「それでは間もなく闘技場が開演致します。わたくしのつまらない話にお付き合い頂き、感謝の極みに御座います。」
闘技場興業主オスクは、シズとネイアに自慢の武具・防具コレクションを嬉々として語っていた。ネイアも興味を惹かれる部分はあったが、予想以上の食い付きをみせたのはシズだ。何処かほくほくと上機嫌-勿論いつも通りの無表情であり、ネイアにしか解らないだろうが-になっている。
(アインズ様の元で働いているんだから、こんな……といえば失礼だけれど。アインズ様の持つ膨大な武具・防具に比べて遙かに劣る品々にこれほど嬉しそうな反応を見せるなんて。)
シズの反応は、ネイアからすれば結構意外な事だった。シズにこっそり理由を聞くと、「…………古い武器や弱い武器もそれはそれで趣きがある。ミリタリーにはロマンが詰まっている。博士も言ってた。」と話した。博士って誰だろう?という疑問は胸にしまい込んだ。
「それでは入り口に、帝国四騎士の護衛の方々が参っております、少々語りが熱くなってしまい、大変失礼ながら出立の身支度に少しばかりの時間を頂ければ幸いなのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、わたしは構いません。シズ先輩は?」
「…………構わない。」
ネイアはシズがチラりと〝兎〟を名乗る美麗な亜人メイドに目をやった事を見過ごさなかった。
「寛大な心に感謝を申し上げます。数分で終わりますので、馬車までお見送り出来ない我が身をお許しください。」
オスクの一礼を受け、シズとネイアは<雷光>バジウッドと<重爆>レイナースに案内され、皇帝も画くやという重護衛がなされた馬車達の1つへと歩いて行く。
「……首刈り兎。」
「超級にやばい、目付きが悪い方もやばい。」
自分が残り何を聞きたいか察していたのだろう、首刈り兎と呼ばれるメイド服姿の美麗な亜人の男性……冒険者クラスで言えばオリハルコンに並ぶ、都市国家連合でも高名な戦士兼暗殺者の傭兵が答える。
「メイド悪魔……シズ様の強さは解る。しかし〝凶眼の伝道師〟も……帝国四騎士に並ぶと?」
首刈り兎が〝やばい〟と称した人間は少ない。帝国最高峰クラスの武力装置であり、皇帝の護衛を賜る四騎士の評価が〝やばい〟だ。
「あのメイド悪魔、あの重装備でありながら足音が全く聞こえない。余程の訓練を積まなければ有り得ない超絶技巧。悪魔というからには、訓練を積んだかは知らないけれど。それにわたしの強さも察知されている、注意人物としてマークされていた。
目付きの悪い娘。弓を持った様子から見るに、手足の延長として扱う能力を持っている。それに魔法を付加させた弓の反応を見るに、遠距離攻撃である弓に聖騎士の力を宿せる。そんな話し聞いたことが無い。掌の形状や筋肉の付き方から弓に特化した能力だろうけれど、歩方も戦士として相当の力。」
「あのメイド悪魔と凶眼の伝道師、首刈り兎とどっちが強い?」
この質問は闘技場興業主たるオスクの悪い癖だ、相手を不快にさせると解っていても、好奇心を抑えることが出来ない。案の定首刈り兎は「はぁ……。」と呆れたため息を吐いた。
「メイド悪魔なら、脱兎の如く逃げ出す。尤も逃げられるかどうかも解らない。凶眼の伝道師は、不意打ちや接近戦なら勝機はあるけれど、100m離れた場所から発見されれば勝ち目は薄い。……満足したならさっさと仕事に戻れ変態。」
オスクは首刈り兎に尻を蹴飛ばされ、シズとネイアの待つ馬車へと急いだ。
●
熱狂渦巻く帝国闘技場、シズとネイアは本来皇帝の為に設置されたという絢爛豪華な調度品や、防御魔法が付加された強固な壁を張られた貴賓室に招かれた。
ネイアは手に汗握り、繰り広げられる闘士たちの剣戟を観戦していた。シズはネイアの横で、まるで数手先の未来を読むように実況中継を行い、見事全試合の勝敗予想を的中させた。闘技場は勝敗の賭も行っている様なので、もしシズの予想をBETしていれば大金持ちになっていただろう。……勿論そんな気は更々無いが。
