[3-13] 向こう三軒両隣
ケーニス帝国 赤将軍 ジェイムズ・"風涯"・リー様
早春の候、赤将軍様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、この度、我がシエル=テイラ亡国はケーニス帝国様の南、ク・ルカル山脈の東端付近にささやかな新都・シエル=ルアーレを設け領有権を主張、遷都を宣下する運びとなりました。
つきましては、わたしから貴国にク・ルカル山脈を越える散歩道をお贈りし、転居のご挨拶に代えさせていただきます。気に入っていただけましたら幸いです。
ご迷惑をお掛けすることもあろうかと存じますが、今後とも何卒よろしくお付き合いの程をお願い申し上げます。
シエル=テイラ亡国 第一王女 並びに国王代理
ルネ・"
*
「………………な、んだ、この奇っ怪な文書は」
ケーニス帝国によって占領され併合を待つ身となったク・ルズィル王国の王都ルズィアーダ。
総督府と化した旧王城の執務室にて、赤将軍・風涯は眉間の皺を深くしていた。
本名はジェイムズ・リー。二つ名は風涯。
ケーニス帝国で一定の身分を持つ者たちは、『呼び名として使える二つ名』を持つ風習がある。
これは人族文明が過去に二度、滅びかけるよりも前の時代……先々史人族文明に存在したという伝説的な国『クンロン』の文化を復興したものとされる。クンロンは楽園の如き国で、ケーニス帝国にとって祖にあたるとされているのだ。
もっとも、断片的な記録しか残っていないほど過去の話。復興された文化が正しい形のものであるか、それどころかクンロンなる国が実在したかすら定かでないのだが。
ジェイムズ……即ち風涯の身長は低く、その代わり筋肉で膨れあがっていて、褐色をした頭髪と髭はまるで荒縄か魔獣の毛皮か。
ジェイムズなる本名を聞くと人間であるように思えるが、風涯はドワーフだ。同族のみのコミュニティを形成せず人間社会で暮らす者は、異種族であっても人間風の名前を付けることが珍しくない。
人間より長寿であるドワーフと言えど、齢八十を数える風涯は既に初老。
鍛えに鍛えた筋肉と戦斧の腕前は、未だ彼を尋常ならざる強者たらしめていたが、今は自ら軍勢の先頭に立つよりも長年の経験を生かした指揮に専念する事の方が多かった。
赤将軍として南方の諸国をことごとく平らげた風涯は百戦錬磨、歴戦の武人である。
だが彼をしても、こんな奇妙な文を頂戴した経験は無かった。
何やら丸っこくて可愛らしくて妙に子どもっぽい字体の文を見て風涯が顔をしかめていると、これを届けに来た副官の青掌が、同じく理解に苦しんでいる様子だった。
青掌は四十代後半の人間の男。目方は風涯の半分どころか三分の一も無い男だが、黒々とした髭の長さだけは風涯と張り合っている。
官服風の装束を纏った彼は、風涯の抱える中で最も才能ある術師だ。
「不明です。
非番で街に出ていた兵が、気が付けば持ち帰っていたと。
何故かこれを将軍に渡さなければならないと強く動機づけられていたそうで、暗示による精神操作も疑われます」
「そいつは術医に鑑定を受けさせろ」
「既に手配しております」
風涯は改めて書状に目を落とす。
シエル=テイラという国の名は最近よく耳にするもので、風涯も覚えがあった。
闇の軍勢は偉大なる帝国と精強なる黒軍に恐れをなして、鳴りを潜めて久しい。
そんな中、魔物によって陥とされた国など久々なものだから、遠く離れたケーニス帝国でもかなりの話題になった。しかも魔王軍による攻撃ではなく、政変で殺された王女がアンデッドになって己の国を滅ぼしたというのだから面白くも物悲しい。
だがそれは、遠き地の出来事であったはず。何故風涯の手許にこんなものが届いたのやら、とんと見当が付かない。
青掌はもう一つ、金紗の飾り筒に収められた書状を風涯に差し出す。
「一緒に持たされていたこちらは、その……畏れ多くも、皇帝陛下への親書であると」
「内容は?」
「将軍宛のものとほぼ同じです。呪いなどは掛けられておりません」
風涯は首をひねる。
ますます奇妙な話だ。
「山脈の道というのは何の事か分かるか」
「その件なのですが、奇妙な報告が上がっておりまして……
遠見の映像をこちらに」
青掌は部屋の隅に置いていた、支えの台座付きの水晶玉を持ってくる。
二言三言、呪文を唱えると、それを風涯の前に置いた。
水晶玉の中に野外の景色が映り込む。
上空から地を見下ろした視点だ。
これは青掌の得意技で、魔法具を持たせた鳥の使い魔を飛ばし、その映像を受け取って映し出しているものだった。
そこに見えたものは、一直線に木々が切り倒されて道のようになっている密林。
そして、その先。
切れ込みが入って、登らなくても真っ直ぐ通れるようになってしまったク・ルカル山脈の哀れな姿だった。
「ク・ルカル山脈を越える散歩道……?
