344 互いの利
通信先の相手はドランだ。
ドランには俺の開発したい魔道具を正確に理解して、完成形をポーラ達に伝える仕事をしてもらっている。
今まではあまり欲しいと思う魔道具がなかったから、こうして依頼することはなかったけど……。
まぁ今まで好き勝手に開発を許してきたんだから、技術開発部の職員達の技量はそれなりに高くなっている筈だ。
その筆頭がポーラやリシアンだし、リィナには転生者としての発想もあり、何といっても今回はトレットさんがいるから開発出来る可能性は極めて高いだろう。
そう思いながら、ドランに念話を送ることにした。
「ドラン、聞こえるか?」
どうも念話は苦手だから声に出てしまうな。
それ想いながら待っていると、少しして反応が返ってきた。
『ルシエル様、どうしたんだ?』
「早急に作ってもらいたい魔道具が出来た」
『おおっ珍しい。それで一体どんな物を作れと言うんだ? 鉱石や魔石には余裕があるから、大抵の物は作れると思うぞ』
何だかとても嬉しそうだな。ドランはあまり魔道具に興味を示さないと思ってたんだけどな。
「魔族や魔物から街や村を守るサンクチュアリバリアを発動させる、そんな魔道具が欲しいんだ。もし魔族が変身していようと選別出来るぐらいの物が」
『うぬ……難しいが、作れないことはないだろう。だが村はまだしも、街にサンクチュアリバリアを発動させたら、冒険者ギルドと敵対することになるのではないか?』
敵対とは穏やかな話ではないな。しかも冒険者ギルドとは……。
「どうしてそう思う?」
『確かに村や街にサンクチュアリバリアを発動させることが出来れば、魔物や魔族が近寄ることは出来ないだろう。しかし魔物の死体や討伐証明となる部位や素材はどうなる? 燃えてしまうのではないか?』
「うっ、そこまで考えていなかった」
まさか魔物の死体まで燃えることはないと思うけど、絶対にないとは言い切れないしな。
それに世の中には
善意で行ったつもりが、余計な火種を作らないとも限らないしな……。
俺は俺で新しく魔法を開発するのも一つの手かな。
『ルシエル様、少し冷静さに欠けているように思える。何かあったのか?』
「ああ、実は……」
こうして俺はネルダールに来てからのことを話した。
すると今度はあっさりと了承の返事があった。
『……なるほど。良く分かった。早速作業に取り掛かる』
「えっと、出来るのか?」
『出来る。元よりそれに近い魔道具は既に存在している。聖都シュルールにも同じような仕掛けがあるだろう。まぁ今は機能しておらんがな』
「ああ、そっか」
当たり前だけど、昔から魔物を遠ざける方法は考えられているよな。
そしてレインスター卿も同じように考えて、聖都シュルールに結界を敷いていたんだな。
当時は別次元の存在だと思っていたから、すっかりと忘れていた。
『それを改良するだけだ。ただし素材と魔石をかなり使うから用意してもらえるか』
「……昨日あれだけ渡した魔石では足りないのか?」
『足りないな。もちろんイエニスだけなら問題はないが、全ての国に存在する村や街を守る為には全く足りないぞ』
……ああ、そっか。街や村を守るって言ったら、当然そう判断するよな。
まぁ魔石や素材は集めようと思えば集められるし、いずれ訪れる平穏の為の先行投資と思えば安い物だよな。
「分かった。それでは技術開発部総出で、その魔道具の開発に取り組んで欲しい」
『畏まった』
そこで通信を終了した。
まだ水の精霊と闇の精霊は魔族化していた六人を調べているようだったので、召喚魔法陣について聞いてみることにした。
「この召喚魔法陣を改良したら、俺にも何か召喚することは出来るんですかね?」
「出来ると思うわ。この魔法陣は元々異界から勇者召喚するための魔法陣を改良しているみたいだから」
地球からこの世界に呼び出された勇者もいるんだろうか? あまりにレインスター卿の実績か凄過ぎて、いたとしても完全に霞んで足跡を追うことは出来ないだろうな。
そんなことを考えて魔法陣を眺めていると、リディアが小走りでやってきた。
「ルシエル様、あの者達のことが分かりました」
「聞こう」
「まずあの者達が仕えている国ですが、公国ブランジュ、ルーブルク王国、イルマシア帝国から派遣されていた研究者達でした」
「バラバラ?」
俺は改めて魔族化した者達の服装を見るが、同じローブを纏っている。
ただ二人は鎧を着こんでいてから、護衛のような立場なのだろうか?
