Life is what you make it   作:田島

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竜王国の都市の名前はジェネレーターでそれっぽいのを適当に付けましたので今後原作で出てきた場合齟齬が出る場合がございますがご了承ください。話の流れ上都市名出さないのはさすがに不自然だった為……。


カッツェ平野を越えて

 カルネ村から南東に向かう旅の途中は、カッツェ平野までは村落がちらほらある程度でずっと平原が広がっている。長閑な旅路で興味の向くままモモンガはロバーデイクがワーカーになったきっかけを聞いた。

「私は元々神殿の神官をしていたのですが、ご存知の通り神殿ではお布施に応じて治癒をします。しかし、それでは本当に助けを必要としている人々を救うことはできません……。お金がないというそれだけの理由で助けられるべき命が助けられない、そんな神殿の状況にもどかしさを感じ神殿のしがらみから解放されるワーカーとして働く事を選んだのです」

「えっ、めっちゃいい人じゃないか。そこまでいい人だと思ってなかったよロバー……」

「お人好しですよねぇ、報酬なしで治癒とかしたら規則違反で最悪神殿から暗殺者送られるらしいのに。ワーカーの報酬を孤児院に寄付とかもしてたらしいですよ」

「マジ? すごいねロバー、尊敬しちゃう……」

 殴打武器特訓の間色々話したのかクレマンティーヌが補足してくれる。モモンガは純粋な善意からの行いをするというのがどうも苦手で、気紛れを起こした時以外はどうしても損得勘定が働いてしまうところがある。だからたっち・みーやラキュースやロバーデイクのように純粋な善意を素直に行動にできる人を無条件に尊敬する。

「そんな大した事ではありませんよ、ワーカーは儲かるとはいっても私一人の寄付では微々たるものでしたしね。ほとんど自己満足のようなものです」

「微々たるものっていってもそういう一人一人の積み重ねが大きな力になるんだぞ? だから積み重ねるロバーは偉いんだ。そこは卑下しちゃいけないと思うぞ?」

「……アンデッドに言われていると思うと微妙な気持ちですが仰る通りです……」

「それはアンデッド差別だぞ? 差別反対!」

「神官に対してそりゃ無茶ってもんだろ……」

 そんな雑談を交わしながら十五時頃まで歩き続ける。旅人には必須技能らしいがクレマンティーヌもロバーデイクも太陽の位置から大体の方角が分かるらしい。すごい。一応の備えとしてエ・ランテルに最初に行った時に方位磁針も入手してあるが今まで使ったことはない。

 街道から外れ人目のない平原を歩いているので、隠れる事はあまり考えずに済む。適当な位置でレベリング開始となる。まずクレマンティーヌとブレイン用に召喚したアンデッドを見て、ロバーデイクが唖然とした。

「……な、なな、な、何ですかこれ……」

「何って、マミーチャンピオンだけど?」

「そうじゃなくて! こんなのと戦うんですか!?」

「これはクレマンティーヌとブレイン用だからロバーはもっと弱いやつだよ、安心して」

「すごく……不安です……」

「大丈夫だって、最初はとりあえず様子見だから」

 そう言ってロバー用に下位アンデッド創造で呼び出したのは骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)である。戦い振りを見てどの程度のアンデッドと戦わせるのか考える予定だ。十分戦えそうなアンデッドだった事にロバーデイクが大きく息をついて安心している。心配しなくてもそんな無茶はさせないのにロバーデイクがこんなに心配しているのはクレマンティーヌとブレインがあんなに死ぬ死ぬ脅すからである。全くもって心外だとモモンガは内心憤慨していた。

 そして訓練が始まり、ロバーデイクは中々いい感じで骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)と戦っているのでこれならもう少し強いアンデッドでも良さそうだなとモモンガは考えていたのだが。

