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ドラゴンテイル 辺境行路 作者:猫弾正

一章

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土豪 21

 早朝の草木が放つ瑞々しく新鮮な香りが甘く鼻腔を刺激した。

黎明の空気の変化を敏感に嗅ぎ取ったエルフの娘が薄く目を見開くと、閉め切った窓の隙間から淡い陽光が差し込んできていた。

「んん」

 久しぶりに気持ちのよい目覚めを迎えられた早朝であった。

清清しい朝の気配にエルフの娘が身体を起こして伸びをすると、背骨が軽い音を立てて鳴った。身体の奥底にこびり付いていた澱が取れたかのように心地よく感じられる。

 同じ寝台で傍らに寝ていた女剣士が、もぞもぞと身動ぎしながら呻きを洩らした。

夜更かししたのだろうか。腫れぼったい瞼で、まだ幾分か眠そうに生欠伸を噛み殺している。

「おはよう」

「……おはよう」

半身を起こした女剣士は意外と寝起きが悪く、掠れた声で鸚鵡のように返してきた。

朗らかな声で挨拶したエリスは、アリアの前髪に埃のようなものがついているのに気づいた。

「……どうした?」

「塵がついているよ。じっとしてて、取ってあげる」

指を伸ばして塵を取り除くと

「うむ、すまぬな」

謝意を述べた頃には、ぼうっとしていた女剣士も漸く頭も働き始めたのか。

顔立ちを急速に引き締めると、これからの行動についてエルフに訊ねてきた。

「で……これからどうする?」

「これからとは?」

困惑を隠せない翠髪のエルフに問い返されて、女剣士は少し困ったように言葉に詰まった。

 寝台の上で胡坐をかくと、エルフの娘に真正面に向き直って身を乗り出してくる。

「ふむ……辺りも物騒になってきているからね。

私としては、早めに出発するに越したことはなかろう。

だが、君は留まりたいのではないか?」

エリスのとばっちりで深手を負ってしまった農婦ノアについて言ってるらしい。

確かにエルフにとっては心残りでは在るが、一帯は物騒になってきていた。

旅籠に飲みに来る農民たちの噂では、見慣れぬ者の姿も増えているらしい。

洞窟オークたちが引き起こした昨日の争乱とて、一つ間違えていたらエリスも襲撃のうちで命を落としていたとも限らない。

蒼い瞳を少し伏せて組んだ掌に視線を落としつつ、エルフの娘は考え深そうに肯いた。

「……そうだね。うん、そうだ。わたしはノアの容態を見取ってやりたい。

だけど、アリアに付き合って貰うのは申し訳ないな」

「今さら気兼ねするな。多少の時間の余裕は在る」

「我侭に付きあわせる。いいのかな?」

表情に蔭りを帯びたエルフの娘だが、女剣士は今さらだろうと鷹揚に肯き返した。

「事情は知っているし、気持ちを無碍に扱う心算はない。好きにしたらいい」

返ってきた女剣士の言葉からは、言外に農婦が長くは持たないと見ていることが窺えて、エルフ娘は陰気な表情で力なく俯いた。

「……アリアもそう思うか」

「ふむ、埒もないことを云ったな」

女剣士は手を振って、エルフ娘の言葉の先を遮った。

「先ほども云ったが、近隣一帯が物騒になってきているのは確実だ。

此れは、なにもオーク相手に限った話ではないぞ。

物騒な土地は、得てしてある種の人間を引き寄せるからな」

「ある種の人間とは?」

怪訝そうな口ぶりで訊ねたエルフの娘に、女剣士は厳しい表情で重々しく頷きかけた。

「土地に戦の匂いが漂い始めれば、何処からともなくそれを嗅ぎつけた傭兵や盗賊、野伏せりの類が現われるものだ。

この一帯は、辺境メレヴにしてはかなり豊かな土地だからな。争乱の噂が伝われば、いずれは無頼の輩や略奪者共が入り込んでくるようになろう」

女剣士の声音からは緊張した響きが伝わってくる。

友人の言葉に一瞬だけ絶句したが、同時に納得もいったのでエルフは渋い顔になった。

「何時頃にそうなると見ている?」