「はい。そして驚くことにここ数か月の記憶がなくなっていました」
「それは魅了や洗脳されていたってことか?」
ここでも洗脳か……これはネルダールにいる住人全員を調べて、洗脳されているかどうかを調べた方がいいな。
下手な対応をすれば、今度こそ落とされてしまう。
「詳しくは分からないですが、水の精霊様と闇の精霊様がそのように」
「だから情報収集にあれだけ時間を要していたのか」
いくらなんでもおかしいと思っていたんだ。
直ぐに未来を見通したり、記憶を覗き込んだり出来る能力があるのに、こんな時間が掛かるなんて。
「それでなのですが、ルシエル様が戦った時に魔族がいたと仰られていましたよね?」
「ああ、二体な。聖龍が飲み込んで存在ごと浄化させたけど」
「……間違いであって欲しいのですが、もしかすると一人は兄かも知れません」
「……どうしてそう思ったんだ?」
悲し気な表情を浮かべるリディアに、思いっきり同様してしまった。
「水の精霊様と闇の精霊様が仰られるには、記憶の断片に兄とカミヤ卿が主催した食事会が開かれたらしく、その後の記憶が欠落しているみたいなのです」
カミヤ卿がこのネルダールにいたってことか? でもブランジュの研究者達はそんなことは言っていなかったよな。
一応厄介そうな相手だし、生きていることを前提に行動することにするか。
「じゃあここに何故いるかも、この魔法陣を描いた目的も知らないってことか?」
「今はその欠落してしまった記憶を元に戻そうとしていらっしゃいますが、うまくいかないみたいです」
それならもうここにいる理由はないな。
「そうか……精霊女王、ネルダールとネルダールの住人のことをお願いしてもいいでしょうか?」
「ええ。それはいいですが、何か考えがあるのですか?」
「いえ、ただこのままでは後手に回りそうなので、少しでも戦力の底上げを優先させることにします」
色々考えても俺には全てを見通す力がある訳じゃないし、何かを開発する力がある訳じゃない。
出来ることなんて人の怪我を治せるぐらいだ。
でもそんな俺でも師匠達のレベルを上げる手伝いぐらいは出来るなら、もうすることなんて単純なことだけだ。
「そうですか」
「それにこのネルダールには世界樹があり、それを精霊女王や大精霊達が守護してもらえば、邪神とてそう簡単に手出しはできないでしょうから」
精霊女王達はネルダールの住人よりも世界樹を優先させるだろう。
だけどネルダールはレインスター卿と造り上げた思い出のある場所だろうから、きっと守りたいと思っている筈だ。
それなら住人のことも一緒に守ってもらって、俺は自分の出来ることに集中することで良運を掴む。
「なるほど……分かりました。ここは私達が守護します。出来るだけ早く邪神討伐を期待していますよ」
「そこは期待しないで待っててください」
きっと俺の思惑なんて見透かれているだろう。
だけど俺一人が足掻いたところで、状況が変わらないことも理解してくれているんだろう。
師匠達が俺と同レベルになったら、少数精鋭でもブランジュは制圧出来るだろう。
あとは邪神相手にいくつの切り札が用意出来るかに掛かっているけど、少しでも勝率を上げるのが今出来る最良だ。
俺は決意を新たに精霊女王に一礼して、リディアを連れイエニスへ転移するのだった。
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