【第12話】反省会。でも、ほのかさんは怒ってます?
ようやく追い付いてきたエマーシュが未だに息を弾ませながらも、傷ついた騎士達を治療してゆく。
直斗達の到着が比較的早かった為、ポリポッドマンティスという災害級の魔物を相手に、誰も命を失わずに済んだのはまさしく幸いと言えた。
「勇者様、誠にありがとうございます」
「勇者様、殿下をお守り下さり感謝申し上げます」
傷の癒えた騎士達が次々と直斗の前に進み出て、感謝の言葉を述べてゆく。
その度に笑顔で頷いている直斗だが、何ともバツの悪い思いだった。
「……なんか、いいとこ取りみたいで悪いな……」
片手で頭を掻きながら直斗は後ろに立つ僚に顔を向けるが、僚はきょとんとした顔で、
「でも、実際あいつを倒したのは日向さんですよ?」
と、さも当然のように言った。
「で……説明してくれるんだろ?」
直斗が改めて僚に尋ねた。
「あ。あたしも聞きたいな、何か根拠があったんだよね、さっきの作戦」
有希は興味津々といった様子で、目を輝かせ僚を見つめる。
「……魔力……です」
僚はゆっくりと瞬きをしてから語り始めた。
「はっきり分かったのは、葉月さんの前へ出て吹き飛ばされた時です」
あえて庇ったとは言わなかった事に、ほのかが僅かに顔を赤くした。
「あの時……」
――あの時――
ポリポッドマンティスの前脚は、咄嗟に動く事が出来なかった僚を逸れて、傍らに落ちていた僚の剣を粉砕した。運が良かったと思いかけたが、それでは追撃が無かった事の説明が付かない。
閃いたのはその直後、パティーユが治癒魔法を使おうとした時だ。
「あの剣、風の魔力が付与してあったんです」
「えっと、なんかごめん。よくわかんない」
有希が首を傾げる。
「ヤツは、
例えばサーモグラフィーが、物体から放射される赤外線を画像として表すように、ポリポッドマンティスは、生物が内包する魔力を可視化している。それが僚の導き出した答えだった。
「だからヤツは
だが、それでも疑問は残る。
「でも明日見が近づいた時は、攻撃されたよな……」
直斗はその疑問を口にした。
「そうですね、3m以内に近づいた時に」
おおよその見当は付いていた。ポリポッドマンティスが剣を破壊した後、追撃をしてこなかったのは、僚の存在を認識していなかった可能性がある。ポイントはおそらく距離。
ポリポッドマンティスには合わせて3つの目がある。頭の両脇に大きな複眼が二つと、額の真ん中に赤いガラスのような眼が一つ。多分真ん中の目はロングレンジで魔力を、両脇の複眼はショートレンジで実像を見ているはず。
それを確証する為に魔力付与の無い剣を持ち、あえてゆっくりと近づいてみたのだ。
そして攻撃を受けた距離が約3m。
「つまり明日見なら、俺たちが容易に近づけない距離にも、簡単に近づけたって事か……」
「いえ、それも皆がポリポッドマンティスの注意を引き付けてくれたからです」
直斗は感心したように言ったが、僚は笑って首を振った。
「でも実際、あんなに上手くいくとは思ってませんでした」
「ん? ん? 今なんか気になる事言った。それって、何発かは攻撃を受けるつもりだったって事かなぁ?」
何気なく口にした言葉尻を捕らえ、ほのかが少し棘のある態度で言った。
「その為にバーニングを掛けてもらったんです。2~3発は喰らう覚悟でしたから、ほんとラッキーでした……って、え? 葉月さん?……」
僚はここではじめて気づく。ほのかが凍りついたような笑顔を向けている事に。
「……ねえ明日見くん。君はあの時わりと……ううん、結構酷い怪我、してたよねぇ……」
ほのかはにこにこと笑っている。笑っているが……怖い。
僚は周囲の温度が急激に下がった気がして、思わず身震いした。明らかにほのかは怒っている。だが、その理由が分からない。
見ると、恵梨香はいたずらした子供を諫めるような目を向けている。
有希は、腕を組み眉根を寄せてコクコクと頷いている。
直斗は……。不穏な空気を察し、じわじわと後退りして距離を取っている。
「……あ、あの、葉月さん? 何で怒って……」
「あそこで一発でも攻撃を受けてたらどうなってたか……分かるよねぇ、
「え?……あっ」
僚は、ここでようやくほのかが怒っている理由を理解した。
「大怪我だけじゃ済まないって……思わなかったの?」