「一週間先か、一ヶ月先かは分からぬな。まだその徴候は見えていないが、小競り合いが収まらねば、遠からずそうなろう。時間の問題であろう」

美貌を曇らせたエルフ娘を見て、女剣士は慰めるようにその肩を叩いた。

「色々と用心する必要はあろうが、昨日の今日でオーク族の襲撃はなかろうよ」

口にした女剣士であったが、小競り合いが続くようであれば、思っていたよりも大事かも知れないなどと些かの憂慮を覚えてもいる。

街道筋の辺り一帯は既にそれなりに人の往来が盛んな土地で、近隣には辺境有数の交通の要衝であるティレー市もある。

オーク族の活動が活発となれば、辺境の物流のかなりに影響が波及しかねない。


 考え込んでいる女剣士に対して、大きく溜息を洩らしたエルフの娘が何気なく呟きを洩らした。

「……アリアと一緒にいられてよかった。色々と。」

何気ない、しかし想いが込められた言葉を耳にして、女剣士は照れ臭そうに何かを呟きながら、しかし真顔で切り返した。

「ん、私も君と一緒でよかったぞ」

「そっか、嬉しいな」

嬉しそうに笑ったエルフの娘ではあったが、何処とはなしに寂しげな蔭が感じられた。

「私は本気で云っているのだがな」

女剣士はエルフの頤を力強い指で軽く掴むと、やや強引に己の方に顔を向かせた。

「ア……アリア?」

「君とは、此れから先もずっと付き合いたい。

互いに足りない所を補い合い、支えあえる関係になれたらいいと思ってる」

やや言葉に詰まりながらも、想いのうちを吐露していく。

訥々と言葉にするうち、女剣士の頬が微かに朱に染まった。

言葉の響きから、黒髪の女剣士の真情が充分にエルフに伝わってきた。

「それは……」

半エルフ族のエリス・メルヒナ・レヴィエスは、貧しい放浪者であり、孤独な境遇に生きている。

だから、カスケード伯子アリアテートが示してきた思いやりと言葉に、唐突にもうどうしようもなく我慢できなくなったとしても無理はなかった。


ーーーーーーーーー


ふたりはちゅーをした 



ーーーーーーーーー



 アリアが身動ぎした。改めてエルフの娘と向き直る。と、首を傾げた。

翠髪のエルフの頬を大粒の涙がポロポロと零れ落ちていたからだ。

「何故、泣いてる?」

解せない表情で訊ねる女剣士に、感極まっている様子のエルフの娘は鼻声で応えた。

「……いや、嬉しくて。つい」

「それほど私に惚れたか」

「うん。愛してる」


「愛い奴」

言いながら、女剣士はエルフを抱きしめて、今度は自分から軽く口づけした。

エルフの娘の蒼く濡れた双眸が心持ち潤みながら、己より高い位置にある女剣士の貌を見上げていた。

東国ネメティスの戦士貴族階級のうちに生まれ育った女剣士には、同性愛に対する忌避感は薄く、期待を込めて身体を擦り寄せてくるエルフ娘を憎からず思ってもいた。


 連なる丘陵に囲まれた盆地を照らすように冬の太陽が中天に座している。

背の高い山の切り立った崖から吹き降ろす湿った北風が、小さな丘の頂を駆け抜けていった。

穴オークの遺体は、オーク族の居留地に隣接する小高い丘に懇ろに葬られようとしていた。

本来は部族の為に戦って死んだ者たちの為の墓地であったが、オーク小人の見せた勇気と忠誠は戦士の墓標に葬るに値するようにオークの頭目ルッゴ・ゾムには思えたのだ。

巨躯のオークが下した判断に反対する者は、部下たちのうちにはいなかった。

幾人かの戦士は、小人の雄雄しい魂に敬意を払い、己が血肉の一部となる事を願って亡骸の肉を一口ずつ切り取って口にすることさえした。

頭目であるルッゴ・ゾムにも、勇気が宿ると伝承される心臓の一部が渡された。

歌い手が黄泉渡りの詩句を唱え終わり、いよいよ洞窟オークの弔いが終わろうとしていた。

並外れた巨躯を誇るオークの頭目は、昏い瞳で地中深く掘った墓穴にゆっくりと下ろされる洞窟オークの亡骸を見下ろしていた。

お前は、何の為に生まれてきた。小さいの。

そして、一体何の為に死んでいったのだ。

最後の瞬間に、お前の胸に去来したのはなんだったのだ。

任務を果たした誇らしさか。それとも友への思いか。

なあ、お前は満足して逝けたのか?


