335 ルシエル商会としての方針
転移した場所はイエニスにある俺の屋敷の庭だった。
いきなり目にしていた景色が変わったのだから、事前に説明していたとしても驚いたのだろう。
フォレノワール達精霊を除き、皆一様に驚きの声を上げだした。
特に師匠は飛行艇が苦手だったので、本当に嬉しそうだ。
全員転移による酔いは問題はなさそうだったので安心した。
しかし転移魔法は覚えて便利だけど、個人的にはやっぱり飛行艇の方が好きなんだよな。
まぁこれからもきっと飛行艇に乗る機会はあるだろうけどな……。
「屋敷の中に入ったら解散するんで、ドラン達もちゃんと屋敷から工房へ下りてくれ。それと俺の代わりに師匠とライオネル、それとルミナさんはケフィン、ケティと情報の摺り合わせをお願いします」
「まぁしょうがないだろうな」
「アルベルト殿下には噛み砕いた情報を伝えなければいけないので、仕方ありませんか」
「私は教皇様になるのか。まぁ今の教会本部にはガルバ殿がいるし、私は私達戦乙女聖騎士隊の報告になりそうだけどね」
師匠はともかくライオネルは大変そうだよな。
逆に聖都はルミナさんが言うように、ガルバさんがいるから有力な情報を掴んでいる可能性は高いから、報告だけになりそうだ。
あ、そうだ。一応ルーブルク王国にも行かないといけないんだよな。
……まぁそれはおいおい考えればいいか。
何にしても魔族や邪神が人類にとって脅威だという共通認識を正しく持ってもらう必要があるからな……国としても一個人としても。
いつか分からないけど、間違いなく邪神が動くときに魔族も動く。そうなれば魔物達が至る場所で暴れ出すだろう。
仮にそうなってしまえば大勢の人が犠牲になるだろうし、暴動などの人的被害も予想される。
そうなった時にここにいる世界屈指のメンバーなら、各国に武力介入して従わせることが出来るかも……いや、出来るだろう。
だけど少人数で世界を掌握したとしても、きっと直ぐに不満が出てきてしまって、それを維持することは難しくなるだろう。
だからルシエル商会としては各国に頑張ってもらい、支援する形を取ることに決めたのだ。
正直なところ他の転生者もいるのに、何でこんな役目を担わないといけないんだとは思う。
だけど確実に邪神から目をつけられているだろうから、そこは諦めて、せめて人類には絡まれないように、恨まれないように味方を増やしたいと考えた結果がこれだった。
「師匠とライオネルは情報の摺り合わせが終わったら、地下で模擬戦でもしていて構いませんよ。ルミナさんも自由にしていて下さいね。こちらの用が終わったら次は聖都へ行きますから」
それだけ告げて俺は屋敷の扉を上げた。
さすがに街に入る門を通って来なかったからか、突然屋敷に現れた俺達を出迎えるメイドさん達はいなかった。
「「ルシエル様、お帰りなさい(ニャ)」」
しかしケティとケフィンが執事服とメイド服で現れたので驚いた。
「よく俺達が来たことが分かったな」
「地下の訓練場に模擬戦をしていたら、大人数が敷地へと入ったと連絡がありましたから」
「皆無事そうで良かったニャ」
そういえばスピーカーみたいな魔道具が取り付けられているんだったな。
それとナディアがいないことにはさすがに気づかないか。
「そっか。それよりその格好は一体?」
「これは「私の力作よフォー」です」
ケフィンの声に被せて来たのは、相変わらずキャラの濃いトレットさんだった。
「トレットさん、お久しぶりです」
「本当にね。これだけの設備を抱えていることを黙っているなんて、ルシエル君も悪い子だわ」
「ここの工房はドラン達が改造しているんで、俺はノータッチなんですよ」
「そうなの……ところで私のお仕事あるかしら?」
トレットさんは何故か身体をグイッと寄せて来る。
あまり邪険にすることは出来ないし、ある意味で怖い存在だ。
「じゃあここにいる全員の天使の枕と変身ドレッサーをお願いします。こちらから提供出来るのは環境と珍しい素材、属性魔石になります」
「よっしゃ――!!フォー、フォー言質は取ったわよ」
めちゃくちゃテンションがおかしい。
そんなにここの工房で働くことが嬉しいのかな?
