衛兵による事情聴取はバレアレ家の二人の説明により何とか納得してもらい、鹵獲したアイテムを失うことなくナーベは帰路についていた。
ちなみにバレアレ薬品店を襲った族はズーラーノーンという名の組織の幹部だったらしく、何のためにンフィーリアを誘拐したのかは謎のままだがそのまま逮捕された。
今、ナーベが向かっているのはこの町で一番安いと紹介された宿屋だ。
睡眠飲食不要の異形であるドッペルゲンガーに宿など必要ないのだがアンダーカバーとしての立場上は泊まらざるを得ない。しかし、そんなものに大金をかけるつもりもなかったため必然的にここになった。
目的の場所へ着くとナーベは宿屋の扉を開く。安普請ながら荒くれ物が集うだけあって頑丈そうな扉だ。
酒場も兼ねているようでテーブルには酒盛りをしている屈強な男たちが騒いでいた。しかし、彼らはナーベが入ってきた瞬間静まり返る。
「お、おい。本当にこの宿に来たぞ。どうすんだよ」
「例のアレ……やるのか?」
こそこそと話している彼らの多くは冒険者組合での騒動の目撃者であり、例のアレとは初米冒険者の実力を試すと同時に度胸を付けてやる試練のことだ。
ようは因縁をつけ喧嘩を吹っ掛ける悪戯なのだが、メイド服の美女にやるのは気が引ける。
「いいからやれ。これは昔からの決まりだからな」
「ま、マジかよ……」
そんな周囲の動揺などなんのその。ナーベはつかつかとカウンターへと近づくと店主兼宿主のもとまで近づく。
「一晩宿を借りたいのですが」
店主はナーベをじっと見つめる。どう見てもどこぞの姫かお嬢様という顔立ちだ。そしてその恰好はメイド服。頭の軍帽は何の冗談かと言いたくなるがどう考えてもトラブルになる未来しか予想できない。
「帰りな。ここはお嬢様が来るようなところじゃねえ」
「部屋が空いてないのですか?」
返ってきたのは満室だから断るのかという質問。ここで嘘をつくのは簡単だが、それで明日も来られたらたまったものではない。店主はため息をつくと胸襟を開いて説明してやる。
「はぁ……見ての通りここは荒くれ者ばかりだ。あんたみたいなか弱いお嬢さんはここじゃどんな目に合わされるか分かったもんじゃねえ。悪いことは言わねえからもうちょっといい宿に泊まりなよ」
「いえ、大丈夫です。こう見えて冒険者ですから」
「ふふん」と鼻をならして、まるで自慢するように銅の冒険者プレートを胸の間から取り出す。思わず胸をじっと見つめてしまった店主は咳ばらいをしてそれをごまかした。
「そ、それがどうしたんだ。嬉しそうにしやがって……」
「そうですか?私はこれを見たとき心躍りましたよ!これ……ドッグダグですよね!そう!危険な冒険の末、帰らぬ人となった代わりに持ち帰られるもの!」
ナーベは宿の階段へと歩き出すとその踊り場でまるで歌劇の役者のように語りだした。
「ある者は莫大な富と栄光を手にし!あるものは二度と帰らない!」
階段の手すりから身を乗り出すようにしてその場にいる誰もに語り掛けるように手を広げる。その様は一流の
「友が!恋人が!冒険に旅立ちその行方が分からなくなる!しかし、それは終わりではない!そのためにこのドッグタグがあるのです!」
そしてオーバーに体を翻しながら再びカウンターに戻ってきた。
「帰らぬ人は生きた証は持ち帰ったものに託すのです!いわばこれは我々の分身!戦場における我々の魂なのです!どうです?かっこいいと思いませんか?」
「お、おう……」
要するに冒険者プレートがもらえて嬉しくてそれを自慢したかったらしい。その微笑ましい様子に宿屋の一同が破顔する。
しかもその語ったところは冒険者としての矜持と言えるもので同じ冒険者として好感を抱く。それだけ理解してるならわざわざ嫌がらせの試練なんてやらなくていいのではないかとさえ多くの者が思ったほどだ。
「それは分かったが……本当に泊まるんだな?もし泊まるなら個室をお勧めするが……」