二人の手には昨晩も飲んだ〝ストロベリー味〟と、〝ぽっぷこーん〟なる食感の楽しいお菓子の箱が握られている。観戦に伴い闘技場からもドリンクや軽食の提案がなされたが、シズはそれを断り「…………鑑賞にはこれ。戦闘エイガを見るには必須アイテム。博士の金言。」といって取り出したものだ。
「あのゴ・ギンっていう戦士、凄いですね。そして、ゴ・ギンに圧勝したという魔導王陛下……ああ、言伝に聞くのではなく、御身の勇姿をこの目に焼き付けたかったです!!」
「…………同意する。」
最終試合は元は〝武王〟と呼ばれていた
それでも元闘技場最強の名は伊達ではなく、挑戦者として現れたオリハルコン級冒険者を無傷のまま完膚無きまでに叩きのめし圧勝した。銅鑼の音が轟き、アナウンスが流れる。
〝以上を持ちまして、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下闘技場の全試合を終了致します!本日はローブル聖王国より、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』代表、ネイア・バラハ氏にご来場頂いております、皆様盛大な拍手を!〟
観衆の目がネイアへ向き、大きな拍手が送られる。そしてネイアは側仕えの闘技場直轄の護衛兵士から、巨大なトロフィーを貰い受けた。
「へ?え!?」
「帝国の闘技場では、一番の賓客が最優秀選手へ賞の授与と健闘を称える言葉を掛ける風習があるのです。……オスクから聞いていませんでしたか?」
「は、初めて聞きました。」
というか一番の賓客ならばシズ先輩なのでは?と一瞬思うが、やはり他国からの来賓者として尊重されているのだろう。
「…………MVPへのアイテム授与とggコール。後輩頑張れ。」
ゴ・ギンはシズとネイアの居る来賓席へ歩いて、最敬礼を取る。最前席の壁が大きな階段へ変化し、ネイアはシズと護衛に囲まれながらゴ・ギンへと近付いてトロフィーを授与した。そしてネイアにマイクが渡される。大勢の観衆を前に、ネイア・バラハにスイッチが入った。
「……魔導王陛下のため研いだ牙と爪を十二分に感じられる、素晴らしい試合でした。」
ゴ・ギンは感謝を述べ、再び頭を垂れる。
「もちろん、ゴ・ギン様だけではありません。この闘技場に立つ、全ての戦士、そしてその勇姿に万感の激情を抱く帝国の皆様。この拳闘場にいる皆様が1人でも欠けていれば、この感動は無かったでしょう。わたくしは、魔導王陛下がこの闘技場で語られたという、冒険者に対する新たなる可能性、その一端を耳にして感動に打ち震えた1人です。この場にはアインズ様、魔導王陛下御自らの勇姿を目にされた羨望すべき方もいるでしょう。
未知を探索し、踏破不可能を可能とし、万の可能性を秘めたる〝真なる冒険者〟その深淵なるお考えに感銘したもので御座います。闘技場においてわたしと同じく、この熱狂を!この激情を!この感動を覚えた皆様ならば、闘技場の場に立ち勇姿を見せた戦士の皆様ならば、魔導王陛下の深淵なるお考えも同じように感じ得たと確信いたします。
魔導王陛下は〝真なる冒険者〟を、その可能性を皆様にみているのです!この度の闘技場において、その力を、帝国の可能性を垣間見られ、わたくしは幸せに思います。……では、わたくしから、この言葉で〆させていただきます。
魔導王陛下万歳!!」
闘技場は試合中と質の異なる熱狂に支配された。ゴ・ギンはその演説を前にして、少女の後ろに彼の偉大にして強大な
「…………ネイア。やっぱり味がある。先輩として誇らしい。」
シズはその様子をみて、堂々と-かわいらしく-胸を張った。
●
「いやはや驚いた。わたしはネイア・バラハという存在……アインズ様の深淵なるお考えに、またも届くことが叶わなかったようだ。」
「あの……えっと…その……。それはどういう意味なのですか?」
