362 予想外の戦闘開始
いくら一度踏破したことのある迷宮とはいっても、ノーマルモードからヘルモードになっている迷宮を攻略することは難しいかもしれない……心のどこかでそう思っていた。
だけど聖龍と風龍の力を纏うことで罠を警戒することや、どんな魔物と戦わないといけないのか、そんな心配しなくていいのなら、今なら何でも出来てしまうそんな気にもなっていた。
ちなみに迷宮踏破を急ぐ理由はルミナさんやエリザベスさんと合流することではないんだけど、それは今も絶叫している戦乙女聖騎士隊の皆に悪いので秘密にしておこうと思う。
それにしても今後どうなるか分からないので、出来るだけ魔力結晶球を温存しておきたかったけど、無駄に使わないで済むように祈るだけだった。
それからいくつか飛行中に宝箱を見つけることが出来たけど、回収は仕方なく断念することにした。
寄り道をしている余裕が戦乙女聖騎士隊の皆になさそうだったからだ。
ただ位置は覚えたので、この迷宮が踏破しても消滅しないのであればあとで回収したいなぁ~。
そんなことを思いながら、とうとう五十階層に到達することが出来た。
ただ予想外だったのが五十階層は分岐するルートがなく、ずっと長い一本道だったことだ。
「一応警戒だけはしておいてください」
そう告げるだけ告げて端から端まで飛行したところで竜の力を解放すると八割弱の魔力が一気に身体から排出されていく。
俺はまず皆の回復を優先してから魔力結晶球で魔力完全回復すると、魔力結晶球はその役目を終えて割れた。
それにしてもこの階層になってから魔物と出くわしても声を上げなくなったな。
さすがに慣れてきたのかな……。
「さて元の迷宮と同じならここが終着点です。皆さん覚悟は出来ていますね」
皆は言葉を発することなく、ただただ緊張した面持ちで静かに頷いた。
俺も頷き返して扉に手を触れるとゆっくりと扉が開いていき、その先には黒い魔力によって吊り上げられ苦しそうな声を上げるルミナさんとエリザベスさんの姿があった。
その瞬間、弓から放たれた矢のように戦乙女聖騎士隊が部屋の中に侵入して行くが、ある程度進んだところで何かに弾き飛ばされてしまう。
「大丈夫ですか?」
後ろから皆のことを追った俺が声をかけると、全員直ぐに立ち上がってみせた。どうやら問題はなさそうだ。
それにしてもここまで来て結界が張られているなんて思わなかった。
「まさかこの結界に触れて誰もアンデッド化や魔族化することがないとは……。やはり聖騎士という者達は厄介な存在だ」
するとルミナさん達の後方からそんな声が聞こえてきた。
そこには二人を連れ去ったと思われる魔族がいた。
ただ想像したのは人族とあまり変わらない姿だったんだけど、どうやらそうではなかったらしい。
その魔族は三メートルを超える巨体で、はち切れんばかり筋肉の鎧を纏い、四本の剛腕に竜と酷似する尻尾を生やし、身体中から瘴気が漏れ出す怪物だった。
結界の中にいるルミナさんとエリザベスさんは苦悶の表情を浮かべながらも、戦乙女聖騎士隊の姿を見てその瞳に闘志が宿ったように感じる。
ただ行動することを禁じられているのか、その場を動くことや声を出すことすら制限されているようで、聞こえてくるのは痛みを押し殺したうめき声だけだった。
「ここには邪神がいると思っていたんだけど、どうやらハズレだったみたいだな」
俺は浄化波を発動させ、まずは結界の強度を調べようとした……調べようとしたのだが、ガラスが割れる音がしたと思えば、結界が粉々に砕け散ってしまった。
本当は強度を調べてから注意をこちらに向け、話しをしている間に魔法陣詠唱で魔族を聖域結界に閉じ込めよう考えていたんだけど、いきなり作戦を練り直す必要が出来てしまった。
「この結界あり得ないぐらい脆過ぎるだろ」
そう思わずツッコんでしまった俺は悪くないだろう。
「何者なのだ、貴様は! こうも簡単に我が創った結界を壊すとは……!? さては我の宿敵である勇者なのだな!!」
