【第19話】俺の名は……君の名は?
H30/03/03
本日2話目の更新です。
「この辺りでいいか」
10分程森の中を走り、適度に開けた場所を見つけた。夜明けまではまだ時間があるだろう。
色々とあり過ぎて完全に目が冴えてしまったが、ゆっくり考える時間が欲しかった。それに【暗視】があるにしても、これ以上魔物に遭遇するのも面倒だ。
僚は腰を下ろし集めた枯れ枝に火を着けた。相変わらず、ガソリンに引火したような炎が巻き上がる。
「今の……アリュマージュなの?」
ピクシーが炎の勢いに驚いて目を丸くする。
「え? ああ、そうみたい。ま、気にしないで」
ピクシーは僚の肩から、膝の上にひらりと移動し、上目遣いにじっと見つめた。
「不思議なの、貴方からは魔力が感じられないの。それに暗闇の中をあんなに速く走れる、まるで見えてるみたいなの」
「それも、気にしないでくれると助かるかな」
実際、自分でもよく分かっていない。
ピクシーはちょこんと頷いて、僚の膝に腰を下ろした。
「夜明けまでまだ間があるから、暫く眠るといい」
僚は何気なく言ったのだが、ピクシーは急に眉根を寄せ不安げな表情を浮かべた。
「……寝てる間に……どっかに行っちゃわない?」
一人にされるのが、よっぽど怖いのだろう。あんな目に遭えば当然と言えば当然だが。
「大丈夫、何処へも置いていかないよ。明るくなるまでは一緒にいるから安心して」
僚の言葉に安心したのか、ピクシーは自分の腕を枕に横になり、暫くすると可愛い寝息を立て始めた。
「さてと……」
僚は、ピクシーが眠ったのを確認すると、【暗視】を解いた。
辺りが夜にふさわしい闇に包まれる。
「まずは、メニューから……」
【メニューをひらきますか? YES/NO】
僚は迷わずYESを選んだ。
【メニュー】
『ステータス』
『固有スキル』
『スキル』
『魔法』
『アビリティ』
『ガイアストレージ』
『ギフト』
メニューの文字の後に、パソコンやゲーム画面のようなタブが並んでいる。
「とりあえず、ステータスかな」
『ステータス』
“ 明日見 僚 ? ”
称号 ???? 龍脈からの帰還者 異世界の旅人
年齢 17歳
魔力 0
魔力量 0
固有スキル:翔駆 ガイアストレージ 解析 完全再現 抵抗
スキル:無詠唱 並列思考 麻痺耐性 暗視
魔法:火、土、雷、光、無、生活
アビリティ:真力
ギフト:生々流転
「……また、初っ端おかしなの出たぞ……」
色々と変わってはいる、が。
「名前の後ろ{?}ってなんだよ……」
【特定に時間を要します。任意に変更が可能です。回数制限無し】
「え? 俺の特定に時間が掛かる? なんで?」
それにもう一つ。
「変更可能って、名前を自由に変えられるって事か……こっちは便利かも」
勇者たちから逃げるなら、偽名を使い別人に成りすます方がいいだろう。
「あと……うん、称号はどうでもいいな」
相変わらず魔力、魔力量共に0。
どうやって魔法を発動しているのか分からないが、ここまでくるともう気にしたら負けだ。
そう思った。
「うん、気にしたら負けだ」
翔駆、ガイアストレージ、解析は使ったから分かる。
『固有スキル』
【完全再現:一度見た魔法・特殊技能を再現出来ます。但し魔法は発動の過程まで見たものに、特殊技能は攻撃を受けたものに限ります】
「それで……魔法が使えるようになったのか……それはいいとして。特殊技能は攻撃を受けたものって……覚える前に死ぬんじゃないか?」
【抵抗:魔法・特殊技能及び状態異常の攻撃を受ける事によって、その攻撃に対する耐性を得る事が出来ます】
ゲームのように即死系とか、腐食系とかあったらどうなるのか。
「だから、死ぬって」
『スキル』
【無詠唱:魔法を詠唱無しで発動する事が出来ます。詳しくは『魔法』の項目を参照して下さい】
【並列思考:幾つもの思考を同時に行う事で、別系統の魔法を同時多発的に発動します】
【麻痺耐性:麻痺攻撃を完全にレジストします。魔法・薬物・ガス等攻撃の種類は選びません】
『魔法』
イメージ、又はメニューから発動する事が出来ます。
【火:フレアバレット】
【土:メタルバレット】
【雷:サンダースピア】
【光:セイクリッドリュミエール】
【無:マジックアロー】
【生活:洗浄 着火】
確かに一度見たものばかりだ。だがおかしな点もある。
聖系統である治癒魔法がリストにないのだ。
「何度も体験したのに、なんでだろ?……ま、そこまで万能じゃないって事かな」
これだけでも十分チートと言える。最初に比べれば大変な進化だ。
『アビリティ』
【真力:魔力・覇力・理力を同時に行使出来ます。但し覇力については現在未習得です】
そしていよいよ一番知りたい項目の番だ。
『ギフト』
【生々流転:世の中の全ての物は、次々と生まれ時間の経過とともにいつまでも変化し続けていく】