「モモンガさん!」

「どうしたロバー」

「この骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)強すぎます! どういう事ですか!」

「召喚アンデッドは俺の特殊能力(スキル)で強化されてるから普通のやつより強いよ、凄いだろ」

「そういう事は! 先にっ! 言ってくださいっ!」

 言葉の割にはロバーデイクは危な気なく戦っている。骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)だと死ぬか生きるかというラインまでは持っていけそうにない。もっと強力なアンデッドが必要そうだとモモンガは確信する。

 程なく勝負が付き、無事勝利を収めたロバーデイクが自分に治癒魔法をかけている。ポーションいらずである、神官最高だなとロバーデイクの良さみをモモンガは噛み締めていた。

「さて、じゃあロバー、次行こうか」

「ま、まだやるんですか……」

「夜までやるよ? さて次の相手は、こいつです!」

 その宣言と共にモモンガは下位アンデッド創造で紅骸骨戦士(レッド・スケルトン・ウォリアー)を召喚した。モモンガとしてもロバーデイクの力については未だ手探りの部分があるので、ちょっとづつ強くしていって様子を見ようと思っているので訓練相手を急に強くしたりはしない。しかしながらロバーデイクは顔面蒼白である。

「……ちょっと、これは…………」

骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)は余裕だったんだからこいつもいけるだろ? 本当は死ぬか生きるかのところでやってもらわなきゃいけないからもっと強くないと駄目かなと思うんだけど、とりあえず少しずつ強くしていっていい感じのラインを探ろう」

「いやあの……今の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)も大分厳しかったですよ? 普通の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)二体が私が受け持てる限界で、モモンガさんの召喚した骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)だと一体でギリギリというか、今の戦いも大分ヒヤヒヤさせられたんですが……」

「でも死ぬか生きるかって感じじゃなかったからね。とりあえず始め」

 有無を言わさぬモモンガの宣言で紅骸骨戦士(レッド・スケルトン・ウォリアー)がロバーデイクに向かい剣を振り下ろし、咄嗟にロバーデイクはそれを鎚矛(メイス)の柄で受ける。刃を流され押し返されても紅骸骨戦士(レッド・スケルトン・ウォリアー)の体勢は崩れず、ロバーデイク目掛け次々に斬撃を放っていく。

「モモンガさん!」

「どうしたロバー」

「強すぎです、死にます!」

「大丈夫、死なない程度に手加減させてるから、安心して」

「鬼! 悪魔!」

「ははは、何を言ってるんだ、俺はアンデッドだぞ」

 訓練中に悪態をつくとはロバーデイクも中々余裕があるじゃないか、これはもう少し強いアンデッドにする必要があるかもしれないとモモンガは考えながらロバーデイクの必死の訓練を見守った。

「うっしゃ、次! お願いします!」

 召喚限界時間を迎えクレマンティーヌとブレインが相手にしていたアンデッドが消える。クレマンティーヌは何だかやたら気合いが入っている。中位アンデッド創造でアンデッドを再度召喚し直しながらもモモンガは首を傾げた。

「クレマンティーヌ気合い入ってるね……何かあった?」

「いえ、特に何も。ただロバーデイクに負けてられませんので」

「ロバーの何に勝つ気なんだよお前は……」

「モモンガさんの為に一番役に立てるというポジションを誰にも譲る気はないので!」

「クレマンティーヌ……お前なぁ……」

 呆れ声で言葉を続けようとしたモモンガに、クレマンティーヌはにこりと笑ってみせた。

「何を言いたいのか大体見当は付きますがそれは違いますよ。モモンガさんが教えてくれた大切な事です、忘れたりしません。私が、モモンガさんの一番になりたいだけなんです」

「うん……? お前は一番頑張り屋さんだよ? でも度を超えて頑張りすぎちゃ駄目だよ? いや死ぬ思いさせてる俺がこんな事言っても説得力ないけどさ……」

「はい、ありがとうございます。さてやりましょう!」

 その頃ブレインは全然分かっていない様子のモモンガに呆れる余裕もない程死ぬ思いをしていた。

 陽が沈むまでレベリングした後はその場でシークレットグリーンハウスを出し野営する。グリーンシークレットハウスが展開される様を見てその後中に入って案の定ロバーデイクは二三回唖然とした。いつの間にか食事当番になっているブレインが食事を作って夕食になる。

