閑話9 それぞれの動き
ルシエルがルミナの膝枕で眠りについていた頃、各地の上空に出現していた巨大な魔法陣に変化が現れ始める。
魔法陣が赤黒い光を発した瞬間から、続々と魔族が出現し始めたのだった。
その様子を見たルシエル従者、そして仲間だと自負する者達は一斉に動き出した。
――イエニス――
巨大な魔法陣を注視していたイエニスの防衛指揮を任されたクレシアだったが、魔法陣が一瞬青白く光ったのを確認すると、直ぐに街の防衛指揮を竜人兄弟が運営する冒険者ギルドと、ルシエル商会の要となっているナーリア達に任せて、用意していたバトルホースに飛び乗ってイエニスを飛び出した。
その後ろからクレシアを追いかけてきたのは二頭のバトルホースにしがみついたハットリとアリスの姿があった。
「お二人はイエニスを防衛するための戦力で残ることになっていましたよね?」
「惚れた女子を一人で死地へ向かわせるは紳士のすることではござらん」
「ボーナスステージが目の前に転がっているのに躊躇するなんて出来ないわ」
クレシアは二人の意志がとても固く、たとえ説得することが出来てもかなりの時間を要することになると判断した。
「私はルシエル様からイエニスの防衛を託されました。だからお二人を守るよりも敵を一体でも多く倒すことを優先します」
「それでこそ秀麗弓姫の名にふさわしい振る舞いである。とてもゾクゾクしてきたでござる」
「私もいざとなったらシュバルツがいるから問題ないわ」
「そうですか……では急ぎましょう」
クレシアは少し笑みを浮かべてそう告げてバトルホースを走らせた。
実はクレシアも一人で魔法陣へ向かうのは心細く不安だったのだ。
それなのにこんな状況でもぶれることなく、いつも通り少し気持ち悪い発言をするハットリを見て、余計な緊張感から解放されたことがとてもおかしかった。
そして三人が巨大な魔法陣の近くまで辿り着いた時、巨大な魔法陣がまた赤黒く光り出すのだった。
――ロックフォード――
ポーラとリシアンは巨大な魔法陣が出現してから今か今かとずっと魔物や魔族が出現するのを待っていた。
そしてついに赤黒く光った魔法陣を見て、二人は巨大ゴーレム集団“ルシエルンズ”の出番がやってきたと確信して起動しようとした……。
しかし魔物らしき何かが魔法陣から出てきて直ぐに青白く燃えだし、魔石が落下する光景を見て待機させることを選択せざるを得なかった。
「むぅ……ルシエルに魔法陣が出来たことを伝えるのが早過ぎた」
「仕方ありませんわ。魔物や魔族が魔法陣から散らばってしまったら尋常ではない被害になりますもの」
「早くルシエルンズを試したい……」
「そのうち出番が参りますわ。それに魔石が雨のように落ちてくるなんて光景は何度も見られませんわよ」
「確かに……。あれだけあれば好きな魔道具がたくさん作れる」
「それもルシエル様次第と言いたいところですが、基本的に破壊に特化した魔道具以外なら何でも作っていいと言われていますからね……」
二人は魔石を降り注ぐ光景を見ながら、それぞれ新しい魔道具の構想を練り出すのだった。
そして巨大な魔法陣が再び光り出した時、魔法陣から巨大な腕が魔法陣を掴んで出てこようとする光景を見て、二人は巨大ゴーレムを起動状態へと移行し始めるのだった。
――ルーブルク王国――
ルーブルク王国第三王女ルノアと結婚したことで王国軍を率いる司令官まで上り詰めたウィズダム卿は巨大な魔法陣が出現してから直ぐ、各町や村へ魔物や魔族が現れても外に逃げることがないように厳命する伝令を送った。
そしてルーブルク王国内に出現した二つの魔法陣の対応についてケティとケフィンの意見交換をしていた。
「それではあの上空に浮かぶ巨大な魔法陣は賢者ルシエル様の指示があるまでは何もするなと言われるのですか?」
「違う。下手に軍を動かすと被害が増えるだけで面倒なことになると言っているのだ」
ウィズダム卿はルシエルと念話で話して直ぐにケティとケフィンを呼び寄せ、どちらかの巨大な魔法陣に対して王国軍を派遣し、もう片方をケティとケフィンに頼みたいと話しをしたのだ。
しかし二人はそれを直ぐに却下した。
特にケティからは邪神の恐ろしさを知らないその無知な考えに、殺気が漏れ出てしまう程だった。
「ウィズダム卿にも立場があるのは分かります。しかし邪神が仕掛けてくることが分かってからの数ヵ月間、ルシエル様は被害が出ないように尽力なされたことを無にすることはどうか……」
「それではこのまま私達は待っていることしか出来ないのですか?」
「西の巨大な魔法陣は私達が行く。南の魔法陣はグランドルの領内だからグランドルが対処する者がいる」