「それは間違いなく人違いですね」
それにしても宿敵って……いや、考えないようにしておこう。
「……では一体何者なのだ!?」
俺は声を荒げる魔族を無視して、赤黒い魔力に捕らわれているルミナさんとエリザベスさんの状態を確認する。
四肢に赤黒い魔力が巻き付いていて、その赤黒い魔力は魔族の尻尾から放出されていることが分かった。
そしてその赤黒い魔力は邪神が纏っていたものと酷似していた。
「何故喋ることが出来る魔族や死霊の方々は俺のことをそんなに聞きたがるんですかね?」
俺はルミナさんとエリザベスさんの四肢に纏わりついていた赤黒い魔力に腕を振って浄化波を放って遮断すると、崩れ落ちるかのように二人が落下する。
その二人が床へと落下してしまう前に戦乙女聖騎士隊がしっかりと受け止めた。
横目にその光景を見ながら床に落下しなくてよかったと安堵しつつ、魔族に視線を移した。
「数年前まではただの治癒士でした」
魔族がこれ以上二人に干渉することが出来ないように聖域結界を発動して戦乙女聖騎士隊を保護する。
「ただそれがどういうわけか転生龍達を解放することになり、龍騎士も兼任することになってしまいました」
幻想杖から幻想剣に換装して魔力を注ぎながら聖域鎧を発動し、俺は魔族の正面に立って対峙した。
「すると今度は精霊と関わりを持つこととなり、世界を守護する者という大層な称号を得ることになってしまった……そんな運命に翻弄されているただの人族ですよ」
一気に幻想剣に注いだ魔力を解き放つように振うと、聖龍が出現して魔族に襲い掛かった。
「たかが龍の一匹で我が倒せると思うな」
しかし魔族は赤黒い魔力を放出することで聖龍を止めると、聖龍の真下に一瞬のうちに移動して殴り飛ばし、聖龍は魔力の残照となって消えてしまう。
魔族はそのことを考える間もなくこちらへと襲い掛かってくる。
ただその速度は師匠よりも遅く、ライオネルよりも迫力に欠け、邪神と戦った時のような絶望感は一切感じることがなかった。
「遅いッ!!」
魔力を込めた幻想剣を殴りかかってきた拳に冷静に合わせて、あっさりと斬り落とすことに成功してしまった。
もう少し反発があるか弾かれることも予想していただけに、俺としても正直内心ではかなり驚いていた。
「よくも、よくもぉぉお!」
魔族の身体から瘴気があふれ出すと、斬った部分に瘴気が集まっていき止血が瞬く間に終わっていた。
ただ腕は再生してはいないので、少しだけホッとする。
それにしてもまさか魔族が肉弾戦で挑んでくるとは思わなかったな。
あの鍛え上げられた肉体は伊達ではないということなんだろう。
ただそんなことよりも問題なのは聖龍を殴りつけたあの動きだ。
あれは間違いなく転移、それも魔法陣のないタイプだった。
なんらかの制限があって連続で使用することが出来なかったみたいだから詳しいことは分からないけど、転移することが出来るその事実こそがかなり厄介だった。
もし聖域結界内に転移することが出来るのだとしたら……それだけは阻止しなくてはならない。そんな思いから俺は口を開く。
「怒っているところ悪いのですが、邪神がどこにいるのか教えてくれませんか?」
「馬鹿に……しているのかあぁぁ!」
予想出来ていたことだけどやはり怒ってくれたか。これでこちらに注意を引き付けておけるか……。
それにしても健在の三本の剛腕と肘から先を失った剛腕から、赤黒い魔力を帯びた攻撃が雨のように降りそそぐ。
俺は時空間属性魔法のクイックを使用して反応を高め、その攻撃が出来るだけ早くや止むことを祈りながら躱していく。
それと同時に幻想剣に再び魔力を注ぎ、隙が出来るのをじっと待ったその時だった――。
「なっ!? 消え……」
目の前にいたはずの魔族の姿が突如掻き消え、視界の端に尻尾が魔法陣を描いているのを捉えた直後、赤黒い光が俺の視界を染めた。
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