はじめに
先日の電話は本当にびっくりしました。
デザイン事務所か、広告代理店か、企業のデザイン部門に進むのが君の希望だと思っていたからです。
それに、フリーランスとして活動するには早すぎると思ったからです。
専門卒で実務経験なしで20歳じゃあ舐められると思ったからです。
しかし、それは僕の常識がそうだからというだけにすぎません。
東京では、そんなことはないのかもしれない。
では僕にできることは何だろうと考えた結果、就職orフリーランスについて両方を知っている父親として、自分の知っている範囲のことをとにかく君に伝えることだと思いました。
それで、この手紙を送ります。
書かれている内容にはそっちの状況では違うということも多々あるだろうし、どういう選択をしても君の自由、君の責任だが、その前にじっくり読んで欲しい。2日がかりで書いたので。
学校を出ればデザイナーか
君の頑張る姿を目の前で見ることはできなかったが、デザインを学校で一生懸命勉強し、実習したんだろうと思う。今までにないくらい努力したと思うし本当によく頑張ったと思う。そこは自信をもっていいと思う。
ただ、デザインが作れることと、デザインで生計を立てていけるということの間には、まだまだ大きな開きがあるんじゃないか、とも思う。
僕はWEB制作会社に転職する前から、自分のホームページをいくつか立ち上げていて、それなりに作れるという自信はあった。
ホームページをほめてくれる人はいっぱいいて、ファンレター的なメールも結構もらった。でも、その人たちが自分に10万20万の金を払ってくれるのか?というと答えは絶対にノーだった。生活費を稼ぐなんてとても無理なように思えた。
でも、今はなんとか、WEBで生計を立てていけている。なぜか。
それは、会社で先輩に助けられながら営業と制作を両方やって、ある程度「太い」お金の流れをつかむ感覚が身についていたからだと思うのだ。人脈も会社を通して広がった。今年間135万円の契約をもらっている一番大きなお客さんも会社員時代にお付き合いが始まったところだ。
会社で鍛えられなかったら、毎月60万70万とか(これでもまだまだ少ないが)、そういう単位で売り上げを立てられる嗅覚みたいなものは備わらなかったと思う。
職業名としての「デザイナー」はデザインが作れる人の事ではなく、プロとしてデザインの仕事で生活していける人のことだから、学校を卒業した時点でなれるのは「デザイナーの卵」だ。その卵を孵化させて、本当のデザイナーにしてくれる、その環境を与えてくれるのが職場だと僕は思う。
技術とか美術とかも大事なのだが、スキルをお金に変える方法・流れ・感覚・人脈を得られるのがとても大きいのだ。
独立するなら、稼げる感覚を身につけたデザイナーになってからのほうが有利だし、リスクも少ない。
会社を辞めて独立することをあまり気に病む必要はないと思う。会社もその確率の分だけは君からしっかり搾取するし、そのような事態は想定の範囲内だから。でも、辞めるときはしっかり周囲に感謝を伝えて、今後もいい関係を続けられるようにする努力は必要です。
手取り15万円の価値
電話で「手取り15万なんて」と嘆いていたけど、僕は手取り15万が決して安いとは思わない。手取り15万は、フリーランスで稼ぐ20万以上の価値が確実にある。その理由を以下、説明する。
まず、健康保険、年金、税金はもしフリーランスなら自分で払うので、その分は余計に稼がないといけない。これだけで+2.5万くらい。しかも、会社の年金と個人の年金は受取額が倍ぐらい違う。会社負担分と言って、給与天引きされてる年金と同額を会社が別途負担してくれているから。フリーランスで年金を会社員と同じレベルに積み増そうと思ったら、さらに+1.5万になる。
交通費も出るだろうし、Adobeもたぶん会社持ち。制作に必要な機材、材料費、文房具、通信費なども会社持ち。家賃補助がついたらその分もプラス。失業保険、労災保険もかけてもらえる。ある程度勤めれば有給休暇も取れる。結構高い値段の社外研修に会社費用で行けたりする。フリーランスはこの辺が全部ない、あるいは自腹。就職の価値は余裕で20万越えになる。逆に言うと、フリーランスでは22~25万くらい稼がないと手取り15万の生活はできないのだ。
