ジョーカス……カスと連呼しても何ですが、彼にもPTSDや憂鬱な気分はあるのでしょう。
そういうときは、酒やで!
メチルアルコールやヒロポンでないだけマシや!
※メチルアルコール:メタノール。戦後は酒がわりに工業用アルコールを飲み、失明等の重大な中毒を起こす例がありました。102作目『エール』でも出てくる可能性がありますね
※ヒロポン:覚醒剤、塩酸メタンフェタミン。戦時中に、戦意高揚目的で使用されておりました。戦後は軍用品が民間に流通してしまい、根絶まで時間を要しております。その結果、今のレッドブル感覚で当時の肉体労働者が服用していたという、洒落にならない状況も
満洲から帰って来た男
しかし、宗一郎はこうです。
「そういう気分ではないので」
「そういう気分じゃないのん……」
この「そういう気分じゃないのん……」が、最高でした。
こういう関西弁が聞きたかったんだ!
と、しらけきってしまい、布団を敷いて休みましょうかという流れに。
ここで喜美子は興味津々の顔つきになるのです。
「何かへん、何かちがう。日本人ちがう、うちらとちゃう。言葉や。なんか言葉がムズムズする!」
「東京の言葉や、東京!」
ここであわてて止めに入り、マツが東京の位置を説明します。
日本の真ん中が東京と聞かされ、喜美子は驚いています。
「日本の真ん中は大阪ちゃうの? お父さん言うてたやん!」
「言うてへんわ! 黙っとけ!」
わかる。東京もんには負けへんで、大阪は日本の中心や。東洋のマンチェスターや。
関東大震災で東京が打撃を受けた影響もあり、1920年代は大阪の人口が東京を上回りました。
ジョーには、そういう大阪の意地があるやろね。それを娘に語っていたと。
宗一郎は、東京出身で大阪で大学を出たと語ります。
「あ、大学出てはりますの」
そう聞かされ、思わずジョーが正座になって言葉が丁寧になっているあたりが細かいですね。
当時の大学生は、エリート中のエリート。
ジョーの言動から、そのことが伝わってきます。
大阪帝大卒すらチープに扱う、そういうNHK大阪朝ドラがあったものです。
わてらがそこを踏まえてへんわけない! そういう叫びにすら思えてしまった……。
宗一郎は黙々と語ります。
おじのつてを頼り、満鉄(満洲鉄道)で働き、終戦を迎えた。引き上げ船に乗り、この春に戻ったばかりなのだと。
「大変でしたな」
「ご苦労様でした」
ここでジョーとマツが、心の底から労い、宗一郎に一礼する。このしぐさが美しいのです。
戦時中がつらいなんて皆そんなもの――といった態度ではなく、お互い苦労を思いやり、敬意を示す。労わる美しさが、この場面に凝縮されていました。
本作スタッフだって、観る側の大多数だって、当時のことを知るはずはない。
けれども、物語を通して当時の世界や、精神を伝え学ぶことはできるはず。そういう朝ドラの使命感がそこにはあります。
宗一郎はこう言います。
「向こうでの暮らしが長かったので、中らずと言えど遠からず……きみは鋭いね」
満洲暮らしは、内地(=本土)とは違う。
そういう雰囲気が身についたのだろうと宗一郎は振り返るのです。
二パァ……この言葉に何か感じたのか、喜美子はうれしそうなのでした。
うん、できひんでもええわ……
翌朝、学校では。
「きみは鋭いね……」
そうおずおずと、信作が喜美子に言っております。
「ちゃうちゃう全然ちゃう! できてへん!」
「別にできひんでもええ……」
「チミは鋭いね! 日本の真ん中、東京にゆずったるわ!」
どうやら喜美子は、信作相手に宗一郎とのやりとりごっこをしているようです。
どうしてできなくちゃいけないのか。弱々しく抗議するものの、まったく無視される信作が哀れで。
照子の友情をぶっちぎるわ。
信作を振り回すわ。
きみちゃんはやっぱり強いな。
ここで、その照子が歩いて来ます。
「友達いらんて言うてたやん」
「ああ? 友達ちゃうわ!」
あ、てるちゃん、根に持ってる。めんどくさいなぁ、もう。
新入りの運送の人やで
そのころジョーは丸熊陶業に就職していました。おめでとうございます!
