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悪役令嬢は引き籠りたい~転生したら修羅場が多い~ 作者:藤森フクロウ
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失墜王子③

 お父様がとても張り切っております。絶好調…

 ちなみにお父様は対外的な笑顔を浮かべていますが、かなり怒っています。

 王族のルーカス、レオルド以外は処刑する気が満々です。

 ちなみにとっつかまった中にいる愉快な仲間のニューフェイスのジョシュア君は一応ルーカス付きの騎士兼護衛です。レナリアに気があるのがバレているので、裏方に追い払われています。不憫。フィンドールは教師ですので普通にお仕事中でした。レナリアとは親密そうですが、教師の越権や不祥事はしていません。今のところ。

 そのうち彼らのお話にもスポット当てたい。多分ずっと後になります。

 



 嘘だ、嘘だ!

 ルーカスの淡い緑の瞳に、信じがたい人物が映る。

 彼がここにいるはずもない――しかし、そんなルーカスの怯えを嘲笑うように魔王はいた。いつものように悠然と、感情の読めない笑みを浮かべたまま。



「嘘ではないよ――私の娘が随分世話になったようだけれど、ルーカス殿下はこちらにいるね?」




 麗しいバリトンがその場に落ちる。

 だが、それは声を発した彼以外の心臓を恐怖で締め付けるに十分な存在感だった。

 騎士たちが開け放ったままの扉の前に、背の高い人物がいた。

 明るいアッシュグレイの髪に、アクアブルーの瞳。いつもの感情の読めない笑み。落ち着きのある濃紺のマントと銀糸で緻密な蔦柄の刺繍を施された白い上着には勲章があまたと付いている。足の長さが際立つ同色のズボン。光沢のあるグレイのベスト。洗練された所作と装い。整い過ぎて年齢を感じさせない美貌の公爵がそこにいた。

 たまに王城で見る、登城するときの姿そのままだ。


「どきなさい」


 その一言で護衛であるはずの近衛騎士たちが次々と腰を抜かし、膝を震わせ崩れ落ちる。

 ウォルリーグはただ一人、自分の意思で膝をついて首を垂れた。まともに対応できない主人のために、敢えて一歩出たのだ。ルーカスはただ、恐慌状態ではくはくと呼吸をするだけの生き物となっていた。


「恐れ多くも、多大な失礼を存じております。ラティッチェ公爵、どうかご慈悲を。願わくばお許しと御寛大な処置を! 殿下はまだお若いのです! 我々からも言い聞かせておきます故、どうか! 

 国王陛下にも必ずやこのことは伝えます! どうか沙汰を待っていただけませんか!?」


「陛下には許可を得たよ。条件は付けられたけど、好きにしろと」


 その言葉にルーカスは愕然とした。

 父王ラウゼスには、王としても父親としても期待されていた身であった自覚がある。その国王が、ルーカスを処罰する権利をラティッチェ公爵に許したというのに信じがたい衝撃を受けた。確かに、今まで色々と苦言を呈された記憶はあるが、まさかという思いが上回った。

 ラティッチェ公爵の『敵』と判断した者に対する容赦のなさは、国王も良く知っているはずだ。

 ふっと公爵が軽く手を振ると、あっさりカレラス卿は壁にめり込むほど叩きつけられた。そして、そのまま意識を失ったように動かない。

 唯一ルーカスのために奮い立った騎士は、あっさりと倒された。


「前々からやらかしていたからね。もし度が過ぎたことをすれば、当然殿下であろうとも行動に伴う責任を取るべきだ。

 敬われる者の特権を、すべてが許される傲慢とはき違えてしまったのなら、それを正すのが本物の家臣だ。

 だが、殿下は度々陛下や妃殿下や貴族たちに窘められていたのに、すっかり暴君が板についてしまった。

 ……ルーカス・オル・サンディス王子殿下。我が公爵家には気を付けろと、言われていなかったのですか?」


 いわれていた。

 ずっとずっと、幼い頃から。五月蝿く耳に胼胝ができるほど、付き人や教師どころか父王からすら言われていた。むしろ、父の国王ラウゼスほどはっきりと言い含めてきた。

 あの公爵だけは怒らせるな。あれは悪魔などという生易しい存在ではない。魔王そのもので、サンディス王国きっての怪物だと。

 怒らせなければ、何よりもとても心強い――そう、父だけは茶目っ気を帯びた表情で言っていた。だが、今のルーカスには公爵が破滅への使者にしか見えなかった。


「私はね、基本ほとんどのことに興味がないのですよ。

 ですが、我が娘のアルベルティーナのことに関してはその範疇ではないのです。

 殿下――アルベルティーナが何をしたというのですか? ただ、可愛い義弟と幼馴染たちに会いに来た我が娘になんの咎があるというのですか?

