343 責任
精霊女王達の元へ戻ると、話し合いをしている様子もなく、既に各々の判断で動き出していた。
精霊女王と風の精霊は魔法陣の解析。
火の精霊と土の精霊は破壊された壁や魔導エレベーターの修理。
水の精霊と闇の精霊は魔族化が解けた六人からの情報収集。
そしてフォレノワールは、あの瘴気の砲撃を繰り出したバズーカー砲のような形をした魔道具をいじっている。
最初は魔族化していた者達のことが気になったけど、そちらへはリディアが向かったので、俺はフォレノワールの元へ向かうことにした。
話し掛ける直前、フォレノワールが悲しく悔しそうな表情をしていることに気付いた。
「フォレノワール、それはたぶん瘴気を圧縮して打ち出す魔導具だと思うけど、何か気になるのことが?」
「……これには精霊石だけじゃなくて、精霊達も封じ込められているわ」
魔族が作った魔道具だと単純に思っていたけど、精霊石と精霊を封じ込めた魔道具だったのか。
それなら間違いないなくブランジュが関わっていると思うけど……あの中にはさっきブランジュの研究室にいた者が一人もいないかったんだよな。
まぁあの浄化してしまった魔族が詳しいことを知っていた可能性はあるけど、もうこの世にはいないしな。
それにしても大切そうに魔道具を抱えているな。
「その精霊石を解除したり、精霊を解放したりは出来ないか?」
「精霊達は瘴気に当てられて、このまま解放出来たとしても暴走してしまうわ」
「それなら浄化していみようか? うまくすれば瘴気を取り除いて正気に戻すことが出来るかもしれない」
「……そうね。ここで苦しんでいるよりもずっといいわよね。ルシエルお願い、本来いるべき場所へ戻してあげて」
フォレノワールから魔道具を渡されたけど、精霊が中にいるなんて信じられない。
「分かった。でもその前に少しだけ付き合ってもらえるか?」
「ええ」
俺はフォレノワールと一緒にブランジュの研究室へ転移した。
「ヒィッ」
いきなり転移で現れた俺達に、近くで作業していた男性研究者が驚きの声を上げ、そのまま後方へ倒れて尻もちをついた。
「あ、驚かせて申し訳ない。少し聞きたいことが出来たので伺いました。この研究所では精霊と精霊石を使った実験をしていましたよね」
「や、止めてくれ。もうその研究はしないから、殺さないでくれ」
うわ~凄い怖がられてるよ。
周りを見れば、あの貴族令嬢も震えていた。
「分かりました。それなら一つ聞きたいことがあるので、知っていることを答えてください。この魔道具に心当たりはありますか?」
俺がバズーカー砲を見せると、明らかに皆の顔色が変わった。
「ルシエル様が何故その魔道具をお持ちなのですか!? もしや我が国から盗まれたのですか?」
貴族令嬢のの言葉に俺は怒ることも出来ずに唖然としてしまった。
今の根拠のない発言は、貴族なら普通あり得ないことだ。
「盗んだって……何か根拠があるんだよね? それにこれが何だか知っていると思っていいですね?」
「ええ。それは精霊石を使う魔道具です。ただ調整が難しくここでは仕組みを構築するのが精一杯で未完成でしたが……」
となるとここの研究成果を基にブランジュでこの魔道具が作られたということだな。
……まさかこれを開発するための資金を援助したのは俺か?