「れべりんぐがあんなに恐ろしいものだとは思っていませんでした……」

「な? 死ぬだろ?」

「死ぬよねぇ」

「失礼な、まだ三人とも一度も死んでないだろ!」

「気持ちとしては今日だけで二十回位は死を覚悟しました……」

「それでいいんだよ、そういう訓練なんだから! 死ぬか生きるかの状況が生命力の大幅な増加を齎すんだ!」

「理屈は分かります……分かりますが……」

 そう呟いたロバーデイクは大きく溜息をつき、がっくりと項垂れてからスープを啜った。

 そんな風に三日ほど歩いて、カッツェ平野へと到着する。話に聞いていた通り濃霧に覆われていて先は全く見通せない。霧自体にアンデッド反応があるという話で不死の祝福のアンデッド反応が大変な事になっているのでカッツェ平野を抜けるまでは切る事にした。

 骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)腐肉漁り(ガスト)黄光の屍(ワイト)骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)など低位のアンデッドが無尽蔵に湧いてくるが、ここで殴打武器特訓の成果が出た。苦手だったスケルトン系にクレマンティーヌのモーニングスターの強烈な一撃が決まり、ロバーデイクも危なげない堅実な戦いぶりで雑魚を処理していく。骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)だけは処理が大変そうだったのでモモンガが〈火球(ファイアーボール)〉で掃除しておく。

 霧で太陽の位置が確認できないのでようやく方位磁針の出番がやってきた。方角を確認しながら南東へと歩を進める。アンデッドの自然発生を放っておくと負のエネルギーによってより上位のアンデッドを生み出してしまう為、カッツェ平野のアンデッド討伐は王国帝国が協力して国家事業として取り組んでいるらしい。王国と帝国が共同で物資を運び込みアンデッド討伐を行う冒険者や兵士の支援をする街もあるのだという。ワーカー時代はロバーデイクもその街を拠点にアンデッド狩りをしていたのだそうだ。ただ、アンデッド反応を頼りにできずどこから襲われるか分からない濃霧のカッツェ平野でのアンデッド討伐は危険度に比べて割の良い仕事とは言い難いので、どうしても他に仕事がない時に仕方なく来る所だったらしい。

「こんなにアンデッドだらけならそれなりに強いアンデッドもいるのかな?」

「カッツェ平野で特に強力なアンデッドは、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ですね」

「へぇー……」

 つまらなさそうに返事をしたモモンガに、クレマンティーヌがじとりとした目を向けてくる。

「モモンガさん、今大した事ないなって思いましたね? 確かにどちらもそれなりの等級の冒険者パーティが力を合わせれば倒せないアンデッドではありません。でも骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法への絶対耐性がありますし、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は強力な魔法を使ってくる上にアンデッドを召喚する恐ろしい敵です。そして戦ってる間にも物音を聞きつけて他のアンデッドが背後から襲ってくるかもしれないんです、カッツェ平野で戦うというのは恐ろしい事なんですよ! 自分を基準に考えないでください!」

「だ……だって……骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の魔法耐性だって第六位階までだし……」

「それは初耳ですが第六位階が通用しないという事はフールーダ・パラダインだって魔法では倒せないんです! 殴るしかないんですよ! 私だって今なら多分それなりに戦えますが殴打武器特訓する前だったら一人では戦うのが難しい敵でした! 皆が皆モモンガさんみたいに強いわけじゃないんです!」

「な……なんかごめん……」

「分かればいいんですけどね、分かれば!」

 ブレインが来て以降ツッコミはブレインに全部丸投げしていた感のあるクレマンティーヌの久々の激しいツッコミにモモンガはたじたじとなった。モモンガにしてみれば雑魚しかいなくて退屈だなぁとしか思えない場所なのだが普通の人間にとってはいつどこからアンデッドに襲われるか分からずに神経をすり減らす場所らしい。自分の力に対するモモンガの自覚はまだまだ足りないらしい、素直に反省する。

