351 瘴気を纏った騎士団
聖水と化した雨が止み、地下から瘴気がまた漏れ出さないかが少し心配だった。
もし地下にエビルフラワーが生息していたら、きっと元通りになってしまうと思えたからだ。
でもどうやらその心配は杞憂に終わりそうだ。 地面下から魔力や気配を一切感じないからだ。
もしこれでまた地下から瘴気が溢れてくることがあるとすれば、それは何かが起きた時だけだろう。
瘴気の漏れが無いことを確認して、師匠達の元へと転移すると、既に城の庭には聖域結界が魔道具により発動していた。
「ルシエル、いきなり雨を降らせるな。びしょ濡れになるところだったわ」
「まぁ住民達は皆、びしょ濡れになっていますけどね」
師匠とライオネルは背中にルシエル商会のロゴが入ったローブを纏っていた。
一応服のみを乾燥させた魔法を発動したから、風邪を引くことはないだろう。
「すみませんでした。あれしか思いつかなくて……それより何だか嬉しそうですね」
「ようやくこれを着る機会に恵まれたからな」
「その点については旋風に同意します」
確かにこの二人はずっと謀略の迷宮にいたから、雨に降られることもないし、体温を守るために温度調整が自動でなされる機能が備わっている装備を纏っているから、今までローブを着用することはなかったんだよな。
もちろん俺も同じローブは持っているけど、昔にトレットさんから作ってもらった無地のローブがあるので、そちらを身に纏っている。
それにしてもハットリがゴーレムにロゴを入れたりしなければ……どうしてもそう思ってしまう。
それを見た技術開発部から、どうしてもルシエル商会のロゴを作りたいと直談判されて、そのあまりの勢いに頷いてしまったのだ。
するとそこからは早かった。
装備を作っている技術開発部が無駄に優秀過ぎて、既に失われたはずの技術であった個人認証の魔回路を復元し、その魔回路を使ってロゴを編んでいるため、全ての装備を単一化させることが出来るようになってしまった。
まず手始めにルシエル商会で働く者達には、各部門ごとにロゴ入りの制服が支給された。
イエニスで働いている者達にとって、ルシエル商会で働けることが誇りだと思われているらしく、皆喜んで着てくれている。
……ただ俺だけが一人、その気恥ずかしさに着ることが出来ていない。
「ルシエルはまだローブをあれに変えないのか? あれを纏えばかなり目立つぞ」
師匠、だから嫌なんですよ。
「ルシエル様ならあれを纏っても誰も文句は言いますまい。もちろん教会本部もです」
ただ恥ずかしいだけだから、放っておいて欲しい。
何で俺だけ会社のロゴじゃないのか、絶対にいじめだと思う。
「まぁそれはおいおい……本題に入ります。実はさっき各地から連絡があって、転生龍達が封印されていた迷宮の上空に魔法陣が出現したらしいです。そして唯一教会本部のみが連絡が取れません」
「……それはここと同じように瘴気が漏れ出しているってことか?」
「恐らく。ただブランジュは精霊女王が危険だと判断して念話してきたぐらいですから、まだ何があるのか分かりません。そこで師匠とライオネルにはここに残って欲しいんです」
「教会本部の方が魔物が出ておもしろ……邪神の脅威がありそうだから、同行したいな。代わりの者を派遣するんじゃだめなのか?」
師匠の言葉を聞いてライオネルも頷く。
「正直、師匠とライオネル以外はここを任せられません。この国には光龍を召喚するだけの魔法陣が元々ありますし、邪神の拠点であることが間違いないからです」
「でもなルシエル、ここには邪神はおろか、魔人や魔物さえいないんだぞ?」
「そうです……いや、そうでもなさそうだぞ、旋風」
ライオネルが目を向けていた方向へ俺と師匠も視線を向けると、そこには瘴気を纏ったこの国の騎士団と思われる集団が城から出て来たところだった。
