337 魔物群れと盗賊の噂
グランドルの迷宮近くへと転移した俺達を待っていたのは、巨大なゴリラとオーガーの群れと必死に戦っている冒険者達だった。
しかも冒険者達は少なからず怪我を負っているらしく劣勢で、今にも魔物の群れに飲み込まれてしまいそうに見えた。
「加勢す……怪我人は銀貨一枚で治療するぞ」
俺が加勢するかどうかの確認を取ろうと声を掛けたところで、ほぼ同時に俺の後方から幾重ものレーザー光線が飛んでいき魔物を吹き飛ばした。
追撃するように地面が針山のように隆起して魔物を次々に串刺していくと、上空からは氷槍の雨が降り注いで魔物を一瞬で殲滅してしまった。
仕方なく冒険者達の回復を買って出ることにした。
いきなり現れて戦闘に介入したことで冒険者達は唖然としていたけど、回復してもらえることが分かると直ぐに動き出した。
「……本当に銀貨一枚で回復してくれるっていうのか」
一人の冒険者が窺うように聞いてきたけど、ここでお金を受け取ってもなぁ……あ、そうだ。
「もしくは銀貨一枚じゃなくても、俺達が倒した魔物の魔石を集めてくれてもいい。こちらは魔石以外は必要ないから、魔物の死体は好きにしてもいい」
するとさらに警戒されてしまい、冒険者達はいつ戦闘になっても動けるように腰を落とした。
「あんた達、一体何者だ?」
あれ、まさか同族だったのか? いや装備も身なりも冒険者だよな。
何故こんなに警戒されるんだろう?
「ただの賢者とその一行だけど……はぁ~死に掛けている人もいるみたいだから、勝手に治療するよ」
さすがに警戒されたまま治療することが出来ないで、救える命を救えなかったら、後悔すると思って行動することにした。
冒険者達が攻撃して来ようとしても、こちらには精霊達がついているからね。
重傷に見える冒険者にはミドルヒールを視認出来るように色を付けて飛ばし、打撲や骨折程度の怪我を負った冒険者達にはヒールを飛ばす。
冒険者達は俺からいきなり放たれた回復魔法から逃れようとしたけど、追尾型にしてあるので次々と回復魔法をその身に受けて回復していく。
最初は強張って魔法を受けていた冒険者達も、傷が無くなっていることが分かったのか、徐々に至る所から驚きの声と歓声が上がった。
「もしかして本物の聖変……様」
「その通り名は久しぶりですね。先程も言いましたが、今は賢者です。それより魔石を取ってもらっても?」
「ああ、任せてくれ。ただ魔法を解除してくれると助かる」
すると冒険者の言葉を聞いて水の精霊と土の精霊が魔法を解除した。
「待っていてくれ」
そう言って冒険者達は魔物の死体の解体を始めた。
「ルシエル、急がなくてもいいの?」
「ああ。何であれだけ警戒されたのかを知りたくてさ。水の精霊は何が起きているか分かるか?」
「最近この地で魔物が増えている以外は何も分からないわね。後は人同士のいざこざが頻繁に起きているぐらいかしら。情報集める?」
「いや、あの冒険者達に聞くよ。魔物が増えている原因も知りたいし」
そんな話をしていると、冒険者達が魔石を持ってきたので受け取り、水の精霊の話を基に質問してみることにした。
「ちょっと聞きたいですが、さっき俺達を警戒していた理由と最近この地域で魔物が増えているって噂は本当ですか?」
「そうだな。まず警戒した理由だけど、回復魔法が出来ると近づいて来て、それが盗賊だっていうことがここ最近頻発しているんだ」
「そうですか。でもそれなら直ぐに噂が広まり、冒険者ギルドで討伐依頼が出るんじゃないんですか?」
「それが聖変様みたいにちゃんと回復してくれる治癒士もいるんだよ。だからどっちか分からないから警戒していたのさ」
「そうだったのか……」
もしかすると法案とガイドラインを作ったことで犯罪者になってしまった者か、もしくは奴隷で命令されてやっているかのどちらかだよな。
「それと魔物が増えたかどうかだけど、増えたんじゃなくて、最近魔物がこうやって集団で襲ってくるようになったのさ」
魔物を誘導、もしくは統率することが出来る黒幕がいるんだろうな。
それが人か魔族かは分からないけど……。
「それに関して冒険者ギルドの見解は?」
「高ランクの冒険者達が捜査中だ」
「そうですか」
冒険者ギルドは魔族が出現していることは知っているはずだ。
その情報を知っているのはギルドの幹部と高ランク冒険者だけなのかもな。
「なぁ……本当に魔物の死体はいらないのか?」
「これからすることがあるので、その前に一度浄化しましょうか」
俺は無詠唱で浄化波を発動した。
するとこの場では苦しむ人はいなかった。
どうやら魔族は潜伏していないみたいだな。
「おおっ本当に聖変様は凄いんだな」
「これでも聖シュルール教会が認めたS級治癒士ですからね。それよりも怪我をしたんですから、今日ぐらいは安静にした方がいいですよ。ではまた機会があれば」
「おう、ありがとうな聖変様。あんたのことは広めておくよ」
「名声が欲しくて皆さんを治療した訳ではないので……」
