350 邪神の行方
どうやら下の魔法陣が集めた人々から魔力を吸い取り、その集めた魔力を上空の魔法陣へ供給しているみたいだ。
魔力を吸われている人々は魔力枯渇により、命の危機に晒されていることになる。
そこでまず地面にある魔法陣の破壊へ動くことに決めた。
「まずは下の魔法陣を破壊します。師匠とライオネルは邪神や魔族がいるか探ってもらえますか?」
「最初からずっと探っているが、あのゾクッとする感覚にかすりもしない。本当に邪神はこの場所にいるのか?」
「確かに。魔族のあのねっとりとした感じも全くしません。まるでこちらが誘き出されたような感じさえします」
二人の言葉を聞いて、嫌な言葉が頭に浮かぶ。
それでもまずは目の前の住民達を助けることにした。
「分かりました。引き続き探ってください」
邪神と魔族がいないのなら、あの魔法陣は設置型で間違いないだろう。
もしかするとネルダールにあった魔法陣と同じタイプなのかもしれない。
設置型の魔法陣は破壊される以外に組み込んだ命令を果たすまで止まることがない。
上空の魔法陣が完成するまで止まらない……そんな内容も十分考えられるのだ。
「ルシエル、たぶんあの魔法陣はどんな魔力も吸うぞ。だから魔法で破壊するのは難しいかもしれないぞ」
「はい。だからこれを使います」
俺は魔法袋から一本の短剣を取り出し、魔力を込めてから魔法陣が描かれているライン上へと投げつけた。
短剣は地面へ到達するまでに青白く輝いた文様の帯が二本浮かび上がり、八の字を描くようにして魔法陣に突き刺さった。
その次の瞬間、小さいながらも聖域結界が発動した。
すかさず聖域結界内に飛び込んだ俺は地面を魔法陣のラインと文様を幻想剣で一気に切り裂くと赤黒い魔法陣は輝きを失った。
ここに倒れている人達は本当にただの生贄だったんだろうな……。
でもどうして邪神は住民を魔族化させてから、魔力を吸収させなかったのだろう? それだけが引っ掛かっていた。
すると師匠とライオネルがゆっくりと落下してきた。
「おい、ルシエル。いきなり一人だけ転移するんじゃない。生きた心地がしなかったぞ」
「ははっ、すみません。でもあれぐらいの高さから落ちても師匠は怪我しないですよ?」
「そういう問題ではない……それでこの住民達はどうするんだ?」
たぶん魔力枯渇で起きた後も苦しむことになるかもしれないけど、命には別状ないんだよな……。
問題は洗脳されていることと、街中に溢れる瘴気だけど……。
「事前に話し合っていた通りなら、聖シュルール教会本部の訓練場へ転移させる予定でしたけど、さすがに数が多過ぎますからね……ちょうど住民が集まっていますし、ここに結界の魔道具を設置しましょう」
「それはいいが、それなら街中を浄化してもいいんじゃないか?」
「洗脳はどうしましょうか? この場に留まってもらった方が安心出来そうですけど……」
瘴気を取り除いても、ここにいる方が安全なのだ。
「労力が変わらないなら、解いていいだろう。どのみち魔力枯渇で当分の間は動けまい」
「そうですね。それでは結界の設置をお願いしてもいいですか?」
「ああ」
そう話がまとまったところで、ライオネルが声を上げた。
「まだ上空の魔法陣が軌道は止まっていません……いや、徐々に形成するスピードが上がっています」
この魔法陣が関係なかったってことなのか? いや、間違いなくこの魔法陣から上空の魔法陣へ魔力は供給されていた。
そして今あの魔法陣へ魔力を供給が可能なは存在は邪神以外には考えられない。
「一体何処から魔力を供給しているんだ! 全く見当たらないし、魔力の流れも分からない」
「ルシエル、悩むよりまずは行動だ。戦鬼は引き続き上空の魔法陣を監視してくれ」
「はい(分かった)」
そう返事をして飛行したまでは良かった――。
飛行して街中を見下ろすと、いかに瘴気が蔓延しているかが分かる。
しかも地面から瘴気が溢れているから、並大抵のことでは直ぐに元通りになってしまうだろう。
「上空にある魔法陣のこともあるし、ここは本気で街ごと浄化するつもりでやってみようか」
この首都全域を見渡せる上空へと転移した俺は、さらに上空へ向けて幾つもの細かい水球を飛ばしながら、同数の火球を当てて蒸発させていく。
すると上空に元々あった雲が徐々に大きくなり、ついてには雨粒が落ち始めた。
そして自分を中心にした球体の聖域結界を発動させたところで、地上と空に向けて浄化波を何度も発動していく。
