348 回想二 冒険者ギルド本部からの召喚要請
迷宮国家都市グランドルにあるこの冒険者ギルド本部へ来るのは、今回が
一度目は同じ転生者のブラッドがナディアとリディアを奪い返そうと奴隷を使って襲撃してきた時の後処理で。
まぁ、あの時は師匠だけが冒険者ギルドへ入り、後処理を済ませてくれたので、俺自身が中に入ることはなかったけど……。
そして二度目は少し前に冒険者ギルド本部からの緊急召喚要請の伝言を受けた時……あの時は参った。
謀略の迷宮へグランドルの最強パーティーが伝言を預かって来たのが始まりだった。
ちょうどパワーレベリングに来ていた戦乙女聖騎士隊にそのグランドルの最強パーティーがちょっかいを出して、何故か戦乙女聖騎士隊の皆さんがか弱いフリをした。
まさかルミナさんまでそれに加わるとは思っておらず、師匠達も悪乗りした結果、俺が一人で彼らと戦わなければならない破目になってしまった。
念のため浄化波を発動させて魔族ではないことを確認してから、レベルが低くても強い人が沢山いることを分かっているし知っていたので、水の精霊と水龍の力を借りて氷の棺に顔だけ出るように閉じ込めた。
しかしそれを見た師匠達は「詰まらん」「
そもそも対人戦の相手のレベルは師匠達が基準になっているので、いくら肩書が最強であろうとそれが本物であるかどうかは蓋を開けるまでは分からないのだと理解した。
そこから師匠達の説教の矛先はあっさり負けたグランドル最強パーティーへ向けられることになった。彼らに何となく申し訳なくなったのは言うまでもない。
ただ言えるのは、そもそも戦乙女聖騎士隊にちょっかいをかけたのではなく、戦乙女聖騎士隊隊長のルミナさんも一緒に同行してもらえるよう要請があったことが分かり、結果的にただグランドル最強パーティーのプライドを圧し折ってしまったという事実が判明した。
そのお詫びも兼ねて召喚要請に応じる形での訪問となってしまった。
そして冒険者ギルドからの召喚要請は俺と師匠だけで、ルミナさんはあくまでも招集要請だった。
当初明確な理由がないまま招集要請を受けたルミナさんは困惑していた。
俺はあるとすれば教会本部の絡みか、ルーブルク王国絡みだと思った。
しかしそれをルミナさんが否定し、貴族絡みではないだろうと語った。
そこで師匠が理由をあれこれ探しても冒険者ではないルミナさんを呼んだ理由は本人達にしか予想出来ないだろうと、真理を口にしたことで行くかどうかの選択を委ねた。
そこでルミナさんは招集要請に応じることにして、俺はいざとなったら逃げるという選択肢も用意しておかなければいけないと準備を急いだ。
確かあの時、冒険者ギルド本部が腐っていなければ何でもいい。
もしルミナさんに何かあったら困るし、最大限の警戒だけはしておこう。
そんなことを考えていたと思う。
冒険者ギルド本部も一部を除き他の支部と同じ造りであることはもう知っていたので、俺、師匠、ルミナさんは受付カウンターへ向かい訪問理由を伝えた。
すると、カウンター内にある扉を通るように指定されて、言われた通りに開けた時には驚いた。
急に景色が変わったからだ。
たぶん冒険者ギルド本部には指定転移させることが出来る扉があったのだ。
そして転移した先はたぶん訓練場の下にあると言われている神殿だった。
そこで待っていたのが、冒険者ギルド総本部の長……グランドマスターと予言の巫女と自称する転生者の両名だった。
挨拶と自己紹介を交わしてから 直ぐに召喚された理由の説明があった。
ちなみに自らを予言の巫女だと名乗っている転生者とは、どんな傲慢な女性なのだろうと思っていたら、とてもオドオドした小動物のような女性で驚いてしまった。
そして話を聞いているうちに、言の巫女だと自ら名乗り始めた訳ではなく、グランドマスターがそう名乗らせていたことを知る。
それが転生者を保護する口実だったことも教えられ、転生者の彼女に心の中で謝罪したことは記憶に新しい。
それから近々この
その言葉を補足するようにグランドマスターが転生者の言葉を引き継ぎ、その予知が一年と少し前のことであったと知る。
そこからはある意味、転生者の独白だった。
予知をしたある日、世界が暗闇と混沌に支配される未来が視えたらしい。
それから何度も予知を繰り返しても同じ未来が視えてしまう。
転生者はグランドマスターに相談し、そんな未来が訪れないように些細なことでもいいからと予知を繰り返して手掛かりを求めていたのだとか。
俺はその予知が百パーセントだとは思っていなかったけど、師匠も予言通り一度死んでいるし、黙って話をきくことにした。
