340 ネルダールの異変
ネルダールへと転移してきた俺は……俺達は、直ぐにネルダールの異変に気が付いた。
まぁ誰でもこれが瘴気だって気がつくか、微かだけど黒紫色の靄が視認出来るのだから。
「これは凄い瘴気ね。でも何故ネルダールがこんなにも瘴気を……」
「瘴気ならピュリフィケイションウェーブで消すことが出来ます」
浄化波を発動すると、一気に消し飛んでいく。
どうやらうまくいったみたいだな。
そう思っていると、リディアが躊躇いの表情を浮かべながら寄ってきた。
「あのルシエル様、瘴気が見えるんですか?」
あれだけはっきりと瘴気を見れば分かるんじゃないのか? リディアには見えなかったんだろうか?
「今ここの瘴気は払ったけど、視認出来るぐらいの瘴気だったと思うけど?」
「あの私には見えなかったです」
心配そうに答えるリディアだったけど、そうなると視認出来ていた俺の方が異常だってことか? いや精霊女王達も見えていたしな。
すると横で聞いていた精霊女王が割って説明を始めた。
「それは賢者ルシエルの称号の影響ですね。精霊は瘴気の濃いところで活動するのが苦手なのです。だから精霊は瘴気がない場所を探しますが、精霊がいなくなった場所は荒れ地のようになってしまいます」
「その称号が世界を守護する者の恩恵だと?」
「ええ。称号には色々と恩恵があるのよ」
ええ、それは知っていましたよ。
今回の称号による恩恵も別にデメリットがあるものではないですけど、一応事前に説明して欲しかっただけですよ。
瘴気が見えるぐらいの特殊能力をなら、黙っていれば問題はないだろうし……。
主に魔物や魔族、邪神を見分けることにしか特化しているぐらいだろうし……はぁ~もう溜息しか出ない。
「まぁ瘴気が薄くでも溢れていたので、早急に瘴気の原因を取り除くことにしましょう。出来れば風の精霊とも合流したいですね」
「そうね。行きましょうか」
「はい」
精霊女王を囲むように大精霊達が動き出したので、俺とリディアも後へ続き、瘴気が見えたら無詠唱で浄化波を発動させて進んだ。
ネルダールの中心部へ着くと、中心部も先程と同じぐらいの瘴気が漏れていて、まるで魔術ギルド本部全体が濃い瘴気の中にあるようだった。
「どうするか」
浄化波を使えるのは俺だけだから、一気に浄化することは出来ない。
それなら瘴気の元を叩いた方がリスクは低い……そう判断したところで、精霊女王が真剣な顔で指示を出してくれた。
「聖なる結界は張れるかしら?」
「ええ」
「良かった。それなら聖なる結界を発動したら、結界に時空間属性の空間拡張を発動させて」
「その手があったか!!」
俺は云われた通りに聖域結界を発動しながら空間拡張も同時に発動していく。
結界外にある瘴気はこのままいけばネルダールの外へ出て行くだろう。
ただこのままだとまだ足りないな。
俺は相手を邪神と仮想して五倍の魔力を込めた浄化波を、結界内に潜む魔物や魔族を焼き尽くす勢いで発動した。
「誰かここネルダールに魔族がいないか調べてくれないか。それとリディアは風の精霊を召喚出来たよね? もしくはそれに近いことが出来るなら、呼び寄せてもらえないか?」
「やってみます」
リディアが返事をしたところで、フォレノワールが何かを察知したらしく走り出した。
「フォレノワール、どうした?」
「ルシエル、この感じは戦争でも感じた精霊石のものに似ているわ」
「案内してくれ。リディアは大精霊達と風の精霊と先に合流しておいてくれ」
俺はフォレノワールを抱きかかえてナビを頼むと、身体強化を発動して問題の現場へと移動を開始した。
もし仮に精霊石で実験をしているなら、大精霊達は人嫌いになるぐらいならまだしも、世界を守るために人族を滅ぼそうとしてもおかしくはない。
それだは止めなくてはいけない。
ナビ通りであれば、やはり辿り着くのはブランジュの研究施設だ。
既に名前を忘れてしまったけど、研究をしている中にはあの貴族の少女もいる。
ナディアとリディアの知り合いではあるけど、もし彼女も関わっているのなら、闇属性魔法を使って今の研究を自白させるか、記憶の改変が必要になるかもしれない。
そんなことを考えて、俺はブランジュの研究室のドアを蹴り開けた。
中ではいくつかの材料が燃えているし、燃え切ったものもある。
そんな中、未だに燃えているのに瘴気を生み出しているものがあった。
