九州最大の歓楽街・中州のクラブママが朝の5時まで開園している保育園を作った。20人の保護者のうち、ホステスが18人でほとんどがシングルマザー。「夜、親のいない子どもたち」のための型破りな保育園を追ったルポ『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』でも紹介されている“マミーハウス”の日々を辿る。

【写真】クラブママをしつつ、保育園を経営している草野さん

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華やかさの裏側の事情

 博多・中洲は、九州一の歓楽街だ。那珂川と博多川に挟まれた南北に細長い三角州に2千軒もの飲食店がひしめき、働く女性の数は1万人を超える。女性たちは美しく着飾り、ひとときの開放感を求めて集まる男たちを待ち受ける。

 だが、華やかさの裏側に事情を抱えている人は少なくない。例えば子どもをひとりで育てるシングルマザー。効率よく稼ぐために、あるいは、子どもを抱えて昼間の定職に就くことを諦めて、歓楽街での仕事を選んだ人たちである。

 赤ちゃんを抱いた若い母親がピンク色に縁取られた扉の内側へ入っていった。

 刺繍店やラーメン店、仏具店など、昭和の頃からの店が軒を並べるアーケードにある小さな保育園・マミーハウスだ。7月の夕暮れどき、福岡市博多区の川端商店街はほどほどに賑わっている。


     博多区・川端商店街 

 保育士と少し言葉を交わし、赤ちゃんを託すと、ネオンが瞬き始める中洲へと母は博多川を渡っていく。九州一の歓楽街が目を覚まそうとしている。二十歳を過ぎたくらいだろうか。これから美容室で金色に染め上げた髪を高く盛り、浴衣を着つけてもらう。勤めるキャバクラで、浴衣は夏の人気のコスチュームだ。

中洲で働く親の子ども専門の保育園

 マミーハウスは、中洲で働く親の子どもを専門に預かる。開園時間は午後2時から朝5時。20人の保護者のうち、クラブやキャバクラで働くホステスは18人、ほとんどがシングルマザーだ。

 親子は、5時台から6時過ぎにかけて、ベビーカーや自転車でポツリポツリとやってくる。

 園長の草野真由美さん(52)は、高級クラブ「エリカ」の経営者だ。2人の子どもの母としてクラブ経営者として、中洲で働く女性の実情を知り尽くしている。クラブ経営の傍ら、ホステスの子育てを支えるためにマミーハウスを開園したのは4年前だ。

「小さな子どものいるホステスは、400人はくだりません。夜、働いている親の子どもの保育状況を調べれば、夜の待機児童数はかなりの数に上るはずです」

自分の出産がきっかけだった

 草野さんは言う。

 きっかけは20年近く前にさかのぼる。自身が長女を出産し、預け先を探してベビーホテルを見学に訪れたときに見た光景が、草野さんの心を深く揺さぶった。

 そこでは、小さな子どもたちが何をするわけでもなく何人もその場に寄せ集められていた。ぼんやりと佇んでいる子、近くにいる子に手をあげて泣かせる子、大人に抱かれることなくただ泣きじゃくる子。

 心が満たされず寂しい思いをしている子どもたちの姿を見た草野さんは自身の子ども時代がフラッシュバックするように思い出された。

「女の子の姿を見て、自分の小さなころの記憶が蘇って胸が苦しくなりました。

 わたしも大人にかまってもらえなくてさびしかった。わたしみたいな思いを小さな子どもたちには味わってほしくないと思いました」

18歳で中洲デビュー、20代でクラブ経営に

 草野さんは長崎県諫早市の旅館業を営む家庭に生まれた。

 家業は忙しく働き通しの母は子どもに手をかける余裕がなく、草野さんは寂しさを紛らわすように周囲へのいたずらや意地悪を繰り返したという。

 中学に上がると両親は離婚。母は博多・中洲でホステスとして働き始めた。母と一緒に博多に移り住んだが、多感な思春期、母とぶつかり悪い仲間とつるんだ。高校に進学せず18歳になると中洲デビュー。自分の力で稼がなくては、という思いが20代でのクラブ経営に進ませた。

 初めての子どもを出産したとき、30代半ばにさしかかっていた。赤ちゃんを預けるために見学に出かけたベビーホテルで、ほったらかしのような状態で泣いている女の子を見て、衝撃を受けた。

 こうして保育園経営が草野さんの将来の目標になった。

 クラブ経営を任せられるスタッフが育ったのを機に2015年に認可外のベビーホテルを開園したものの、園児が集まらず運営は行き詰まった。

 そこへ翌年始まった企業主導型保育事業の制度を利用し、川端商店街で企業主導型保育施設として再出発。3年めを迎えた。

瀬戸物の器と木製のお椀を持ち上げる小さな手

 6時半、夕食が始まった。

 2歳未満の6人は室内の奥のテーブルを、少し大きな6人は手前のテーブルに座っている。布製のランチョンマットの上に、玄米ごはん、おつゆ、切り干し大根、お野菜のおひたしが並ぶ。小さな手で持ち上げる器は、瀬戸物の器と木製のお椀だ。

