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枯水 種の絶滅避けられず リニア着工

◆地球環境史ミュージアム・岸本教授インタビュー

南アルプスに生息する昆虫と水について語る岸本年郎ふじのくに地球環境史ミュージアム教授=静岡市駿河区で

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 リニア中央新幹線の南アルプストンネル(静岡市葵区)工事を巡り、南アルプスの昆虫分類学を研究している岸本年郎・ふじのくに地球環境史ミュージアム(静岡市駿河区)教授が本紙のインタビューに応じ、「一時的でも大井川の水に影響があれば、多くの昆虫や生物が絶滅する」と指摘した。絶滅が避けられないとすれば、異なる生物の保全や再生によって生態系の損失を代替する「生物多様性オフセット」の考え方を提案した。

 岸本教授は二〇一六年に飯田市美術博物館(長野)と共同で、南アでは初となる昆虫の調査を開始。県の有識者会議で生物多様性専門部会の委員を務める。

 南アには大陸続きだった氷河期からの生態系が残り、「ベニヒカゲ」などの希少な高山チョウやガ、体長数ミリほどの甲虫類「ハネカクシ」「ゴミムシ」など昆虫の固有種が地表や地下の浅層に生息している。

 共同調査では、南アの自然環境に順応するために後ろ羽が退化したハネカクシ三種や、ゴミムシ一種の新固有種が見つかるなど、未知の生物も少なくない。

 難航する県とJR東海の協議で、JRは山梨、長野県側に流出する湧水を静岡側に戻せない期間があることを明かしている。岸本教授は「沢の水や地下水が一時的でも枯れた場合、魚や水生生物はおろか、昆虫もある程度の湿気が維持されていないと生息できない」と指摘する。

 大井川上流に生息する固有のヤマトイワナは、釣り人らが持ち込んだ他地域のイワナを交雑し、すでに絶滅の危機にひんしており、「工事の影響が最後の一撃になる可能性も否定できない」としている。

 JRは着工による生態系への影響を「経過を見守って対応したい」と説明するにとどまるなど、影響の範囲ははっきりしない。

 岸本教授が提唱する生物多様性オフセットとは、例えば大井川上流部の魚類が絶滅した場合、代わりにシカの食害で傷付いた樹木の保全や土壌流出の防止策に資金援助し、生態系の損失を全体でゼロ、あるいはプラスにするという考え方。発祥の米国を中心に海外ではすでに定着している地域もあるが、「自然の定量化は難しい」として国内での実践例はほとんどない。

 岸本教授はリスクの回避、低減が前提とした上で「このままJR側に議論を押し切られては、何も守れませんでしたとなりかねない。守れるものを守るために両者の歩み寄りは必要。オフセットはその選択肢の一つ」と強調。JRには「南アを守るということを意識した投資をしてもらいたい」と求めた。

◆JRはリスク明確にすべき 一問一答

 -リニア工事の生物への影響をどうみるか。

 地表や地下浅層の昆虫は、湿気がある程度維持されていないと生息できない。大井川の水や地下水脈が一時的でも枯れた場合、水生生物はおろか、昆虫にも影響があるのは確実。南アは未解明な部分が多く、未知のまま絶滅する生物もいるはずだ。昆虫はまだましで、ダニや線虫なんかは多くの種類を失うだろう。考え出すと切りがない。

 -JR東海の姿勢はどう評価するか。

 どれだけの影響があるか分からないとか、影響は軽微だと言っている場面もあるが、リスクとしてどういった生物群が絶滅するかを明確に示すべきだ。失われるものをしっかり「失います」と言うことが大事だ。大井川においてヤマトイワナはフラグシップ(もっとも重要なもの)で、ここに暮らしてきた歴史を奪うという認識をJRには持ってもらわないといけない。

 -生物多様性オフセットを提案する理由は。

 生物学者としては正直、工事なんかしてほしくない。「失われてはいけない」と言い続けたいのが本音だが、このままではJR側に議論を押し切られて何も守れませんでしたとなるのが一番いけない。守れるものをしっかり守るために両者が歩み寄っていくことが必要だ。

 -JRには何を求めるか。

 シカの食害の影響で生じた土壌流出対策に資金や人手を出したり、残土置き場の緑化に多くの市民を参加させたりして、JRには自然を壊すだけでなく、社会貢献として南アを守るという意識を持って投資をしてもらいたい。トンネルの掘削土は学術的にも貴重で、その試料を生かす方法も考えてほしい。

(広田和也)

 

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