 オーク族の砦を見下ろす位置にある丘陵の頂で簡素な弔いの儀式を終えると、オークの頭であるルッゴ・ゾムは手勢を連れて居留地への長い道を戻り始めた。

流石に女たちの弔いの歌までは用意できなかったけれども、厳粛な雰囲気のうちに死者を悼むよい弔いだった。

切り立った山肌を見上げ、そして盆地の光景に視線を走らせてから、巨漢のオークは不満げな唸り声を洩らしていた。

作物の出来は今年もよくない。

水は濁り、陽の光は少なく、働いても働いても、喰っていくことさえ侭ならぬ。

同じような盆地の居留地が丘陵地帯に幾つか点在しているが、いずれも痩せた貧しい土地であった。


 小さい勇敢な洞窟オークの心臓の肉の欠片を口に放り込んで咀嚼し、一息に嚥下する。

此れで俺も少しは勇敢になれるだろうか。

お前のように、為すべきことを迷わず為せる男に近づけただろうか。

心中語りかけながら、オークの頭目は緩やかに曲がりくねった勾配を砦へと歩いていった。

己は心底では臆病である。オークの頭目は、自身をそう評価していた。

大勢の手下に囲まれているにも拘らず、時折、突然に己がただ一人で不毛の曠野に佇んでいるような気持ちに襲われることがあるのだ。


 頭目の隣を歩いていた向こう傷のオークが思わしげにルッゴ・ゾムに視線を向けた。

この頭目が、本当は同族の肉を喰らうのは好かないのを知っていた。が、今日は珍しく望んだのだ。

「ボロ、戦士に呼集を掛けておけ」

向こう傷のオークが太い腕で頬を撫でながら、おうと肯いた。

「やるのかい?」

「取りあえずは集めるだけだ」

それきり寡黙になった頭目を大股歩きで追いかけながら、向こう傷のオークは念の為に聞いておく。

「村々を廻って、兵を募っとくか?」

陰気な沈黙に沈み込んでいた大柄なオークは頭を振った。

「無駄だ。今から声を掛けても、もう粗方は、カーラのほうにいっている」

「いや、残っている連中も結構いるぜ」

「そうか。だが、取りあえずは砦の戦士たちだけでいい」

野太い声で云ってから、ルッゴ・ゾムは思いついたように言葉を付け加えた。

「それと物見を出しておいてくれ」

何処へとは聞かないでも分かったので、向こう傷は肯いただけだった。



 オークの頭目は、丘陵地帯を統べる大族長の十数人もいる子供の一人であった。

凶悪で魁偉な外見に似合わず、ルッゴ・ゾムは周到で思慮深い性質を持っている。

情に厚く、部下を大切にし、一介の戦士として戦わせても屈強のオークたちに頭抜けた力量を誇っていた彼は、今までの戦いでは不敗を誇っている。

よく恵まれた体躯に加え、欠かさない鍛錬が彼を部族最高の戦士に鍛え上げ、奢らない性格が部族の戦士たちに支持されて、後ろ盾となる血族を持たぬルッゴ・ゾムをして、尤も有力な後継候補の一人に押し上げていた。

