353 二重結界
魔物や魔族と対峙することもなく、無事に外から教皇の間がある窓までやって来ることは出来た。
ただ窓を開いて中へ入ろうとしたら、ここにも教皇様の結界が張られていたために弾かれてしまった。
「痛ッ」
しかも先程の結界よりかなり強力らしく、触れた瞬間に掌が黒焦げになってしまった。
結界は予想はしていたけど、さすがにこの威力は……。
確かに教会のトップである教皇様を守るためだから仕方ない部分もあるけど、教皇様には事前にこの結界のことを話しておいて欲しかった。
そう思いながら先程と同じく聖域結界を発動して、魔力を中和して内部へと侵入を試みることにした。
しかし残念ながら結界同士がぶつかり合った瞬間に中和が出来ないことが判明し、別のルートを探すことになる……。
まさか中和している段階で結界の属性魔力が変わるとは思ってもみなかったからだ。
しかも変わる属性には法則性がなくランダムに変化するため、結界の魔力を中和することが出来なかったのだ。
仕方なく結界結界が張られていない一番近い通路まで戻り、今度は歩いて教皇の間を目指すことにした。
しかし気配や魔力を探れないことがここまで不便だとは思わなかった。
師匠やレインスター卿と訓練するまでは、そこまで気配や魔力を探ることなんてなかったのに慣れって怖いな……。
念の為、聖域鎧サンクチュアリアーマーを自分に発動して、魔族や魔物と遭遇してもいいように準備してから進んでいく。
すると建物内部の至るところに瘴気が残っていることが分かり、浄化波では瘴気を処理しきれなかったことを知り、まだまだイメージが甘いことを思い知る。
ただ優先すべきことは教皇だったので、余程ひどくなければ浄化をせずに教皇の間まで急いだ。
そして最後の階段を駆け上がり教皇の間の扉が見えたところで、複数の人影が扉の前にいるのが見えた。
敵か味方かは分からないけど、俺は迷わずに幻想剣を構えてこちらに気付いていない人影達に聖龍剣を放った。
すると人影達は為す術がなく、聖龍に飲み込まれた――。
けれど聖龍に飲み込まれた人影達は消滅することなく、聖龍の腹の中から聖龍剣を放ったこちらへ警戒するような視線を向けた。
「ルシエル君!?」
そして俺だと分かった瞬間に驚きの声を上げたのはガルバさんだった。
こちらもガルバさんと一緒にいるのが、カトリーヌさんとローザさんだと確認することが出来て、面倒事にならなそうなのでほっとしながら近づいて話し掛けることにした。
「ガルバさん、体調はいかがですか?」
「……うん。瘴気を浴びていたから少し身体が重かったけど、今はとても良くなっているよ」
「そうですか。それなら良かったです。ところで何故ガルバさん達が教皇の間にいないんですか?」
「ルシエル君、それよりこの龍は一体何?」
その時、会話に割って入ったのはカトリーヌさんだった。
説明した方が時間が取られないと思い、簡単に聖龍剣を説明することにした。
「僕がこの幻想剣で放った聖龍です。魔族や魔物を滅し、魔族化してしまった人を人へと戻し、それ以外の人達には癒しと穢れを浄化します」
「そう。話を遮ってごめんなさい」
「……いえ、こちらも結界のせいで敵か味方か分からなかったとはいえ、驚かせてしまい申し訳ありませんでした」
カトリーヌさんが普通に応対してくれたことに少し驚きながらも、横で微笑むガルバさんが支えになっているんだと納得した。
「それにしてもルシエル君は、一体どうやって結界の張られたこの教会本部に来ることが出来たんだい?」
「そうね。教皇様が入ることも出ることも出来ないと仰られていたのに……もしかして転移は出来るの?」
「いえ、教会本部に張られた結界と聖域結界サンクチュアリバリアを接触させて魔力で中和して何とか入ることは出来たんです。ただ教皇の間に入ることは出来ませんでしたが……」
「ルシエル様、それはたぶん結界が違うのです」
先程から顔色が優れない様子だったローザさんが結界が知っているみたいなので、詳しく聞いてみることにした。
「ローザさんは結界に詳しいんですか?」
「いえ、ですが昔側使えだった頃、教皇様から結界についてお聞きしたことがあります。もしもの時に発動させる結界が二種類あることを」
「二種類……ですか」
「はい。一つは教会本部を覆った結界は教皇様が張られた結界。そしてもう一つの結界がこの教皇の間に張られた結界だったと記憶しています」
「じゃあ教皇様は今、二つの結界を維持しているってことですか?」
「いえ、教皇様のお父様が作られた魔道具を発動させたものだと思われます」
……教皇様の信頼が一番厚いのって、実はローザさんな気がする。
それにしてもレインスター卿が作った魔道具か……。
相当厄介な気がするな。
「教皇様が張った結界が教会本部と外部の遮断が目的だとすると、レインスター卿の魔道具は一体どういう仕組みの物だか分かりますか?」
「そこまでは……。ただ魔道具を発動させてからは魔力を注ぎ続けなければならないと、そう聞いた覚えがあります」
なるほど。だからさっきから教皇の間を心配そうに見ていたんだな。
でもまぁレインスター卿が教皇の苦しむような魔道具を渡すなんてことはないだろう、
とりあえず扉を開いて中を確認するしかないな。
あ、その前に一応確認だけしておくか。
「そうですか。最後に何で教皇の間から皆さんが出ていたのかお聞きしても?」
「それが僕達もあまり分かっていないんだ。教皇様が突然頭を抱えたと思ったら、急に教会本部に結界を張ったんだよ。そして次の瞬間に教会本部の地下から瘴気が溢れ出したと報告があったんだ」
「その報告を聞いた教皇様が自ら指示を出して、騎士団を迷宮調査と待機組に分け、教会本部にいる治癒士にはアンデッド系の魔物が現れたら、浄化するようにとの指示も出されたのよ」
カトリーヌさんがとても嬉しそうにしているのはいいけど、出来れば迷宮に戦乙女聖騎士隊を向かわせるのは止めて欲しかった。
レベルはかなり上がってはいるけど、教会本部にいるから装備は教会から支給されているものだろうしな……。
せめて物体Xを飲んでくれていれば、ここまで心配する必要はなかったんだけど……。
「その後に少し一人になりたいと退室を命じられました」
それで三人が扉の前にいたのか。
たぶん侍女達も退室を命じられているだろから、教皇の間にいるのは教皇様だけよな? まさかネルダールから何かが転移してくるなんてことは……考えないようにしよう。
まぁ何にせよ、間違いなく教皇様が頭を抱えたというのは、精霊女王の念話によるものだろう。
それなら中に入った方が速いな。
「良く分かりました。少し教皇様を確認したいので、失礼します」
そう言いながら教皇の間の扉に手を掛けた。
するとここでも先程と同じように手から煙が出ていく。
俺は痛みを感じないようにヒールを継続しながら扉を開いて見せると、そこには魔法陣の倒れた姿の教皇様がいた。