パンドラズ・アクターの冒険   作:kirishima13

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第2話 冒険者ナーベ登場

 エ・ランテル冒険者組合。その受付嬢を務めるイシュペンは困惑していた。

 なんとメイド服を着た美女が冒険者になりたいと言ってきたのだ。何を言っているのか分からないかもしれないがイシュペンにも何が起こっているの分からない。

 冒険者とはモンスターと戦うことを生業とする非常に危険な仕事だ。依頼を受けたまま帰らぬ人となってしまう場合もある。

 そのため力のない人物が冒険者になりたいと言われた場合それを止めるのも受付嬢の仕事なのだ。目の前の可憐なメイドはその力のない人物にしか見えない。

 

(……って言うか言い間違いよね。冒険者になりたいじゃなくて冒険者に依頼したいと言ったんじゃないかしら?)

 

 イシュペンは改めて目の前のメイドさんに確認してみる。

 

「あの……冒険者組合にご依頼でしょうか?」

「いいえ、私が冒険者になりに来ました」

 

 聞き間違いではなかったらしい。

 

「あの……冒険者とは非常に危険な仕事なんですよ。モンスターと戦ったりして怪我をすることもありますし、死んでしまうこともあるんです」

「問題ありません。私は強いですから」

 

 自信満々に答える軍帽をかぶったメイド。

 どうやらイシュペンの説得に応じる気はないらしい。しかし、これほどの顔の整った美女がただの町娘であるはずがないと思い立つ。

 どこかの貴族の令嬢か、そこに仕えている貴族の関係者と言われても信じてしまいそうだ。そしてもしそれが本当だった場合責任問題にもなりかねない。

 

「えと……その……あのですね……」

 

 失礼のないようにどう断ったものかとイシュペンが困っていると後ろから肩を叩かれた。イシュペンの同僚の女子だ。

 今忙しいから勘弁してほしいと思いつつ後ろを振り向くと彼女が組合長に手ぶりをして呼んでくれていた。イシュペンは神と同僚に感謝する。この窮地は組合長に丸投げしてしまおう。

 

「こんにちは、お嬢さん。冒険者になりたいのですか?私は冒険者組合長のアインザックと申します」

 

 話を引き継いだのはエ・ランテル冒険者組合長のアインザックだ。イシュペンは頼れる上司の後ろに隠れるとその場の成り行きを見守る。

 

「あなたが組合長閣下ですか!私はナーベと申します!よろしくお願いいたします!」

 

 ナーベと名乗った美少女は靴をカッとそろえると片手を仰向けに帽子に当て、見事な敬礼のポーズをとる。

 

「か……閣下?ごほんっ!まぁいい。あなたは自分がお強いと言われますがそれを証明することが出来るのですか?あなたのような美しいお嬢さんを危険な冒険に出すのを良しとする者はおりますまい」

「ほぅ?私の実力が知りたいのですか。そうですね……魔法でいえば第3位階、剣の実力もそれに匹敵するくらいはありますよ?」

 

 これはニグンから得た情報だ。ナーベからすれば第3位階など底辺の魔法ではあるがこの地ではそこまで使えれば一流と言われるらしい。

 ナーベは有無を言わせず《飛行》の魔法を使用する。この魔法は第3位階だ。

 ふわりと浮かび上がったパンドラズ・アクターが天井近くまで上昇する。それを固唾をのんで見守る冒険者組合の一同。そして誰もがそこへ注目した。

 

(……白)

 

 メイド服のスカートの中からのぞく足の付け根の先には美女の下着が見え隠れしていたのだ。

 そして何より全員が注目するのはその肢体である。すらりと長いとその透き通るような肌の脚線美は芸術そのものであり、イシュペンは女性でもありながらほぅと恍惚のため息を吐いてしまう。

 

「このように第3位階魔法も使用できます。問題ありません」

 

 床へと降りてきたナーベがアインザックを見つめる。

 

「……」

「組合長閣下?」

「はっ……そ、そうか……ならば問題ないな……うん」

 

 ナーベの肢体に見惚れて混乱していた組合長はついその場で認めてしまう。イシュペンも言われるがまま登録料を受け取り、冒険者登録を済ませてしまった。

 

「これが初心者冒険者の証、(カッパー)の冒険者プレートです」

「ほぅ……これが……かっこいいですね……《道具上位鑑定》!」

 