 我が親子が学園に赴くことは、秘密裏にではありますが許可を得たものです。

 これでも名の知れた家ですから、それに伴うものもあります。学校側を荒らさないために前々から準備をしていたつもりでしたが、何の落ち度があったのでしょうか?」


「そ、それは…あの女、いえ彼女がレナリアに…」


 青く冴えた永久凍土のような目が、ルーカスを射抜く。それだけで、血がさらに凍るような気がした。恐怖に舌が絡まり、喉に言葉が張り付いて形にならない。

 一段と、威圧感が増した。これでもかというほど冷たかった視線が、さらに冷えていく。

 彼の愛娘である令嬢がレナリア何をした? 睨まれた?

 それはそうだ。男爵令嬢風情が、馴れ馴れしいほど公爵子息や伯爵に気安く付き纏えば罰せられてしかるべきだろう。立場あるものが諫めるのはおかしくない。

ましてや相手は天下の公爵令嬢。両親はともに四大公爵家で、現当主である実父はサンディス王国でも随一の勢力を持つラティッチェ公爵だ。

 次期当主の義弟の周囲をうろつく不相応な存在を見つけたのなら、厳しく咎められてもおかしくない――あの見るからに清楚で大人しい印象。人間嫌いとすら噂のある――が、あの様子は恐怖症に近い気がする。社交界すら顔を出したことの無い令嬢が、初対面の相手にそこまでするだろうか?

 そもそも、大貴族の公爵令嬢が、猫の額ほどの領地すら持たない男爵令嬢を粗末に扱っても、咎められないだろう。嫌がる義弟に言い寄っていたらなおさらだ。良くて身分が上の人物から口頭注意をそれとなく促されるだけだ。度を逸した残虐な行為をしたならともかく、一度きりの邂逅で起きることはない。ましてや令嬢同士なのだから、多少の言葉の応酬はともかく暴力沙汰はそうそうないだろう。

 今回のルーカスの起こしたことこそ異常事態だ。

 ルーカスは一切の情が冷めたようなアクアブルーから逃れるように俯く。見慣れたサロンルームの絨毯が、見慣れないものに感じる。


「レナリア…ね、レナリア・ダチェス男爵令嬢。

 会ったことも見たこともない私の娘を随分面白おかしく侮辱していたようですが。

 まるで稀代の悪女のように触れ回っていたようですが、まさか殿下はそんな妄言を信じたのですか?

 どんなものでしたかな? 義弟のキシュタリアを長年虐め続けているから始まり、様々な人間を陥れ、ある時は男を手玉に取り様々な関係を持つ魔性の女でしたっけ? 手下を使って人殺しをしているというのもありましたね。あと、身分の低い貴族は虐め倒し、平民を人と思わないような悪逆非道の選民主義でしたっけ?」


 公爵の言葉に背筋に冷たい汗が伝う。どれもこれも、レナリアから聞いたことのあるアルベルティーナ像だ。知っていた? 否、これは調べていた?

 レナリアは男爵令嬢であるがあまり社交が得意ではない。男性友達は多いが、噂話を共有するような対等な同性の友達はいない。レナリアを通して王族に関わりたいおべっか使いは、ルーカスと共に居るようになってから増えたようではあるが。


「可笑しいものですね。平民どころか、我が国ではあまり好まれない異民族の使用人もいますが、それは娘のお気に入りです。弟のように随分と可愛がっているのに。

 私とは違い、アルベルティーナはとても心根の優しい子ですよ。

 義弟のキシュタリアとも仲が良いですし、妻のラティーヌなどは、とても娘と仲が良くてね。娘を溺愛し、義母とは思えぬほど交流が深いといっていい。予定が合えば、毎日のようにお茶をしていますよ。

 少々怖がりで人見知りではありますが、好んで人を傷つける子ではないのです。

 何せ、本人が大の暴力嫌いで恐怖すら感じている。そんなことできないといっていいくらいだ。

 そもそも、ラティッチェ邸でも厳重に守られているアルベルティーナのことを誰が知ったのでしょうか?