グランドマスターが色々と予知に関して調べていると、死ぬことを予言されたにも関わらず、その未来を覆していた存在……師匠のことを思い出したらしい。
しかし話を聞こうとした時には師匠が行方不明になっていて、師匠の捜索まで行われたらしい。
ちょうどその頃は竜の谷の麓へ向かっていた為、近場で見つかるはずもなく、俺達もそんなことが起きていることなど全く知る由もなかった。
しかも予知が何かの力によって弾かれて視えない状態が続いたらしい。
それから半年程経ったある日、いつものように手掛かりを求めて未来を視ようとしたら、今度は未来が全く視えなくなったらしい。
何となく世界樹の迷宮を踏破したぐらいの時期だな~と思ったけど……あの称号を授かったことで未来が予測不可能になったのか、それとも精霊女王が迷宮から解き放たれたからなのか、どちらにせよ原因は俺にあるであろうことに間違いなさそうだった。
グランドマスターと転生者はその原因を探っていた。
するとグランドルを拠点とする冒険者が、謀略の迷宮付近で俺達に助けられたことを耳にしたらしい。
そして何故か冒険者ギルドでは、俺と師匠の師弟関係は有名らしく、転生者は俺を視ることにしたらしい。
しかし一度も会っていないからか何も視ることが出来ず、何となく師匠がいる場所を探ってみたら、俺と一緒にいるのが視えたらしい。
そこで勝手に未来を覗いたことを謝られたけど、別に視たいものが視える訳でもなさそうだし、謝罪を受け入れた。
もしかすると覗けなかったのは、同じ転生者だったからなのではないか? それか世界を守護する者の称号があるからではないか? そんな思いと言葉を隠すことを引き換えにして……。
それで結局、グランドルにいる冒険者達を片っ端から予知して、俺達と接触する未来がある冒険者を探すと、一組目のグランドル最強パーティーでいきなり俺達と会っていることが視えたらしく、彼らをいるかどうかも分からない謀略の迷宮へ強制依頼を発動して伝言役に使ったらしい。
そこで最初に彼らが苛立っていた理由が判明した。
散々な日だっただろうな……師匠とルミナさんも苦笑いしていた。
まぁそんな藁にも縋る思いに少しは応えるべきかも知れないと思った俺は、邪神や魔族、魔族化に関する話をした。
ただ禁術魔法のリバイブ、転生龍、精霊、ブランジュの話は一切しなかったけど……。
グランドマスターと転生者は邪神が話に出たことに対して驚愕していた。
しかも魔族や魔族化の話はある程度冒険者ギルドでも掴んでいたけど、詳細は知らなかったらしい。
考えてみれば、聖シュルール教会本部で起きた件も、帝国の地下で起きた件もたぶん
そして俺も冒険者ギルドに一切情報は開示していなかったとに気付いた。
でも報告の義務は特にないし……。
重苦しい空気が流れる中、何か冒険者ギルドで出来ることがないかとグランドマスター問われ、俺は自分なりに考えたことを伝えた。
確かこんなやり取りがあった。
★☆★
「冒険全員に毎食後だけで構わないので、酒の代わりに物体Xを飲ませて下さい。そうすれば戦力の底上げになります」
本当なら住民にも物体Xを飲んでもらいたいけど、そもそも住民はそこまで戦う力がないし、あくまでも冒険者達が住民を守ることを前提にして話したのだ。
しかし物体Xの話が出たところで、グランドマスターの表情が変わってしまう。
「冗談を言っている場合ではないんですが……」
別にこちらも冗談を言っているつもりはないけど、グランドマスターには冗談だと思われてしまった。
仕方なく被害を最小に抑えるための方法に話をシフトすることにした。
「まず周辺の魔物と戦って勝てない冒険者達ですが、冒険者ギルド指導の下、付近の弱い者が出る迷宮でレベル上げをした方がいいでしょう。それが嫌なら暗黒と混沌が訪れるまでギルドで待機してもらえばいいと思います」
「それでは反発を招く。それにその未来がいつ訪れるかも分からないのに行動を縛ることは出来ない……」
何か出来ることはないか聞かれたのに、いきなり二案とも否定されてしまうことに矛盾を感じながら、メラトニの冒険者ギルドには多大な恩があるため、物体Xの効能についてきちんと説明することにした。
これには師匠が隣で爆笑していたけど、全て真実なのだから、ずっと頷いていた。
まぁルミナさんには信じられないといった顔をされたけど。
「そうでしょうね。ですがそれなら何故私達を召喚したのですか? 確かに冒険者は基本的に自由に行動する権利がある。でも有事の際はギルドが冒険者のランクによって強制待機させることも可能なのではないですか? それすらも出来ないと?」
「……」
