331 勇者よりも厄介な称号
明けましておめでとう御座います。本年もよろしくお願い致します。
転移した先で待っていたのは、今にも朽ちてしまいそうな時空龍と、その傍らで何かの魔法を発動させている精霊女王だった。
「ただいま戻りました。時空龍様、その姿は……」
「ルシエル君の攻撃があまりに強過ぎて、固定していた身体を吹き飛ばされてしまっただろ? あの攻撃で依代を保つことが出来なくなってしまったんだよ」
だよって、かなりの大事じゃないか。
精霊女王が戦えないって言っていたのは本当のことだったのか。
「私を転移させる時はそこまで大きなダメージが無いように思えましたけど? それに回復も断られましたし」
「この依代は既に限界を迎えていたんだよ。それでも転生龍達が封印されていたから、少しでも長くこの世に留まる為にこの空間に身体を固定していたんだよ」
もしかすると俺はとんでもないことをしてしまったんだろうか? 下手をして邪神の行動を活発化させてしまうとか……。
それを直接聞くのが怖いけど、俺は少し間を開けてから、再度問うことにした。
「私が吹っ飛ばしたこともですが、他の転生龍達は開放してしまっていますし、色々と大丈夫なんでしょうか?」
「まぁ大丈夫かな。転生龍に関しては龍神の役を与えた毒龍がしているし、どうせ攻撃を受けて吹き飛ばされた時点でこの身体が朽ちていくことが確定していたんだから」
「そうですか……」
吹き飛ばしてはいけなかったんではないだろうか? やはりそう思ってしまう。
「そうだよ。もし僕が死んでしまっていたら、この迷宮から出られなくなるだけだったんだから。一応頭部を除いた全身に遅延魔法を発動させておいたんだから感謝するようにね」
「ありがとう御座います」
色々と言いたいことはあるけど、消滅してたら帰れないところだったのか……本当に良かった。
それにしても回復魔法が無意味だったってことは老衰なのか……羨ましいな。
でも重傷を負ったまま時間停止させたら、その痛みはどうなるんだ? 約五十日も痛みに耐えていたのか? それとも痛覚を遮断することが時空龍には出来るんだろうか?
そんな色々なことが頭に浮かんだけど、聞いても無意味なことだったので、直ぐに話題を切り替えることにした。
「そうでしたか……あの戻って来られるまで約五十日も掛かってしまいましたけど、まだ修行の続きはあるんでしょうか?」
「あはは。ルシエル君は修行が大好きだね。でもさすがにもう身体は動かないし、精霊女王とも約束していたから、この迷宮から解放してあげることにしたよ」
それは俺が望んでいたはずの言葉だった。
そしてその言葉に呼応するように部屋の中央には、魔法陣が出現した。
これで漸く帰れるんだな。
そう思いながらも、時空龍の朽ちる姿を見て頭の中では新たな不安が浮かぶ。
「ありがとう御座います。ですが、帰る前に一つお訊ねしたいことがあります」
「何だい?」
「今のままで私は邪神を倒すこと、もしくは退けることが出来るのでしょうか?」
あれだけ簡単に時間を止められたり、転移させられたりするなんて思ってもいなかった。
さすがに時空龍だからだとは思う反面、時空間属性を覚えたとしても自信が持てている訳ではない。
「まぁ出来ないだろうね。だからもう一つの力を授けようと思う」
「ハッキリと言いますね。でももう一つの力って、あっ!?」
時空龍の身体が一瞬光ると、首元から転生龍の首飾りが浮かび上がり、時空龍からの光が首飾りに吸い込まれていく。
それだけではなく、首飾りから幻想剣へと光が流れ込んだ。
「これでその首飾りには全ての転生龍達の力が宿っていることになる。もし本当に邪神と戦う時が来たら、その首飾りを依代として君が望む者を召喚するといい。使い方は魔力を込めてイメージした者を呼ぶだけだ」
めちゃくちゃ凄い物だったんだと本気で思う。
「……その召喚でクライヤ様は呼べるんでしょうか?」
「依代である時空龍としてなら、喜んで参戦させてもらうよ」
これってもしかしなくても神器ということになるんだろうな。
まぁ今後のことを考えると、本当に助かる。
「本当にありがとう御座います。ちなみにこの幻想剣に流れ込んだと思うんですが、何か効果があるんでしょうか?」
「もちろんあるよ。転生者君がそれを持って邪神と対峙している時は、その周りにいる人々が邪神の瘴気に中てられたり、触れたりしてもアンデッド化しなくなるよ」
思った以上の性能だった。
これなら師匠達とも一緒に戦うことが出来るな。
まぁ聖域結界を発動させた中で戦えるのであれば、同じような効能はありそうだけど。
「ありがとう御座います。これで……あ」
「ん? どうしたんだい?」
ここで俺はまるで幻想剣が聖剣のようだと思えてしまった。
そしてもし俺が邪神を退ける役割なら……。
そう考えると凄く嫌な予感が強くなっていく。