「でも、カッツェ平野をこんなに楽に歩けるのは初めてですよ。モモンガさんの魔法は勿論凄いのですが、お二人も強すぎですよ……何でそんなに強いのに無名なんですか?」

「ブレインは無名って訳じゃないよぉ、王国の御前試合の決勝でガゼフと互角に渡り合って惜しくも敗れた隠れた天才って事で事情通には割と知られてるかなぁ」

「王国以外じゃ無名だがな」

「帝国でももう無名じゃないだろ、ヨッ、無敗の剣聖に圧勝した天才剣士!」

「その話はもうやめろ!」

 アンデッドの多量発生する危険地帯を進んでいるとは思えない緊張感のない会話を交えつつ一行は南東へと歩を進める。カッツェ平野の中で夜を迎えてもグリーンシークレットハウスがあればアンデッドに寝込みを襲われる心配もないので安心である。アンデッドにいつ襲われるかも分からないのでカッツェ平野の中ではさすがにレベリングはお休みである。いつ敵に襲われるか分からない緊張感もレベルアップにはいいのではないかとモモンガは思ったのだが三人から猛反対に合ったので泣く泣く諦めた。

 霧で先が見通せずアンデッドもそれなりに出現するのでゆっくり進み七日程をかけてカッツェ平野を踏破し、モモンガ一行はついにアンデッド反応を持った霧を抜けた。不死の祝福も復活である。ようやく開けた視界を見やると行く手には西側に大きな湖、東側に険しい山脈地帯が広がっている。進行方向である南東の方角も東側ほど険しくはないものの山脈地帯となっているようだった。

「山越えかー、疲労はしないから登るの自体はいいけど山は越えるのに時間がかかるのが難点だよね」

「でも〈飛行(フライ)〉で行くのは嫌なんですよね?」

「それは旅情がないよ、帰りはともかく行きは歩きたい」

「よく分からん拘りだな……」

「六大神の遺した言葉に『家に帰るまでが遠足です』っていうのがあるんですけど、帰り道も旅の内という意味ではないんですか?」

「微妙に違うな、つい気を抜きやすい帰り道も何が起こるか分からないから気を抜かないようにという警句だよ。さすがに六百年も経つと正しい意味が失われてしまうんだな……」

「というか遠足って何だ……」

「生徒皆で弁当を持って連れ立って学校を出てどこかに行って遊ぶ学校行事、らしい。俺のいた学校にはなかった」

「変わった行事があるんですねえ……」

 他愛のない会話をしつつ街道を歩き小高い山を登り始める。環境汚染前は遠足ってこんな山を登ったりしてたのかな、とモモンガは他愛ない想像を浮かべた。もしそうなら、何十年か遅れの遠足をしていると言えなくもない。残念ながらおやつは食べられないがそれは仕方ない事だ。

 おやつといえば甘いものはこの世界でも結構な高級品らしい。香辛料もそうだが砂糖も魔法で生み出すものは質があまり良くなく、北の方では甜菜に似た植物を栽培しているらしいが庶民にまで行き渡るほどの量は生産されていないようだった。北が甜菜なら南には砂糖黍に似た植物があるのだろうか。旅に満足したら北方を開拓して甜菜(に似た植物)のプランテーションを作って一儲けするのも悪くないかもしれない。もしくは南にカカオに似た植物を探しに行くのもいいかもしれない。飲み物のチョコレートはあるようだが王侯貴族しか口にできない高級品らしいし、カカオのプランテーションを作って固形のチョコを何とか作り出せれば大儲けできそうである。鈴木悟には縁のないリア充イベントだったがバレンタインデーを広めるのも悪くない。

 そしてロバーデイクは甘いもの好きだという。グリーンシークレットハウスに置いてあったクッキーを食べて、こんなに美味しいクッキーを食べたのは生まれて初めてですと半泣きで感激していた。さすがに勧誘が無理やりすぎたかと哀れに思う気持ちもモモンガにもなくはないので、今度ロバーデイクには何か甘いものを買ってやろうと思った。