思わなかった訳ではない、だがそれ程深く考えてはいなかった。
「……その、何とかなるかなって……」
ほのかの眉がぴくりと動き、笑顔が消えた。
「……私、感謝してるんだよ、さっき助けてくれた事……お礼も言いそびれちゃったけど。でもね僚くん、それとこれとは話が別だよ。……あんな無茶しちゃダメでしょ」
ほのかはどこまでも穏やかな口調だったが、そこには何とも言えない迫力があった。
「……葉月さん、あの……」
「ほのか」
ほのかはきっぱりと宣言する。
「はい?」
「だから、ほ・の・か」
理解していない僚に、もう一度ほのかが強調した。
さすがに此処まで言われれば、名前で呼ぶように催促されているのが僚にも理解出きた。
「……ほのかさん」
「ん? なんか違うよ? 僚くん、姫様の事はパティって呼んでたよ」
ほのかはちょこんと首を傾げ、いつものように穏やかに笑っている。
……無言の圧力……。
「い、いや、さすがに先輩を呼び捨てはダメでしょう? ね、ねえ日向さんっ」
直斗は無言で目を逸らした。こうなるとほのかは意外と頑固なのだ。
「いいんじゃないか、異世界だし」
異世界だと何がいいのかよく分からない理屈だったが、要するに自分を巻き込むなという、直人の意思表示だった。
「……分かりました、怒らないで下さいね……ほのか」
「うん、おっけー。これからちゃんと名前で呼ぶんだよ。それから……」
ほのかは満足げに大きく頷いた後、顔の横で人差し指を立てる。
「無茶するなとは言わないけど、今度からは前もって教えて? そうすれば私たちも上手くフォロー出来るから。ね」
お前は、言葉が足りない……。何度か言われた事がある。
ずっと陸上競技をやってきたせいか、チームワークや意思疎通といったものが、実はあまり理解出来ていなかったのかも知れない。
「分かりました、今度からはちゃんと話しますね」
「うん、そうしてね。あと、庇ってくれてありがとう」
ほのかはそれまでとは少し雰囲気の違う、春の桜を思わせるような笑顔で僚を見つめた。
「あ、は、はい」
その2人の会話に有希が割り込んでくる。
「ねぇねぇ、あたしも有希って呼んでよ。あ、反論は受け付けませーん。って事でよろしくね。僚君」
有希は胸を張って左手を腰に当て、右手のVサインを突き出す。よく分からないポーズだが、僚に拒否権が無いのは明らかだった。
「……分かりました、有希」
「きゃー、なんか年下の男の子から、呼び捨てで呼ばれてみたかったのよねー」
自分で自分を抱きしめ、身を震わせて喜びに浸っている有希を、少し危ない人なのかな、などと思わなくもない僚だった。
「人の趣味は色々だよ、うん」
ほのかが、目をつぶり頷いた。
そんな取り留めのない話で盛り上がっていた時だ。
騎士達が準備をしていた馬車の方から、けたたましい馬の嘶きが響いた。
見ると、馬車に繋がれた馬たちが取り乱したように暴れている。魔物の襲撃を警戒して身構える僚と直斗だったが、どうもそうでは無いらしい。
「行ってみよう!」
直斗が僚に声を掛け、走ってゆく。
僚は、ほのかたちに此処にいるよう伝え、直斗の後に続いた。
「どうしました!」
暴れる馬の手綱を必死に抑える騎士たちに、直斗が大きな声で尋ねた。
「あ、勇者様、これはお見苦しいところを。馬たちが怯えてしまって、どうにも言う事を聞いてくれないのです」
騎士の1人が額に汗を浮かべ困った顔で答えた。
馬の扱いに慣れているはずの彼らですらこの状況だ。僚は自分たちに手伝える事があるとは思えなかった。
「ちょっと、俺にやらせてもらえますか?」
だが直斗は、そう言って右の掌を馬たちに向けかざした。
「……暗き夜を照らす清浄なる
銀の光が怯え切った馬たちを包む。すると、今まで暴れていたのがウソのように落ち着きを取り戻し、大人しくなった。
おおっ、と騎士たちから感嘆の声が上がる。
「日向さん、今のは……」
僚はたった今起こった事に驚き、目を丸くして呟いた。
「ああ、本来は広範囲で闇の眷属や邪悪な者を消し去る、浄化系の光魔法なんだけどな。今みたいに極限まで魔力を絞って発動すると、心の不安を取り除いたり、精神を安定させたり出来るんだ」
「……便利な魔法ですね……」
「ただ、動物に効果があるかどうかは……」
直斗は感心する僚を横目に見て、口元を緩めた。
「結果オーライって事で」
2人は肩を震わせて笑った。