333 時空間属性魔法
龍神は大きな勘違いをしている。
確かに龍の状態であれば、的が大きいから攻撃を受けるだろうけど、俺の戦闘経験は殆どが対人戦だったから、対人戦に特化していると言っても過言ではない。
だから人化してくれていた方が、いくらでもやりようがある。
身体強化を発動しながら、ルミナさんのアクセルブーストを模倣する。
仕組みは分かっているので、精霊がいるこの場所であれば問題なく出来るはずだ。
さらに今回は時空間属性魔法のスピードアップを無詠唱で発動し、龍神へ近接戦闘を仕掛けることにした。
「行きます」
俺はボソッと呟き、こちらに槍を構えていた龍神に接近する。
龍神が驚いた顔をしているのが見えたけど、見えているのだから直ぐに対応してくるだろう。
俺はそう判断して、龍神が構えていた槍を上から魔力を込めた幻想剣で全力で叩き斬り、その勢いのまま回転して龍神への一撃を放つことにした。
もし槍で幻想剣が止められても、そのまま槍に沿うように滑らせれば一撃は入れられるだろうと……。
イメージ通り実行すると驚いたことに、幻想剣は何の抵抗も感じないままが龍神が持っていた槍の柄を通過してしまった。
もしかしたら幻影だった? そう思いながらも既に回転の動作は止められず、それならばと幻想剣を全力で振るって斬撃を飛ばすことにした。
「ハッ!」
しかし斬撃を放った時に龍神はようやくバックステップの動作に入ったところで、飛ぶ斬撃で袈裟斬りしてしまった。
龍神の身体を通過したところで、これは幻影ではないだろうと嫌な予感もしたので、直ぐに龍神へとエクストラヒールを発動したことを確認して、自分に掛かっている全ての魔法をキャンセルした。
「龍神様、何で様子見をしようとしているんですか」
ここは精神世界だから、たぶん龍神は死ぬことはないだろうけど、これでは俺もどれぐらい自分が強くなったのか分からないし、見ている方も八百長を疑うだろう。
まさか前に戦った時よりも四百レベル以上高くなったぐらいの人族を、神の名を持つ龍があっさりとやられるはずがないのだ。
「……まさかここまで強くなっているとは思ってもいなかった。許せ。もう一度戦ってもらおう。今度は我の本来の姿で相手をする」
龍神は先程までの表情ではなく、真剣な表情となった。
これで舞台は整ったな。
「お願いします」
「殺すつもりで行くぞ」
そう告げた龍神は巨大化しながら、その姿を龍へと変化させていった。
この姿を見るのは世界樹の迷宮以来だけど、やはり迷宮の創られた毒龍よりも、龍神である本物の方が迫力がある気がする。
そう思っていると、龍神から突き刺さるような強烈な殺気を感じた。
間違いなくブレスが飛んでくるだろう。
「聖龍、皆に毒のブレスが届かないように結界を頼みます」
返事を待たずに、自分にスピードアップを発動して、被害が地上に出ないように飛ぼうしたところで、ドラン、ポーラ、リシアンの姿を捉える。
「これで全員来たか。じゃあ本格的に時空間属性を解禁しようか」
俺は空中へと飛ぶことを止め、ブレスの大きさを予測して亜空間を作成する。
さらに作成した亜空間の中に指定転移の魔法陣を紡ぎ、毒龍の後方に出現させるように集中し、念のため聖域鎧を発動したところで龍神からブレスが放たれた。
少しだけブレスが大きいと判断して空間拡張で亜空間の入り口を広げたところに、ブレスが到達した。
毒龍のブレスは狙い通りそのまま亜空間に吸い込まれていく。
そして次の瞬間、龍神の後方に魔法陣が出現し、龍神のブレスが龍神の背に直撃した。
たぶん相当に痛かったのだろう。ブレスが止んで龍神の叫ぶ声が聞こえた。
俺はこの機会をのが逃すまいと空中に転移し、本来なら【龍剣九陣】を放つところで、ブレスを喰らって絶叫で大きな口を開いている龍神の口へ、魔法袋から取り出した樽を三つだけ指定転移させてみた。
それから間もなく龍神の叫び声が止まり、龍神は地面へと落下していった。
「うん。この指定転移はかなり使えるな」
たぶん俺は今、とてもスカッとした顔をしているだろうな。
そう思いながら、落ちた龍神の元へと向かい、浄化魔法で物体Xの臭いを消した。
すると誰よりも早くポーラが駆け寄って来た。
「ルシエル、さっきのは時空間属性魔法」