正直、何をしているのか調べてみたかったけど、フォレノワールがキレ掛かっているのが分かった。
放っておくとレーザー光線を放ちそうだったので、先に一度無詠唱で浄化波を発動させた。
すると今度は至近距離だったからなのか、瘴気を出していた何かは、あっけなく燃え上げると、直ぐに塵のように消えていった。
そこでほっと一息吐こうしたところで、注目を浴びていることに気がついた。
まぁいきなり飛び込んだのだから見られていて当然だろうな。
この世界には魔族の研究や精霊の研究をしてはいけない……そんな法律はない。
そして俺は彼らの研究を潰したことになる。
精霊の姿が見えるエルフや加護持ちなら精霊のこと証明出来るけど、残念ながらその手段は精霊の敵であるブランジュの研究者には分からないだろうな。
ましてやそれを証明すことも普通なら出来ないのだ。
仕方ないから強気の姿勢でいきますか。
「少し派手な登場になってしまいましが、私は賢者をしているルシエルと申します」
「こ、これはどういうことですか。我が国の研究を破壊するなんて、どう責任をとるつもりだ」
一人の若い男性研究者がこちらに詰め寄ってくるが、フォレノワールから殺気を当てられてその場にへたり込んでしまう。
「責任ですか。それならまず公国ブランジュは我々にどう責任を取るつもりでしょう? それと貴方が責任者でよろしかったですか?」
「い、いや、責任者はさっき炎に焼かれて死んでしまったよ。一体私達が何をしたというんだね
今度は少し歳を重ねられた女性だった。
しかし何をしていたか分からないのは洗脳されていたからなのか、それともあまり魔族に関しても精霊石に関しても危険なことだとは思っていないのか……。
「今まで公国ブランジュには魔族化、魔族との共謀、精霊石を破壊し精霊を殺戮している疑いが掛けられていました。そしてさっきの魔法は魔族を灰にする聖属性魔法ですよ。貴方達には無害……いえ、服や部屋などは綺麗になっているでしょう?」
「……」
もう誰からの声も上がらなかった。
それは魔族がここにいたことをここにいる人達は知っていたということになる。
「まぁ今回のことで公国ブランジュは魔族と共同で何等かの研究していたことが分かりましたし、このネルダールへ瘴気をまき散らすという大罪を犯しました。これは完全にネルダールを経由した他国への宣戦布告になりますが、何か言い訳はありますか?」
「賢者ル、ルシエル様。宣戦布告なんて勘違いですわ」
あ、何とかさんって貴族の人……あまり関わりがなかったし、レインスター卿との修行時間も含めると三年以上会っていなかったらから忘れてしまった。
「残念ながら既に幾つか貴国がしてきた策略を潰させてもらっています。聖シュルール恊和国の執行部の魔族化。帝国には転生者なる特異な存在を送り込んでほ魔族化の進行。ルーブルク王国にも魔族化した者を送り、精霊にとって命の源である精霊石の回収と破壊」
「精霊って……」
もしかしてメルヘン思考に思われたのか? それとも精霊に対してあまり信仰心がないのだろうか? 他の研究者達も唖然としてしまっている。
「別に頭はおかしくなっていませんよ。ここにいるフォレノワールも光の大精霊ですし。フォレノワール、精霊の姿に戻って一旦姿を消して、またその格好で現れてもらってもいいかな?」
「その前に精霊石の回収に魔力を送り、精霊に魔力供給してやらなければ精霊が死んでしまう」
そうなのか。
俺が慌てて精霊石に近づこうとすると、後ろから声が聞こえたきた。
「それは大丈夫ですよ。それより賢者ルシエル、少し困ったことになりましたので、貴方の力を貸してください」
振り向くと精霊達に交じり、知らない若い男性が立っていたため、彼が風の精霊であることが分かった。
それにしても精霊達が集まった上での頼み事は、厄介ごとの気配がするんだよな。
そう思いながらも俺には選択肢がなさそうなので頷き、その精霊女王の願いを聞き入れることにして、一応彼らが地上へ戻ることが出来ないように頼んでおく。
「あ、公国ブランジュの魔法陣を起動させないようにお願いします。ここにいる研究者達にはまだまだ聞かないといけないことがありますから」
「分かったよ」
風の精霊が頷いたところで、精霊女王が依頼内容を口にした。
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