326 提案
世界樹を何とかする……そもそも世界樹に関して俺が知っていることは、瘴気を浄化する力があって、強力な魔物が生まれないような働きをしているということだけだ。
だから精霊女王を贄にしていたのは、世界樹の成長を助ける為に必要だったと言われてしまえば、それが正しい選択だったのかもしれない。
そんな判断すら出来ない俺に世界樹を何とかするのは無理だ。
とりあえず質問には答えてもらえるようだから、打開策を考えるためにも情報収集することに決めた。
「あの、クライヤ様、そもそも世界樹はどうすれば成長するのでしょうか? 精霊女王を世界樹へ贄にしていたことと関係がありますか?」
「世界樹は時空属性を除いた全属性の魔力を均等に与えると成長するんだよ。ラフィルーナは精霊女王だから、魔力をバランスよく供給するために、自ら名乗り出たのさ」
精霊女王へ視線を向けると頷かれた。そうなると魔力で成長しているってことだよな。
「それって人族でもいいんですか?」
「もちろんだよ。それこそ転生者君の魔力でもね」
時空龍が嗤った気がしたけど、俺は聖人ではないし、己を犠牲にするなんて考えは持ち合わせていない。
「そもそもどこまでの成長を望んでいるんですか? 精霊女王が磔状態になっていた世界樹はかなりの大木でしたけど?」
「それはそうだよ。この迷宮の世界樹は世界樹の記憶なんだから。それに世界樹は世界に一つだけしか存在することが出来ないからね」
……今、何て言った? 俺の聞き間違え? それともネルダールの厨房奥の倉庫で見たあの世界樹は、本物ではなかったってことなんだろうか? まぁそっちの方が確率は高いか……。
別にネルダールにあった世界樹だと思いこんだ木が、本物の世界樹だと決まったわけじゃないんだし、主神クライヤもそこまで容赦なくは無いだろ。
だけどもしネルダールの世界樹が本物なら、精霊女王が磔にされて魔力を吸収されていたのは、無駄だったってことになるんだよな。
主神クライヤの考えが分からないだけに、そのことを考えるだけで背中がゾクッっとしてきた。
「あのクライヤ様、もしかすると精霊女王が磔にされていたのはただの罰で、現在の世界樹とはまるで関係なかったり、なんてことはないですよね……ははっ」
「うん。流石にそれはないよ」
良かった。でもそれならこの迷宮の存在や本物の世界樹の行方が気になってくるよな。
精霊女王がずっとこの迷宮の世界樹に囚われていたんだし。
「ラフィルーナから集めた魔力の五割をこの迷宮の維持に使用して、三割を龍脈を守護するための結界に、残り二割りを世界樹へと送っているよ」
『世界樹を少しでも早く復活させるために封印された』そう言っていた精霊女王に恐る恐る目を向けた。
すると先程までのほぼ無表情だった精霊女王が明らかに怒っていた。
「少しでも早く世界樹を戻すために封印したのではなかったの?」
「それももちろんあるよ。だけど世界樹を切り落とした罪を償うと言ったのはラフィルーナ、君だっただろ?」
病み上がりの精霊女王の魔力が高まっていくと、時空龍も自らの魔力を高めていく。
「それなら本物の世界樹を私が育てるから、直ぐにこの迷宮から出してほしい」
「ラフィルーナ、君には聞いていないよ」
「ルシエル、やはり時空龍を倒すしかない」
それは短絡的過ぎる。そう思った瞬間、時空龍の魔力が弾けた。
「なっ……あれ? 何ともない?」
そう思い、精霊女王を見た瞬間、何が起こったのか理解した。
精霊女王が怒った顔のまま、固まっていたからだ。
「うるさいから少しの間だけ、ラフィルーナの時を停止させたよ。さて転生者君、君の考えを聞こう」
上から降り注ぐ声に足が竦むし、緊張しているのか酷くのどが渇く。それでも何とか声を出すことに集中する。
「あ、はい……まずいくつか分からないことも聞かせてください。まず時空間属性魔法で、物体の時を巻き戻すことは出来ないのでしょうか?」
「それをしたら僕が世界に干渉したことになるから無理だね。それにそれは禁術の類だから無理だね」
これはまぁ予想通りだ。あのレインスター卿が、世界樹の苗木をネルダールで育てることにした時点で、正攻法での復元は無理だったんだろう。
「世界樹はどれぐらいの魔力だけで大きくなるんでしょうか?」
