360 苦戦の理由
魔物の群れに囲まれていた戦乙女聖騎士隊の姿を捉えた俺は追加の浄化波を発動しようとした。
しかしどうやらその必要はなかったらしい。
先程合流する前に放った浄化波だけで援護は十分だったらしく、魔物の群れに囲まれている様子だった戦乙女聖騎士隊の皆は苦戦していたのが嘘だったかのように押し返し始め、そこへルーシィーさん達が飛び出して戦闘に加わると、そこからはもう一方的な展開となった。
ただ苦戦していたのは間違いがなかったようで、明らかに疲弊していた。
俺は直ぐに皆へ声をかけてリカバー、ディスペル、エリアハイヒールを発動していった。
それから魔物が近づかないように浄化波を発動した頃には皆もだいぶ落ち着いたようだったので、ルーシィーさん達と別れたあとの行動を把握することにした。
「とりあえず皆さんが無事で良かったです」
「無事だとはとても言えんやろ」
「まさかあんな汚い戦略で追い込んでくるなんて思わんかったわ」
俺が無事という言葉を無神経に使ってしまったことに反応してマルルカさんとガネットさんは俯いて悔しさを露わにした。
申し訳ないことをしたと思う。
「さっきはルシエル君のおかげで本当に助かったわ」
「まさかこんなに早く追いついてくるなんて思わなかった」
すると少し悲しげに笑みを作ったベアリーチェさんが戦闘に介入したことへの感謝してくれて、キャッシーさんが俺の探索スピードを素直に驚いたことを口にした。
「俺も皆さんがこれだけ先に進んでいるとは思いませんでした。ただそれよりも皆さんがこの階層の魔物に苦戦していたことが信じられなかったですよ」
「魔族……魔族の集団が現れたからだよ」
「強くはなかったけど、狡猾だったのです」
マイラさんは眉間に皺を寄せ、リプネアさんは身体を震わせていた。
まさか魔族が出現してくるなんてな……。
ただ普通の魔族ぐらいならいまの戦乙女聖騎士隊なら余裕だったはずなんだけど……。
「もしかするとまた非人道的な罠が使われたんですか?」
「……使われたのは魔族の死体。魔族はそこまで強くなかった。でも倒したらいきなり瘴気が噴出して徐々に身体が動かなくなっていった」
「おまけに魔物はどんどん出現するし、強くなっていくし最悪だったわ」
キャッシーさんとマイラさんの情報から、治癒士潰しの罠と同じような仕掛けを施されていたことが分かる。
「確認なんですが、その魔族達は人の言葉を喋りましたか?」
「一人だけ喋りました。だからこそルミナ隊長はエリザベスさんは……」
最後まで説明することが出来ないリプネアさんに代わってベアリーチェさんがその後のことを説明してくれる。
「その魔族が現れたのは私達の身体が重くなってからだったの。いきなり空間が割れたと思ったらエリザちゃんが人質にされたの。それで助けたいならと隊長に自決を迫ったの」
「何でルミナさんに自決を?」
「隊長だけ呪いが効かなかったみたいなの。それで計画に支障が出るって……」
「それでどうなったんですか?」
「そこへルシエル君のピュリフィケイションウェーブが飛んできたの。その魔族は身体を青白く燃やして焦ったように魔法陣を展開させて消えてしまったの」
もしかしなくても俺が浄化波を放たなければ、二人が魔法陣に巻き込まれるなんてことは起こらなかった……のか?
「ピュリフィケイションウェーブが飛んで来んかったら隊長は自分の首を刺してたわ。それにエリザベスかて、舌を噛み切ろうと覚悟をしとったし」
「ピュリフィケイションウェーブのおかげでエリザベスは魔族から逃れられたんや。ただ魔族の展開した魔法陣の中だったから、エリザベスを守るために隊長は魔法陣の中へ飛んだんや」
皆は俺の行動を非難することなく、ただ擁護してくれた。でもきっとそれはルミナさんの足手まといとなった自分達を一番責めているからに他ならないだろう。
俺は魔法袋から魔力結晶球を取り出して魔力を全回復すると、戦乙女聖騎士隊の皆に向けて非情な選択を強いることにした。
「いまから自重を捨てて本気で迷宮を攻略します。もし足手まといになると思うのなら他の聖騎士達と一緒に厩舎の中で俺が迷宮踏破するまで待っていてくれませんか?」
威圧を混ぜたその発言に彼女達は俺の本気度が伝わったのか、下手なプライドで反論するようなことはなかった。
そして彼女達は自問自答したあと、仲間の顔を見て頷いた。
「全力で追うで」
「うちらは……戦乙女聖騎士隊は十一人や」
「足手まといだと思ったら置いて行っていいです」
「たとえ身代わりにしかなれなくても」
「私達はもう家族だから」
「エリザベスがいないと私が困るからな」
「これで待っているようならルミナ隊長から叱られてしまいます」
「ルシエルが本気になれば私達はただ追いかければいいだけ」
「だからお願いルシエル、私達も一緒に行かせて」
九人とも何を言っても心が揺らぐことなく、きっとついて来られるだろうな。だけど――。
「四十階層の主と戦うことはいいですが、そのあとに出てくる魔法陣で戻されることがあります。その時は中に入ってもらいますよ」
「あの魔法陣に魔石を投げれば行き先が分かるわ」
「……そうなんですか?」
「もしかして全ての魔法陣に突っ込んだの?」
むしろそれ以外の方法に気づけませんでした……。
「さすが非常識賢者、やることが普通と違う」
「まぁ普通なら状態回復しなければ魔封と虚脱状態になるし、魔物が寄ってくるようになるからここまで来られないわね」
「どうやら私達と一緒の方が進むのも早くなるかもしれないわね」
「……どうやらそのようです……」
まぁその方法でも追いつけたんだから、別にいいじゃない……。
「いまから自重を捨てて本気で迷宮を攻略します……キリッ」
「うちらも本気やで……キリッ」
「いつまでもふざけてないで、本気で探索してください……キリッ」
あ~すごく恥ずかしい。
まぁこれで彼女達が少しでもリラックス出来たのならいいんだけど……。
「そろそろ行きますよ。皆さんは俺の肩やローブを掴むか、出来るだけ側に近寄ってください」
「ルシエル君にハーレム願望が芽生えたのかしら」
「まだ明るい時間から破廉恥な」
「そういうのはいいですから。ここからは罠や魔物を無視して先へ進む方法に切り替えます」
それから戦乙女聖騎士隊の皆が俺と密着したのを確認した俺は聖龍と風龍の力を借りてその場に浮き上がり、次の階層を目指して飛び出すのだった。
お読みいただきありがとうございます。
予約投稿していたと思ったら、どうやら設定を間違えていました。