窓に降り立ち、黒い蝙蝠にも似た翼を仕舞ったデミウルゴスは、癖のように眼鏡を人差し指で整える。そして目的の人物……いや、人と呼ぶにはあまりにも独自の進化を遂げた異形種へと語りかける。
「蒼の薔薇はエ・ランテルにおけるネイラ・バラハの護衛を引き受けました。そもそも本当に暗殺を阻止するのであれば、我々の持つ
「あら、殺すだなんて物騒ですわ。ただ不慮の事故が起こりえないか心配に思っただけです。」
「死地からの復活といった奇跡は、信仰を深めるに最適な要素です。しかし既に彼女は、アインズ様よりその洗礼を受けております。そして……認めるのはとても悔しい事ですが、彼女のアインズ様に対する忠誠心と信仰はナザリックのメイド達にも匹敵します。」
「こう考えては如何でしょう?ネイア・バラハはアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が1から造り直した存在である。そう考えれば、彼女も至高の主に創造された存在であると。」
「面白い捉え方ではありますね。おそらく彼女はアインズ様に自害せよと命じられれば、一寸の迷い無く喉笛を突くでしょう。」
「あなたもそうするのですか?」
「それがナザリックの利益になると判断すれば即座に。」
「……まぁ凄い。つまりは無駄死にはしないということね。では彼女の忠誠はある意味でそれ以上ということになるのね。」
相手が普通の人間相手であり、単なる侮蔑ならば何の躊躇無く殺しているところだが、デミウルゴスは感情に任せる真似をやめる。……彼女の意見、その続きを聞きたくなったからだ。
「口を噤みなさい。それ以上はいくらあなたでも許せません。」
それで黙るほど目の前の異形種がか細い心臓を持っているとは思っていない、あくまでも警告に過ぎない。……未だ原因は不明だが、目の前の異形種には支配の呪言も効果が無いのだ。
「そう考えると……。【偉大なる御方】、魔導王陛下をデミウルゴス様達はそう呼ぶわね。でもデミウルゴス様を創造した神はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下ではない。違うかしら?至高の41名、そのどなたか……。」
至高の41名の存在を目の前の異形種に教えたことはない。ルプスレギナを通じカルネ村から漏れたか、王国を偵察していたセバスかソリュシャンの会話が巡り巡ってこの異形種の耳に届き、答えに至ったか……。何処からか解らないが、この異形種はナザリックの概要をある程度推理してみせ、見事に的中させている。今はデメリットよりもメリットの方が大きいので大見見ているが、動向には十分注意が必要だろう。……尤も、自分の欲望のため家族や自国の民さえ裏切る異形種だ、下手な口は開かないだろうという、変な信頼はある。
「最後の警告です。殺しますよ?」
デミウルゴスにとって〝良い意味で〟自分以上に聡明であり、思考が及ばないと理解しているのは、その身が仕えるアインズ・ウール・ゴウンと守護者統括アルベドの2人と考えている。
だが〝悪い意味で〟自分の思考が及ばないのは目の前の異形種だ。
それは相手が愚かだから読めないという意味ではない。有能で使える手札なのは間違え無いが、生命体としての思考概念と思考基盤、その基軸が根底から異なっており、聡明なデミウルゴスをして〝理解出来ないと理解した〟と結論付ける。彼ですら完全な理解を諦めたのだ、彼女にとって人の世とはさぞ周りが木偶だらけに見えた事だろう。
「では、綱渡りはここまでに致しますわ。さて、ネイア・バラハについてでしたわね。」
「綱渡りですか……計算された綱に成りはてるのは不愉快なものです。あなたがネイア・バラハを面白く思わない理由はなんとなく想像が付きます。今後彼女の布教活動が、【彼】に及ばないよう手配しましょう。アインズ様も彼女を殺す事に理解を示しておりません。」
「ええ、ナザリックの皆様を敵に回す気など微塵も御座いません。それでしたらわたしからいうことはありませんわ。」
「……わたくし共はあくまで、いと尊きアインズ様のご命令に従うのみ。話しは以上です。」
カーテンが靡き、窓に居たはずの存在は霞のように消え去った。
(主は部下の為を思い全霊を尽くし、部下は主が永劫繁栄するように振る舞う。一見すれば理想の組織だけれども、あなたたちは少し違う。配下は魔導王が〝満たされること〟だけを考えている。……それがどれだけ危ういか、心酔しているアルベド様は別として、デミウルゴス様ならば理解しているのでしょうね。あの数拍の沈黙が答えだわ。でもその考えは創造主への背信になる。見て見ぬふりをしているに過ぎない。)
(伝道師としてアインズ・ウール・ゴウンの名前を広め、そして魔導王陛下はその名を世界に轟かせる。そしてこの世界に存在する……かもしれない、41名の御方々と彼らが呼ぶ存在、その1名でも見つけること。もし魔導王陛下の目的がわたしの予想に合致していたら、正にネイア・バラハの役割は絶大。)
(彼女の活動は今後も拡大していくでしょうね。)
それこそ口にしてしまえば消されるであろう思考、異形種は頭で考えを転ばせる。
(でもダメなのよ。わたしの可愛いあの子が、他の女に毒されるなんて……。わたし以外の言葉に心動かされるなんて。)
異形種は歪んだ愛情を胸にして、口元をいびつに吊り上げた。