 地味なごはんなのに子どもたちは穏やかな表情で箸を進める。食後はめいめいで食器を下げ、小さな台拭きでテーブルを拭った。

 さっぱりと片づいたテーブルの上で広げたのは、糸通し、縫いさしなど、モンテッソーリ教育の「おしごと」のお道具だ。くりっとした目の男の子が黙々と糸通しをする隣で、髪をおさげにした女の子は縫いさしの手を動かしている。

 ほどなくお歌遊びが始まった。

 歌いなれた好きな歌なのだろう。からだを揺らし、子どもたちはゆったりとくつろいでいる。

 次は学習カードを使った知育だ。カードに集中して、ひらがなを読んでいる男の子は、まだ2歳。

 お布団に入る前には、絵本を広げた保育士を子どもたちがぐるりと囲んだ。

 9時、室内の灯りが消えた。もぞもぞと動く子どもを保育士がとんとんする。いつの間にかみんなぐっすりと寝入った。

13人の子どもたちに6人の保育士

 この日、保育士は全部で6人。認可保育園では、1歳から2歳の子どもの保育に際して保育士1人に対し、子どもの人数は6人が基準である。この日登園していた13人の子どもたちには十分すぎるほど手厚い。認可保育園でもここまでできるだろうか、と思うくらいに充実した保育だ。

 月額保育料は3万円ほど。周辺にある認可外のベビーホテルに比べてかなり割安だ。加えて保育士の資格を持った職員が、正規雇用とパート勤務を合わせると、8人。

 質の高い保育なのに安いのは、マミーハウスが企業主導型保育事業制度を利用した保育施設だからだ。国からの補助金によって、保育士を雇用するための人件費を確保している。

 企業主導型保育施設をつくる際、運営者は利用者の半数を企業の従業員にすることを条件づけられている。だが、これは複数の企業から集めるのでもかまわないとされている。草野さんは、この点に着目した。利用する保護者のうち、企業経営の飲食店の従業員が半数を超えていれば、制度利用が可能なのである。

「公的な補助を受けられているから、こうして保育士を雇用できますし、モンテッソーリ教育の研修に派遣することもできます。子どもに関わる職員の育成がいちばん大切ですから」

 翌日の夜8時、中洲大通りのクラブ「エリカ」では、若手経営者のような一団がくつろぎ、華やかに着飾ったホステスたちが会話を盛り上げていた。

「場所、すぐにわかりましたか?」

 草野さんがにこやかに出迎えてくれた。品よく着つけた着物姿が美しい。マミーハウスで子どもたちを見守っていたエプロン姿とはまるで別人である。

朝、なかなか起きられないおかあさんたち

 この日は「エリカ」で働いている20代のホステスに話を聞く約束をとりつけていたが、前日の深酒が過ぎて起きられないと、ドタキャンになった。彼女はシングルマザーで、3歳と1歳の女の子をマミーハウスに預けている。

「彼女が体調が悪いのは仕方がないとして、子どもたちはどうしてるかなって気になります。おかあさんが起きられないのに食事を食べさせられているかとか、子どもだけで過ごしてストレスが溜まらないかとか……」

 この若い母だけでなく、全体に登園時間が遅いのが気になるという。

「小さな子どもにとって、生活のリズムは大切です。でも、おかあさんたちが遅い時間まで働いていると、朝はなかなか起きられないんですね。せめて午後早い時間に連れてきてくれるようにと午後2時から開けて待っているんですが。食事だって保育園で食べさせることができますし。最近は、保育士と話しているんです。もう、園バスを仕立てて子どもたちをお迎えに回るのがいちばんいいねって」

まだまだ足りない「深夜まで働く親の子ども」の居場所

 深夜まで働く親の子どもを安全に引き受ける場所はまだまだ足りない。昼間の保育園でさえ保育士不足が問題となっているなか、中洲周辺に点在する認可外のベビーホテルで保育士を確保することはほとんど不可能に近い。24時間開園のあるベビーホテルでは、深夜帯の開園時間を繰り上げる方向で検討しているとう話も耳にする。

 保育士による安全で質の担保された深夜の保育を行うためには、公的な支援は欠かすことができない。

「おかあさんたちと面接すると、親として心もとないような思いで育てているんだなってわかります。私もそうでしたし、子どもに対してすまないことをしたという思いもあります。だから、若いママたちには、子どもが小さな時期を大切にしてほしいという気持ちです。預かる保育施設の責任は大きいんです」

 草野さんは企業主導型保育園制度を利用してもう1園開園を計画していたが、許可がおりなかった。

 そこへ、マミーハウスをロールモデルに企業主導型保育制度を活用してホステスの子育てを支える保育施設をつくろうという人物が現れた。

 後編では、マミーハウスに続こうと準備が進む、中洲の小さな保育園を紹介する。

撮影・三宅玲子

深夜に子どもを預けたい母子を救えるか――“中洲方式”夜間保育園の狙い へ続く

(三宅 玲子)