そしてフリーランスはボーナスもない。ニュースで今年の企業のボーナスの平均は…とか言ってたらいつもチクショー!とか思わないといけない(笑
そしてもう一つめちゃくちゃデカいのは、経理、決算、確定申告が会社持ちということだ。
経理というのは法律がらみで複雑な部分もあって、結構めんどくさい。
自分でやってみたらそのめんどくささは嫌というほどわかるが、10人未満の事業所でも経理専門の担当者がいたり、税理士に頼んだりすることからしても、かなりマンパワーを食う作業だというのがわかると思う。
期限がきっちり決まっているので、仕事が忙しくても絶対放置したりできない。ずぼらな人間は毎年3月に地獄を見る。
会社に勤めた場合はこういう負担を全部会社持ちでやってもらえるのだ。面倒なことは全部会社に任せて、デザインの勉強と仕事に集中できる。
今、君の生活費は家賃と仕送り計12万+α(バイト等)で成り立っていると思うが、これは上記の税金、保険、年金等が入っていない額なので、フリーランスで15万売り上げた程度では到底今の生活は維持できない。しかし、手取り15万の就職ができれば今の生活がとりあえずキープできる。
これって、ものすごくありがたいことなんじゃないかと思う。
ちなみに、20万を時給1200円のバイトで稼ごうとすると167時間、1日8時間のバイトを入れたとして21日必要。就職したのとほとんど同じ拘束時間になる。こんな状態でフリーランスの営業活動やポートフォリオ制作が続けられるかどうか?
就職した人は、その同じ167時間で、職場でデザインの作業や営業をみっちり学び、人脈を広げ、休みの日は憂いなく休める。オンオフの切り替えができるし、職業デザイナーとしての能力に大きな差がつくと思う。
企業と個人
僕がいままで仕事してきて感じる企業とフリーランスの差は次のようなもの。
原始時代の狩りに例えると、10人で槍を持ってマンモスを倒し肉を山分けするのが企業。一人で野山をうろついて木の実を見つけては摘み、時々野ウサギくらいが捕まえられるのがフリーランス。やっぱり収穫の面で強いのは企業だ。
企業では、ある程度大きなクライアントを複数抱えていて、金額の大きいプロジェクトを継続的に受注している。仕事は決まりごとが多くて厳しいことも言われる。
フリーランスの顧客は小さなところが多くて、人柄はいい傾向だけどお金はあまり出せない。気に入られたら、細かいことは言わず全面的に任せてくれることも多い。
企業はチームで仕事をしているので、一人が何らかの理由で戦力外になっても他のメンバーがフォローする(せざるを得ない)。
フリーランスは自分の体に何かあれば、仕事はできなくなりお客さんに迷惑をかけ信頼も失ってしまう。
企業では、過去実績、機材、人脈、営業やプレゼンのツール、ソフトウェアなどいろいろな武器をそろえ、皆がそれらの武器を共有し使いこなすことによって仕事を効率化したり発展させたりする。みんながさまざまな面で品質基準を満たすように指導される。新しい技術は習得するよう研修に行かされたりする。
フリーランスは自分のポートフォリオと技術とセンスと人脈と営業トークがすべて。上司や先輩の干渉がないので自分のカラーを前面に出せる。新しいトレンドがでてきても興味がわかなければ放置していまいがち。これでライバルに後れを取ってしまうことは結構ある。
どちらにもいいところはあるのだが、やはり顧客からの資金の流れの「太さ」、そして福利厚生の差はいかんともしがたいものがある。企業は強い。
ちなみにフリーランスで最悪なのはマッチングサイトとかでスキルを叩き売りしてしまうことです。他に生活の糧を持っている奴が、修行とか同人活動とか半分趣味で参加していて、そいつらと価格競争をすることになる。割に合わない値段でスキルを搾取されるだけになりがちなのでお勧めしない。
先輩の存在
僕がWEB制作(主にプログラミング)を学んだ師匠が大篭さんという人で、2年くらいみっちりいろいろなことを教えてもらった。自分で1日試行錯誤してもうまくいかないことを、大篭さんに相談すると5分で解決というようなこともよくあった。
今、僕がシステム管理費などの継続収入を上げている多くのプログラムの中には、大篭さんの書いたコードが混じっていて、独立後に一緒に作ったようなものもある。