生まれもって膂力と体格に恵まれた分厚い筋肉の塊のような巨躯のオークでさえ、しかし、武器と数で勝る人族を相手に真正面で戦うことには躊躇いを覚えていた。


 確かに此の侭では、オークに未来はない。だが、カーラの計画は余りにも杜撰に思える。

俺は不仲である妹に嫉妬しているのか、或いは臆病なのか。それとも……

此処で乾坤一擲の勝負に出るべきだろうか。

オーク族が閉じ込められた貧しい丘陵の盆地を勾配より眺めながら、巨躯のオークは日に一度は物思いに耽っていた。

俺たちは何の為に生まれて、何の為に死んでいくのか。

他のオーク連中が、人族に対する勝利を夢見るのも分かる。

其れが腹違いの妹であるカーラが若い連中の支持を取り付ける理由でも在る。

勝利は全てを塗り替えるだろう。だが、人族の勢力は強大だ。

人数も武具の蓄えもオークに優り、村々の備えも整っている。

其れがオーク族の為ならば、妹に力を貸すのはやぶかさではない。

問題は、力を貸して勝てるか否かだ。大敗をすれば取り返しが付かぬ。

本当に勝てるのか。そして戦う以外に手はないのか。

音に聞こえた『強者』クーディウスを初めとして、ソレスやボーンなど、人族のうちにも優れた戦士は多くいる。そして彼の生まれた村を焼き払った名も知らぬ戦士。

古い記憶を脳裏に思い出して、巨躯のオークは、ぶるりと身体を大きく震わせた。


 村人や友人、幼馴染の少女。そして母と三人の弟妹たちが燃え盛る地獄の業火の中に、悲鳴を上げながら踊り狂っていた。

大勢の戦士を率いて村を焼き払った男の姿は今も覚えている。

瞼に思い浮かべる度に恐怖か、憤怒か、今も全身に激しい震えが走るのだ。

強かった兄を一太刀で切り倒した人族の指揮官。

見事な金髪をした筋骨隆々の大男の恐ろしい哄笑が響き渡る中、恐怖に脅えて物影に隠れていた屈辱の子供時代の記憶にルッゴ・ゾムは苛まれる。

俺は本当に強くなったのか。そして、邪悪で容赦のないあの男に勝てるのか。


 十五年近くも昔の話である。人族の軍勢に村を焼き払われ、家族の殆どを失ったルッゴ・ゾムは、父親に引き取られた。

父なし子であると信じていた己が族長の血筋であり、漠然と寡婦であろうと思っていた母が、当時は部族の王子であった父親の大勢の愛人の一人であったと、その時、初めて知らされた。