やがて黒紫だった雲の色が青白い雲の色に変わっていく。
「これはこれで不気味だな」
そんなことを呟きながら、青白い雲に時空間属性魔法の空間拡張を使って雨が降る範囲を広げていく。
するといつの間にか地面から瘴気が溢れるということが無くなっていた。
それにしても寝ている人達が風邪を引かないように最後に浄化波を発動させる必要があるかな……。
そう思った時だった。
脳内に声が響く。
『ルシエル様、聞こえますか?』
声の主はクレシアだった。
「どうした、魔物が侵攻してきたのか?」
『いえ、ですがイエニスから南南西の方角に赤黒くて禍々しい巨大な魔法陣が現れましたんです。確認に急いだ方がいいでしょうか?』
「いや、イエニスもどうなるか分からないから、防御に専念してほしい。また何かあったら連絡をしてほしい
『はい』
そこでクレシアとの会話が終わった……そう思ったら、また脳内に別の声が響く。
『ルシエル様、帝国近くで巨大な魔法陣が出現したぞ』
声の主はドランだった。
「ドラン、飛行艇の調子はどうだ?」
『問題ない。ただ暗黒大陸近くから瘴気が溢れているから、もう少ししたら聖属性の魔力を込めた主砲を放つぞ』
「分かった。絶対に無理はしないように」
『フン。それは俺の隣で震えているナーニャとリィナに言ってほしいもんだ』
俺が依頼した魔道具を作り終えてから、技術開発部はいくつかの部門に分かれることになった。
そしてナーニャとリィナは飛行艇の操縦士……見習いになったのだった。
「……二人のことも含めて頼んだ」
『はぁ~まぁ戦闘が始まったら報告する』
「分かった」
そこで連絡が終わったけれど、連絡はさらに続く。
『ルシエル殿、聞こえるでしょうか? こちらウィズダムです』
「ああ、ウィズダム卿、何か動きがありましたか?」
『ええ。我が国から南と西に巨大な魔法陣が出現しました。南は皆さんがいた謀略の迷宮がある方ですね。それと西は以前帝国と戦争で争った場所です』
「……ありがとうございます。何かあればケフィン達を頼ってください」
『はい。お言葉に甘えさせていただきます』
最近ケフィンとケティは海産物がブームらしく、修行が終わるとイエニスではなくルーブルク王国に滞在していることが多い。
ただあの二人なりに考えて、戦力の分散を視野に入れているんだろう。
本当に頭が下がる思いだ。
するとまた脳内に声が響く。
『ルシエル、ロックフォードの外に魔法陣が出現した。あれって壊してもいい?』
さすがポーラの報告はぶっ飛んでいるな。
「たぶん魔族や魔物が出現する召喚魔法陣だと思うけど、破壊行為はもうちょっと待っていてくれ。下手に攻撃すると邪神が出現する可能性がある。それに各地で同じ魔法陣が出現しているから、変化があるまで待機していてくれ」
『分かった』
「何かあったら報告することも頼む」
『ルシエル、とっとと終わらせてね』
「善処する」
そして念話が止まった。
しかしここで俺の中に強い違和感が残る。
今まで言っていたのは各迷宮があった場所だからだ。
きっと上空にある魔法陣の下に光龍がいた迷宮があるんだろう。
そうなると邪神が作り出した迷宮の中で一か所だけ報告がない場所がある。
俺は魔通玉が付いた腕輪を触り、聖都を守護しているルミナさんへ連絡を取ることにした。
しかしルミナさんからの返事はなく、さらに教皇様、ガルバさんとも連絡を試みても反応がないままだった。
そこで最初にブランジュへ向かうように指示をした精霊女王に念話を飛ばした。
しかしまたもや連絡はつかず、リディアに連絡を取ってみることにした。
「リディア、聞こえるか?」
『ルシエル様ですか! あの今地上はどうなっているんでしょうか?』
何やら慌てたような声に、ネルダールでも何かが起こっていることが分かってしまった。
「地上は転生龍達が封印されていた迷宮の上空に赤黒い光を放つ巨大な魔法陣が出現したところだ。そっちは何かあったのか?」
『はい。精霊女王様を始めとした精霊様達が世界樹に魔力を供給し始めていて、もう言葉を交わすことも出来ません』
「そうか……それじゃあナディアと一緒にネルダールを死守してほしい」
『分かりました力になれることがありましたら連絡をさせていただきます』
「ああ、頼んだ」
そして念話が切れたところで、ちょうど雨が止み晴れ間が差した。
そこで俺はある決断を下すことにした。
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