「……えっと何故そんなにテンションが高いんでしょうか?」
「それはあの伝説の時空間属性の魔石を弄れるからに決まっているじゃない」
「えっと何で知っている……って、まさか」
俺が振り返るとポーラとリシアンの姿はなかった。
どうやらトレットさんがいたことで、外から工房へと向かったんだろう。
忘れてたけど、あの二人はトレットさんの弟子だったんだよな。
それにしても時空間属性を俺の了承なしにバラすとは、俺の平穏が遠ざかるじゃないか。
「あの二人は昼食は無しだ」
まぁたぶん適当に何か探して食べるだろうけど……。
「それで今日から正式に働いてもいいのかしら?」
「はい。一応責任者はドランですから、ドランと話は詰めてください」
「分かったわ。ドラン、行きましょう。直ぐに行くわよっフォー」
ハイテンションのトレットさんを見てドランは何も発することなく、ただ大きな溜め息を吐きながら、トレットさんに手を掴まれて地下の工房へと連れて行かれた。
オネエっぽいおっさんが無骨なおっさんの手を取って歩いていく光景は、俺にはインパクトが強過ぎて、二人が消えるまでただ静かに見送ってしまった。
気を取り直して、ケフィン達から報告を受けることにした。
「えっと俺達が離れている間に工房で問題はなかったか?」
「あの転生者達が少しだけ問題を起こしました」
やっぱり転生者を混ぜてはいけなかったのか。
「問題を起こしたのはアリスか? それともハットリ? まさかリィナではないだろう?」
「それがある意味で申し上げれば三人ともになります」
あ~聞きたくない。
「……それで一体何をしでかしたんだ?」
「魔石で動く喋る人型ゴーレムを作ったのです。ゴーレムの構造はリィナが、外見はハットリ担当しました」
ん? それだけなら問題ないし、逆に凄いことだと思うけど。
「それは問題無いと思うけど、もしかして誰かに販売したのか?」
「いいえ、ゴーレムの思考パターンを何故かアリスがしていて……」
あれだけ自重しろって言ったのに、何故その選択肢を選んだんだよ。
二人が制作に忙しかったのなら、他に誰でも良かっただろうが。
「はぁ~それで問題とは?」
「はい。起動したところ、どうやらゴーレムは動く物を追う習性があり、従業員を色々な声を出しながら追い掛け回し始めました。そして標的を捕まえた後にアリスの趣味を語っていました」
「当然破壊してあるんだよね?」
そんなゴーレムをこの世界に残しておいてはいけない。
これはきっと俺に課せられた使命だ。
「いえ、ハットリが泣いて頼むので、現在は停止させてあります」
外見を担当したってことは、だいぶ思い入れがあるんだろうな。
失恋した男に追い打ちをかけるのも気が引けるか。
でも一体だけなら、そこまで問題になることはないと思うんだけどな……。
「……そのゴーレムは何体作ってあるんだ?」
「三体です」
やっぱり一人一体か。
何で全てアリスの思考にしたのか、本当に理解出来ない。
「ところでエスティアとナディア、それとナーニャの姿が見えませんが」
「えっ? あ」
ナディアは残してきたけど、エスティアとナーニャは忘れてた。
エスティアには今まで闇精霊に憑依していたけど、今は独立することも出来るようになっていたんだな。
ナーニャのことはすっかりと忘れていた。
でもナーニャは何処にもいなかったよな?
「お姉様は龍神の巫女の修行がまだ残っていますし、エスティアさんは少し闇の精霊さんと離れて、自分の新しい武器を見つけるために残られました。ナーニャさんは二人を支援と連絡係として残られました」
俺の代わりリディアが答えてくれた。
でも何で把握しているんだ?
そう聞こうとすると、リディアは微笑みながら口を開く。
「精霊さん達が教えてくれるのです」
精霊女王に顔を見ると……あれ?
「そうか。それよりもフォレノワール、人化出来るようになったのか?」
「今更ね。母様が近くにいれば、私達の力は強まるの。だから人化することも可能なの。もちろんぺガサスの姿に戻ることもね」
確かに今更だったな。
「そうか……あ、いつまでもここで話しているのもおかしいな。皆は屋敷の中へ入ってくれ。師匠、こちらはお願いしますね。俺達は予定通り水の精霊に会いに行ってきます」
「ああ、分かった」
そして精霊達とリディアを残して皆が屋敷へと入って行ったので、俺はリディア達と一緒に水の精霊がいる森の泉を思い浮かべて集団転移を発動した。
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