幼い美少女……にも見える-にしか見えない-
「わたしとアルベドは今回のシズへの休暇、ネイア・バラハとの魔導国観光を、ネイア・バラハの信心を高めるためと考えていたのだが……。
「その女が何かしたのでありんすかえ?」
「彼女は帝国内において二度演説をおこなったのさ、1回目は帝国の有権者が集まるビアホール。2回目は帝国闘技場、数万人の前だ。」
「言葉デ人ヲ操ル……、支配ノ呪言カ?」
「いいや、わたしの使う呪言とは全くの別物だ。魔法による洗脳でもない。そうだね、言うなれば煽動といったところか。」
「つまり、アインズ様はその人間を呼んだ時点で、魔導国での人間達の支配を盤石にするお考えをお持ちだったってこと?」
「そういうことよ、アウラ。勿論、ネイア・バラハに魔導国の素晴らしさを伝え、更なる駒へ昇華させる狙いがあったことは間違え無いけれど、それだけではなかったということ。」
「是非、リザードマンノ集落ニモ来テ欲シイモノダ。」
「残念ながら、今回の旅路にリザードマンの集落は入っていない。恐らくアインズ様は、まだ亜人だけの集落に赴かせるには時期尚早とお考えなのだろう。勿論効果が無い……とは言わないが、もう少し人間と亜人の融和が進み、アンデッドへの忌避感が薄れてからが効果として望ましいだろうね。つまりはコキュートスの働きに懸かっている……という訳だ。」
「フム……。流石ハアインズ様。御配慮ヲ頂イタ、至ラヌコノ身ガ恥ズカシイ。」
「しかし人間の女如きがわらわたちで出来ない事をなど……癪でありんす。」
「彼女はただの人間ではない、アインズ様御自らが一から造り直した存在だ。わたしも彼女を過小評価しすぎていたよ。」
「それにしてもあと四日、何が起こるか楽しみね。」
「明日か明後日には魔導国首都エ・ランテルに到着する予定だ。モモンとナーベに扮したパンドラズ・アクターとナーベラル、そして冒険者チーム蒼の薔薇が護衛を行う手筈になっている。」
「シズが居るんでしょお?護衛なんて必要なの?」
「暗殺の方法は多岐に渡る。毒殺・狙撃・爆殺・不慮の事故に見せかけた交通事故・落下事故……枚挙に暇が無い。ネイア・バラハはただの人間だからね、高所から落下した石でも死に至るだろう。」
「えっと……じゃあ、明後日までに怪しい人は全員皆殺しにしたほうがいいのかなぁ……?」
「それではエ・ランテルの安全が保証されていると宣伝することにはならない。どんな刺客も無意味と思わせることが大切なのだよ。素性を隠しているが、既にスレイン法国やローブル聖王国からと思わしき不自然な商人・旅人が何人か来ている。さて、相手は何を企むか、楽しみだね。」
「油断は禁物でありんす!そんな相手を魔導国に入れるなど!」
「シャルティアが言うと説得力が違うね、だがアインズ様とパンドラズ・アクターによってシャルティアを洗脳するに至る程の世界級アイテムは存在しないと結論が出ている。バハルス帝国でも不穏な動きは無かった。勿論アインズ様は護衛に際して万全のご計画をされている、そして万が一の際は……我々階層守護者が彼女を死守する必要もあるだろう。」
「人間の小娘風情が……全く、本当に癪でありんすね。」
「気持ちは解るわシャルティア、如何にアインズ様の素晴らしさを理解したからといって……。ああ!まさかあの女!アインズ様の寵愛をその身に受けるつもりじゃないでしょうね!?だとすれば一大事だわ!アインズ様ほどご慈悲に溢れる偉大な御方なのだから、人間の愛妾を持つ程度は許されるでしょうが、正妻の座まで狙う身の程知らずの輩ならばわたしが自らこの手で……」
「はいはい、そこまで!とりあえずはパンドラ様とナーベラルに任せておけばいいんでしょ?」
「そうだね、そしてアインズ様が護衛に冒険者チーム蒼の薔薇を付けた理由……。その深淵なるお考えも是非目にしたいものだ。」
デミウルゴスはそう言って天を仰いだ。その視線の先は後光の照らす神域を見つめている様だった。