「分かりました。それなら邪神と魔族が動く時期を予知してください。そこで強制待機を命じる。それでもし騒ぎになるのなら強くなるため、魔人化しないため、文句を言われないために、物体Xを毎食後に飲んでもらうことにしましょう。言っておきますが、治癒士から賢者に成ることが出来たのは師匠との修行と物体Xのおかげです。これは冗談ではない……です」
あんまりだんまりするから、物体Xを強制なんかしたら、暴動が起こる可能性もあると少し自重することにした。
きっと向こうは当然だと思っていたに違いない。
どこへ行っても物体Xは罰ゲーム扱いなので、いずれグルガーさんとアリスがやってくれそうな気はするけど……。
それでもグランドマスターは反応せず、重苦しい雰囲気のまま時間が過ぎていくかもしれない。
そう思った時だった。
師匠が助け舟を出してくれた。
「おおっそれはいいな。魔族化もしないし強くなれるからな。まぁレベルは上がらなくなるけどな」
師匠に感謝しつつ、あくまでも任意であることを強調していった。
「それでも下手に動いて魔人化されるよりも安心ですよ。この騒動が終わったら飲みたくなければ飲まなければいいんですから。それに嫌なら勝手にしていればいいんです。既にルシエル商会で出来ることはほぼ終わっていますし」
「あの設置を求めた魔導具のこと?」
「はい」
「グランドマスター。ルシエルはグランドルの最強パーティーを二回瞬殺……いや、殺してはいないからノックアウトしてみせた。それでも勝てるかどうか一切分からない敵だ。それなら冒険者が出来ることは?」
「……住民を守ることだとでも?」
そんなことを言ったグランドマスターに頭を抱えそうになったけど、邪神や魔族と戦った経験がなければ仕方ないと思い直した。
ただ魔導具が無かったら怪しいことを説明しても分かってもらえないだろうと話を進めたっけ……。
「この国にある街や村は、全て冒険者ギルドが管理されていますね? それを冒険者達に防衛させるといい。ルシエル商会が作った魔導具が設置されれば、魔族や魔物は中に入れない。それに戦うことが出来ない住民達なら側にいるのが低ランク冒険者であったとしても、守られているという実感が湧くだろう」
「パフォーマンスに使えと」
「それは冒険者ギルド本部が決めることだ」
師匠がそう言い切ってくれたことで、そこからは冒険者ギルド本部から各支部のギルドマスター達へ会議を行うことが決定した――。
その後、今度はルミナさんのこと、ルミナさんの周囲に関係のことが告げられた。
その内容は俺も少なからず動揺することになり、ルミナさんはそれから数日間、全く覇気のない日が続いてしまった。
だから俺は――。
★☆★
「おいルシエル、さっさと行くぞ」
「あ、はい」
冒険者ギルド本部を見て少し前のことをぼーっと思い出していたところを師匠から先に進むように促された。
今回ルミナさんの代わりにライオネルだからか、師匠がピリピリしている……まぁ違うな。
これから戦いが始まるから気が昂っているんだろう。
「どうしたんだ? 珍しいなルシエルがぼーっとするなんて」
「すみません。前回冒険者ギルド本部へ来た時のことを思い出してしまって」
「なるほどな。まぁ今回は大丈夫だろう」
「そうです。こちらに頼って押し付けるようなら、戦地へ転移させてしまえばいいでしょう」
「それはさすがに過激だよ……」
前回ここで何が起きたかの説明はしてあるため、若干ライオネルが好戦的になっている気がする。
実際にギルドへ入るまでどういった反応があるのか分からない。
まぁ二人の頼もしい護衛がついているんだから大丈夫だろう。
「さぁ行くぞ」
「はい」
こうして三度目となる冒険者ギルド本部の扉を開いた。
するとギルド内には数多くの冒険者達が待機していた。
「予言という不確かな力で、よくこれだけの冒険者をギルド内に待機させることを選択しましたよね」
些か多すぎて変な活気というか熱気を感じる。
「確かにな。たが魔物の出現が多くなったなり、強化されていたりしている時に出た予言だから判断したんだろう」
「他にもっとやり方がある気がしますけどね」
「無駄に誰も死なせないように提案したのは誰だっけな?」
「俺ですけど……」
それに続く皆だって納得してくれたのに……という言葉は飲み込んで、話を切って受付で訪問理由を伝える。
すると前回と同じように魔通玉を使って連絡を取り、奥の扉を通るように告げられて移動する。
あれから何度か伝言を何度か受けたけど、イマイチ上手くいっていなかった印象がある。
それにしても冒険者ギルドとしての準備はちゃんと終わっているんだろうか?