苦い表情で砦への歩いていた巨躯のオークの前方、杖をついた女オークが道の半ばまで迎えに来ている姿が目に入った。

ルッゴ・ゾムが怪異な容貌に似合わぬ笑顔を浮かべると、半身を火傷したオークの女がニカリと笑った。

ルッゴ・ゾムが背を見せてしゃがみ込むと、ひょいと背中に飛び乗ってきた。

声帯を焼かれた為か、ルッゴ・ゾムの妻ジジは喋れない。

巨躯のオークは妻を背負って居留地の中庭へと入ると、砦内にある己の部屋ではなく、隅に建つ薬草師の小屋へと向かった。

不思議そうな顔をする女オークに笑いかける。

「火傷に効くという油薬が手に入ったのだ。黒エルフ共から買ったのでな」

肯いた女オークを連れて小屋に入ると、生憎、薬師は不在のようであったが構わない。

がらんとした寒々しい部屋の棚に近寄って、巨躯のオークは厳重に蓋された壷を取り出した。

ぎこちなく動きながら、オークの女がローブを床に落とした。

壷に入った薬を指につけると、ルッゴ・ゾムは妻の背中に残る引き攣れたケロイドに塗りこんでいく。此れは誰にも任せない、巨躯のオークだけの仕事だった。


 丘陵の部族に限らず、オーク族のうちでは、不具の者たちの地位や扱いは極めて低いのが普通だった

妻が己一人で暮らすには侭ならぬ身体であったからだろうか。

巨漢のオークは己が采配する砦に不具の者たちや身寄りのない子らを集めて、彼らでも出来る簡単な仕事を与えながら、生活の面倒を見ている。


 身体だけ大きくなっても、俺は餓鬼のままだ。母や弟妹が殺され、ジジがこんな目にあわされても、俺はまだ人族と戦う以外に手はないのかなどとぐじぐじと悩んでいる。

「俺は親不孝者かも知れん」

思わず洩らした苦々しい呟きは誰の耳にも届かずに部屋を満たす冷たい空気に溶けて消えていった。

ルッゴ・ゾムの迷いは何時までも晴れなかった。

苦々しい表情をした巨躯のオークを、小柄な女オークが不思議そうに見上げた。



 喉も張り裂けんばかりの凄まじい絶叫が、藁の寝床に横たわる母の口から迸っていた。

少女は泣きながらも歯を食い縛って、悶え苦しむ母親の傷に手を当てた。

神様!女神さま!わたしは如何なってもいいです。

だから、母さんを助けてください。

無垢な子供ゆえの必死の祈りを神々に捧げる。

無力な少女には他に出来ることなどないからだ。

だが、少女の祈りは届かなかったのか。或いは地獄にいる苦痛を司る魔神に魅入られたのか。

病床の母親は苦悶と苦痛に身体を突っ張らせて、獣のような叫び声を発していた。

表情は、苦悶と苦痛に激しく引き攣り、歪み、もがいた手が宙を掻き、時折、到底、人のものとは思えぬ叫び声が小屋を圧して響き渡っていた。

今、母子がいるのは、当初、与えられていた比較的に清潔な小屋ではない。

怪我人たちに貸し与えられた小屋は、早々に追い出された。

他の重症の者たちが、母親の呻き声が五月蝿いと文句をつけたのだ。

今は薄汚い納屋の隅を借りて、少女が母親の面倒を見ていた。


 苦しみ、のたうち回る母親の姿を前に、何かをしたいのに何も出来ず、絶望に打ちひしがれてた少女が呆然と佇んでいると背中から足音が近づいてきた。

納屋の入り口に姿を見せた翠髪をしたエルフは、苦しみ、のた打ち回っている農婦を目にすると切れ長の瞳に強い光を帯びて素早く歩み寄り、懐の革袋から丸薬を取り出した。

水筒を口に当てて、無理矢理に飲み込ませる。

と、暫らくすると暴れていた母親が大人しくなった。

瞳は霞が掛かったようにぼんやりとしながらも、落ち着いた様子で横たわっている。

母が獣から人へと戻った。少女にはまるでそう思えた。

母親は、やや呆けたような顔つきで室内を見回し、初めて気づいたようにエルフを眺めた。

「ああ、あんたかい。少し楽になったよ」

痛みはある。だが、耐えられる程度に落ち着いていた。


 母親とエルフの薬師は二、三の問答を交えていた。

黒髪の女剣士も戸口に姿を見せていたが、薄汚れた納屋の内部に視線を走らせると、眉を顰めた。

腕を組んで外で立っている剣士は、どうやら不潔な環境の納屋には入る気にもなれないらしい。

「……上げた薬は?」

鋭い声と目付きでエルフの女薬師が少女を詰問してきた。

切れ長の蒼い瞳は険しく細められており、内心、後ろ暗さを覚えている少女を思わず竦ませた。

「……盗まれたの」

誰に取られたかも分からない。気づいたら無かったのだ。

少女の脅えた声を聞いてエルフ娘はキュッと目を閉じた。

「ろくでなしめ……君の事ではないよ」

沈痛な面持ちをしたまま、舌打ちし、口汚く罵った。

少女は、母の痛みを聞くのが辛かった。

別人のように髪を振り乱し、泣き叫んでいる姿を見るのが辛い。心が切り裂かれるようであった。

あの薬があれば、母は苦しまないで済んだに違いない。

「……折角貰ったのに、御免なさい」

しゃくり上げながら少女が謝罪するも、翠髪のエルフは苛立たしげに首を横に振った。

「いいや、あんな怪我人の大勢いる人前で渡すべきではなかった。

もう、余り予備もない」

如何したものかと首を傾げるエルフの薬師の横で、少女は涙を堪えるのに必死になっていた。

「私が……薬を盗まれなかったら、お母さんは……」

自分が盗まれた責で悪化したと考えているのか。

エルフの女は首を振ってそれは違うと慰めた。

「あの薬は……どの道、鎮痛の効果しかない。

お母さんが悪くなっても、貴女の責ではない。それは覚えておいて」

しかし、エルフの言葉は届かなかったのか。少女は思いつめた表情でじっと俯いていた。


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