「…………それ……四字熟語の説明ですよね……」
まるで辞書そのままだ。能力については、一切説明する気がないらしい。
「自分で答を探せって事かな?」
溜息交じりに呟いてはっと気が付いた。
「……って、これ誰が解説してるんだ?」
【セクレタリーインターフェイスです】
「……そうですか……」
つまり、スマートフォンとかの音声ガイドみたいなものだろう。
「後は、身体能力補正と……覚醒が消えてる……」
最後に賢者の石板で確認した時まではあった、覚醒の項目が消えていた。
「どういう事だ……? まさか魔神の覚醒とかじゃないよな」
【覚醒については不明です。身体能力補正については、現在五感を含む体力、筋力、耐久力、持久力等の身体能力が超強化されているため消失しています】
「……超……」
僚は握った右の拳をじっと見つめた。
「……なんかもう、人間かどうか怪しくなってきたな……」
まるで、40年以上続く変身ヒーローのようだ。
冒険者として生きる為、勇者たちから逃げる為には都合がいい訳だが。
「これ以上考えるのはよそう……」
気が付くと、東の空が白み始めていた。
辺りがすっかり明るくなり、朝を告げる小鳥の声が響き渡る。
ピクシーは目を開けると、半身を起こして大きく伸びをした。
「目が覚めた?」
ピクシーはきょろきょろと周りを見渡し、僚の顔を見上げた。
「……おはようなの。もしかして、ずっと起きてたの?」
「ああ。また魔物に襲われたら困るからね」
何でもない事のように笑う僚の姿に、ピクシーは僅かに残っていた警戒心を解いた。
この人は信用出来る……。
ピクシーはふわりと羽を広げ、僚の顔の前に浮き上がった。
「貴方はニンゲンだけどいい人なの。助けてくれてありがとうなの、です」
ぺこりと頭を下げる仕草と変な敬語が妙に可愛い。
「気にしなくていいよ。偶々倒した魔物の中に君が居ただけだから」
僚はゆっくりと立ち上がって、木々の間から見える空を見上げた。
「いい天気だ、俺はもう行くからお家にお帰り。魔物に気を付けてね」
背を向けて歩き出した僚の目の前に、ピクシーは慌てて回り込んだ。
「待つの、ピクシーは受けた恩には必ず報いるの」
確かに、そういう話は聞いた事があった。この世界に来てからか、元の世界で何かの本で読んだのかは、はっきり覚えていないが。
「ははは、返してもらう程の事じゃないさ。さっきも言ったけど偶々だしね。もしどうしてもって言うなら、そうだな。いつかまた会った時、俺が困っていたら手を貸してよ」
ピクシーは少し考えて、ぷるぷると首を振った。
「ダメなの、ここで別れたらきっともう会えないの。だから何でも一つ、望みを言ってなの」
「え? 何でもって、そんな事が出来るの?」
僚は思った疑問を素直に口にした。
どう見てもこの小さなピクシーに、人の望みを何でも叶えるような力があるとは思えない。解析でもそんな能力は表示されていなかった。
ピクシーは俯いてもじもじと膝をすり合わせる。
「……今は……ムリなの……で、でも、ユルティーム・ピクシーになればきっと出来るのっ」
力説するが、そのユルティーム・ピクシーとやらになるのに、どれくらい時間が掛かるのだろう。
「えっと、じゃあ一緒に来るかい?」
「いいのっ?」
ピクシーは咲き誇る花のような笑顔を浮かべた。
「ああ。俺も一人で退屈してたところだし。それに、旅は道連れって言うしね」
「ありがとう、です。あの、名前を教えてほしいの、です」
「俺は、あす……」
このピクシーが信用出来ない訳ではない。だが、これからは別人として生きていく方がいいだろう。
「アスカ、シリュー・アスカだよ。宜しく」
【固有名をシリュー・アスカに変更しました】
セクレタリーインターフェイスさん、相変わらず仕事が早いですね。
「えっと、君の名前は?」
「ピクシーに固有名はないの、貴方が付けてくれたら嬉しいの」
僚改めシリューは、ピクシーを姿に目をやった。
透き通るように輝く翠の髪と瞳。美しく整った顔にギャップのある可愛い話し方。
「じゃあ、翡翠、ヒスイって言うのはどう?」
「ヒスイ……いい名前なの♪」
名前を付けてもらったのが余程嬉しかったのか、ヒスイはきらきらと星を振り撒くように飛び回った。
「ヒスイは頑張ってユルティーム・ピクシーになるの、です。それまで精一杯ご主人様にお仕えするのです!」
「うん、今なんか、不穏な事言ったね。何? お仕えするって。それとなんでご主人様呼びになった?」
意味不明は、生々流転とセクレタリーインターフェイスだけで充分いっぱいいっぱいだ。
ヒスイはちょこん、と首を傾げた。
「ご主人様はご主人様なの、です!」
何故か、ヒスイが力強く宣言した。それ以外の選択肢はあり得ない、とばかりに。
「うん、なんかもういいや……」
喜びいっぱいのヒスイを肩にのせ、シリューは森を抜ける為歩き始めた。