するとライオネルの声が耳に入って来た。
「ルシエル様、あからさま目を向けてくる者達がいますが、軽く威圧しますか?」
「それは問題になるから止めよう」
ライオネルはストレスが溜まり過ぎだから、一度強制的にイエニスへ帰らせた方が良かったかもしれない。
カウンター内へ入るところを冒険者が固まって塞いでいたけど、俺達が歩いていくと直ぐに察してくれたのかその場から離れてくれた。
軽く会釈をしてカウンター内へ入ると、一気に注目を集めることになったけど、それを無視して指示された扉を通ると、そこは冒険者ギルド本部グランドマスターの部屋だった。
そこにはグランドマスター、予言の巫女と呼ばれている転生者のデイジー、ブランジュ除いた各国の要人の姿があった。
さすがに国のトップは集められなかったみたいだけど、伝令役としては十分だろう。
実際にこちらかも冒険者ギルド本部の動きが遅ければ動けるようにしているけど。
俺はそんな要人達に開口一番告げる。
「これより全冒険者に緊急強制依頼発動を宣告。迷宮国家都市グランドル冒険者ギルド本部から治癒士ギルド、商人ギルド、薬師ギルド、魔術師ギルドへ緊急協力要請をしてください。各方面への根回しは全て終えています。それと要人の皆さんは自国へ開戦する旨を連絡してください」
すると一斉に各国の外交を担当する要人達が、魔通玉を持って連絡を始めた。
「……しかし本当に邪神が?」
グランドマスターは今も信じられない気持ちがどこかにあるんだろう。
「ええ。それでデイジーさん予知は?」
「今朝までは何も……あ、最初は帝国西部にある暗黒大陸から魔物が溢れてきます。次いでルーブルク王国の沿岸から魔物が出現します……分かるのはそれだけです」
額に汗を浮かべているところを見ると焦っているのかな?
「分かった。じゃあ新たに予知した情報はこれから魔通玉を通して伝えてください」
「はい。でも大丈夫ですか?」
「……それはこれからのことですか? それとも前回の予知ですか?」
「両方です」
どうやら自分のした予言のことで、思い詰めているのが正解なのかもしれないな。
まぁ予知された未来を覆すことが出来るから、俺の未来が視えないと思うだけだ。
「この戦いが終わったら隠居するんで、最後は頑張るつもりですよ」
デイジーは何とも言えない顔をして俯いてしまう。
グランドマスターがそれを見て気を利かせてくれたか、扉横へ移動した。
「もうブランジュへ行くのか?」
「ええ、お願いします」
「こっちだ」
「ではデイジーさん、連絡を頼みましたよ」
「はい」
それからグランドマスターの後ろへ続き、扉を通るとギルド本部の地下まで移動してきた。
そしてそこにある一つの魔法陣に俺、師匠、ライオネルが乗ると、グランドマスターが魔力を込めていく。
「それじゃあ冒険者達のことは任せましたよ」
「分かっている……世界を頼んだ」
その言葉が聞こえたところで魔法陣が輝き、俺達は公国ブランジュへと転移した。
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