して賑わっている。
そんな中に見慣れたものを見つけた……軍帽だ。
そしてその軍帽をかぶっている売り子はメイド服を纏っている。下を向いているため顔は帽子に隠れて見ることが出来ない。
「あれは……ナーベさん!?」
あんな帽子をかぶったメイドはナーベしかいないだろう。ペテルの言葉に一同もそれに気づき、売り子のもとへと駆け寄る。
「あの……ナーベさん?」
恐る恐る売り子に話しかけると彼女はペテルたちを見上げ、帽子の下からその顔が現れた。
褐色の肌に三つ編みの髪型をしている美女はそこにいる誰もの目をくぎ付けにする。彼女はペテルたちに向けて天真爛漫と言う言葉が良く似合う最高の笑顔を向けた。
「お客様っすか!?ルプー魔道具店へようこそっす!」