 見渡すばかりの荒れた山肌には草はまばらで時折思い出したようにひょろりとした木が生えていた。評議国の山はもっと赤土と岩という感じだったが、こちらは乾いた白茶けた土肌だった。クレマンティーヌの話では竜王国の辺りは乾燥地帯だそうで、乾季と雨季があるのだという。雨季になると眠りから目覚めたように見渡す限りが若い緑の草原になるというがそれもいつか見てみたいなとまた見たいものがモモンガの中で一つ増える。竜王国の本土は灌漑が進んでおり農業や生活を営むのには問題ない程度の水が得られるらしいが、国土の端の山岳地帯まではさすがに手を回す必要を感じないのだろう。カッツェ平野と湖を隔てた法国側はまるで天候や環境が違うというから気候というのは不思議なものである。

「六大神の遺した言葉といえば、『バナナはおやつに入りません』というのもあったんですがこれはどういう意味なんですか?」

「それも遠足絡みの言葉だな。遠足にはおやつを持っていっていいんだが、三百円まで……例えば銅貨十枚まで、というような決まりが学校毎にあるんだ。バナナはなんとその縛りを無視して値段を勘定せずに銅貨十枚分のおやつの他に持っていっていいという素晴らしい果物なんだ」

「お得感がありますね、それだったら絶対に持っていきますよバナナ」

「俺も食べた事はないんだバナナ……黄色くて細長い外見しか知らない。ねっとりとしていて甘いらしいがどんな食べ物なんだろうな……」

「ねっとりしていて甘い……ラナフルみたいな感じですかね?」

「あーラナフルか……成程な、確かにねっとりしてて甘いな」

「そこ! 俺の分からない話をしない!」

 びしりとモモンガが指差すとロバーデイクとブレインは顔を見合わせて肩を竦めた。バナナも気になるけどリアルには戻れない以上もう決して食べられないから諦めも付く、でもラナフルは食べ物を食べられるようにさえなれば多分食べられる位ポピュラーな果物なのだろうからめちゃくちゃ気になってしまう。酷い奴等だとモモンガは内心憤慨していた。

「六大神は遠足が好きだったんですかね……遠足ってどういうものなのか今いちイメージがつきませんけど」

「分からん、遠足に行けるような富裕層の学校の出だったのかもしれない……俺みたいな貧民層じゃ例え遠足があってもおやつなんて買えなかったしな……それにしても人類を救った慈悲深いプレイヤーとか聞いてたのになんか変な言葉ばっかり遺してるんだな六大神は……もっと神っぽいと思ってたけど意外と親しみやすさを感じる」

「六大神の遺した言葉は神学の研究の対象なので遠足とかバナナとかもそれだけで論文が書かれて日夜議論研究されてますよ」

「正解を教えてやりたい気分だよ……でも法国には関わりたくないな……」

 モモンガならば(もし六大神が富裕層の出で貧民層の鈴木悟にはさっぱり分からない事ばかり言っているのでなければ)六大神の遺した言葉のほとんどを解き明かす事も可能だろう、神学の大家にもなれるかもしれない。でもスレイン法国に行ったらその前に神として崇められそうなのでそれは嫌である。モモンガは一般市民としてひっそり生きたいのだ、アンデッドだけれども。陽光聖典を一人で降伏させてズーラーノーンにパイプがあってガゼフや蒼の薔薇やツアーと懇意で皇帝自ら出向いて勧誘されている時点で全然一般市民ではないという点はモモンガの頭からすっぽり抜け落ちている。

 のんびりと雑談をしながら山岳地帯を越えること三日程で竜王国に入って初めての小都市が見えてきた。ずっとグリーンシークレットハウス暮らしだ、宿があれば久し振りに泊まるのも悪くないかなと思いモモンガはその街に立ち寄る事にした。