ま、まさか!」
風涯は老眼鏡を掛けると水晶玉にかぶりつく。
映し出された光景を、より鮮明に見るために。己の目の迷いでないことを確かめるために。
「本日昼頃、突如として、その……
山に、裂け目、いや道が……生まれたそうです」
「妙に静かに見えるが」
「……道の周囲は魔物の姿が全くと言っていいほど見られないそうで」
信じがたい報告に、風涯は何が起こっているのか必死で考えようとした。
ク・ルカル山脈を越えることは風涯も考えたことがある。
だが結論は『そうすべきでない』だった。
魔物だらけの密林に、険しい山岳に、道を拓く。
不可能ではないだろう。
しかし、その代償を思えば躊躇する。絶え間なく現れる魔物と戦いながら道を築くのは並大抵ではなく、魔物の脅威を退けて道を維持することもまた厳しい。
地脈を律さず放置すれば、魔物の誕生が加速する。
山越えのルートを安定させるつもりなら、山中に拠点都市の一つくらい築かなければなるまい。そのために注ぎ込む人員と金はどれほど必要だろう。
さらに問題なのはディレッタ神聖王国の動向だ。もし山脈を越えればディレッタ神聖王国は目前。道など作り始めたらディレッタは絶対に警戒して手を打ってくる。
それらの障害を全て乗り越え、仮に道ができたとしても、安全に大軍を通せるだろうか。人族には厳しく険しい道も、魔物たちにはホームグラウンド。無防備になればたちまち襲われよう。たとえば崖を登っているところなど、鳥の魔物に空中から狙われたら為す術無い。
付け加えるなら、今は時期も悪い。
白軍が担当する西部戦線はノアキュリオの暗躍によって膠着状態に陥っている。
北の黒軍は数ヶ月前にも魔王軍に攻撃を仕掛け、築かれかけた拠点を潰し幹部級の魔物を二匹も討ち取る大戦果を上げたが、引き換えに国一番の使い手とも言われた剣姫・玉嵐を喪って動揺も冷めやらぬ。魔王軍に反転攻勢の兆しは無いが魔物どもは何時どのように動くか分からない。
山越えだの、その先のディレッタ神聖王国との正面衝突だのは、やや厳しい国情だ。ヘタをすれば四正面作戦になる。
それよりも赤軍は占領地を安定させ、然る後に東西に力を貸すべきなのだ。
だが。
しかし。
完全に予想外の事態が、今ここに降って湧いた。
歴史の舞台が新たな局面に移ろうとしていた。
「将軍、如何様に……」
崖っぷちに立たされたかのように硬くこわばった表情で青掌が問う。
風涯は逡巡する。
山越えの道は願ってもない。
だが、これは底なしの泥沼へと踏み出す一歩ではないのか、と。
躊躇ったのは刹那。
もはや前へ進むしか無い状況だ。何しろ、道は既に存在するのだから。この道をディレッタ神聖王国に奪われたらどうなる?
「第一から第六隊は即時出撃! 青掌、貴様が指揮を執れ。
ただしこれが何かの罠である可能性には留意し、警戒を怠らぬ事。大軍を待ち伏せするには絶好の地形だ、一旦は本隊を密林入り口に止め、決して必要以上の人数で踏み込むな。
もし件の道が山脈を越えているのであれば……即時確保だ!
地属性魔法が使える者を最大数動員し、切通しの南側出口に弐型即製前線基地を構築せよ。可能な限り早く!」
「はっ!」
「それから帝都に緊急連絡だ。皇帝陛下か大将軍閣下と直接話をする。
街の地脈が空っぽになってもいい、直通で遠話を繋ぐよう手配せよ」
「かしこまりました!」
風涯は鋼のイバラを踏みしめるような想いで青掌に命じた。
青掌が部屋を出て行くと、風涯はどっと疲労したように感じて椅子に身を預ける。
人間用に作られた椅子は風涯の体重に悲鳴を上げ、嫌な軋み方をした。
水晶玉の中には未だ、ク・ルカル山脈の道が見えていた。
「私は夢を見ているのか? これは吉夢か、それとも悪夢か……」
風涯は大きな手で顔を覆い、しみじみ、うんざり、呟いた。
『怪文書』って『差出人不明の文書』って意味で
怪しくて奇妙奇天烈でワケの分からない文書のことではないんですよね。
でも正直、『怪文書』って字面的には誤用の方が正しい気がする。
『呼び名として使える二つ名』。
元はそのまんま『
今は本名を呼ぶことも別にタブーではありません。
なお、二つ名はあくまで日本語表現に翻訳されたものです。
仮に当作品が中国や台湾で翻訳出版とかされることになったら、そのまんま使うことはせず意訳された別の二つ名になってると思います。
【重大告知 書籍化します】
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2412673/
※この告知載せるのは今回更新分までとします
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