「なるほど。それで俺が盗んだと判断して理由は何ですか?」
「その魔道具の形は転生者からのアイデアだとカミヤ卿から聞いております。ですので、その転生者がルシエル様でない限り、同じ形の魔道具を持っている筈がないからです」
なるほどな。
転生者が関わっていたのなら、魔道具の特性を活かすためにバズーカー砲の形にすることは十分考えられる話だ。
しかしここでもカミヤ卿か。
確かブランジュで権力を持っている貴族だったよな。
本当に転生者じゃないのか? 水の精霊に調べてもらうか。
そこまで考えると、貴族令嬢から窺うような視線を受けていたことに気付く。
このままだと俺のことも転生者だと疑い始めそうだから、入手先は教えてもいいよな。
そう思い否定しておくことにした。
「転生者ですか……ブランジュには転生者がいるのですね。この魔道具は先程ネルダールのある場所で拾った物ですよ。ただ光の大精霊から精霊と精霊石が使われていると聞いたから、中の精霊と精霊石を何とか解放する方法を知りたいと思って来たんだけどね」
解放することが出来れば一番いいけど、それが無理なら浄化することになるだろう。
「一度も使用していなければ問題なく取り外せますが、逆に一度でも使用して中の精霊石を取り出そうとすると爆発してしまうので大変危険です」
精霊が見えないから精霊石が爆発することになっているんだな。
まぁ俺にも精霊は見えないから、フォレノワール達から真実を聞かなければ、同じように勘違いしていただろう。
魔道具のに意識を集中させると憎悪の感情が少しだけ伝わってくる。
「最後に確認なんですが、この魔道具が瘴気を放つ魔道具というのは知っていましたか?」
「えっ!? それは精霊石に宿る魔力を増幅させて放つ、弓に代わる遠距離攻撃を可能にした魔道具です。瘴気を放つなんてことが起きる筈はないです」
「それでは魔石を使わなかった理由は?」
「当初は魔石で研究していました。ですが急に本国から精霊石が送られきて、精霊石で研究を進めるように通達されたんです」
嘘かどうかは俺が判断することではないし、大精霊達が調査するだろう。
だけど俺もこの魔道具に対して、責任を負わなければいけない一人であることは間違いない。
「そうですか……フォレノワール、すまない。救ってやれない」
フォレノワールが頷き、俺は魔道具の中にいる精霊に心の中で謝りながら魔道具へ浄化魔法と解呪の魔法でディスペルを発動させた。
すると魔道具に亀裂が入り、そこからキラキラとした光が俺とフォレノワールの身体を包んで消えていく。
そこには憎悪の感情はなく、ただ暖かい何かを感じた。
「再び精霊となるには幾星霜を経ることになるだろう。それでも再び巡り合うことを願っている」
隣にいるフォレノワールからそんな小さな呟きが聞こえた。
するべくことが終わったので、中心部へ戻ろうと思ったけど、その前に気になった点を質問することにした。
「さっき燃えた魔族、もしくは魔族化が研究者のリーダーだったのか?」
確か以前貴族令嬢は、ブランジュのトップが認める技能を有していることをリーダーの条件にしている……そんなこと言っていた気がする。
その優秀な者達をまとめ上げるリーダーに何故魔族が選ばれたのかだけ知りたかった。
「精霊石を扱う第一人者として開発に携わると……あれ? でもそれなら何故リーダーを?」
すると他の研究者達も頭を傾げ始めた。
「洗脳、もしくは魅了が小さな綻びに引っ掛かって解け始めたわね」
「そっか。じゃあ戻ろう」
また転移しようとすると、貴族令嬢が声を上げた。
「ルシエル様は転生者何ですか? それとも勇者様なのでしょうか?」
そういえば時空間属性は転生者か勇者だけか。
はぁ~俺は完全にいろんなことに巻き込まれる者だろ。そんな風に思いながら、ちゃんと答えてることにした。
「最近、世界を守護する者っていう称号を授かったただの賢者だよ」
それだけ伝えてネルダールの心臓部へと転移した。
そしてネルダールの心臓部へ戻ってくると、精霊女王と風の精霊の作業、そして火の精霊と土の精霊の作業は終わっていた。
「結局その魔法陣は何だったか分かりましたか?」
「召喚魔法陣よ。瘴気と魔力を吸い込むように出来ているみたい」
「もしこの空間全体を瘴気が埋め尽くしていて、魔族二体と魔族化した者達が六人、それと大量のエビルプラントが贄で呼び出されたとしたらどうなっていましたか?」
「それなら確実に魔王級の魔物が召喚されていたでしょう。ただ本命は……邪神の受肉だと思いますけどね」
まぁそれはそうだろうな。
今は直接的な干渉が出来ないから、こうして暗躍しているんだろう。
そうでなければ暗黒大陸の封印を破壊している筈だろうし……。
「ところで風の精霊。魔人化した者達や魔族、大量のエビルプラントがいたのは本当のことなんですが、魔物や魔族も転移魔法陣を使えるんですか?」
「当然弾かれるようになっているさ。もし転移出来るようになっているとしたら、魔法陣を弄られたか細工をされていたんだと思う」
「そうですか」
だけど一番の問題は風の精霊が侵入に一切気付けなかったことだ。
何か対策を取らないと、また同じようなことが起こった場合、対処することは難しいぞ。
それこそ聖域結界を半永久的に発動させる魔道具でもなければ……なければ開発すればいいのか。
もしそれが成功して、本当に邪神を退ければ平穏に暮らせるかもしれない。
「一度ネルダールの結界と住人、研究者を調べた方がいいですね。その間に対策を取ります」
「何か思いついたのね?」
「ええ」
そして俺はブレスレットを掴み、通信を始めた。
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