「そう。飛ばされた先に時空龍がいて、加護をもらったら時空間属性魔法が使えるようになったんだ」
皆にも聞こえるように、少しだけ声を大きくして答えた。
「ルシエル、この世界の技術発展のために、結婚してほしい」
一瞬、ポーラの言っている意味が分からなかったけど、ポーラの考えを理解して答える。
「……ポーラ、これからは魔石に時空間属性を付与出来るし、わざわざ結婚しなくても開発は出来るけど?」
「……出来るだけ多くのサンプルが欲しい」
それは完全に盲点だったと顔に書いてあるので、ポーラらしいと笑ってしまう。
ドランとリシアンは声を発することなく、満面の笑みを浮かべていた。
「分かっているよ。でも出来るだけ節約してくれると助かる。それと三人もレベル上げに行くか?」
「もちろんいく。魔力量が増えれば、開発三昧出来る」
動機が不純で行きつく先は凄く身体に悪そうだけど、まぁ今も同じようなものだから平気かな。
ポーラだけでなく、ドランとリシアンからもやる気が感じられるのは珍しいしな。
それより迷宮で量と質の良い魔石は確保したけど、きっとこの三人に掛かれば、直ぐに無くなってしまうんだろうな。
そう思っていると、師匠とライオネルが声を掛けてきた。
「ルシエル、強くなったな。既に俺の全盛期よりもお前は強い。いいや、比べられるものではない」
「ルシエル様から見たら、私は既に路肩の石でしょう」
二人は神妙な顔をして言葉も卑下しているけど、何故か闘気のようなものが先程からビシバシと伝わってくる。
二人の態度がおかしい時はこれまでもあったから、しっかりと言葉を選んで話すことにする。
「何を言っているんですか。技術的なことを言えば、俺はまだまだ師匠達には叶いません。それに今はレベルが違い過ぎるだけです」
「ルシエル、昔にも教えたけどレベルは関係ない。お前が強者で俺は弱者だ」
「御守りする主よりも従者筆頭が弱いなど、笑い話にしかなりません」
何故か徐々に神妙な顔から笑みがこぼれ始めた。
やはりこの二人は……。
「あのお二人共、凄く楽しそうな顔ですけど……」
「曲り形にも俺はルシエルの師匠であったよな?」
「ええ、もちろんです。今もこれからもそうだと思っています」
「ルシエル様、私は従者筆頭でいいんですよね?」
「ああ。ライオネルがいなければ、今の俺はない」
「「それじゃあ(では)稽古をつけてくれ(ください)」」
ああ、やっぱり戦闘狂だった。
「賢者ルシエル様、私もいいでしょうか」
二人の後ろから、忘れていたバザックが声を掛けてきた。
それに対して「いいですよ」と答えそうになって思い留まる。
……この三人と現時点で戦うことはいい。
しかしこれから先、レベルが上がった三人を一緒に相手にすることは死を意味するだろう。
だから条件を付けることにした。
「分かりました。でも三人と一緒に戦うことは今日で最後です。それと今度挑んでくる場合は、罰ゲームとして物体Xを飲んでもらいますからね」
「望むところだ」
「承知しました」
「まぁ打倒ですか」
あれ? 三人の様子がおかしい。
「もしかしてもう物体Xを克服したんですか?」
「あん? 弟子に出来て師匠が出来ない訳がないだろう」
「従者筆頭ですからね」
「深淵を覗く気でいけば、気絶など恐れる足りない」
師匠とライオネルは分かるけど、バザックは克服というより気絶することで、乗り越えていたのか。
もしかしてルミナさん達は、戦闘狂達の訓練と物体Xを飲んでいる姿を見て、落ち込んでいたのかもな。
その後、師匠達と戦い勝利を収めることは出来た。
しかし正直なところ時空間属性魔法は使わなかったけど、龍神よりも強く感じた。
師匠はアクセルブーストを使った俺の攻撃を薄皮一枚で斬らせるだけで済ませ、カウンター攻撃を仕掛けてきたし、ライオネルは盾に魔力を込めて幻想剣に盾を斬らせなかった。
バザックはバザックで、各エレメント属性のドラゴンを放てるようになっていた。
今回の結果に満足して慢心していたら、レベルが追いついた師匠達には勝てなくなると精進することを誓うことになった。
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