 プレートに何やら魔法をかけて嬉しそうにはしゃいでいる。可愛い。

 

「では早速依頼をいただきたいです。今ある依頼で一番難しいものをください!」

 

 自信満々に言ってくる黒髪の美女。しかし、イシュペンはそれを認めるわけにはいかない。冒険者の実力に応じて受けられる依頼の種類は変えているのだ。

 当然初心者冒険者に危険な依頼など渡すはずもない。

 しかし、イシュペンがそれを説明するもナーベは納得する様子はなかった。

 

「私にはそれを解決するだけに力があります!私は自分の実力に見合った仕事を求めています!」

「申し訳ありません……規則ですので……」

 

 可憐な彼女から真剣な瞳で見つめられて心苦しいが、受付嬢としてそれを受けるわけにはいかない。その時……。

 

「えーっとナーベちゃんだっけ?じゃあ俺らと一緒に仕事しない?」

 

 

 

 

 

 

 ナーベは受付嬢から最低ランクの仕事しかもらえないと聞き、これ以上揉めても致し方ないかとあきらめかけていた。しかし、そこへ後ろから金髪に茶色の瞳を持つチャラついた感じの若者が話しかけてきたのだ。チャラ男とでも呼ぶことにしようか。

 

「あの……あなたは?」

「あー、俺はルクルット!ナーベちゃん!よかったら俺らの仕事手伝わない?」

「はい?」

「いいからこっちこっち!」

 

 チャラ男改めルクルットに手を引かれていくとテーブルには仲間と思われる男たちが座っていた。皆困ったように頭を抱えている。

 

「ルクルット……お前なぁ……」

「いいじゃんか、ナーベちゃんも困ってたんだしさ、なっ?」

「はぁ……どうも突然すみません。私たちは冒険者チーム漆黒の剣、私がリーダのペテル・モークです」

 

 リーダーと名乗る男、ペテルが頭を下げる。その胸には銀の冒険者プレートが下げられている。銅、鉄と来て次が銀級であるためナーベより2つ上のクラスだ。

 ルクルットとは違い常識を持ち合わせているようで非常に丁寧な対応だ。しかし、ナーベが気になったのはそこではない。

 

「こっちは森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー」

「よろしくなのである」

 

 口周りにボサボサとしたヒゲを生やしたがっしりとした体格の男だ。

 

「それからこっちがニニャ・ザ・術師(スペルキャスター)

「ちょっと、その二つ名はやめてくださいよ……」

 

 ニニャと紹介されたのは美形で中性的な美しさ少年だ。声も高く女性と言われても通じるだろう。

 

「どうも、ナーベと申します。それで漆黒の剣……ですか?」

「ええ、我々のチームネームですが……それがどうかしましたか?」

「かっこいいチーム名ですね!」

 

 両手を目の前で握りしめて目を輝かせるナーベに一同は顔を見合わせる。そう、ナーベはそのチーム名聞いて即それを気に入っていた。

 

「ははっ、そう言っていただけると嬉しいです」

「ええっ!漆黒と言う闇を漂わす気配、そして剣と言う凶器、それはまさに狂気を表す闇のチームと言うわけですね!だったらもういっそダークネス・ブレイドとかに改名するのはいかがでしょうか!?」

 

 パンドラズ・アクターはずいっと前のめりに机に顔を突き出し提案する。

 

「いいねっ!さすがナーベちゃん!じゃあ俺たちはこれからダークネス……」

「おい、ちょっとルクルットは黙っててくれ。すみません、ありがたいご提案ですが……」

 

 さすがにチーム名を変えるという提案は受け入れられないらしい。ナーベとしてはかっこいいのでどちらも捨てがたくはあったのだが。

 

「いえ、こちらこそ突然失礼いたしました。あまりにも心惹かれるチーム名だったのでつい……」

「それでナーベさんでしたね。私たちにご協力いただけるますでしょうか」

「……その前に何をするのかお聞かせいただけますか」

「ああ、そうでしたね。内容も説明せずにうちの者が失礼しました。いえ、特定の依頼を受けるというわけではないのです。それは……」

 

 ペテルの提案してきたのは都市周辺の魔物の討伐だ。

 しかし、それは依頼と言うわけではなく討伐自体に対する報酬額が決められて、その報酬を目当てに魔物を狩ろうと言う誘いであった。

 ナーベとしても周辺の状況を確認したいと思っていたこともあり、良い提案だと判断し了承する。

 