「一番安い部屋をお願いします」
「はぁ?一番安い部屋っていうと大部屋で他のやつらと一緒になるんだぞ?」
「構いません。おいくらですか?」
主人はナーベの目を見て本気だと取ったのか、ため息を吐くと机の下から鍵を取り出しカウンターへ置く。
「一晩5銅貨、もちろん先払いだ。部屋は2階の角だ」
「はい、それではお願いします」
ナーベはカウンターに銅貨を置くと鍵を受け取り颯爽と部屋へと向かおうとするが……。
そこへ足が突き出された。周りには面白そうにそれを見つめているものもいるが、それよりも心配そうに見つめているもののほうが多いように感じる。
しかしナーベは特に気にする素振りも見せずその足を払って前へと進むと足を絡ませた男が立ち上がる。
「おうおう!姉ちゃんいてえじゃねえか!あぁん?どこに目をつけてんだ!」
「何か?」
「なにかじゃねえよ!こりゃああんたに介抱してもらわなきゃいけねえなぁ!へへへっ、一晩たっぷりとなぁ!」
ドスを効かせた声でナーベを睨みつける男。
ナーベは顎に手を当て少し考え込むと合点がいったと言う感じにポンと手を打つ。
「ああ……あなたは発情してるのですか?」
「はぁ!?」
「いえ……あなたの話では一晩私の
「いや、あの……それは……」
ナーベの直接的な物言いに男は口ごもる。そして周りからは非難の目線、特に女性冒険者からは軽蔑の目線が男へと注がれる。
「その上で私を
「うわ、あいつ最低だな」
「死ねばいいのに……」
「おい、その子がかわいそうだろう!」
「あんな綺麗な子になんてことしてんのあの男……きも……」
「ひっこめゲス野郎!!」
新米冒険者への洗礼は暗黙の了解であったはずなのに周りの冒険者たちからは批難轟轟だ。男の仲間たちも視線をそらして助けてくれない。
「お、おい……おまえら待ってくれよ……おれは……」
「では私は脱げばいいのですね?」
そう言って服を脱ごうとするナーベに向かって男は慌てて土下座を敢行する。
「違う!そんなつもりはない!待ってくれ!許して!許してください!」
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「なるほど……新米冒険者の度胸試しですか、そのようなものがあるのですね。教えてくださってありがとうございます」
泣きながら土下座した男がした説明にナーベは納得したようで逆に教えてくれたことに感謝している。
「私はナーベと言います。御覧の通り今日冒険者になったばかりの新人です。今後先輩たちを見本にかんばりたいと思いますのでいろいろ教えてくださるとうれしいです」
そう言ってニコリと笑ったナーベに宿にいた全員が魅了されてしまう。
「お、おう!がんばれよ!」
「そこの男は俺がぶんなぐっておくから安心しろ!」
「ナーベちゃんいい子すぎるだろ!守ってあげたい!」
ナーベの狙い通り冒険者たちへの受けは良かったようだ。これで今後余計なトラブルは少なくなるだろう。
「それでは皆さん失礼いたします」
そう言って軍帽を取り、まるでカーテンコール時の俳優のように華麗に一礼をするとナーベは部屋へと消えていった。
しかし、そのあと冒険者たちに困った問題が発生する。
「あのさ……俺らあの部屋の中で寝るわけ?あんな綺麗な世間知らずの娘さんと一緒に?」
「いやいやいや、無理だろ!絶対誰かやらかすぞ!」
「もしなんかやらかす野郎がいたら俺がぶっ殺すからな!」
「俺!部屋の前で見張りするよ!」
「俺もだぜ!誰もあの部屋にいれるもんか!ナーベちゃんは俺が守る!」
そして。その日冒険者たちは大部屋の前に集まり、誰一人部屋へと立ち入ることはなかった。気分はまるで姫を守り抜くために集ったナイトである。
しかし、宿の店主としては予想通りトラブルになったことに頭が痛くなる。
その後頭を悩ませた末、店主は翌日以降仕方なく大部屋と同額で個室をナーベへと提供する羽目になるのだった。