 その街の検問の衛兵は矢鱈とピリピリしていた。戦時下とはいえ戦争相手はビーストマンである、人間(モモンガはアンデッドだが)をそこまで警戒しなくてもと思うのだが特にモモンガは念入りに取り調べられた。魔法詠唱者(マジックキャスター)まで呼ばれて〈魔法探知(ディテクト・マジック)〉と〈道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)〉を使われてしまったので全身マジックアイテムだらけで粗末なローブすら(この世界基準では)強大な魔力を秘めているということがバレてしまったが、モモンガは旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)で装備品は各地での旅で集めたものである、とロバーデイクがいい感じに説明してくれた。第四位階の使い手、という点もその言説に信憑性を与えてくれたらしい。本当に凄いんだな第四位階の使い手、とモモンガはようやくその時実感した。

 そんなこんなで検問を抜けるのに結構な時間がかかりようやく街の中に入れたのは夕飯時だったが、通りはひっそりとして人影はほとんどない。まるで息をするのを忘れたかのように静かな街は暗く長い影を伸ばして夕闇の中に沈もうとしていた。

「この時間ならもっと人が多くても良さそうなものなのにな……随分静かだな」

「……これはちょっとまずいかもしれないですね。思ってたよりも状況が悪いのかもしれないです」

「状況って、ビーストマンの侵攻?」

「そうです。国境近くのここまで攻めてくる可能性が高いから街がこんなだとしたら、考えていたよりもビーストマンの侵攻は大規模で状況が切迫しているのかもしれません」

「うーん、だとすると竜王国ルートは失敗だったか……かといってアベリオン丘陵はもっと危険なんだろうし……」

「消去法で行くなら竜王国ルートしか残らないので……腹を括るしかないかと」

 クレマンティーヌの言葉に、確かに、とモモンガは頷いた。一番安全なルートは法国を通る道だが法国には極力関わりたくないから問題外、アベリオン丘陵はモモンガがロバーデイクを守れば通れないことはないだろうが情報収集の機会が作れないから旅の目的からするとあまりいいルートではない。竜王国の大都市で情報収集をしながら進むのが理想的なのだが、この状況では難しいだろうか。まあ今更考えたところでもう竜王国に入ってしまったのだし、考えても仕方のない事だろう。それよりは今夜の宿と三人の夕食である。

「とりあえず宿を探そう。というか探して?」

「この規模の街でしたらあっても一~二軒でしょう、聞いてきます」

 数少ない通行人に向かってロバーデイクが小走りに近寄っていく。ロバーデイク、すっかり渉外担当である。人当たりが良く弁も立つのでとても助かる。宿屋の場所を聞き出すのに成功したロバーデイクが程なく戻ってきて今夜の宿へと向かう。

 昨今のビーストマンに侵攻を受けている状況では訪れる人も少ないのだろう、宿は閑散としていた。とりあえず部屋をとり夕食にするが、食糧事情もあまり良くないらしくメニューはオートミールのみだった。

「うーん……これならグリーンシークレットハウスで食べた方が良かったかも……ごめんね?」

「気にしないでください、この程度の粗食には慣れてます」

「そうだな、食えなくはないし外れじゃないぜ」

「元ワーカーにとっては旅先で温かい食事というだけでも有り難いですよ。最近の食事が随分豪勢なので本当に旅してるんだろうかとちょっと不思議に思っていた位です」

 三人は気にしていないようだがモモンガは気になる。三人には出来るだけ美味しい食事を食べてほしいのだ。オートミールだけでは夜中にお腹が空かないか心配になってしまう。鈴木悟の食べていた栄養食は胃の中で膨れてお腹が一杯になるようにはなっていたがすぐ食べ終わってしまうので腹が膨れた感じはあっても食事をしたという満足感というものはなかった。あんな少しも楽しくない食事になっているんじゃないかと心配なのである。

 気になったので美味しいご飯が食べられる飯屋はあるかと宿屋の親父にモモンガは聞いてみたが、今は内からも外からも物流が途絶えている状況らしくどこへ行ってもオートミールか黒パンが食べられればマシだと言われてしまった。帝国や王国からはカッツェ平野を抜けなければ来られないこの街には外からの商人は元々あまり来ないらしい。東の方では人間の方が食料にされてるんだからオートミールを食って生きてられるだけ俺達は上等さ、と言われてしまえばそれ以上何も言えない。ビーストマン侵攻、どうやら思ったよりも随分まずい状況のようである。