 我が家の使用人は口が堅いし、出入りの商人や使用人も厳選している。

あの子は私より使用人たちに大切にされ、愛されているといっていい子です。

 ラティーヌもキシュタリアも、溺愛しているアルベルティーナを貶すはずもない。

 それ以外だとドミトリアス伯爵家くらいですが、彼らはアルベルティーナに恩があるので死んでも裏切らないでしょうね。

 私なりに調べたのですが、全く持って接点がないのですよ。そのレナリアとやらと我が家は。いったいどこから得た情報なのでしょうか」


 流暢なほどすらすらと語るラティッチェ公爵は、疑問を投げかけているようでルーカスを追い詰めている。

 ラティッチェ公爵が調べたということは、国家を上げて情報を洗い出したといっていい程のレベルだ。それでも出てこないということは、本当に何もないのだろう。

 そもそも天下のラティッチェ公爵家と、庶民に毛の生えたレベルのダチェス男爵家は同じ貴族といっても雲泥の差だ。

 事実無根の妄言で、娘の名誉を酷く傷つけられたといっているのだ。そして、貴族社会においてそれは時に大きな争いとなるほどのものだ。名誉とは栄えある貴族にとって無視できないものだ。

 そして、ルーカスはそれに対して言い返す材料が全くなかった。

 ルーカスの知るアルベルティーナは幼い頃に誘拐されて消えない傷を負った悲劇の公爵令嬢ということだ。本来なら、王太子妃、ゆくゆくは王妃の座を嘱望されておかしくない名家の令嬢だったが、体の傷以外にも心の傷が酷く、最初で最後のお茶会以来、一切社交場に出てこない。デビュタントの年齢になっても、ついに出てこなかった公爵の至宝。

 王家から毎年お茶会や夜会の誘いがあっても来なかった。公爵のグレイル、公爵夫人のラティーヌ、公爵子息のキシュタリアは節度ある出席をしていた。だが、アルベルティーナは一度もなかった。

 誘拐以降、アルベルティーナの話は社交界のタブーといっていい程であり、様々な憶測と噂が飛び交っていた。何せ、王家主催の茶会デビューでの悲劇だ。緘口令が裏でしかれたと聞く。それもあり名前と年齢以外は未知の令嬢であった。

 第一王子であるルーカスですら、その顔を一度も見たことがなかった――お茶会デビューでお披露目前に誘拐の憂き目にあったのだから、当然だ。本来なら、婚約者候補筆頭だったはずの姫君はその日に何もかもが壊されたのだ。

 アルベルティーナの祖母は国王ラウゼスの姉だ。アルベルティーナは王族の青き血を引く貴族だ。

彼女の祖母システィーナは王家でも絶世の美姫と名高い。フォルトゥナ公爵家に降嫁し、クリスティーナというよく似た美貌の息女に恵まれたという。当然家柄、血統、容姿とあらゆる面で抜群の令嬢だったクリスティーナは引く手あまただった。それを数ある縁談を退け、もともといた婚約者すら決闘で薙ぎ倒し娶ったのがラティッチェ公爵だ。その話は、いまだに語り草である。当時は若き美貌の公爵子息と、絶世の美女である王家の血筋を色濃く残す令嬢の一世一代のラブロマンス。その激動の嫁取り騒動は、庶民でも有名らしく吟遊詩人が人気曲の一つであるらしい。

 ふと、漸く点と点がつながった。

 ああ、そうだ…あの女、いや彼女はシスティーナ叔母上に似ているのだ。

 怒りに我を忘れて見落としていた。髪色と眼鏡で気づかなかったが、面影ある顔立ちをしていた。王宮にある肖像画で、何度も見たことのある美貌の貴婦人。システィーナは見事な金髪に高貴なるサンディスグリーンの瞳だった。

 王位継承権争いできょうだい仲が複雑すぎる父王であったが自慢の姉らしく、機嫌が良いと母に内緒で話してくれたことがある。ルーカスにとってはだいぶ年の離れたいとこにあたるクリスティーナのことも。