しかし気配はおろか、魔力も感じないのはおかしいし、今まで戦ってきた魔族達とも違う気がする。
「ほぅ。得体の知れない分、楽しめそうだな」
「ルシエル様、ここは我らに任せて行ってください。あの上空の魔法陣もまだ動いているみたいですし、他の地域も気掛かりです」
本当に現金なものだな……でも二人らしい。
「上空の魔法陣に関しては、一応対策をしておきますので、邪神と戦うまで無事でいてくださいね」
「分かっている。だからルシエルはルシエルにしか出来ないことをしていけ」
「はい。あの騎士団に
「こちらを片づけたら、直ぐに報告致します。それと邪神が出た場合も報告させていただきます」
さすがライオネルは分かってくれているな。
「じゃあ頼みます。
いつもアンデッドに向けて放つように、瘴気を纏った騎士団に向けて浄化波を放った。
しかしここで思わぬことが起こった。
一人の騎士が前に出ると、瘴気を纏った斬撃を放ち、浄化波を割ったのだ。
その騎士がいる中央の部隊だけは無傷で残り、その他の部隊も浄化波を受けたことで、ダメージは与えることが出来たみたいだけど、浄化仕切ることが出来なかった。
「なるほど。中々の精鋭みたいだな。楽しめそうだぞ戦鬼よ」
師匠が獰猛な笑みを浮かべてライオネルに話しかけた。
「あの騎士は譲ってもらおうか、旋風」
同じような顔でライオネルも笑みを浮かべた。
「いや、早い者勝ちだろ」
「ならば他の騎士達を多く倒した方が相手をするというのはどうだ?」
「面白い」
「いやいや、面白くありませんよ。何度か
「案ずるなルシエル。ここは任せてもう行け」
「ルシエル様、この程度の前哨戦で我らが倒れると思いますか?」
「……全く思わない。分かりました。ここはお任せします」
「ああ、じゃあまた後でな。邪神と遭遇したら、そちらからも連絡を入れろよ」
「直ぐに終わらせて報告をいれます」
「よろしくお願いします」
俺は二人を残して、上空の魔法陣まで転移すると、魔法陣を囲うように球体の聖域結界を反転させるように発動し、さらに聖域結界をその場に空間固定して時間停止を付与した。
これでもし召喚魔法陣が発動しても、雑魚なら結界に触れただけで燃え尽きるだろう。
上空から師匠とライオネルを見ると、どうやらあの騎士団とは聖域結界のアドバンテージを使って戦うことにしたらしい。
何だかそれが面白くて、この場を自信を持って任せることが出来ると思い、俺は各地の魔法陣にも同じ対策をしてから、教会本部へ向かうことにした。
イルマシア帝国とルーブルク王国の戦場跡地……元はネルダールがあった場所。
聖シュルール共和国とイルマシア帝国を繋ぐ、闇龍が封印されていた迷宮。
グランドル北部とルーブルク王国南部の国境近くにある謀略の迷宮。
ロックーフォード上空。
イエニスの南西にある迷心の迷宮に転移したけど、例外なく全ての場所から尋常ではない瘴気が漏れていた。
それは間違いなく邪神の仕業だと思えた。
あの人を魔族や死属性の魔物に変えた巨大な魔石……もしかするとあれは瘴気の結晶だったんじゃないだろうか? そう思えたからだ。
もし邪神がこの計画の為に見張っていたのなら、十分考えられることだった。
それから念のため世界樹の迷宮跡地にも転移で飛んでみたけど、瘴気強くなっている以外変わったことがなかった。
ただ世界樹が世界の中心であり、今までも瘴気を浄化してきていたことを知っていたので、念のため聖域結界を施した後、周辺を浄化しておいた。
そして魔法袋から魔力結晶球を取り出して、魔力を全回復した俺は意を決して聖都上空へと転移した。
すると聖都は教会本部のみが瘴気で染まっていたのだった。
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