「まぁそういうことです。ウィズダム卿は国民の不安を少しでも取り除くべく行動するのが一番望ましいということです」
「そう……ですか。しかしそれがきっと正解なのでしょう……」
「それでいい」
「任せてください」
ケティは満足そうに頷き、ケフィンはホッとしながらケティだけは絶対に死なせない決意を胸に西の魔法陣を目指して出発していった。
――謀略の迷宮――
ルーブルクとグランドルの国境沿いにある謀略の迷宮の入り口では、かつて深淵という通り名で呼ばれ畏怖されたバザックが、空に浮かんだ巨大な魔法陣を見つめながら、パイプに魔草を焚いて紫煙を吐き出した。
「確かに迷宮で何かあるとは聞いていたけど、それがまさか外だったとは……。それにしてもここを一人で対応させるとは信頼の証なのか、それとも……」
その時、巨大な魔法陣が赤黒く輝き、魔法陣から魔物が出てきたが青白い炎に焼かれて消えていく。
「まぁただのお人好しなのだろう……。それにしてもあの魔法陣を解析するのは少し面白そうだ」
そうこうしている間に再び魔法陣を赤黒く光ったのを確認したバザックはレベルが上がったことで新たに開発した魔法の詠唱を始めた。
――イルマシア帝国――
飛行艇を巧みに操りながらドランは魔法陣に向けて聖属性魔力を帯びた主砲を発射した。
するとルシエルの張った聖域結界でさらに増幅された主砲が魔法陣の中へと吸い込まれていった。
「確実に魔法陣を捉えていたと思ったんだが、どうなっておるんじゃ?」
「あの魔法陣自体に当たったのは確実です。でも魔法陣に干渉することがなかったのなら、魔法陣繋がった先から飛び出たのでは……そう推測します」
「ナーニャの意見に賛成します。もしかすると魔族の国への先制攻撃になったかもしれないですね」
ドランは魔法陣に干渉しなかった主砲に首を傾げると、ナーニャとリィナからそんな意見が上がる。
もしそれが本当だったら少し早まったかもしれないとドランは思った。
「とにかく副砲をいつでも打てるように照準を合わせ、主砲には聖属性魔力を再充填するのだ」
「「はい」」
二人が忙しなく動き回る船内でドランは魔法陣を見据えながら、最悪の場合を考えておくことにした。
そして再び魔法陣が赤黒く光り出した時、ドランは主砲と副砲四発を斉射させてその成り行きを見守った。
――ブランジュ――
ブロドとライオネルは未だに一人だけ残った瘴気を纏った騎士を倒すことが出来ないでいた。
ただ苦戦していた訳でもなかった。ただ単純にその騎士がもの凄い速さで逃亡したのだ。
しかも逃げた先が王宮内で次から次へと瘴気を纏い魔族化、もしくはアンデッド化した者達が湧いてくるため、完全に見失ってしまったのだった。
「ええぃ鬱陶しい……」
「誘導されている先に障害があるのは当たり前だが……」
「もういっそのこと城ごと消すか?」
「それはこうして地下へ誘導される前に提案して欲しかった」
二人は索敵スキルを所持しているため、逃げた騎士を追うのは容易いことだった。
しかしそんなことは御見通しとばかりに王宮内に誘い込まれ、そして地下へと誘導されてしまったのだった。
さらに二人は魔族化やアンデッド化した者達をルシエルなら治すことが出来るかもしれないと考え、服装で非戦闘民を極力殺すことは控えるように戦っていた。
そのためかなりのストレスを抱えて込み、ブロドからは感情、ライオネルからは丁寧な言葉遣いが消えていった。
そしてようやく追い詰めた先に待っていたのは巨大な扉だったのだが、二人はその場で進むことを躊躇うことになった。
「戦鬼……俺の勘違いじゃなければ……」
「ああ……邪神がいるな。それもさっきの騎士と同等の力を持つ者が十人……」
二人の額からは汗が流れ落ちた。
「そうか……ようやく分かった……俺が生かされて理由が……」
「もしかしてこの場で戦う為だとか言う気ではないだろうな?」
「ああん?」
「それならばそれでいい……。私にはここですら通過点でしかない。ルシエル様のことだ、きっと直ぐにまた面白いことに巻き込まれるだろうからな。後のことは任せておけ」
「……違うぞ! 俺にだってここは通過点だ。せっかく若返ったのにここを終着点にするつもりなんてねぇ! だがこれで一区切り、そして借りがようやく返せると思っただけだ」
「そういうことにしておこう。それに私も借りだけは十倍にして返す性分なのだ」
「へっ、じゃあルシエルが来る前にさっさと片付けるかな」
「そうだな」
二人はそう会話をしながら巨大な扉を開く……。
そして彼等の視線の先には――。
お読みいただきありがとうございます。
ルシエル君が気絶中のため、閑話を一つ入れました。
ちなみにネルダールのことを書かなかったのは仕様です。