国民文学のツラした超不良小説
近代日本に突如現れた「前衛的」国民文学
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」と漱石がこの「草枕」に書いたのは1906年、日露戦争も終わって一年経ち近代日本も国家のあり方とか戦争のあれこれを喧々諤々議論しまくったであろう熱い時代だ。そんな熱い時代に恐らく世間のいろんな喧騒を目にしたであろう漱石は本書でそうした熱い世間に豪快にドロップアウト宣言をしてこの珍妙奇天烈な小説を書いた。
なにせこんなわかりやすい書き出しだからおっと目を取られるものの、内容の好き勝手ぶりが尋常じゃない。ある画家が温泉場に寝泊まりしながらいろいろ思ったことが徒然なるままに語られていくのだが、この小説はなんと明白な筋らしいものがありゃしない。それも自然にそうなったのではなく人為的にそうしたのがありありとわかる書き方で、なるほど一見高尚な芸術論が展開されて、俗世間とは隔たった真善美の世界、芸術の真髄を主人公はつかもうとするのだが、この野郎は頭で理屈をこねくり回すだけで一切絵を描かない。徹底的に、描かない。
その理屈屋ぶりときたら大したもんで、温泉に入ったら気になる女の人が間違って入ってきちゃってさあどうしよう、だなんて少年ジャンプのラブコメみたいな展開が途中であるのだが、そんな状況ですらまず頭の中に浮かぶのはやれギリシャ彫刻がどうだ、仏国の画家はどうだといった裸体にかこつけた芸術論なのである
お前、もうちょっと慌てるなり風呂から出るなりしろよ!
と突っ込みたくなるほどに始終理屈しか考えていない。ストーリーが動くか、というタイミングで常に脱線し続けて素知らぬ顔で小説は進んでいく。人間心理の迫真性というものすら全くありはしない。はっきり言って普通の小説作法からしたらフリーダムすぎる暴走だ。ところが困ったことに、その理屈ばかりの文章がどういうわけか異様にリズミカルでめちゃくちゃ面白いのである。
確信犯的な「アンチ」意識
もちろんこんなやけくそな構成は何も漱石がネタに困って勢い任せで書いたからこうなったわけではない。この小説は、喧々諤々やかましい「人の世」への訣別宣言であるというだけでなく、小説ならば人間の心理を描くもの、明白な筋があるもの……といった小説の常識、それ自体にアンチテーゼを試みた小説なのだ。
というのも、作中ではっきり主人公が小説論を展開している場所がある。それはこういうものだ。
[「全くです。画工だから、小説なんか初から仕舞まで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留している間は毎日話をしたい位です。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなると猶面白い。然しいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初から仕舞まで読む必要があるんです」
「すると不人情な惚れ方をするのが画工なんですね」
「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」]
まさしくこの会話は「草枕」という小説自体を要約している、といって過言ではない。別に女と話してるのが面白いだけで夫婦になる気なんてない。実際そんなドラマチックなことは起こらない。だからこそどこから読んでも楽しめる。夫婦になってドラマチックに書くなら明白な筋立てやクライマックスが必要だろうけど、そんなものは私には必要ない。これは近代日本がまず取り組んだ「近代文学」観に豪快にけんかを売っているとすら言っていい。
小説とは人情(人間心理)が主脳なりと坪内逍遥が「小説神髄」に書いたのが日本近代文学のスタート地点とするならば、そうした近代日本文学観からドロップアウトしてみせますよと好き勝手に書いた異端児がこの「草枕」なのだ。
いや、「草枕」がアンチしているのは近代日本「文学」だけではない。何かあれば理屈ばかりでスカしていて、芸術のことしか考えない浮世離れしたこの画家にしてからが、日露戦争も通過して「近代日本国家」が形成されつつあるこの時代の「日本男児」観からは遠くかけ離れた存在だ。まさしく、アンチ人情、アンチストーリー、アンチクライマックスを貫いた本書で漱石はそうした直線的な「近代」に実に軽快にそっぽを向いてみせた。
さらに言えば、そうした「脱線」に満ちた文学というのは、実は近代という時代において必ずしも異端ではないことを漱石は知っているからこそ、本書を書くことに成功したのだと言える。作中でもスターンのトリストラム・シャンディが言及されているが、トリストラム・シャンディこそは近代小説の黎明期に描かれながらありとあらゆる小説作法を無視し脱線に脱線を極めた「小説の始祖にしてアンチ小説」の極みのような存在だ。いわば本書は「漱石流トリストラム・シャンディ」なのだが主人公の言及がまた振るっている。
[トリストラム、シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神の御覚召に叶うた書き方はないとある。最初の一句はともかくも自力で綴る。あとは只管に神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当がつかぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。従って責任は筆者にはないそうだ。余が散歩も亦この流儀を汲んだ、無責任の散歩である。只神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任を免れると同時にこれを在天の神に嫁した。引き受けて呉れる神を持たぬ余は遂にこれを泥溝の中に棄てた。]
主人公は画家だから散歩ということにしているが、どう考えてもこれは本書を執筆した漱石の心中そのままの台詞だろう。
漱石自身、この草枕という小説を「天地開闢以来類のない」小説だと豪語していたそうだ。しかし、単に脱線だらけ、メタ意識とアンチ意識に貫かれた反小説なら近代文学のまさに黎明からすでにあった。ただ、漱石はその路線を無責任を徹底することで極めようとしたのだ。責任だとか規範だとか、小説としてのあり方とかそんなものは全部投げ捨てろ!オレも投げ捨てて書いたから読む側も好き勝手に読め!と投げ出された自由の結晶がすなわち本書、「草枕」である。そのロックさパンクさ、前衛性が充満しているからこそ「住みにくい人の世」にあって未だに人を惹き付けているのだ。
それにしても、これほどまでに文学の不良を極めたような小説が、仮にも「近代日本の国民作家」の初期の代表作として読みつがれているというのは実に凄いことだ。日本文学の古典と謳われる本書は、かくも反日本文学的である。