「あの時空龍様、これで勇者とかになる訳ではないですよね?」
「えっ、転生者君は勇者になりたかったのかい? それならこちらをずっと見て黙っている精霊女王から加護を貰うといいよ」
俺は露骨に嫌な顔をして、精霊女王を見る。
「その顔は私から加護をもらうのが嫌なのか、それとも勇者になりたくないのか、はたまた両方なのか判断に迷うのだけれど」
さすがに失礼だったと反省しながら、勇者になりたくないことは真摯に語ることにする。
「失礼しました。出来れば生き残る確率を上げるために加護はいただきたいです。ですが勇者の役割を背負いたくないんですね。それに勇者は約四十年後に現れるんですよね?」
俺の質問に答えたのは時空龍だった。
「そうだね。ただ正確には勇者の因子を持つ者なのだよ。転生者君のように加護を自ら行動で得ていく者こそが本物の勇者なんだよね」
このままでは本当に役割を押し付けられそうだ。
「……じゃあ幻想剣ではなく、幻想杖で邪神と戦います」
「屁理屈ですね。でもそれほど勇者になりたくないのでしたら、加護を与えても勇者にはならない方法はありますよ」
「本当ですか!?」
「え~つまらないよ」
精霊女王の言っていることは時空龍の様子から本当だと思う。
しかしこの時空龍、本当に朽ちる寸前なんだろうか? 面白がっているようにしか思えない。
そう思っていると精霊女王が続きを話し始める。
「時空龍は黙っていなさい。勇者は魔王の対の存在なのは知っているかしら?」
「ええ」
「貴方が相手にしようとしているのは邪神なの。だから勇者になる必要はないの」
その言葉に俺は救われる。
それなら加護を受けた方がいいに決まっている。
「それではそのようにお願いします」
「ここから出られた後にしましょう」
「……はい」
タイミング的には今でもいいと思うんだけどな。
「さぁそろそろ行った方がいいよ。まだ余裕はあるけど、いつどうなるかは分からないからね」
「分かりました。それではまたいずれ」
「時空龍、いずれまた」
「うん。この世界を頼むよ」
それは勇者になる者に言ってあげて欲しい。
心の底からそう思いながら、挨拶を済ませた俺と精霊女王が魔法陣へと進み、地上を目指す。
「あ、世界樹はちゃんと責任を持って、元あった場所に移植するんだからね」
そんな時空龍の声が聞こえたところで、魔法陣の光に飲み込まれた。
それから直ぐに光が収まってきたけど、そこは龍神達がいる場所ではなかった。
ただなんとなく見覚えのある場所ではあった。
「ここが何処だか分かりますか?」
「無事に地上に戻ってこられたみたいですね。ここは世界樹の跡地ですね」
何となく見覚えがあったのはそのせいだったのか。
でも本当に精霊女王は嬉しそうな顔をしているな。
フォレノワール達も会ったら再会したら、精霊は皆がハッピーになるんだろうな。
「そうですか。それならば直ぐにフォレノワールや龍神のいる場所まで転移しましょう」
「それはもう少し待ってほしい。今から精霊達に帰還を知らせたい」
フォレノワール達と会うのとは違う意味があることは何となく察することが出来たので、精霊女王の好きなようにさせることにした。
もうここで開放しても特に問題はなさそうだしな。
「……分かりました。終わったら教えてください」
「分かった」
精霊女王はそう言って頷き目を閉じた。
俺が近くにいては集中力を欠くだろうと、少し離れておこうとした時だった。
まるで世界樹の切り株を舞台とするように 精霊女王がゆっくりと舞うように踊りだした。
そして精霊女王の微かな魔力が感じたと思うと、いきなり世界が様々な色で覆いつくされた……そう錯覚する程いきなり光の玉が精霊女王の舞を見るように集まったように感じる。
きっとこの全てが精霊なんだろう。
すると脳内にあの声がいきなり響いた。
ピロン【称号 精霊女王の祝福及び加護を獲得しました】
俺は精霊女王を見ると、いつの間にか精霊女王の目は開らかれていた。
「賢者ルシエルよ。私を世界樹の迷宮から解放してくれたこと、心から感謝します」
「助けることが出来て良かったです」
「賢者ルシエルは勇者になりたくないのは変わっていませんか?」
「ええ」
「それでは世界の守護者の称号にしましょう」
「えっ、そんな大層な称号はいらな……」
ピロン【称号 世界を守護する者を獲得しました】
人の枠からはみ出した称号なんていらない。まさに恩を仇で返された気分だ。
「さぁそれでは娘達のところへと連れて行っていただけますか」
「……はい」
俺は精霊情に文句を言う気にもなれず、肩を落として龍の谷の麓まで転移するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
年末の更新出来ずに申し訳けありませんでした。
今年も妄想を楽しみながら、皆様にも楽しんでいただけるよう頑張っていこうと思っております。
本年もよろしくお願い致します。