「そうですか。それではよろしくお願いいたします」

「ほんとっ!?やったぜ!ナーベちゃんよろしく!」

 

 飛び上がって喜んでいるルクルットがナーベの手を握る。そしてそのしなやかで柔らかい手の感触に感激している。

 

「ああ……ナーベちゃんの手……柔らかい……」

「あの……あなたは私に気があるのでしょうか?」

 

 ルクルットのその態度にナーベは気になっていたことを尋ねる。直球で尋ねられたルクルットは困惑するも即座に返事を帰していた。

 

「え?あ、もちろん!ナーベちゃん!俺とお付き合いしてください!」

 

 ルクルットが手を差し出し頭を下げてくる。

 

「えー……とそれは私の体が目当てなのでしょうか?まぁ、別に構いませんが……」

 

 パンドラズ・アクターはルクルットの手を取り自分の胸を触らせる。

 

「えっ!?」

 

 そのあまりにも突然の行動と柔らかく甘美な感触にルクルットの顔は驚きとも喜びとも取れない表情に変わり目を白黒させる。

 ナーベとしては別に体に触らせるくらい何の痛痒もないしより良い関係を築けるなら別に気にするほどでもない。

 

 しかし、周囲はまったくそうは思わなかったようだ。まずペテルからルクルットへの鉄拳が飛びルクルットが吹き飛ぶとともにニニャがナーベへと注意する。

 

「ナーベさん!だ、駄目ですよ!女の子がそんなことしたら!いつもそんなことしてるんですか!」

「いえ、人の男性に触られるなど初めてですけど……いけなかったのでしょうか?彼がそう求めているようでしたので……」

「駄目です!ルクルットはクズですから絶対に言うこと聞いちゃいけませんよ!」

「ニニャの言うとおりである。ルクルットはこちらで懲らしめておくので安心しておくのである!」

「はぁ……どこの世間知らずのお嬢様ですか……ナーベさん。冒険者には男女の関係は基本御法度です。チームワークが命ですからね。これはそのルールをやぶったルクルットが悪いですが今後は気を付けてくださいね」

「お、おめーらひっでぇなぁ。殴ることないだろ!?俺はナーベちゃんへの愛を言葉にしてだな……」

「いいや、お前が悪い自重しろ」

「あの、あまり怒らないで上げてください。よく分からなかった私が悪いんですよね?これからも分からないことは教えていただけると助かります」

「ナ、ナーベちゃん!」

 

 ルクルットが涙を受けべて感謝している。

 漆黒の剣のメンバーはナーベをとても素直な性格で何でも信じてしまう世間知らずのお嬢様と認識していた。そのため保護欲を駆り立てられ、ルクルットから目を離すまいとお互いに目配せを行う。

 一方ナーベからすれば彼らはこれからいろいろと協力をもらうかもしれないチームだ。不和を招いても利益はないとナーベは場を取り持ったにすぎない。

 各々の思惑はあるものの5人はそれぞれの能力や狩りの予定などの打ち合わせ行う。

 その後、ナーベは文字が読めないので教えてほしいと申し出たり、ルクルットが二人きりで教えてあげると大喜びで名乗り出たり、周囲の反対により監視付きで認められるなど紆余曲折あったが、翌日組合に集合の上、出発するとしてナーベはその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒の姫君が去った冒険者組合にいた人々は一斉に騒ぎ出す。話の中心は当然、突然現れたメイドについてだ。

 

「なんだ今の!?すげえ綺麗だったな!どこの娘だ!?」

「第3位階魔法の使い手とか何者だよ!」

「あの漆黒の髪は南方の出身じゃないか?」

「っていうか漆黒の剣のやつらうまいことやりやがって!ちくしょう!」

「くっそ!俺たちも狙ってたのによ!おい!ルクルットてめぇ俺にも殴らせろ!」

「俺もだ!このやろう!」

「や、やめろ!男に用はねえ!!」

 

 周囲の男たちにルクルットがボコボコにされている中、その喧騒に加わらないグループも存在した。その中の一人が冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジだ。

 

「ちっ、面白くねぇな……」

 

 冒険者組合中を巻き込んだ大騒ぎの中、イグヴァルジの言葉は消えていくのだった。


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