大ヒットスタートを切った映画『天気の子』の新海誠監督

写真拡大

 長野県の小さな町に生まれ育った新海誠監督(46才)。その両脇の町には電波天文台がある。星がきれいに見える場所だったという。季節によって見え方が変わる空を眺めて幼少期を過ごした監督が、最新作のテーマに選んだ「天気」。彼は天気の何を切り取り、どのように描いたのか。雲研究者・荒木健太郎さん(34才)による気象監修のもと完成した映画『天気の子』に込めた思い、人間と天気の関係を2人が語り合った。

【劇中写真】ここまでリアルに!雨粒が地表に落ちてできる幾何学的な波紋も

◆こんなに雨の表現を追求しているアニメはほかにない

──これまでアニメーションで空模様をどう表現するかにこだわってきた新海さん。荒木さんのサポートを得た本作では、よりリアルで美しい天気の映像を追求した。

新海誠(以下、新海):荒木さんに教えてもらって印象的だったのは、雲の中では、雪と雹(ひょう)と雷が同時に発生するということでした。

荒木健太郎(以下、荒木):そうそう。実際に冬に雪が降っていても、特に日本海側では雷や雹も発生しています。日本海側で雪を降らせる雲はほとんどが積乱雲で、落雷の原因になっています。そんな積乱雲の中で霰(あられ)が大きく成長すると、雹になることもあるんです。

新海:それを伺って雪が舞う中で雷が落ちてくるシーンでは、よく見ると一時的に雹も降らせています。

荒木:そうした細部へのこだわりには感心しました。ほかには水の表現が徹底してリアルですね。傘や窓にあたる雨や、水たまりに降る雨のしぶきがものすごく緻密に描かれています。

新海:雨粒が地表に落ちてできる波紋が特に興味深い。雨の量が少ないと、雨粒は目に映らないのに、水面に幾何学的な円だけを広げていきます。一方で、雨粒が大きいと水面にしぶきがはじけて、ミルククラウンの王冠のようなものができる。その王冠がはじけてできた粒が、もう1つの波紋を作る…。作品内ではそうしたカットまで細かく描き込みました。

荒木:ああいう波紋はどうやって描くのですか?

新海:いろんな手法があります。基本的にアニメーションは1秒間に24枚の絵を描くので、1コマ1コマ波紋を描くこともあるし、3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)を駆使することもあります。

 実際に頑張っているのはアニメーターのスタッフたちですが、これだけ波紋表現と雨粒表現を追求しているアニメーションは、ほかにはないはずです。

荒木:雨粒の形にもこだわっていますよね。雨粒って頭がとがっている、しずくの形のようなイメージが一般的ですが、本当は落ちてくる時に空気抵抗を受けるからおまんじゅうみたいな形になって、大きくなりすぎると分裂するんです。

 作中では、最初に陽菜ちゃんが空を晴れにする場面で、おまんじゅうのような形の雨粒が風を受けて揺らいで、かつ分裂する表現までしっかりと描かれていて驚きました。

新海:それは最初からおまんじゅうをイメージしたのではないんです。気象学の専門知識があったわけではなく、人間の目でとらえたイメージを大事にした結果だったと思います。アニメーターの想像力が、現実と合致したんですね。

【プロフィール】
◆新海誠(しんかい・まこと)/1973年2月9日生まれ、46才。長野県出身。2002年、監督・脚本・美術・編集などの制作作業をほぼ1人で行った短編アニメーション『ほしのこえ』で鮮烈なデビューを果たし、数々の賞を受賞した。その後もきめ細やかな映像美とセンチメンタルな脚本で観客の心を打つオリジナル作品を次々と発表。2016年に公開された『君の名は。』は記録的な大ヒットとなり、『千と千尋の神隠し』(2001年)に次ぐ邦画歴代2位の興行収入を記録した。

◆荒木健太郎(あらき・けんたろう)/1984年11月30日生まれ、34才。茨城県出身。雲研究者。気象庁気象研究所研究官。学術博士。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職。防災・減災に貢献することを目指して、豪雨・豪雪・竜巻などの激しい大気現象をもたらす雲の仕組み、雲の物理学の研究に取り組んでいる。著書に『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)などがある。

撮影/田中智久

※女性セブン2019年8月8日号