この大篭さんの存在なしには今の自分の事業はありえなかった。
会社の先輩が新人に仕事を教えてくれるのは両者に利益がある典型的なWin-Winの関係だ。後輩に仕事を任せることができれば自分が楽になるし、こなせる仕事の量が増えれば会社の売り上げが増えたり、残業を遅くまでやらなくて済むかもしれない。
経営者としてもカネになる人材を増やして利益を上げたいので、四方八方から「育て~育て~」というプレッシャーを受け続ける状態になる。これが自分を育ててくれるのだ。
トリミングや切り抜きばかりやらされるという話をしてたけど、断言するが、そんなことばかりずっとやらせ続けたい会社はない。利益にならないからだ。バイトや外注で済ませる方がずっといい。それでも正社員にやらせるのは育てる気があるからだし、そもそも誰かがやらないといけないしょうもない単純作業があるとしたら新人がやることになるに決まっている。新人に高度な作業やらせて先輩に切り抜かせてたら会社の人間関係が壊れる。
一方フリーランスでは同業種の交流会などもあるけど、社内の先輩のようにガチで仕事を教えてくれる人はまずいない。教える側が損だからだ。高い金を払って研修を受けるとかはできるけど。
そして、周囲から育て育てというプレッシャーが受けられないので、相当に強い自制心がないと成長することをサボってしまうのだ。
今自分は仁井谷君を育てているけど、最初は本当に我慢してお金だけ払っているような感じだった。自分でやったら15分でできることに半日かかったりするから。でも最近では僕が出来ないこと、興味がなくてやってなかったWEB表現のデモを見せてくれたりして、こっちが逆に刺激を受けることも多くなってきた。
やっぱり、利害が衝突しない同業者がそばに何人もいて、お互いに教えあうことがお互いの利益になるという環境はすごく大きなメリットがあると思う。
事務所
独立してやっていくと、お客さんや、チームを組む別のフリーランスとの打ち合わせなど、やっぱり事務所は欲しくなる。お伺いしますと言っても、こちらから行きたいというお客さんがたまにいるのだ。
事務所を構えているかそうでないかで本気度を計られることもある。事務所はどちらですかと言われるたびにいや自宅で…と説明しながら申し訳ない気持ちになったりした。
打ち合わせの問題を除いても、生活も仕事もずっと自宅でというのは気分転換がしづらいし、さぼらないためにものすごい気力を要する。
2015年に事務所を借りてから、気持ちが切り替えられたというか、気持ちよくお客さんを迎えられるようになった。家賃はかかったが、仕事に対するプラス効果はかなりあったと思う。元請けの会社がうちの事務所に仕事の相談に来るようにもなった。
東京だとシェアオフィスなどをうまく使えばいいのかもしれないが、ここでもお金を使ってしまうとさらにフリーランスのコストは上がり身入りは減ってしまう。
仕事場という部分ひとつとっても、最初から場所がちゃんと確保されている企業のほうが有利だし、きれいなオフィスや会議室なら身なりの整え甲斐もあるというか、働いていて気分がいいんじゃないだろうか。
おわりに
君が頑固なのはわかっているので、無理やり就職させようというような気はさらさらない。
せっかく僕はサラリーマン生活15年、フリーランス生活8年という経験があってそれなりに差を体感しているので、知っていることを一通り伝えて判断材料にしてもらいたかっただけです。
金返せという気は1ミリもないが、君の3年間にはおよそ1千万という金額を費やしていて、あすかや壮馬の分にも食い込みかねなかった。たまたまここ2年僕の売り上げが良かったのでなんとか食い込まなかったが、僕らの収入では本当に血のにじんだ1千万だったというのは理解して欲しい。
なので、どういう道を選択してもいいし1円たりとも返さなくていいが、君の子どもが1千万の費用がかかる進学を希望したときに、してやれる程度の経済力をつけておくのが君の義務だと心得てくれ。僕らに返すのではなくて君の子どもに返すのだ。
それともう一つだけ言わせてもらえば、フリーター生活をするならせめて半分以上はデザインの仕事をしてほしい。全然関係ない仕事でフリーター生活をされたら、本当に1千万ドブに捨てたことになるので。
では、健闘を祈ります。GoodLuck。
父