役目は、新入りの運送の人です。
陶工の適性はなさそうですもんね。
「川原いいます。よろしゅう頼みます」
「うっとこの娘ですわ。照子いいます」
ここで社長は娘の照子を紹介します。
綺麗な和服を着ていて、いかにもお嬢様というところ。
でも、『あさが来た』のあさや、『べっぴんさん』のすみれと比べましょうか。
お嬢様はお嬢様でも、田舎のそれではあるのです。ここは彼女を知るうえで大事かも。
ジョーは汗水垂らして、首にかけた手拭いで拭いつつ、火鉢をリヤカーで運びます。
これはきつい。重労働や。
こういうジョーのような、肉体労働しかできない層を、かつては「車夫馬丁」と呼びました。
人力車を引っ張ったり、馬の世話をする。教養がなくとも、身一つで生きてゆく。そういう概念やね。
昭和になるとその職の人は減るものの、概念自体はなくなったわけではない。肉体労働者を呼ぶ差別語もあるものです。
そういう差別語を言わなくすれば、彼らの足跡が消えるというものでもないわけでして。
宗一郎が大学出と聞いて身構えて、こうしてリヤカーを引っ張るジョー。
彼らはそういう層なのだな。そういう声を聞く作品なのだな。
汗を拭くジョーを見ていると、そう思えて来ました。
給食、至福の時間を守り抜け!
川原家では、直子が百合子をあやしています。
「いないいないバァー」
そこへ喜美子が帰ってくるのです。
草間さんの行方をマツに尋ねます。出かけたのだそうです。
「元気になった?」
「せやのうてふらりふらり、ゆらりゆらりや」
マツは、ジョーが働き始めたことを喜んではいるものの、給食費を払われへんと言うのです。
「仕事始めてもすぐにはお金入ってけえへん」
すぐに給料が入るわけでもない。
しかも、草間宗一郎も増えたわけです。
ここで喜美子、衝撃を受けています。
直子はこうですが。
「お母ちゃん、ゆりちゃんのお尻、替えたってえ〜」
百合子はおむつが濡れたんですね。
「給食は大事や、命綱や! あかんあかんあかんあかん、出てってもらう!」
心の病気ってどういうこっちゃ。
給食という至福の時間を奪われるかもしれない。そう思いつつ、猛然と走り出すきみちゃんなのでした。
総評:NHK大阪、本気の貧困描写
朝から北村一輝さんの、あの関西弁が聞けると思うとワクワクしてしまう。
ここ数年のNHK東京朝ドラも大好きですけれども。ここ二年間どん底だっただけに、本気を出したNHK大阪は、まるで再会した旧友のよう。
それだけではない新しい何かを感じるのです。
NHK大阪も悔しかったんじゃないですかね。
『半分、青い。』で豊川悦司さん(八尾市出身)が河内弁で喋り倒したり。
『なつぞら』で橋本さとしさん(枚方市出身)が、飴ちゃんを配ったり。
なんでや!
NHK東京朝ドラの方がええ大阪アピールしとんねん! って……。
本作の関西弁は、結構汚い。
くそったれだのケツ叩くだのなんだの、ポンポン出てきます。
やりたかったことを全力でやっとる――そういう解放感があります。
ついでに言うと、階級もですね。
近年の朝ドラにある大きな問題点は、中上流以上周辺描写になるところだと『なつぞら』レビューで書きました。
戦前ヒロインが袴やセーラー服の女学生になる時点で、かなりのエリートですからね。
『カーネーション』の糸子ですらそう。
彼女は子供のうちに集金をしていて、気が強かったものの、それでもかなりの上流階級でした。
そこを踏まえまして。
過激な喜美子の言動の背景には、貧困や飢餓があると想像していただければと思います。上流階級ヒロインと並べんといてな。
川原家はここ数年の朝ドラでも、かなり貧しい部類に入るのだから。
そういう庶民の姿をどう描いてゆくのか?
本作は素晴らしい。よいところはたくさんある。
そこをきっちりと書いていきたいとは思う……けれども、私の言葉が足りていない。言葉にできない、釉薬のような輝きを感じる。
新しい何かへの挑戦かもしれない。
それを見続けていきたいと思います。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
きみちゃん、いいですなぁ。
思ったことをそのまんま口に出してしまう。
強い所も好感度大です。
女性のファンが多く付きそうな予感がします。