 夕食を済ませ部屋で今後の旅程について話し合う。

「このまま南下すると竜王国第二の都市カナヴがありますね。ただ、もしかするとそこも既にビーストマンに陥とされているという可能性はなきにしもあらずですが……首都ウスシュヴェルはその西です」

「うーむ……最低限の情報収集はしたいからとりあえずそのカナヴは行こう。南に行くなら遠回りになるけどできれば首都も行きたいところだな……」

「カナヴまでは三日といったところでしょうか。途中は村落ばかりでこれといった街はない筈です」

「いつも以上に詳しいねクレマンティーヌ」

「竜王国は陽光の手伝いで来た事があるので。竜王国は法国に多額の寄進をしてて、その代わりとしてビーストマンを追い払うのにあいつらが派遣されるんですよ」

 成程、とモモンガは納得した。ガゼフ暗殺のような仕事より亜人の殲滅の方が陽光聖典の仕事としては本業らしいし、実際ビーストマンが魔法の武具を持っていないなら天使の集団は随分と役に立つだろう。

「じゃあ今回も来てて偶然バッタリ、なんて事もあるかもな、ははは」

「あいつらにとっては笑い事じゃないと思いますけどそうなったら愉快ですね、鳩が豆鉄砲を食ったようなニグンの顔が浮かぶようです」

「誰だよニグンって」

「教えてあーげない、アタシとモモンガさんの二人の秘密だもぉん」

 ブレインの疑問に機嫌良さそうににんまり笑ってクレマンティーヌは答えた。モモンガは秘密にするつもりは別に全然ないのだが、クレマンティーヌが秘密にしたいならまあいいか、と思ったので黙っておくことにした。そんなそうそう偶然ばったりなんて事が起こる筈がないし、知らなくて困る事も特段ないだろう。

 それにしても、予想していなかった訳ではないのだがここまで状況が切迫しているとは思っていなかった、モモンガは甘く見ていたようである。これではエンリとネムへのお土産どころではない。

「ビーストマンは生きたまま人を喰らうと聞きます……今も犠牲になっているであろう人々の事を考えるだけで痛ましいです……」

 めちゃくちゃいい人のロバーデイクは竜王国の現状に一人胸を痛めている。でも申し訳ないがモモンガが力になれる事は多分ない。モモンガはどちらの味方でもないので、どちらかに加担する気はない。モモンガにとっては人間もビーストマンも等しく価値がないし、人間を助けて正義の味方を気取るつもりもない。何か得があったりどうしても力を使わざるを得ない状況になったりしたら別だが、そうでなければただ通り過ぎるだけだ。今回の旅の目的は竜王国をビーストマンの脅威から救う事では決してない、エリュエンティウでユグドラシル産のアイテムを手に入れる事で、竜王国は通過点に過ぎないし現状では助ける価値もない。

 早朝に南に発つ事になり眠らないモモンガは一人バルコニーに出て空を眺めていた。バルコニーがあるなんて安宿の割には洒落ているとモモンガは感心した。どこかの街で凄惨な血の饗宴が繰り広げられているのであろう国の上でも変わらず月は美しく輝いている。それが良い事なのか悪い事なのかは分からない、残酷なのか優しいのかも分からない。月はただそこに在って地上を照らしているだけだ。神というものがもしいるとするならば、ただ在って照らすだけのこんな存在なのかもしれない、何となくそんな事を考える。

 こんな時、スルシャーナならどうしたのだろう。慈悲をもって人を救ったのだろうか。スルシャーナではないモモンガには分からないしもういない本人にも聞くことはできない。恐らくは同族ということでよく自分と比較して考えてしまうが、考えれば考える程スルシャーナの為したことは分からなかった。何故等しく価値のないものどもを彼は救ったのだろう。仲間がそれを望んだからだろうか。それとも彼はモモンガとは違い人の心を色濃く残していたのだろうか。もし彼がたっち・みーやラキュースやロバーデイクのような人だったなら、意志の力で正義を為したということだってあり得るかもしれない。いくら考えても正解など分かる筈もないことだが、夜長の暇潰しには丁度いい。