植物は栄養過多でも枯れたり、腐ったりする場合があるし、実は世界樹を枯らさないように、精霊女王の魔力を二割しか供給している可能性もあるしな。
「う~ん、このままなら二三百年ぐらいかな」
そんなに待っていたら、邪神と戦うどころか、俺がこの迷宮で屍になっているな。
何とかここから出してもらわないと……。
「あの世界樹が無くても瘴気だらけにならないのは、レインスター卿が暗黒大陸を封じたからでしょうか?」
「そうだよ。でもそれが世界樹が無くてもいいことにはならない。実際、少しずつ暗黒大陸から下級魔族が少しずつ出て来ているからね」
魔族化実験の裏で暗躍しているのは、本当に魔族ってことになるのか? まさか知らない間に瘴気を吸って闇落ちのような状態になっているとか……十分考えられる、か。
すべてを瘴気のせいにする訳じゃないけど、俺達の転生とも、もしかするとすると関わってくるんだろうか? 転生してから数年で人を魔族化させる技術が開発されるなんて、それこそ出来過ぎだと思うし……。
「あの魔導国家都市ネルダールに、レインスター卿が育てていた世界樹があるのですが、その世界樹を元の場所に移植するのはどうなんでしょうか?」
「それは出来ないよ。邪神が暗躍しているのに世界樹を移植したら、今度こそ本当に世界樹を復活させることが出来なくなるからね」
もし仮に俺の考えが合っているのなら、あまり深く考えてなくてもいいかもしれない。
きっと利害は一致しているんだから。
「クライヤ様、いずれ世界樹を地上へと移植することは決まっていますよね?」
「そうだね」
「そしてそれは出来るだけ早くがいいですよね? ただ今は邪神が出現しているから世界樹を地上へ移植出来ない」
「そうだよ」
「では世界樹を移植するために、邪神を倒すためご助力をお願い致します」
「だからそれは世界樹を何とかすることが出来たらだよ。もし転生者君が邪神と戦えたとしても、その戦いで死ぬことになったら、僕との約束を守れないってことじゃないか」
そう簡単には乗ってくれないか。でも質問にはちゃんと答えてくれるから、きっと何か求める答えがあるはずだよな。
主神クライヤの望みは邪神がいないところで、世界樹を元に戻すこと。
ただ自分ではこの世界に干渉出来ないし、するつもりがないんだろう。
それと神様なのだから、人の生き死ににはそこまで関心はないはずだ。
だとしたら主神クライヤが、どうしたら困るのかを想像してみた方がいいよな。
きっと思いつきの浅はかな答えは見透かれてしまうだろうから、しっかりと考えてから伝えよう。
俺が考えている間、時空龍はこちらをじっと見たまま一切動いたり、話し掛けてきたりはしなかった。
「主神クライヤ、私はこの世界に転生することが出来て、本当に良かったと思っていますし、感謝もしています」
「突然どうしたんだい? 泣き落としにでもするのかな?」
「邪神を放置したら、たぶんいくつかの国は滅ぶでしょう。そして瘴気をまき散らす魔族が増えることになると思います」
「まさかこの僕に脅しかい?」
「そんなことはしませんよ。ただお互いの利害は一致している訳ですし、それならば邪神に殺されないようにクライヤ様が私を鍛えていただけますか? そしてその気になる時が来たら邪神討伐にご助力いただきたいです」
信頼がなければ、少しでも信頼を構築しなくてはいけない。
結局のところいつも戦闘することになるけど、きっとこれしかない。
もちろん本来であればこんなことはしたくないけど、平穏の日々への道筋がようやく見えてきたのに、ここで諦められないからな。
それに戦闘とは言っても、問答無用の殺し合いじゃないなら、俺はまだ頑張れる。
「まさか僕に戦闘訓練を頼んでくるとは……面白いね。あ、でも期待出来そうになかったら、ラフィルーナと一緒に、この迷宮の糧にするからね」
「……確約をいただけますか?」
「いいよ。だけどそこまで言うなら、自分の価値を僕に証明してみせろ」
凄まじい殺気で一瞬だけ身体が竦んでしまったけど、俺も身体強化を発動して気合を入れた。
「よろしくお願いします」
こうして俺は主神の依代である時空龍と戦うことになった。
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