 ルーカスは今更に自覚する。自分は何の罪もない令嬢を、それも王族に連なる尊い血筋を殺そうとしていた。

 そして、それは確実に魔王の逆鱗に触れたという事実に。


「ルーカス殿下、私は貴方の命を奪おうなどとは考えていませんよ」


 その言葉に、強張っていた肩の力が一瞬抜ける。

 だが、その静かな声はさらに続けた。


「でも、この事実は見過ごせないので貴方の良くない『ご友人』と『護衛』はすべて始末させていただきます。

 ――貴方も大切なものを喪う痛みを知れば、少しは軽挙が治るというものでしょう?」


 まさかと思い顔を上げると、公爵の背後で口をふさがれ地面に抑えつけられているレナリアが青ざめてこちらを見ていた。

 レナリアだけでない。近衛騎士のウォルリーグをはじめとする、今日連れていた騎士たち。グレアムにジョシュアとカインまでいた。あの時、居合わせなかったフィンドールは流石に除外されていた。教師のフィンドールはこの件に関しては一切無関係だ。騎士のジョシュアは、ルーカスの命を聞いて動いていた。あの場には居合わせなかったが、令嬢捕縛と断罪のために働いていた。彼らは猿轡をつけられたうえ魔力封じに罪人用の手かせを食められて縛り上げられ、無様に転がされている。さらに後ろには異腹弟のレオルドが真っ青な顔で項垂れていた。流石に王族は転がしていないが、手かせを嵌められそばに監視の騎士がいた。

 ルーカスが呆然と状況を把握しきれない中、にこりと美しすぎる公爵の顔に妖艶なほどの笑みが浮かぶ。


「そういえば、殿下は私の娘を晒しものにして断罪するつもりだったそうですね?

 それに倣い私もダンスホールに人を集めてみたのですよ。

 同じく罪状を読み上げながら、一人一人処分しようと思います。

 見知った顔の死に顔と死にざまをよく目に焼き付け、二度とこのようなことを起こさないように肝に銘じておいてください」


「ま、待ってくれ! やめてくれ! 今回は私の度が過ぎた行いだった!

 正式に王家から謝罪をしよう! どうか怒りをおさめて欲しい!」


 ラティッチェ公爵のいう罪人の中にはレナリアがいる。だが、今はこの恐ろしい魔王の気まぐれか慈悲に縋るしかない。そうしなければ彼女も『処分』の対象だ。

 矜持も外聞もかなぐり捨てて、公爵に言い募るが相変わらず読めない笑みを浮かべたまま、小さく首を傾げるだけだった。伸ばした手をパシリとあっさり弾かれた。


「侮辱は大概にしてください、殿下。御立場をご理解ないようですね」


 お前の謝罪など、王家の謝罪など意味がないと言外にいわれた。

 全てが遅い。今更だ。既に賽は投げられた。

 ラティッチェ公爵家に手を出すな。かつて窘めてきた父王の声が耳の奥で反響する。


「頼む…後生だ。どうか、どうかレナリアだけは…っ」


「そこまで言うなら、順番は貴方に選ばせてあげましょう」


 そういって静かに近づいてきた壮年の執事らしき男が紙を持ってきた。

 目の前に広げられたそれには、見知った名前が一枚一枚書いてある。

 順番は、ということはこの名前の主たちが処分対象なのは決定事項だということだ。原始的な恐怖というべき感情。心の底のなかでも最奥から、途方もない恐怖が沸き上がる。グレイルという男の得体のしれない怪物の本性をわずかに見た気がした。

 父王の警告は正しかった。そして、ルーカスは見誤った。その対価が目の前に並ぶ。


『私は基本、ほとんどのことに興味がないのですよ』


『我が娘のアルベルティーナのことに関してはその範疇ではないのです』


 ああ、彼にとって娘以外に価値あるものなど存在しないのだ。

 少なくともルーカスの身近にいる人間は、譜代の騎士だろうが、高官の子息だろうが、上級貴族の令息だろうが、気にも止めないほどに。







 読んでいただきありがとうございます。

 楽しい、面白いと思っていただけたら下よりブックマーク、レビュー、ご感想、評価をしていただけると嬉しいです(*´ω`*)


 ルーカス編、もうちょっと続きます。うーん、意外と伸びる。その次はレナリア編です。


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