 モモンガは自分と自分の大切な者の味方だ。それ以上にはなれない。自分らしい自分なんてないと思っていたのに何の事はない鈴木悟(モモンガ)は思いの外自分勝手で我が強くて我儘だった。これまでは出し方を知らなかっただけ、それだけの話だった。もっと我儘だったなら違う結果があったかな、それともそもそもギルドが纏まらなかっただろうか。これもいくら考えても答えなど出る筈もない無意味な思考だ。

 キィ、と窓が開く音がして誰かがバルコニーに出てきたようだった。振り向くと、クレマンティーヌが立っていた。

「モモンガさん、また星を見ていたんですか?」

「今日は月が明るいから星はあんまり見えないよ。〈飛行(フライ)〉で空に行けば見えるかもしれないけど……月を眺めたい気分かな。ところでどうしたの、眠れないの? やっぱり夕食少なかったからお腹空いちゃって眠れないとか?」

「そういう訳ではないんですけど……」

 くすりと軽く笑ってクレマンティーヌはモモンガへと歩み寄ってきて、隣に並んで空を眺めた。

「美しい空を見られる事に感謝すべきだ、って言われた事ありましたよね」

「あったな。というか今でも思ってるぞ」

「感謝とかは今でもよく分からないんですけど……やっぱり誰かと見上げるっていうのは、悪くないと思います。ううん、誰かじゃ駄目です、モモンガさんと見るのが最高です」

「そうか? こんな変な仮面を被った骨と見てて楽しいなんてクレマンティーヌは変わってるな」

 そんな事ないですよ、とクレマンティーヌは低く呟いてそれきり黙った。変わってるなぁと思いながらモモンガも月を見上げた。

 あの時は今にも降ってくるような満天の星空をブループラネットさんと共有したくてたまらなかったから側にいるのがクレマンティーヌな事に少しの残念さを覚えたものだけれども、今は違う。一緒に見上げてくれる事に感謝している。優しくしなやかな月の光を見ているのが一人ではない事がこんなにも嬉しい。クレマンティーヌはこの美しさに大した感銘は受けていないのかもしれないけれども、それでも何か感じてくれているといいなと思った。

 誰とでもいいというわけではない。モモンガは、大切な人と美しい景色を見たい。

 モモンガと見るのが最高だと感じるのならば、クレマンティーヌもきっと同じような気持ちなのだろうとモモンガは思った。

「ずっと、隣にいて、いいですか?」

 やはり低くクレマンティーヌは呟くように問い掛けてきた。目線は月に向いたままだ。

「勿論、クレマンティーヌが他にしたい事が見つかるまで、いつまででも」

「モモンガさんのお側にいる事以上にしたい事なんて、見つかる気がしません」

「そうやって可能性を狭めるのは良くないぞ、もしかしたら殺人と拷問以上にやりたいとか好きになれる事だってあるかもしれないじゃないか……例えば、何だ、アレだ……陶芸とか?」

 しどろもどろにモモンガが言うと、クレマンティーヌは目線をようやくモモンガに向けてくすりと笑いを漏らした。

「陶芸は趣味人が最後に辿り着く趣味らしいぞ、土との対話だ。クレマンティーヌだって土と話せば今と違う自分と出会えるかもしれないだろ」

「私、今の自分が結構気に入ってるので。このままがいいです」

「そうか……? 別に追い出したいわけじゃないから、ずっといてくれていいよ。俺、寂しんぼだしね」

「はい、そうします」

 にこりと笑うとクレマンティーヌは目線を月に戻した。何か死亡フラグっぽいけど大丈夫かなと斜め上の不安を抱きつつモモンガも再び月を見上げる。更け行く夜はまだ明ける気配を見せなかった。




誤字報告ありがとうございます☺

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