それにこれ以上、通り名が増えるのは勘弁して欲しい。
そう願いなら、冒険者達が魔物の解体をする場から歩いて離れた。
そして冒険者からだいぶ距離が離れたところで、リディアから声を掛けられた。
「あのルシエル様、出来れば今回の件を解決出来ないでしょうか?」
リディアが提案してくるのは珍しいと思いながら、俺も気になっているので頷き、水の精霊に頼ることにした。
「水の精霊。近くに盗賊のアジト、もしくは魔族がいるか分かるか?」
「魔族がいるかは分からないわ。でも近くに人がいるかを探ることは出来る」
水の精霊は何かを呟くと、地面に水溜りが出現する。
すると水溜りには、俺達を俯瞰した視点からの映像が映し出された。
「凄いな……こんなことが出来るのか」
「これで一々説明しなくても分かるでしょ。これと同じことを今しているから待ってて」
水の精霊が手を振ると、水溜りの映像がスライドして切り替わっていく。
しかし――。
「一応近くにある洞窟や森の中を見たけど、たくさん人が集まっているや魔物が巨大な群れでいる場所ははなかったわ」
水の精霊が発見出来ないのであれば、盗賊が隠れているのは近場じゃないのか? もしくは……。
「さっき助けた冒険者全員を監視することって出来るか?」
「それは出来るけど、どうして?」
「あれだけの魔物を遠距離から統率することって出来るのかと思ってさ。それに事前に調べておけばいざとなった時、疑心暗鬼にならずに済むでしょ」
「う~ん、まぁ分かったわ」
「助かるよ。今度何か埋め合わせするよ」
水の精霊を酷使してしまうのは悪いと思うけど、面倒事の芽は出来るだけ早く摘んでおきたいからな。
「ルシエル様、水の精霊様ありがとう御座います」
「また何かあれば遠慮せずに言ってな」
「契約者なんだから遠慮しないでいいわよ」
リディアにはもっと自信も持ってもらわないといけない。
そう思っているのは水の精霊も同じようだ。
「はい」
リディアが頷いた時だった。
強烈な熱風が吹くと、真っ赤なコートを着た真っ赤な頭の男が現れた。
「ほう。母様が救出されたと聞いていたが、まさか大精霊が
どうやらこの姿が人化した火の精霊らしい。
「貴方には一番迷惑をかけてしまったわ」
「我では母様の役目を担うこと叶いませんでした。申し訳ありません」
「そんなことはないわ。貴方は十分その役目を担ってくれたわ。本当にありがとう」
「勿体なきお言葉です」
火の精霊が頭を下げると、精霊女王は火の精霊とハグをした。
すると火の精霊の身体が小刻みに震えているのが分かる。
精霊には精霊にしか分からない世界があるのだと実感する。
それから暫くして、火の精霊が精霊女王から離れると、真っ赤な
「賢者ルシエル、良く母様をあの迷宮から脱出させてくれた。礼を言う」
「皆にも言っているけど、授かった加護の分、少しでも返せたならそれで良かった」
「そうか。今後も何かあればお主の力になることを誓おう」
「ああ、頼りにさせてもらう」
暑苦しい性格だと思ったのに、とても実直な性格をしているんだな。
精霊の中では一番まともに思う。
「それでだが、何故大精霊がこれだけ集まっているのだ」
「それは精霊女王が大精霊に会いたいと願い、光と闇の精霊は今まで通り俺の同行者。水の精霊と土の精霊は少し頼みごとがあるからついて来てもらうことになったんだ」
「ほぅ~面白そうではないか。差し詰め今度は風の精霊と会うのか?」
楽しそうにしているってことはついて来る感じだよな。
でも火の精霊に頼むことは特にないんだけどな。
「その予定だよ。まぁさすがに魔導都市国家ネルダールへ直接転移するのは怖いから、聖都シュルールを経由することになるけど」
「そうか。それならば我もついて行こう」
「どうしてか聞いてもいいか?」
「あそこにはフルーナがおるからな。久しぶりに会いたいと思う」
教皇様か……まぁしょうがないか。
精霊をこれだけ引き連れて行っても平気なのか? まぁ何かあれば精霊女王が動くか。
「分かった。だけどこの場の管理や眷属は大丈夫なのか? 最近争いがあると聞いているんだけど」
「無論だ。それに精霊は私的に動くことは禁じられている。自然が破壊されたり、瘴気が満ちるようなことが無ければ動くことは出来んしな」
「そう……なのか」
明らかに他の精霊達は私的に力を行使しているんだけどな。
きっと後ろを振り返れば、フォレノワール達は顔を背けるか視線を逸らすだろうな。
「賢者ルシエルよ、どうした?」
「あ~出来ればなんだけど、リディアと召喚契約をしてもらいたいんだ。間違いなく邪神と戦うことは避けられないから、少しでも戦力が欲しいんだ」
「うむ。邪神と対することは世界を守護することと同義。喜んで力を貸そう」
それからリディアは火の精霊とも召喚契約を結ぶことに成功し、聖都へと向かう前に戦乙女聖騎士隊を迎えに行くために、俺達はイエニスへと集団転移のだった。
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